2019年06月20日

もう一つのヘ長調コンチェルト─ピーター・ゼルキンのCDを聴く─

今回は、少し前に書いたモーツアルトのピアノ・コンチェルト第19番ヘ長調の話の続きである。
若い頃聴いたヘ長調コンチェルトの定番は、ハスキル=フリッチャイ盤だった。モノラルなのは残念だったが、この曲を愛したクララ・ハスキルの思いがひしひしと伝わってくる名盤である。
当時、ベーム=ボリーニの第23番イ長調とのカップリングで出たレコードがもてはやされていた。ベームは嫌いではなかったが、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのポリーニが好きになれず、ぼくの周囲にアンチ・ポリーニが多かったこともあって、買おうという気にはなれなかった。
もちろんぼくが知らなかっただけなのかも知れないが、ヘ長調コンチェルトは、曲としてそれほど知られていた訣ではなかっただろう。だから、ベーム=ポリーニ盤が出なければ、ぼくがこの曲と出会うのはずっとあとのことになっていたに違いない。
そもそもぼくがこの曲を聴こうと思ったきっかけは、このベーム=ポリーニ盤にあるのだから、皮肉といえば皮肉だ。あの頃、モーツアルトのピアノ・コンチェルトの第20番よりも前を聴こうと思っても、全集を除くと、さほど選択肢がある訣ではなかった。今にして思えば贅沢な話だが、ゲザ=アンダの全集が廉価盤で分売されていた。ただ、全部買うなら別だが、1枚買おうと思ったら、あまりコスパのよいカップリングではなかった。有名曲ばかり組み合わせていては、販売に偏りが出てしまうだろうから、しかたのないことではあったのだろう。
とはいえ、第19番以前をしっかり聴こうとするには理想的な盤だっただろうに、当時アンダの廉価盤を推薦しているのは見たことがなかった。余談だが、この全集が今では安ければ5,000円もせずに手に入るのである。全く隔世の感とはこのことだと思う。

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話がなかなか本題に行き着かないが、そんなにもてはやされる曲なら、別の演奏で聴いてみようという天邪鬼根性で、ポリーニ以外の盤でとなったときに、クララ・ハスキル=フリッチャイ盤に行き当たったのである。確かこれも廉価盤だったように記憶する。
こんな不純な出会いが災いしてか、初めはハスキルの演奏でさえ心に響くことはなかったのだけれど、次第にヘ長調コンチェルトというと、このハスキル盤のイメージで固まってしまっていったのだった。若い頃最初に聞いた演奏のもつ影響の大きさは絶大だった。年を食ってからの方が、その点はずいぶんと言ってみれば融通が利くようになったと思う。
何故だろうか? 若い頃の方が、感受性が強く、一度聴いただけで曲のイメージを掴んでしまう、ということも一般論としてはあり得ようが、何せぼくのことであるから、感受性がどうのというのは烏滸がましい話だし、それ以上に年を重ねるにつれ記憶力が減退し物覚えが悪くなってきたことが要因として大きいのではないだろうか。
ポリーニについていえば、ぼくはこの人の演奏をまともに聴いたことは一度もない。技術はすごくても、機械のようで心のない演奏と言われては、聴こうという気には到底なれなかった。だからこそベームは、孫のようなこのピアニストを可愛がったのだともいう(指揮者の思う通りの色に染まるピアノになる)。
せめて自分の耳で聴いてから判断しても遅くはなかったし、そうするのが公正な態度といえるのだろうが、世評の高い演奏をいちいち聴いているほど暇はないというのが正直なところだった。みんなと同じ方向にはなびきたくない、そういう思いも強かった。
そんなこんなでだいぶん回り道をすることにはなったけれど、最終的にハスキルの演奏がこの曲のバイブルみたいなものとして記憶に留められることになったのである。ハスキルのピアノは、けっして特別なことはしていないのだが、独特な節回しに溢れた個性的なもので、聴き込むともうこれ以外にはないという気になるくらいに心をしっかりと掴んで離さない。まさにハスキル節にはまるのである。
よくハスキルのピアノはモコモコしているといわれる。内省的でこもる感じは確かにある。しかし、一旦その真綿のような優しさに包まれてしまうと、もう離れられなくなってしまう。ただ、彼女のピアノは徹底的に孤独だ。聴き手を包み込む優しさがある反面、けっして聴き手に寄り添ってきてはくれない。ツンとしているのではなく、限りなく優しいのだけれど、恥ずかしがって向こうを向いてしまう、そんな感じだ。
なので、ハスキルを聴くときは、それなりの覚悟が必要だ。勿論気楽に聴ける演奏などないのだけれど、ハスキルの場合特に受け身では聴けない演奏のように思う。初めて聴いたとき、あまり心に響いて来なかったのは、多分そんなことが影響していたのではないだろうか。

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さてさてこれでは前置きばかりで終わってしまう。ハスキルのことはまた改めて書くことにして主題に戻らなくては。
長らくハスキル盤のイメージから離れられなかったヘ長調コンチェルトについて、ゼルキン=セル盤によって新しい眼を見開かされたことは前に書いた。これはまさに目からウロコといってよい経験だった訣だが、それから程なくしてよもや再び同様の思いを味わわされることになろうとは、考えてもみなかった。しかも、ルドルフ・ゼルキンの息子、ピーター・ゼルキンの演奏によって!
ピーターのことは、まだレコードの時代だが、メシアンを演奏するタッシというグループを結成したことなどは知っていた。しかし、現代音楽はカラキシだったので、モーツァルトのピアノ曲やコンチェルトのレコードもあることを知っても、聴いてみようという気は起きなかった。セットだったか単売だったかは覚えていないが、10番代の協奏曲ばかりという、当時としてかなりマニアックな選曲だったことも食指が伸びなかった要因だろう。
ところが、最近SONYからボックスセットが出るという案内を偶々見つけて、これはと思うに至ったのである。父ゼルキンのモーツァルトのコンチェルトのセットも悩んだ挙句に求め、ヘ長調コンチェルトとの出会いをはじめ、かけがえのない演奏に出会えたのは前に書いた通りである。モーツァルトのコンチェルトのセットが親子とも同じレーヴェルから出るなどというのは、まずあり得ないことだろうが、子ゼルキンのコンチェルトを出していたRCAがSONYの傘下に入ったという偶然が、それを実現に導いたのである。

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第14番から第19番までの6曲のピアノ・コンチェルト(父ゼルキンと共演した2台のピアノのためのコンチェルトというまたとないボーナス付き)3枚と、ソナタや幻想曲など2枚のアルバム、それにタッシのクラリネット五重奏曲とピアノ五重奏曲の1枚という、全6枚組のモーツァルトのセットである。
975.jpg
〔ピーター・ゼルキン モーツァルトピアノコンチェルト集 SONY19075879582〕

届いて最初に聴いたのが、一番気になるヘ長調コンチェルトだったのはいうまでもない。3枚めのCDの後半である。音が流れ始めて、アッと唸らされてしまった。尋常でない速さである。父ゼルキンの旧盤以外は結構みな速めで、父ゼルキンもアバドとの新盤は速かったし、中でもバレンボイムの弾き振りの旧盤は、速いだけでなく、ある意味酔っ払ったようなともいえる自在なテンポの動きが独特で印象に残っていた。
しかし、子ゼルキンの速さは言語を絶していた(正確にいえば、絶しているように聞こえた)。オーケストラの前奏が終わって、ピアノが入ってくるところは、ブツブツと音を切って弾くものだから、余計に速さが強調されて聞こえてくる。
1回めはただ圧倒されて聴いているうちに終わってしまった。今のはいったいなんだったんだろう、と呆然とする思いだった。
しかし、2度めに勇気を奮い起こしてもう一度セットすると、不思議なこともあるものである、さっきはいくらなんでもと思われた速さが、全然気にならないというか、全く別の曲の様相でぼくの前に現れたのである。それはオペラ・ブッファ、まさにフィガロの音楽だった!
考えてみれば、第14番から第19番までは短期間に集中して書かれた上に、第17番のように、オペラ・ブッファそのものの音楽を体現しているような曲もある。しかもこれらの6曲は、作曲時期が近接しているだけでなく、出だしのリズムも共有していて、まさに六ツ子というに相応しいのである(これについては、「クラシック音楽徒然草」の記事「モーツァルト ピアノ協奏曲第19番ヘ長調 K.459  ひとつの頂点 2016-02-20 」〈https://blog.goo.ne.jp/amanuma14/e/50061fac25da3c56692cce957bec1162〉を参照)。
こうしてピーターの演奏で眼からウロコを落とされてしまうと、オペラ・ブッファとして聴こうとすると、なんとしても他の演奏は生ぬるく聞こえてしまう。ことに、リズムをつなげてレガート気味に主題を弾くハスキルの演奏などは、全く別の曲に思えてくるのだ。
もちろんそれはハスキルをはじめとする、つい最近深い感慨を抱かされた父ゼルキンも含めた演奏を否定するものではない。同じ楽譜から全く異なる2つの曲が立ち上がってくるということがいいたいのである。

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さらに驚いたことがある。ピーターの演奏がどれだけ速いのか、いくつかの演奏を数字で比べてみた。第一楽章が始まりオーケストラの主題提示が終わり、ピアノが主題を弾き始めるまでのタイムをとってみた。結果は次のとおりである。
バレンボイム旧盤 1′56″
ルドルフ・ゼルキン 2′08″
ピーター・ゼルキン 1′51″
マレイ・ペライア 2′02″
マリア・ジョアン・ピリス 2′01″
クララ・ハスキル=フリッチャイ 2′09″
ルドルフ・ゼルキン新盤 1′55″
リリー・クラウス 2′01″
確かにピーターが一番速いのは確かなのだが、速さはバレンボイムと5秒しか違わない。数字の上だけからみると、けっしてそんなに異常な速さという訣でもないのである。
遅い方もハスキルが飛び抜けてという訣ではなく、父ゼルキンの旧盤よりわずかに1秒遅いだけである。リズムや音のつなぎ方が速さのイメージに与える影響はかなり大きいのであろう。
結局最も速いものと最も遅いものの差は17秒で、この差をどうみるか。2分足らずで20秒近くだから、2割以上の違いではあるので、結構な差ではあるのかも知れないが、数字以上に印象の差異が出るものだと改めて知らされた。
まだヘ長調コンチェルト1曲を聴いただけだが、ヘ長調コンチェルトだけでも、このボックスセットを買った価値は十二分にあった。あたかも値段からいえばかつてのLPの1枚分である。父ルドルフ・ゼルキンのボックスセットと同様に、いやそれ以上に貴重かつお得な買い物だったといってよいだろう。
何気なく調べていたら、タッシが何十年かぶりに再結成され、しかも日本でコンサートを開いていたことを知った。その際にも復活することのなかった名盤がCDで容易に聴けるようなったことを心から喜びたい。
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2019年06月15日

今年の梅雨は少しおかしい

今年は春以来どうも天気の推移がおかしい。相変わらず九州北部から近畿までは梅雨入りが宣言されていないのは、絶対的な基準がある訣ではないから、それだけでどうのこうのと言うことでもないのだけれど、今までこの季節には見たことのなかったような天気図が出現するのには眼を瞠る。
例えば、今回もそうだが、この季節の低気圧は、さほど発達せずに日本付近を通過することが多いものだが、このところ異常な発達を見せる低気圧が続出している。明日は北日本は大荒れになるだろう。
東シナ海から九州に近づく低気圧が、九州の手前で閉塞して二つ玉になって日本付近を通過して大雨を降らせるのはよくあるパターンだった。しかし、それでも普通は1000ヘクトパスカルは下回らない。梅雨時期は春秋に比べると気圧が下がるから、1000ヘクトパスカルを割る低気圧が通過することもあったけれど、単体で発達して通過することはあまりなかったと思う。
ところが、例えば今回では、今日の15時で近畿にある段階で984ヘクトパスカルを示している(図は気象庁のサイトより。https://www.jma.go.jp/jp/g3/index.html)。
2019061615の地上天気図.jpg
前線が描かれていなければ、まるで台風のような天気図である。高層天気図と見比べてみると、多分これは寒気を伴っているからなのだろうと思うが、こういう比較的背の高い寒冷渦といってよいような低気圧が頻繁にやって来るのが今年の春先以来続いているように思う。そして素人的にはこれは偏西風の蛇行に原因があるのかなと思う。
このように10代前半から20代後半にかけて数千枚の天気図を気象通報を聞いて描いた経験の中でも見覚えのないような天気図に、最近ひっきりなしにお目にかかるのである。明らかに天気の変化のパターンが30年前とは変わってきている。

