2017年09月24日

金木犀の香り初め

明日(24日)からの4日間、遅い夏休みをとる。休めるのはありがたく、文句を言うのは筋違いなのだけれど、時間の枠という点では夏休みも仕事の一つのようなもので、その分の枠を空けるのに多大の労力を要する。休む分の仕事は当然前後に繰り入れられる訣で、多くは前倒しで入ってくる。それらに忙殺されるうち、気付いたらもう休みが目前、というか、何の準備もないまま放り出される感じで休暇を迎えるのが常である。なににつけ、ぼくの悪い癖である。
休暇の過ごし方(旅行)の大枠は既に家人が決めてくれているのでありがたいのだが、中味を何も考える余裕がないままに、休暇に突入する。当然行き当たりばったりの過ごし方になる。まあ、あれこれ考えずに成り行きに任せるのこそが、休暇の醍醐味ではないかとうそぶいてはみるが、どうも気勢は上がらない。当然家人にもそんなのは言い訣にしか聞こえない。

          §           §           §

休暇前日の土曜日、午後から夜にかけては仕事が入っていたものの、昼過ぎまで空き時間があった(実は空き時間などといっていられる状況ではないのだが……)ので、久し振りに3匹の犬たちを昼間の散歩に連れて行った。
家を出て暫くすると、どこからともなく懐かしい香りが漂ってくる。俄にはなんの香りだが思い出せないままに、懐かしさでいっぱいになる。そう、ぼくはこれから夏休みというのでまだ夏の気分でいるけれども、もうあと一週間もすれば10月の声を聞くのだった。
10月と言えば金木犀。10月は金木犀の香りとともにやって来るというのが、インプットされているのである。ところが昨年も一昨年も、9月半ばに金木犀の香り初め(そんな言葉があったかどうか知らないけれど、まさにピッタリな気がする)があったのに、本格的な開花は10月に入ってかなり経ってからだったようで、ここのところ素直に10月の風と共に、という訣にはいっていない。
今年は今日9月23日がぼくにとっての金木犀の香り初め。昨日の雨に洗われて開いたのであろうか。それともただぼくが気付かずにいただけなのか。そんな感傷に浸っているぼくを尻目に、犬たちはたっぷりと久し振りの昼の散歩を楽しんでくれたようだった。
ラベル: 季節 日常
posted by あきちゃん at 00:37| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

レオンハルトのバッハ・カンタータ「全集」

暫くカンタータの話を書いていない。今年は、というか今年も、なのだけれど、集中して聴いた曲があると思えば、全く聴かないうちに聴きそびれてしまった曲があったりと、教会暦に沿って聴くのをずいぶんサボってしまっている。通勤時間と就寝前しか聴く時間がなく、就寝時は実質的には子守歌替わりだから、聴いたという実感はほとんどないに等しい。バスが渋滞すれば聴ける時間は延びるが、電車二駅の通勤ではそうそううまくはいかない。
去年も似たり寄ったりだったような気がするが、今年変わったことはといえば、凝りもせずにまた全集を1セット買ってしまったことだろう。レオンハルトとアーノンクールによる全集である。

          §           §           §

この2人の演奏家、実はこれまであまり馴染みがなかった。ことにアーノンクールは、モーツァルトのミサと、グルダとのコンチェルト(イ長調の23番とニ長調の26番)の1枚、それにやはりグルダがチック・コリアと弾いたモーツァルトの2台のピアノのためのコンチェルトが収められたCDを聴いたくらいで、最近亡くなったばかりのこの巨匠について、特に若い頃はかなり前衛的な、ある意味機を衒ったといえなくもない演奏で知られたヴィーンの指揮者という程度の、通り一遍の知識しかない。
一方、レオンハルトは古楽の泰斗の1人としてその名は昔から知っていたけれど、その演奏に接したのはごく最近のことである。バッハのカンタータを聴くようになってから、タワーレコード限定で復刻されていた世俗カンタータ集や、全集とは別に晩年になってから入れた幾枚かのカンタータ集を入手したのが最初で、その後チェンバロによる平均律やオルガン演奏、あるいは名盤として名高いロ短調ミサなども聞き齧ってはいる。これらはみな、いつもお世話になっている、ノラさんのブログの導きによるものである。
さて、聴いた感想はといえば、まずアーノンクールの方は、演奏に接して、グルダとのコンチェルトはともかくとして、ミサの方は、モーツァルトとして実はあまり感心しなかった。この巨匠の演奏をその後全然聴いて来なかったのはそのせいだろう。一方、レオンハルトの方は、聴き始めの契機からしてそうだが、のめり込む可能性を予め秘めていたといってよい。

          §           §           §

昨年夏にBWV187のカンタータを聴き比べた際に、その第1曲のタイムの遅さが気になり、是非聴きたいと書いたものだが、レオンハルトのカンタータ全集はアーノンクールとの分担であるだけでなく、どういう基準で割り振りを決めたのかは定かでないが、レオンハルトが担当したのは68曲だけで、アーノンクールの3分の2ほどに過ぎない。手当たり次第に抜き出すとしたら、アーノンクールに当たる確率が1.5倍高いのである。それで、レオンハルトのカンタータは聴きたい反面、そのためにさして聴きたくはないアーノンクールの演奏を多量に買い込む決断が、コスパを考えるとなかなかつかなかったのである。
とはいえ、評価の高い全集である。アーノンクールの演奏が好きになれなかったといっても、将来どうなるかはわからない。第一、所詮ぼくの感想に過ぎない不確かな予断のために、レオンハルトを聴かなかったとしたら、大きな悔いを残すことになるかも知れない。嫌なら当面は聴かなければいいのである。そんなぼく自身の気持ちの変化を後押してくれたのが、最近のCD事情だった。元々2万円近くしていたものだが(それだって、LP時代に比べたら、信じられような値段である)、それが半額の1万円を割る価格で手に入るというのである。目を疑ったがそれでもまだ決断はできなかった。随分悩んだが、そうこうするうちに、気付くといつの間にか割引率が小さくなっていて、1万円を超える価格になっているではないか。あの割引はもしかしたら夢か幻だったのではないか。諦めの気持ちとともに、大きな後悔が心に染みのように広がるのを感じたものだ。

          §           §           §

それからまただいぶん経って、ふと見ると、またあの価格に戻っているではないか。こんなことに一喜一憂するのもどうかとは思うが、まことに罪なものではないか。ぼくはおもむろに、レオンハルトのバッハのカンタータを買う決断を下すことにしたのである。
考えてみれば、最初に買ったリリングのカンタータ全集が1万円を少し切るくらいの値段で、カンタータ全集としては破格だった。ガーディナーのカンタータ巡礼は25,000円はしたはず。それを考えたら、レオンハルト=アーノンクールの全集が、60枚組で8千円台というのは恐ろしい。アーノンクールには失礼な言い方だが、レオンハルトの担当した曲だけでも、1曲100円かそこらなのである。
買って最初に聴いたのは、BWV197とBWV198だった。ノラさん大推薦の2曲である。元はこの2曲の組み合わせだったとのことで、それがこの2曲.ことに中でも印象的なBWV197のソプラノのアリアとBWV198のテノールの水晶宮のアリアを、対のものとして心に刻むことになったという趣旨のことをノラさんは書いていられるが、大きな共感を覚える。カップリングの影響の絶大なことはまさにその通りで、商業主義に基づくその場その場のいい加減なカップリングのお蔭で、曲の印象が台無しになってしまうこともしばしばだ。その逆もまたあり得る訣で、BWV197とBWV198に関する限りは、このカップリングで両曲を聴き込んでみたかったという思いに駆られる。
それはともかくとして、最初に聴いたのはBWV197で、レオンハルトのバッハを聴いて本当によかったと心底思ったのだった。それは、先程触れた2つのアリアのうち、BWV197の第8曲、つまり後半3曲めのアリアである。何がそんなに心に響いたのか?やや長くなるが書いておきたい。
レオンハルト=アーノンクールのバッハ・カンタータ全集.jpg
〔レオンハルト=アーノンクールのバッハ・カンタータ全集〕

          §           §           §

レオンハルト=アーノンクールの全集を買うにあたって、失念していたことがひとつあった。それは、この全集が、ボーイソプラノを起用していることである。ボーイソプラノといって思い浮かぶのは、ヴィーン少年合唱団くらいで、ソロでの歌唱はあまり考えたこともなかった。マーラーの3番には少年合唱が鐘の響きを歌う楽章があって、あの曲にはなくてらならないものだけれど、それ以上でも以下でもない。ただ、バッハのカンタータでは、ロッチュのBWV66を聴いた時、新鮮な響きに心を洗われる思いを味わい、その源泉がバッハのいたトマス教会の少年合唱団の歌唱にあることを知り、認識を新たにしてはいたのだった。
さて、レオンハルトのBWV197だが、ちょっとたゆたうような、躊躇うような歩みと、透明なボーイソプラノの響きに一聴魅せられてしまった。ちょうど、ガーディナーのBWV163で、スーザン・ハミルトンを初めて聴いた時に勝るとも劣らない衝撃を受けたのである。そしてそれは第8曲に至るに及んで頂点に達したのだった。
どう表現したらよいか、純白、透明、清澄、純真、澄明、無垢、‥ どれも当てはまるが、どれもそれを説明するのに充分ではない。ハミルトンにハッとさせられたとき、その声質を、少年のような、と表現した記憶がある。ソプラノの清明さはそのままに、艶やかさを抑え、純粋無垢さを強調した感性である。中性的といってよいかもしれない。しかし、レオンハルトのBWV197のアリアのボーイソプラノはそれとは本質的に異なるように思う。果たしてこれが人間の声か? 技巧的にうまいかといえば、必ずしもそうとはいえない部分もある。しかし、そうした不安定な一面も含めて、全てが心にストレートに飛び込んでくるのだ。天使の歌声というのはやさしいが、それでもまだこのレオンハルトのBWV197のアリアの素晴らしさの何分の一も表現したことにはならないと思う。至極のどやか(そんな日本語はなかったか?のどか?なごやか)な調べではあるのである。しかし、そこに深淵がのぞいていないと誰がいえようか? 何度も聴いているうちに、ふっと凄絶な響きが聞こえてくるような思いに捉われる。素晴らしさを突き抜けて、恐ろしさをさえ感じるのだ。
これはボーイソプラノだからという訣ではないのだろう。要するにそれは、ボーイソプラノを起用することによって描き出されたレオンハルトの表現そのものなのだと思う。レオンハルトの表現は、みなそんな何気ない、ある意味素っ気ないとさえ言える場合が多いように思う。突き放したとさえ言ってもよい。ガーディナーが、リリングが、リヒターが、鈴木雅明さんが歌わせるところ、あるいは走るところを、ぐっと引き締めて抑えて進む。レオンハルトはどんな表現をしてるだろうか、というのが、最近カンタータを聴くのに新たに加わった楽しみのひとつになった。全てのカンタータについてそれができる訣ではないのが残念ではあるけれど、それはそれで想像を膨らませることができて、こちらの世界では解決できないこととはいえ、またとない楽しみともなるのである。

          §           §           §

心覚えとして、レオンハルト=アーノンクールのカンタータ全集のうち、レオンハルト担当分を一覧にしておく。括弧内はディスクの番号である。
BWV7・BWV8・BWV9(Disc3)
BWV10・BWV12(Disc4)
BWV13・BWV14・BWV16(Disc5)
BWV22・BWV23(Disc8)
BWV33(Disc11)
BWV39・BWV40(Disc13)
BWV45・BWV46(Disc15)
BWV51(Disc16)
BWV52・BWV54・BWV55・BWV56(Disc17)
BWV66(Disc20)
BWV67(Disc21)
BWV73(Disc22)
BWV74・BWV75(Disc23)
BWV77(Disc24)
BWV79(Disc25)
BWV88・BWV89・BWV90(Disc27)
BWV91・BWV92(Disc28)
BWV98(Disc30)
BWV100(Disc31)
BWV103(Disc32)
BWV106・BWV107(Disc33)
BWV113・BWV114(Disc35)
BWV117(Disc36)
BWV126・BWV127(Disc39)
BWV128・BWV129(Disc40)
BWV132・BWV133(Disc41)
BWV134・BWV135(Disc42)
BWV143・BWV144(Disc44)
BWV149(Disc45)
BWV150・BWV151(Disc46)
BWV157(Disc47)
BWV158・BWV159(Disc48)
BWV164・BWV165・BWV166(Disc49)
BWV170・BWV172(Disc51)
BWV180・BWV181(Disc54)
BWV184(Disc55)
BWV187(Disc56)
BWV195(Disc58)
BWV197(Disc59)
BWV198(Disc60)
ラベル:バッハ 音楽 CD
posted by あきちゃん at 01:23| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

初秋の離宮を訪れる

ほぼ30年ぶりに桂離宮と修学院離宮を訪れた。前回は春で、修学院の翌日に桂、今回は初秋のまだ暑さの残る日の午前に桂、午後に修学院の掛け持ちである。
見学には原則として事前申込みが必要な施設だから、思い立って行こうとしないと行けるところではない。前回の訪問から30年も間が開いてしまった理由の一つはそれであった。
学生時代、京都によく通っていた頃には、両離宮の参観には宮内庁京都事務所に往復はがきで申し込む必要があって、結構ハードルが高かった。初めて訪れた際には、東京の宮内庁にも僅かながら申込みの枠があると聞いて、それならばと思い立って出かけることにしたのである。それでも数カ月前から日時指定での申込みだったような気がする。許可書は宮内庁まで出向いて受け取ったのではなかったか。
そして今回、時を経てネットの時代を迎え、インターネットによるオンラインでの申込みが可能になっていた。希望日時の3ヵ月の前の月の1日から、というのは多分前と同じだろう。ただ、実際に今回申込みしてみて、さほどの手間は感じなかった。同行者のリストの入力なども必要だが、データさえ事前にきちんと用意しておけば、あとは入力の手間だけである。往復はがきを書いたり、実際に申込みに出かけたりすることを思えば、格段の省力化である。
同日の申込者で所定の人数を超えると抽選になることがあるようだが、基本は先着順で、数日後に結果の通知がメールで届くのもたいへん簡便である。それに基づき許可書を打ち出して持参すればよいのである。宮内庁所管の離宮の参観がここまで便利になっているとは……。一種、感動ものであった。
しかも、ありがたいのは、オンライン限定ではないことである。従来通りのはがきや窓口での申込みも存続させていて、申込み方法による優劣はつけていない。これは一つの優れた見識であって、今回も実はオンラインでの申込みをとちった部分があって、はがきによる申込みを併用してことなきを得たのであった。

          §           §           §

前置きは以上である。30年ぶりに訪れた両離宮の印象を述べよう。端的に言えば、ありふれた言葉かも知れないけれど、桂離宮は瀟洒、修学院離宮は雄大、の一言に収斂しようか。桂離宮は、けっして広くはない敷地なのだが、そこに狭さを感じさせない開放的かつ洗練の極みを尽くしたつくりの庭が展開する。人工の美の極致と言ってよいかも知れない。
松琴亭前から天橋立を経て書院を望む.jpg
〔松琴亭前から天橋立を経て書院を望む〕

これに対し、修学院離宮は点在する茶屋を結んだ開放的な構成のうえに、さらに借景を取り込んだ名実ともに広大な景色が展開する。主として上御茶屋の印象ということになるけれども、大刈り込みに象徴されるような豪放な人工美も、雄大な自然の中に溶け込んでいて、人工性が目立たない。

上御茶屋(隣雲亭から).jpg
〔上御茶屋(隣雲亭から)〕

桂離宮はそれだけで一つの独立した小宇宙といってよいだろう。一方、修学院離宮は自然の一部の風情が濃厚である。桂で思い出したのは、東京に残る江戸の名園、例えば六義園や小石川後楽園、あるいは京都の東本願寺の渉成園などであり、あれらをさらに洗練させ瀟洒にしたものといったらよいかも知れない。ある意味江戸の時代性を反映した庭といえるだろう。
それに対し、修学院離宮には江戸という時代性はあまり感じられず、むしろ時間を超越した空間という印象が強い。思い起こしたのは、大峰や台高の山々だった。桂離宮は確かに美しいし、それは絶対的なものなのかもしれないけれど、修学院離宮にはそれを超越した普遍的なものを感じずにはおられないのだ(その点でいえば、上御茶屋の江戸末に付加された千歳橋には違和感を感じる)。

          §           §           §

今回の参観は9月の初めの例年ならまだ残暑の時期のことで、季節的にはあまり期待をしていなかった。しかし、秋の到来の早い今年の9月初めの空気はもう秋で、ことに午前10時からの参観だった桂離宮は、清々しさを感じるほどだった。また、15時からの修学院も気温こそ上がっていたものの、茶屋どうしを結ぶ馬車道の両側のたんぼは稲刈りの真っ最中で、その鄙びた風情はこの上なく美しかった。
比叡山を正面に修学院離宮へ向かう.jpg
〔比叡山を正面に修学院離宮へ向かう〕

上御茶屋を振り返る(遠景に比叡山).jpg
〔上御茶屋を振り返る(遠景に比叡山)〕

同行した家内は、30年前に比べると随分荒れた感じがすると言っていたけれど、夏を越したばかりの疲れと考えたい。それもまた景色の一部なのであろう。庭は、植物という生き物をその構成要素の一つとしているから、時の経過が必然的に変化をもたらす。変化するものとしての景観という考え方があるのかどうかわからないが、そこまで見通して庭を造るのか、あるいは構成要素の変化に応じて、臨機応変に手を加えていくのだろうか。あるいは、成長する庭という感じで、当初考えてもみなかった新しい庭の造形が生み出されてゆくということがあるのかも知れない。いずれにしても、公開と保存を両立させながら、景観を長期間にわたって維持してゆくのは並大抵のことではなかろう。
庭としての離宮の参観は至れり尽くせりの感があるが、建物の中から庭を見られたらどんなにいいだろうという思いはある。建物は生活空間であるから、それを真に理解するためには、その中に入ることが是非とも必要である。庭があって建物があるのではなく、建物があって庭があるのである。そのことをぼくはかつて三渓園の臨春閣(桂離宮の書院に似た雁行状の書院建築である)で思い知らされた。

桂離宮といえば松琴亭のこの大胆な市松模様.jpg
〔桂離宮といえば松琴亭のこの大胆な市松模様〕

建物を庭の構成要素の一つとしてではなく、庭もその構成要素として建物自体をじっくり味わってみたいと思うのである。保存という観点からそれはなかなか実現は難しいと思うので、例えばヴァーチャルでとかなど、工夫を凝らすのは不可能ではないだろう。そんな夢も抱きつつも、満ち足りた思いで日の傾いた修学院離宮をあとにしたのだった。
ラベル:建築 京都 季節
posted by あきちゃん at 14:42| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

夏を惜しむ余裕もなく訪れた秋と切羽詰まった夢─夢の記憶45─

先週金曜日で月が替わっていよいよ9月。朝晩めっきり涼しさが加わるようになり、日中のセミさえも、鳴いていたのだかどうかほとんど記憶がなくなるくらいになってきた。夜はもう虫の音が心地よい。東冷西暑で、関東に比べればまだ日中はかなり暑い日もあったし、湿度の高さにうんざりするようなこともあったが、それとてさほどの印象を残していない。梅雨明け宣言よりも前に本番を迎えた夏が、むしろよくここまでもったなあという感じで、なんだかあまり夏という感じがしなかった。あまり惜しんでいる暇さえなく、今年の夏はいつのまにか過ぎていこうとしている。

          §           §           §

何かに追われるように季節が過ぎているのと関係してか、変な夢を見た。バスに乗って移動している。家に帰ろうとしているらしい。乗り合いの公共バスのようだが、マイクロバスのような仕立てで、ぼくは運転席のすぐ隣にいた。前方の景色の記憶はあるものの、ぼくはずっと頭に布団のような物をかぶって、身を潜めていた。バスのフロントガラスの窓が、頭すれすれくらいの位置から上にあったような記憶がある。
どうしてそんな状態にあったのか。どうもいつ撃たれておかしくないような治安の地点を、バスは通り抜けようとしていたらしい。ぼくはその恰好で、早く安全な地点まで辿り着き、家に戻れることを震えながら祈っていった。
一旦信号で止まる。そこは二つの道が合流する地点のようで、以前逆方向に自分の車で走った記憶が、夢の中のぼくにはあった。家からここまで来て、今右手から合流してくる道、つまり当時の進行方向でいえば左手に道を取り、それまでなら全く安全上問題のなかったその場所が、急におかしなことになっていて、身の危険を感じつつ走り抜けたことを考えていた。
信号で止まった地点はまだ危険地帯の真っ只中にあり、早く、早くと急かされながら信号が替わるのを待っていた。この付近で銃撃された犠牲者のことが夢の中のぼくの頭をよぎった……

          §           §           §

眠りに就く前に、特に銃撃のニュースを見た訣でもない。なぜこんな切羽詰まったような夢を見たのだろうか。日中確かに次から次へとやって来る仕事たちに追われていたのは事実だ。しかし、ここまで不安に駆られて仕事をしていたことはない。
動きのペースという点でから記憶にあるのは、夜寝る前に犬たちの散歩に行ったことである。ずんずんリードを引く犬たちを抑えつつ、家内と二人で一人ずつを連れ、まるで二頭立ての馬車のようにPPとACを連れて行ったあと、今度は孤高でいわば気位の高いAGを、一人だけ連れてもう一周してきたのだった。
あの散歩のペースの延長というのが一番しっくりとくる。でもけっして何かに追われる切迫感はなかった。むしろ、軽快に歩いてきたつもりだったのだが、どこかに潜んでいる不安、それが夢の中で自ずと表に出てしまったのだろうか。それとも政府が煽りに煽っている危機感が、知らないうちに身体に感染し、夢の中で滲み出てきてしまったのだろうか?
週末は、日射しこそまだ夏を思わせたものの、風はもう完全に爽やかな秋の風だった。
ラベル: 季節 日常
posted by あきちゃん at 21:08| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年08月30日

KINTETSU Free Wi-Fiの余計なお世話

国内にいる分にはさほどには感じないけれど、海外に出かけるとWi-Fiのある環境のありがたさがよくわかる。公共Wi-Fiが完備している観光地がいかに便利か、台湾で思い知ったのだった。初めての場所に行くのに、地図で自分の位置を見極め、目的地を探すには、Wi-Fiのあるなしは決定的だ。Wi-Fi環境のあるところで検索した結果を保存して目的地探しに備えるということを経験的に学んだのである。
確かに携帯の電波の環境は以前と比べものにならないくらい向上していて、山を歩いていてさえラインが届いて驚くほどだ。それにセキュリティーの心配はあるから、むやみやたらに個人情報を伴う通信は控えた方がよさそうだが、国内にいても、空港にせよ、ホテルにせよ、あるいはスタバのようなお店にせよ、無料で電波を使えるWi-Fi環境の効用は計り知れないものがある。しかも、一度接続すると、その次にそこを訪れた時には自動的に接続してくれるというのも便利で重宝だ。

          §           §           §

しかし、東京のような都会の様子はよくわからないけれど、日本の場合Wi-Fi環境はまだまだ充分には行き届いていないというのが現状のように思う。それを一番感じるのは、提供開始からまだ1年にもならない、近鉄電車の主要駅に備えられているKINTETSU Free Wi-Fiだろう。
近鉄電車は、例えば車内放送を英語・中国語・韓国語でも流したり、路線ごとに駅番号を付して駅名表示に全てこれを完備したりするなど、外国人向けのサービスに積極的に取り組んでいるのが最近よくわかる。Free Wi-Fiもその一環で、その志自体はたいへん素晴らしいと思うのだが、どうも実態が伴っておらず、改善の余地を感じてしまう。
それというのも、主要駅でのKINTETSU Free Wi-Fiの完備を知って早速登録したのはよかったけれど、近鉄奈良にせよ、大和西大寺にせよ、どうも電波が弱くてうまくつながらないことが多いのである。最初は、まあこんなものかと諦めて、さして気にも留めずにいた。

          §           §           §

ところが、そのうち思わぬ事態に遭遇することになった。携帯の電波での通信が駅に近づくとつながらなくなるという症状である。天気予報にせよ、ラインにせよ、フェイスブックにせよ、それまで普通につながっていたものが、通信に失敗しました、となってしまうのである。
いったい何が起きたのか初めはわからないでいた。そのうちようやく事態が飲み込めてきた。駅に近づくにつれ、KINTETSU Free Wi-Fiの環境に入るため、Wi-FiをONにしておくと、つないだことのあるKINTETSU Free Wi-Fiへの接続が自動的に試みられてしまうのである。ところが、電波が弱いものだから、Wi-Fiに接続した途端、通信不能に陥るという訣なのだった。設定で確認すると、確かにKINTETSU Free Wi-Fiにつながるにはつながっているのに、二進も三進もいかなくなっているのだ。

          §           §           §

こうなるともうWi-Fiは余計なお世話以外の何ものでもなく、慌ててWi-FiをOFFにしてKINTETSU Free Wi-Fiから逃げ出して、携帯の電波に切り替えるしかなくなる。それならそれで手間を掛ければ済むことではあるが、今度は切ったままにしておくと、Wi-FiがONであることが必要な、i-cloudへの写真のアップなどが滞ることになる。
あるいはぼく自身の使い方が何か間違っているのかとも思うのだが、同じような苦情はどこからも出て来ていないのだろうか。日本人の場合はまだ携帯電波の利用で済むとして、外国の方々にとってこれは致命的なことだろう。
最近は、またKINTETSU Free Wi-Fiが余計なことを始めた!、と笑って済ます(?)いわば諦めの境地にあるのだが、外国の方々の一期一会の機会を台無しにしてしまうのであれば、それは笑って済ますわけにもいくまい。もう、近鉄にはあまり期待もしていないけれど、特急の全席禁煙化も含めて、早急な改善を図っていただけたらありがたいのだが……。
ラベル:日常 鉄道
posted by あきちゃん at 01:55| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする