2017年10月15日

父に耳を見てもらった夢と季節の不順な進み行き─夢の記憶46─

先日惜別したはずのあの香りが、また漂いはじめている。しかもかなり強烈に。再度開花したのか、咲きそびれていたのが、もはや季節外れでしかない暑さに開花を思い出したのか。
キンモクセイといえば、10月の声を届ける花として心に焼きついていたのに、ここ数年、変に早かったり遅かったり、また今年のように繰り返し咲いてみたりと、どうも落ち着きがない。これもひとえに、季節の進み行きが安定していないからだろうか。植物の方も、どうしてよいかわからぬまま、天候に合わせて正直に営みを繰り返しているようだ。

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前日(話の筋からいって、金曜日だったはずである)体調が悪くて早めに帰宅した。残りは明日また、出勤してやればいいやと思った記憶がある。
翌朝目覚める。気分は悪くない。広い部屋の片隅に敷いた布団に寝ている。温泉の脱衣場のような、扉のない棚が並んでいるのが頭上に見える。
起き上がって着替えていると、どこにいたのか父が、大丈夫か、と声をかけてきた。ウン、もう、と返事していると、徐ろに父が、どれどれ、耳を見せてご覧と言いながら、ぼくの左耳に指を入れてきた。
父だけでなく、他の誰にもそんなことをされた経験はないから、一瞬ギョッとしたが、心配してくれている父の優しさが身にしみて、そのままじっとしていたら、じき父が、もう大丈夫そうだ、と言った。よくはわからないが、そんな健康の見立て方があったのかも知れない、と納得していた。

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階下に降りると、親戚が大勢集まっていて賑やかだ。食事の準備を始めているらしい。メニューをいろいろ聞かされたように思うが記憶がない。ただ、そのメニューに必要な肉や野菜をはじめとする材料を、近くまで買い出しに行く役割を仰せつかることになった。
自転車でスーパーに行こうと、家を出て左に向かう。景色からみて、27歳まで過ごした都心の家に違いない。だとすれば、そっちに行ってもあるのはガソリンスタンドだけ。店などない。どうも、夢は相変わらず辻褄が合わない。
ペダルをこぎながら、もう勤めに出ていなければらならない時間のはずなのに! こんなことしてる場合じゃないよ! と、焦っている。一方で、いや、待てよ、バカだなぁ、今日は土曜日じゃないか、という嘲笑が聞こえる。
曜日の感覚がおかしくなった経験を今週の週中にしたばかりだったことを思い出す。身体がうごかないのである。起き上がってはいるのに、土曜日のつもりで動こうとはしない自分の身体に、今日が平日であることを納得させて朝の支度を始めるのに、随分とまあ手間取ったことであった。こころとからだが別物であるというのは、こういうことなのだろうか?

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さて、無事食材を仕入れられたかどうかわからないが、家に戻り、従兄弟たちと談笑しながら、舌鼓を打っている。いろいろと美味しいもの食べた記憶があるが、具体的になにを食べたかはさっぱり思い出せない。父がその場にいたかどうかも定かではない。
記憶にあるのは、その時見ていたテレビのニュース。見るともなく見ていると、大学時代の先輩Kさんの名まえがテロップに出た。年齢は26と書いてある。そんなはずはない。もう一度確認しようと思う間もなく、テロップは消えてしまった。見間違えかな。そんなことはともかく、いったいどうしたんだろうと訝しがっていると、あろうことか襲撃されたという。勤め先の関係で狙われたのだろうか? でも、