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今年に梅雨に話を戻すと、こうして時折大雨が降るが(前回は先週の金曜日だった)、それが過ぎると比較的カラッとしている。梅雨時期独特の蒸し蒸し感をあまり感じず、空気も比較的澄んでいるように思う。陽性の梅雨といえばそうなのかもしれないが、確かにこれでは雨の間隔があまりに長いので、梅雨入りを宣言しにくいだろうなとは思う。しかし、だからといってこのままでは、梅雨入り宣言をしそびれはしないかと、よそ事ながら心配になる。
長期予報では今夏は不順な天候が予想されている。このまま梅雨にもならず、そのまま夏も来ずに終わるのではないかと心配にさえなってしまう。不順な夏といって思い出すのは1993年で、この年は秋に米不足さえ発生した。毎日何かしらの降水がある日々が続いた夏だった。
もし、今の天候がずっと続いたらどうなるか。まあそんなことはないとは思うが、何が起きるかわからないのが最近の天候である。なにごともほどほどに願いたいものだが、何につけトコトン徹底的にやっつけないと気のすまない風潮のはびこる昨今である。せめて自然だけは中庸に推移することを祈ってはいけないのだろうか。
香港の人々の必死の叫びを見るにつけ、イランにのこのこ出かけて行って外交成果を挙げた気になっている首相をいただくことを恥ずかしく思う。NHKを使った成果の強調も、単なる宣伝だけでなく本当にそう思っているらしいから始末が悪い。脳天気なのは知ったことではないが、その煽りは全て国民が被るのである。無責任極まりない話だ。
ラベル:天気 日常 季節
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2019年06月09日

昇天節のカンタータBWV37の聴き比べ

一昨日の雨は結構な降りで、てっきり近畿も梅雨入りしたのかと思っていたら、今回の雨で梅雨入りが発表されたのは、東海から東北南部までで、近畿以西、九州までは梅雨入りの発表はまだなのだという。確かに昨日・今日と爽やかなというか、むしろ涼しいくらいの天候で、梅雨でないといえばいえないこともないけれど、もう梅雨入りしたといっても誰も反論できない、そんな陽気だ。
要は梅雨入りに絶対的な基準があるわけではなく、気象庁の担当者がどこまで厳密に判断するか、というところもあるように思う。晴れているのに今日から梅雨とは宣言しにくい訣で、低気圧の通過は梅雨入りを発表するには絶好のタイミングなのである。だから、その先暫くまとまった雨が降るような気配はなくても、このタイミング逃すと梅雨入りの発表ができそうもないというような年は、まださほど明瞭な雨期という感じはないままに、さっさと梅雨入りを発表してしまうこともかつてはあったように思う。場合によっては、遡っていついつ頃から梅雨に入っていたと考えられる、なんていうことを後出しで発表したこともあったと記憶している。
ところが昨今の何事も客観性、正確性が重んじられるご時世、梅雨入りを発表したあとに雨が降らなければ何事かと怒られ、発表前にジメジメした天候が少しでも続くようだと、判断が甘いと誹られる。しかし、相手は自然なのである。サクラの開花と違って見てわかるという訣ではないから、そんなに厳密に今日から梅雨と線を引けるはずはないのである。梅雨入りの発表が多少早かろうが遅かろうが、もうそろそろ梅雨の季節であることは誰もが承知している訣で、もう少しおおらかに考えられないものか、と思う。あまりにギスギスし過ぎていて、これでは気象庁の担当者も胃がキリキリ痛むのではあるまいか。もっとも、近畿の梅雨入りが東海・関東・東北南部よりも遅いといってこんな事を書いているぼく自身が、昨今の風潮に読されているといわわれてしまえばそれまでなのであるが。

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さて、時だけは容赦ないスピードで流れていく。ついこの間6月に入ったと思ったら、もう明日は時の記念日である。せめて季節の推移に身を任せていきたいと思うのだが、それを味わう余裕のないままに、暦の推移を容赦なく実感させられる日々が続いている。
季節のカンタータを聴く方も、ついつい置いてけぼりを喰らいがちで、あ、これはと言う曲があっても、じっくり聴くまもなくあとへあとへと遠離ってゆく。
そんななか、久し振りにいろんな演奏を聴き比べる機会をもてた曲がある。昇天節のためのカンタータBWV37「信じて洗礼を受ける者は」である。今年の昇天節は教会暦の巡りが遅いので5月30日だったが、1724年5月18日に初演された曲である。作曲以来295年を迎える曲である。
小規模ながらこの季節にぴったりの爽やかな曲である。大合唱、テノールのアリア、ソプラノとアルトの二重唱アリア、バスのレティタティーボ、バスのアリア、コラールの6曲からなり、大合唱、独唱アリア、二重唱アリア、コラール、レティタティーボというように曲の形式を必要最小限に網羅し、しかも四声それぞれにアリアの見せ場をもつコンパクトな曲。
第2曲のオブリガートが失われてしまったのが惜しまれる。普通には、アリアの旋律に基づいて復元されたヴァイオリンのオブリガートで演奏されるが、バッハはどんな楽器のどんなオブリガートを付けていたのだろうか? どこかからパート譜なり見つからないものなのだろうか?
ガーディナーの2種類の演奏、鈴木雅明BCJ 、ビラー 、リリング、アーノンクール
の6種類を聴いた。

第1曲 大合唱
ガーディナー 2′24″
快速、リズミカルに突き進む、ガーディナーらしい颯爽とした切れ味のよい演奏。心地よさが際立つ。あっという間に終わってしまい名残惜しさが半端ではない。合唱は録音が近いせいか分離がよく、特にソプラノがクリア。
ガーディナー(旧) 2′19″
基本は後年のカンタータ巡礼とそっくりの快速な演奏で、むしろ速いくらいだが、もう少しまろやかな肌触りがある。広がりを感じるやや遠めの録音のせいか、かえって合唱の一体感がすばらしく、大きな起伏のある響きが魅力的だ。
鈴木雅明BCJ 2′24″
ガーディナーと全く同タイムながら、合唱のテイストの違いなのか、さほどの速さを感じさせないしっとり感のある演奏。
ビラー 2′58″
のびやかに歌う厚みを感じる豊かな少年合唱が印象的な演奏。リズムのはっきりした律儀なヴァイオリンと対照的で、遅さが印象付けられる。
リリング 3′00″
音を引きずる感じがあるためか、タイムほどの遅さは感じない。じっくり慈しむように噛みしめるように進む。広がりのある包容感のある音楽。
アーノンクール 2′38″
ガーディナーや鈴木雅明BCJほど速くなく中庸な感じで、いつものアーノンクールの意外さはない。ボーイソプラノのゆったりとした語りかけが美しい。

第2曲 テノールのアリア
ガーディナー 5′40″
ヴァイオリンの軽やかなオブリガートを伴いながら、やや癖のある感じのテノールが、粘らずにサラサラと歌う。不思議な簡素な静謐さがある。そんなに遅い印象はないのにタイムが最も遅いのはどうしてか。
ガーディナー(旧) 5′36″
第2曲もカンタータ巡礼よりはやや速めの演奏。広がりのある空間にヴァイオリンとテノールが飛翔していく感じなのが印象的。なお。ヴァイオリンのオブリガートに少し音が加わっていて、ほかの演奏とは異なる印象がある。
鈴木雅明BCJ 5′32″
オブリガートはやや控えめだが雄弁。通奏低音が心地よく響き続ける。アットホームな感じの温かさを感じる。
ビラー 5′22″
控えめだがリズミックなヴァイオリンのオブリガートに乗って、テノールが美しく語りかけながら駈け抜ける爽やかな演奏。だんだんテンポが上がっていく感じだが、最後はテンポを落として静かに終わる。
リリング 5′13″
遅い大合唱から一転、チェンバロに乗って、テノールがリズミカルに歌う。ヴァイオリンのオブリガートがしっとりと美しい。
アーノンクール 5′27″
ヴァイオリンのオブリガートには、他の演奏にはない装飾的な音が加えられている。テンポは中庸、テノールも穏やかで、時折聞こえるオルガンの響きも美しい。

第3曲 ソプラノとアルトのアリア
ガーディナー 2′39″
第1曲に続き再び快速でリズミカルなガーディナーらしい演奏。ソプラノのきっぱりとした声質と歌い方が印象的で、快速なテンポと相まって、ハッとするような音楽を奏でてゆく。
ガーディナー(旧) 2′35″
これもカンタータ巡礼と同じテイスト。ソプラノとアルト(カンタータ巡礼と違いカウンターテナーが歌う)の二重唱が美しい。曲としての一体感、まろやかさという点はカンタータ巡礼より勝るように思う。
鈴木雅明BCJ 3′00″
しっとりとした低音が印象的。ソプラノののびやかで澄んだ響きが印象的。アルト(カウンターテナー)との掛け合いが美しく、天上の音楽の感がある。
ビラー 3′22″
ゆったりとしたテンポの少年合唱の掛け合いがユニーク。低弦が明確にリズムを刻むこともあって、清澄さよりはやや重さを感じる印象がある。
リリング 3′10″
抑え気味の低弦をバックに、ソプラノとアルトが華やかな二重唱を繰り広げる。
アーノンクール 3′08″
ボーイソプラノが光る。アルトとの掛け合いが美しい、夢見るようなアリア。

第4曲 バスのレティタティーボ
ガーディナー 0′53″
引き続き速めで厳しいレティタティーボ。
ガーディナー(旧) 0′54″
テンポ感はカンタータ巡礼と同じだが、他の曲と同様に、先鋭感が少なくまろやかで優しい。終わり方などに特にそれを感じる。
鈴木雅明BCJ 1′00″
一転緊張感を孕んだ音楽が展開。そのままアリアに進む。
ビラー 1′02″
ゆっくりめのテンポでバスが静かに語りかける。
リリング 1′05″
テンポを落とし、バスが静かにかつ力強く語りかける。
アーノンクール 0′51″
バスが速めのテンポで雄弁に語りかける。

第5曲 バスのアリア
ガーディナー 2′39″
第4曲の気分をそのまま受け継ぐ速めのアリアで劇的な印象を残す厳しい音楽。
ガーディナー(旧) 2′49″
基本はカンタータ巡礼と同じだが、録音がやや遠いせいもあろうが、もう少しまろやかで、しっとりとした落ち着きがある。
鈴木雅明BCJ 2′34″
かなり速いがしっとりとした落ち着きがあり、劇的な緊迫感はあまりない。バスの丁寧な語りかけが心に残る。
ビラー 2′59″
第4曲の気分をそのままに、バスが抑え気味に静かにしっとりと穏やかに歌う。
リリング 2′43″
チェンバロに乗ったバスが、速めのテンポで歌う。その語り口のうまさに引き込まれてしまう。
アーノンクール 3′02″
第4曲のレティタティーポと対照的に、ややテンポを落とし気味のバスが、じっくりとかつ淡々と歌う。

第6曲 コラール
ガーディナー 1′09″
最後まで快速で突き進む終曲。時折聞こえるチェンバロの響きも美しい。
ガーディナー(旧) 1′12″
合唱の分厚い響きが美しい。快速だが包容力のある優しさを感じる。
鈴木雅明BCJ 1′20″
聞いた印象はずいぶん速く、ガーディナーよりも速い。第5曲の流れそのままである。転調の余韻を残したまま静かに終わる。美しいコラール。末尾の20秒ほどは余白で、実際には0′59″ほどで終わっている。
ビラー 1′10″
少年合唱の分厚い響きが圧倒的な印象を残しながら、曲を締め括る。
リリング 1′14″
豊かな合唱がたゆたいながら詠嘆を交えながら、静かにゆっくりと全曲を締め括る。
アーノンクール 1′25″
少年合唱が慈しむようにしっとりと奏でる、心にしみるコラール。

昇天節の関係の曲には、あの名曲昇天節オラトリオBWV11があり、冒頭のトランペットの輝かしい昂揚感のある旋律を聴くと、気分の落ち込んでいるときにも勇気を与えられる。ロ短調ミサに転用された曲もあり、全体としてまだ特別の曲という思いがある。まだまだ聴き比べには時間がかかりそうだ。その代わりというのは勿体ない話だが、コンパクト聴きやすいBWV37を取り上げてみた訣である。ただ、小さいのは曲の規模だけで、その感動は圧倒的である。BWV11に勝るとも劣らない名曲であるのは間違いないと思う。
posted by あきちゃん at 21:12| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年05月29日

梨木香歩さんの『海うそ』を読む(その7)─変わるもの、変わらぬもの─

梨木香歩さんの『海うそ』を読む(その6)よりつづく)

呼原─山懐 ハマカンゾウ/クイナ 口の権現・奥の権現
良信の防塁に沿って歩きながら、秋野の握った握り飯で昼食をとる。前に岩本さんの握り飯の固さに、彼らしい人間性を見出した2人であったが、今度は秋野が握った握り飯に対する梶井君の反応に、人間関係における境を思う。母親の握り飯以外に感じる違和感にはぼくにも覚えがある。
そういう境を気付かずに越えてしまっていることがある。気付いたときには、その人間と親密になって、お互いの人生に影を落とすような濃さを生じさせてしまっている。秋野はそう述懐する。
その境の存在に気付くか気付かないか、その違いはなんなのだろうか。梨木さんがここで秋野にそう考えさせた、しかも、敢えてそれを梶井君には告げずにそうさせた意図はどこにあるのだろう。特に意識しなくてもその境に気付いて梶井君の純粋さへの憧れであろうか。
互いに心を許しあって自然に境を越えるのはありだろう。相手の領域に踏み込んで良いかどうか判断する力は、本来人として自然に身につけていなければならないものだが、ごく自然にそれを滲み出させた梶井君が、秋野にはゆかしく思われたのだろう。

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延々と続く良信の防塁に沿って歩くうち、何かに追い詰められているような息苦しさを覚え始める。時折不意に姿を現わす紫雲山を見るたびに秋野はその頂上のヤマシャクナゲを思い、そんな心のこもった贈り物などもらうことなく逝ってしまった許嫁のことを思い浮かべるのだった。
2人は権現谷を遡り、今夜の宿とすべく、山懐(これは普通名詞ではなく、地名らしい)にある番小屋を目指す。そこはかつて紫雲山精舎の立ち並んでいた場所だった。
奥の権現で発光性の光に魅せられた秋野は、何かに取り憑かれたように、その源に辿り着こうとする。梶井君に止められて初めて、秋野は自分が自分でなくなりかけていたことに気付くのだった。危うく別の世界に引っ張り込まれようとしていたのである。梶井君がそんな秋野をこちら側の世界に引き戻してくれたのだ。
山懐の番小屋は、かつて薬王院があった場所だった。2人は地元の猟師たちの歓待を受ける。それもハマカンゾウを喰い荒らしたと言って梶井君との間で話題に出たばかりのヤギ肉で。
眼があっても人怖じしないクイナに驚いた話をすると、実はこの間普通の鶏肉と思って食べたのがクイナだったことを梶井君に明かされ、この島における自然と人間の近さというか、人間が自然の一部になっているありさまに、今さらのように唖然とするのだった。

          §           §           §

秋野はここで滝に打たれる。その水の勢いにまさに打たれる思いだった。あらゆるものから遮断され隔絶される思いを味わうのである。今自分のいる時間軸と空間軸の座標。ひとはそこから座標をずらしながら、さまざまなことを意識する。そして再び自分の座標に戻ることで、自分の存在を確かめて安心する。
しかし、軸上の位置をずらすのでなく、軸と無関係の位置に自分を置くことで、自分という存在を絶対化する。他者への依存を断ち切ることで自分を見つめ直そうとする孤独で過酷な作業である。
滝に打たれた秋野は、一瞬でそこから逃げ出してしまったが、かつてここにいた修行者たちは、自らをそこに投げ込んでいたのだった。秋野はそこに気付いたのである。
クイナの人怖じしない様子とともに、秋野が思い出したものがある。カモシカである。群れをなさず一人立ったまま凍え死んでいることもあるというその孤独な姿。そこに秋野が見たのは、修行者のありようとともに、亡くなった許嫁の瞳だった。
許嫁を救ってあげられなかった自分を責める秋野は、許嫁の孤独を追体験せねばという強迫観念に捉われたのだろう。夢の中でまで自分を無化する虚しい努力を強いられてしまう。それを果たせぬまま、夜半の研ぎ澄まされた月光に目覚めた秋野は、煌々と輝く紫雲山の稜線に、思わずこうべを垂れるのだった。彼が見た紫雲山は、時間軸を遡ったところに位置するそれだったのかも知れない。

本章に登場する生き物たち
ハマカンゾウ/ヤギ/ヤマシャクナゲ/ヘゴ/スギ/発光性の茸の仲間/ハラン/クイナ/カモシカ/ノミ/虫

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山懐─尾崎─森肩 ウバメガシ/イセエビ 恵仁岩
明け方出て行った猟師たちの残して行ってくれたものと、そろそろ食べないと危ないトビウオを焼いて朝食とする。トビウオの胸ビレは鳥の羽のように大きく、梶井君が魚なんだか鳥なんだか、と呟く。物事の境目とはなんなのか、という問いかけである。
尾崎に向けて権現川を遡る。石灰岩の岩壁が無惨に削り取られているのは磨崖仏を刻んだあとで、その傷を覆うかのようにシダ類が生え始めている。2人は声もなく立ち竦み、目を閉じないではいられなかった。
やがて権現口に到着、善照さんが育った蔵王院の跡地に立つ。その頃も響いていたに違いないせせらぎの音、毎年丹精した蕾を持ち上げ続けているに違いないツワブキの濃い黄色の花、そして廃墟とも山ともつかぬところに紫雲山から吹き下りてくる風。これらを今のようになることなど微塵も思わず見つめていた人がいたことに、彼らは思いをいたすのだった。そして秋野は、廃墟とも山ともつかぬところで風に吹かれるのに耐えられない思いを味わっていたのである。

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まもなくあっけなく山を越え、本土側の海に出た。ウバメガシに覆われた山が垂直に切り落ちて海に落ち、この尾ノ崎湾を囲んでかつて法興寺が隆盛を誇っていたのだった。しかし、権現谷沿いの僧坊と違って、人の営みを示すものはすっかり消えてしまっていた。秋野はそれをむしろ清々しいと思い込もうとした。
しかし、それはやはり無理だったのである。今も変わらぬ空の青さ、山々の濃い緑、雲の白さを見ていると、胸を引きちぎられるような寂寥感に苛まれるのである。風など吹いてほしくないと感じたのと同じ気持ちであろう。
黙って歩き続ける2人の前に、やがて天から矛を突き立てたようなその巌が忽然と姿を現した。いかにも唐突な海そのものに対峙するしかない場所。恵仁岩である。海中からすっくと立ち上がる恵仁岩、それを見ながら、時間軸をずらした時に展開していたであろう世界、人々に想いを馳せる。梶井君は恵仁と雪蓮の悲しい物語を知らなかった。梶井君の受け答えに、秋野は不思議な素直さを見出し、感歎をさえ味わい、そんな梶井君が眩しくなるのだった。

          §           §           §

防塁を築いた良信さんがその石を切り出した場所、良信の石切場を見つける。その時のままにそこはあった。壮大な偉業だと思う。ここで梶井君は、ヤギが付けたような小径を辿った断崖を降り、海に潜り、イセエビを獲ってきた。そこの海底は、夥しい伽藍の残骸、仏像仏具で埋まっていたという。
消えてしまっていたと思っていたもの、むしろなければないで諦めもつくもの、ない方がよいと思っていたものが、厳然と時を超えて残っていたのである。時間軸の向こうにそれが存在していた証拠を、梶井君から何の他意もなくさらりと示されて、秋野の寂寥感はもういかんともし難くなる。
それがなかったとしても、むしろそれを清々しいと思い込もうと秋野は努力を強いられ、虚しい努力に消耗していたのである。その存在を突きつけられては身も蓋もない。虚しさは、何の防波堤もなく一気に攻めよせ始めるのだった。ただ、秋野にとってまだ幸いだったのは、それを直接見ずに済んだことか。秋野には梶井君の純真さが心から羨ましかったはずである。
尾崎で野営し、翌日は善照さんの地図で獺越とされているあたりを尾浦へ向かう。在家の修行者が生活していた場所である。この道行きずっと亡者の世界を歩いていたのではないか、ふとそんな気がするのだった。

          §           §           §

その後、再び尾ノ崎湾沿いに歩いて紫雲神社を訪ね、屋城で一泊して、1週間ぶりに森肩の山根さんのところに戻った。すると、これだけ歩いても島中どこでもお目にかかれなかった海うそ、つまり蜃気楼に2人は遭遇したのだった。
山根さんにその話をすると、最近山根さんは、善照さんがよく、うそ越えをして、というようなことを話していたのを思い出すという。そういえば佐伯教授もうそ越えのことは知っていた。
善照さんは、佐伯教授に地図は見せたかったけれども、何か話したのかも知れないと秋野が言うと、山根さんは、今となっては知りようもないけれども、もう知っていることのようにも思えると、謎かけみたいなことを言ったという。
秋野がそれをどう受け止めたかは書かれておらず、読者は梨木さんにかけられた謎を解かなくてはならなくなるのである。でもこれは難解だ。
森肩では、山根さんがささやかな宴を開いてくれた。山根さんや岩本さんは、秋野が精悍になり、十界修行をしてきたようだという。山根さんは、人間にはどの世界も開かれているというが、その絶対性は自分のところには届かないと秋野は思う。紫雲山を襲った廃仏毀釈の嵐について、そして善照さんの経歴についても改めて話を聞いた。
こうして1週間に及ぶ秋野と梶井君の遅島探検は終わった。厳密にいえば森肩の山根氏宅を出てから6日めである(1日め:森肩の山根氏宅、笠取峠、耳取洞窟、沼耳の根小屋(泊)、2日め:沼耳、呼原、山懐の番小屋(泊)、3日め:山懐、尾崎(泊。野営)、4日目:尾崎、紫雲神社(泊)、5日目:紫雲神社、屋城(泊)、6日目:屋城、森肩の山根氏宅)が、月曜に出れば土曜までであるから、概ね1週間といっても大過はないだろう。
それは本当に夢のような経験だった。その後秋野は山根さんと音信を交わすことはあっても直接会うことはもう2度となかった。梶井君も戦地で帰らぬ人となったのだった。

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山根さんのかけた謎について、少しだけだけれど、考えるところを記しておきたい。
かつてあったものの存在のかけら、残骸に秋野はいたたまれないものを感じる。むしろ完全に跡形もなくなってくれていた方がいい、そこに清々しさがあるとさえ思い込もうとする。なまじ忍ぶ縁があると、時が流れたことが身をもって実感されて辛いのである。
しかし、何も残っていなくても、当時と変わらぬものの存在があると、それがかつてあったものの不存在を際立たせることがある。その際には、風、光、空、山、雲などの自然が顕著な役割を果たす。
秋野が特に感じたのは風に対してだった。唐突かも知れないが、万葉集の志貴皇子のあの著名な歌、采女の袖吹き返す明日香風都を遠みいたずらに吹く、と共通の感覚であろうか。飛鳥に都があった頃に吹いていたのと同じ風が、今も吹いている。しかし、かつてその風が翻していた長い袖の服をまとった女官たちはもうここにはいない。変わらぬものの存在が、変わってしまって今はもう存在しないもののことを雄弁に物語るのである。
秋野はその代表的なものとして、風よ吹いてくれるな、と祈ったのである。だが、所詮そういうものなのだ。形あるもの、命あるものは、いつかは崩れ、いつかは亡びる。秋野はそのことをまだ受け入れられずにいて、もがいていたのだた。
その背景には、許嫁の自死という彼には受け入れ難い事実があった。それすら受け入れられずにいた秋野が、形のないもの、生きていないものの中に、物事の本質があることを見抜くまでにはまだ長い時間が必要だった。法興寺の跡で風に吹かれ、森肩の山根さんのところで海うそに出会っても、そこに物事の本質を見出すまでには至らなかったのはやむを得ないことなのだろう。
山根さんが秋野にかけた謎、今となっては知りようもないけれども、もう知っていることのようにも思える、というのは、善照さんが獺越の話で佐伯教授に何を伝えようてしていたかは知りようがないけれども、既に海うそに遭遇した以上は、その本質を理解するまであと一歩だから頑張ってほしい、ということを伝えたかったのだろう。
その本質とは何か? やや先走った話になるが、その種明かしは、最終章で秋野自身の口から語られることになる。実は、海うそは、風以上にその本質を明確に示す存在なのである。いや、「存在」と今書いたが、海うそは蜃気楼であって、それ自体が非存在であるという逆説を負っている。風は目には見えなくても、空気の移動という実態を伴うけれど、海うそはそれじたいが幻なのである。その幻が、変わらぬものとしてあり続けるというパラドクスには、クラクラとさせられるばかりだ。まさに「空」そのものなのである。秋野は「色即是空」ということ自体ををまだ受け入れられずにもがいていた。ましてその先にやってくる世界、すなわち「空即是色」には気付くべくもなかった。
続く最終章で50年の時を経た秋野は、今ようやくそれを理解し、山根さんを懐かしく追想しているのである。その謎を解くための50年だったといっても過言ではないだろう。

本章に登場する生き物たち
トビウオ/ヤマシギ/シダ類/スギ/ツワブキ/ウバメガシ/海鳥/イセエビ
ラベル:読書
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2019年05月23日

南鈴鹿の双耳峰仙ヶ岳に登る

10連休の1日、南鈴鹿の仙ヶ岳を訪れた。昨年、北の宮指路岳から、続いて南の鬼ヶ牙・臼杵岳から相次いで望んだ双耳峰である。いずれも特に仙ヶ岳を意識して登った訣ではなかったのだけれど、期せずして両側からその印象的な姿を心に刻んだことで、いつか是非という思いが募ってきて、訪れるべくしてという感じの山行となった。今回はちょうど連休中ということもあって、家内だけでなく、大阪の長女と京都の二女の予定も合わせて、4人で出かけることにした。
仙ヶ岳は、北側からの深い緑の森と、南側からの巨岩を林立させた荒々しい岩山と、対照的な異なる2つの顔をもつ。各方面からヴァリエーションに富んだ登路があるのも特徴だ。今回はそのうち南側からの正面ルートを辿った。一番登りがいのある、仙ヶ岳のよさが最もよく味わえる道筋といってよい。
起点は、石水渓の入口の、第二名神の陸橋の下に位置する仙ヶ岳登山口である。ここまでは鬼ヶ牙に登ったときと同じ道筋で奈良から1時間半ほど。ここから右手の林道に入り、茶畑の間を抜けさらに遡ると、堰堤のそばに僅かだが駐車スペースがある。
林道は荒れてきているから注意を要する旨案内書には書いてあったが、案の定何ヵ所か心配になる箇所があった。道の片側が雨水の浸食を受けて大きく抉れ、土嚢を並べて段差を少なくしてくれてはあるものの、車のおなかを擦りそうになるのである。かといって道路脇に駐める余裕のあるところもなく、前進あるのみという訣で、覚悟を決めて進むことにする。
極力スピードを落としつつ、左右に道を見極めながら進めば、幸いさしたる支障もなく駐車スペースまで行き着くことができた。9時半を少し回った頃で、既に3台(乗用車2台と軽トラック1台)の先客があり、その間に駐めさせていただく(あと1台は駐車できるだろう)。

          §           §           §

ここから落石で車は通行不能の林道をのんびり歩き、林道終点から谷筋の山道を僅かに辿れば、合わせて小一時間ほどで南尾根コースと白谷道コースの分岐に着く。どちら回りにするのがよいか、出かける前から少し悩んだが(山と渓谷社の『三重県の山』は南尾根コース、西内正弘さんの鈴鹿案内─『地図で歩く鈴鹿の山ハイキング100選』・『鈴鹿の山ハイキング21世紀の山歩き』いずれも中日新聞社刊─や福井正身さんの『鈴鹿の山(中南部編)18山』は白谷道コースを登りに用いている)、どうせ登るなら見晴らしを楽しみながら登りたいと考え、今回は南尾根を登って白谷道を降る左回りのルートを取ることにした。
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〔1南尾根コース(左)と白谷道コース(右)の分岐〕

南尾根コースといっても、滝谷不動の手前の尾根に出るまでは、流れを何回か渡り返しながらイタハシ谷と呼ばれる谷筋を登り詰めていくことになる。道はうまく付けられているが、折角の高巻きの道の桟橋が危険な状態になっているということで、谷を直接詰めるように道筋をロープを貼って指示してある場所もあった。
沢を詰めるに従って傾斜も増し、ここがこんなに急であるとは思ってもいなかった急傾斜の源頭をジグザグによじ登れば、漸く南尾根の鞍部に出る。振り返るとよくこんな所を詰めてきたなと、ここを降りに使わなくてよかったとつくづく思う、そんな感慨の湧くほどの傾斜だった。
右手へ滝谷不動へは僅かの登り。東向きのお不動さんの脇からさらに鉄ハシゴを登れば、石仏が3体祀られた展望のよい大岩の所に出る。ひととき展望を楽しんだら、まだ先は長いので名残は惜しいが先を急ぎ、鞍部まで戻って、南尾根に取りかかることにする。
初っ端からロープの下がった岩が立ちはだかり、どうなることかと思わされたが、手掛かり足掛かりは結構あって、案外どうということもなく登れた。しかし、こうした岩をまじえたアップダウンがずっと続く。
そのうちに次第に展望が得られるようになって道が右に回り込む辺りからは、いよいよ南尾根の核心部となる。ここから仙ヶ岳東峰の仙ノ岩に出るまでは、それぞれに個性的な岩場をもつピークをいくつも越える。大きなピークが4つあるというのは事前に案内書で確かめていたけれど、ここまでにもたくさんそれらしいところがあったので、もういくつかは過ぎているのかと思っていたが、どうもこの曲がってから先が本物のピークの連続であるようだ。
まだ結構な比高はあるし、折角登ったピークの向こう側にはそれを顕著なピークにしているたいがいの落ち込みがあるから、相当なアルバイトを強いられる。けれど、快晴の青空のもと、抜群の展望に伴われつつ登る足取りは軽い。それぞれのピークはみな眺望に恵まれ、景色を楽しみながら登れるので、結構な時間を要してはいるのだけれど、滝谷不動までの源頭のガレを詰める苦しさに比べると、はるかに気分的に楽である。展望に恵まれた、しかもツツジの花に彩られた一級の尾根歩きといってよいだろう。
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〔2南尾根から見る野登山〕

なお、どれがP1からP4に当たるかは、多分そうだろうなといいのはあっても、登っていくとどれもいっぱしのピークに思えて、どこからP4を数え始めるかが難しい。それで、P1を除くと、逆コースを辿ってみないと厳密な照合は難しかった。
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〔3南尾根から見る御所平〕

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〔4南尾根を行く〕

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〔5南尾根を行く2〕

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〔6南尾根からの眺望〕

双耳峰に辿り着く一つ手前のピークP1はもう東峰の仙ノ岩が見えているから、同定が容易だ。このピーク巻いて行ってしまうように道はつけられているが、僅かに左に戻ればピークを極められるので、折角なので踏んでいくことにした。これは大正解で、南から東にかけての眺望では山頂に劣らぬものがあったし、北の展望も開けて、360度の大展望を楽しめる。
中でも、御在所岳と鎌ヶ岳の、あの去年宮指路岳から見て印象に残っている姿は感動ものだった。それだけではない。去年は霞んでいてあまりはっきり見えなかった御池岳が、雨乞岳との間に明瞭にその姿を現わしていた。南尾根を降らない人でも、ここまではたいした距離ではないから、山頂から足を延ばしてみる価値は充分にあるだろう。
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〔7P1から仙ヶ岳東峰を見る〕

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〔8P1から吊尾根越しに鈴鹿北部を望む〕

このP1からは仙ノ岩まではもうあとひとがんばり。仙ノ岩がもう目の前に見えているので、さらに足取りも軽くなる。仙ノ岩は、絶妙のバランスと聞いていたが、思いのほかどっしりと安定した感じがした。写真を撮ってもなかなか大きさのイメージが湧きにくい。かといって人を入れても岩の陰でかつ逆光なるため、あまりぱっとした写真にはならない。あっけらかんとした風貌が印象的な山頂だ。
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〔9仙ノ岩〕

ここまでに出会った登山者は5人に満たなかったが、仙ノ岩の前では西峰からやって来て野登山方面へ向かうらしい一団とすれ違った。しかし、仙ノ岩から少し東に辿った辺りで遅めの昼食を取っている間は、誰にも会わずじまいの静寂の仙ヶ岳東峰だった。元々昼食は西峰でと考えていたが、南尾根の登りにやはり思っていた以上の時間を要してしまったようで、腹ごしらえを先にすることにした。
タケノコごはんと、今回はお湯持参でカップ麺付きである。最近のカップ麺は優秀で、地上で食べるのとほとんど変わらぬ味を山の上でも賞味できる。多少がさばるのと湯を運び上げる重ささえ厭わなければ、思っていたよりも随分ずっとよい。がさばらないので小型サイズが便利だが、寒い季節には冷めやすいという難点もある。あと、帰途に空いた入れ物からつゆがこぼれると始末が悪いので、袋の準備は必要だ。ラップを剥いてからリュックに詰め込んでくればなおよい。

          §           §           §

さて、西峰に向かって出発。気持ち良い吊尾根である。降り始めてすぐ、左に白谷道を示す分岐があったが、ちょっと早過ぎる。一応ここまで戻ってくることも頭に入れておく。双耳峰の鞍部から西峰の登りにかかると、再び今まで隠れていた北側の展望が開け始めた。おなじみの御在所と鎌ヶ岳、それに去年登った宮指路岳とそこに続く犬返しの険を通る稜線は至近の間である。
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〔10南尾根を振り返る〕

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〔11吊尾根から鈴鹿北部の眺望〕

西峰の山頂には少しだが疎林があって、一度に360度という訣にはいかないけれど、少し工夫をすればなんとか一周ぐるりと見渡せる。それに山麓の鬼ヶ牙付近では新緑が燃えるようだったが、1,000m近い山頂の自然林はまだ芽吹き始めたばかりで、木々がそれほど景色の障害にはならないのである。
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〔12西峰から東峰を振り返る〕

振り返ると、さっき踏んできた東峰から登路の南尾根にかけての景色も雄大だった。越えてきた石の堆積のピークの連なりを見ていると、よくぞここまでという気にさせてくれる。また、不思議なのは、まるでモアイのように直立した石が、稜線から谷に向かっていく筋も列をなして並んでいる姿だ。森林帯の中で丸い石がゴロゴロと谷状に堆積しているところはよく見かけるが、こんな石の衝立のようなのは見たことがない。思わず稜線の石から順にドミノ倒しのようなことをしたら面白かろうなどと思ってしまう。
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〔13南尾根と伊勢平野〕

南鈴鹿の山々も逆光ながら美しく望めた。仙ヶ岳から続く御所平、前回出かけた臼杵岳から、三子山、四方草山、鈴鹿峠を越えて、高畑山から溝干山、那須ヶ原山、油日岳へと至る、けっして高くはないが手強そうで長大な尾根。いつかまた出かけてみたい。
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〔14西峰から高畑山・那須ヶ原山・油日岳を望む〕

見飽きぬ景色だが、思った以上に登りに時間を取ってしまったので、日の長い季節とはいえ先を急がなければならない。最初に見た入口よりもだいぶん西峰に近いところにも白谷道を示す道標があり、ここから降り始める。いきなり急降下である。まもなく左から谷が合わさる。ここには仙ヶ岳は左への指示があり、登る際には今左から合わさってきた右の谷へは入らないように誘導しているようだ。吊尾根で最初に見た入口はあるいはこの右谷を降るものだったのかも知れない。
白谷道は迷うようなところではないが、丸い石の堆積した歩きにくい源頭で、明瞭な道がある訣ではなく、よく注意していないと足を取られそうになる。谷筋自体はほぼまっすぐ結構な傾斜で降ってゆくので、所々にロープの設備もある。
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〔15白谷道を降る〕

やがて水音が聞こえるようになり、谷らしくなって、時に高巻きあり、沢沿いの道ありで、流れを左に右に何度も渡り返しながら降るようになる。これを登りに使わなくてよかったと思いながら降ったせいもあってか、この降りは気分的に随分長かった。初めは白谷道の名の通り白く明るい谷だったが、水音が聞こえる頃からはジメジメとした谷らしい感じが増し、陽も傾き始めてだんだん暗くなって来た。この辺りが一番辛かった。
そのうち急に谷が明るさを取り戻しやや開け明るい感じになってきた。何だろうと思っていると、その先にまさかこんな山奥にと思うような見たこともない高さの堰堤が築かれていて、そこを左岸から巻いて急降下するようになっていた。先程の明るい広場状の開けた部分は、どうもこの堰堤を築いたお蔭で堆積した土砂がもたらした平地だったらしい。
御所平方面からの谷を合わせたあと、谷は左にカーヴして次第に深さを増して行く。相変わらず徒渉を繰り返すが、高巻きの道が崩れたせいであろうか、一旦鉄梯子で河原に降り、その先で再び鉄梯子で高巻き道に登り返す不思議な場所もあった。梯子の下部が固定されていないため、ここは一人だったら結構気を使うだろう。岩棚状の狭い道を鎖を伝って通過するような所もあったがさほどのこともなく、まもなく営林署の倒壊した古い建物の残骸を見ると、ようやく今朝通った分岐に辿り着く。
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〔16梯子を降りて登って〕


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ここからは結構長い林道を歩いて駐車地まで戻る。駐めてある車が遙か彼方に見える場所もあって、思わず歓声が上がる。結局休憩も含めると8時間近い長丁場となったが、好天に恵まれた今日の山行の足取りを確かめるように降る道行きは軽やかだった。
滝谷の登りでもう帰りたいを連発していた下の娘も、それなりに充実感を味わってくれているようだった。なにせ彼女は、明日は家族で山歩きだと言ったら、大学院の仲間たちからお菓子の餞別をさえもらってきているのである。それなりに山歩きをしている友人も仙ヶ岳と聞いて、すぐにはわからなかったらしい。ことほどさようにマイナーな山ではあるのであるが、山の真価が名が通っているかどうかとは無関係であるのは、今日のこの満足感を思えば明らかだ。
今回は南尾根を登る左回りコースを取ったが、白谷道も登れば登ったで、素晴らしいコースではあるには違いない。下りに使ったのでは、白谷道の本当の良さはわからないのかも知れない。一方、南尾根は、下りでも展望に優れているから、登りでも降りでも飽きるということはないだろう。そう考えると、白谷道を登りに使う右回りコースを紹介している西内さんの案内も一理あるように思えてくる。もうこうなると、是非逆回りでもう一度訪れてみなければなるまい。往復してみて初めて道の真価はわかるようにも思う。ただ、おなかを擦らないように気を使って登るあの林道はあまり通過したくないな、とは思うけれど。
帰路茶畑の広がる夕暮れ迫る林道脇に車を駐めて振り返ると、仙ヶ岳へと辿った南尾根をきれいに望むことができた。暫く車を駐めていたが、通行する車もない。山頂から眺めたとき、この茶畑らしきものをハッキリと見ることができたので、下からも見えるはずだと思ったのを思い出し、車から降りて振り返ってみて正解だった。
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〔17仙ヶ岳を振り返る〕
ラベル:季節 鈴鹿
posted by あきちゃん at 22:07| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする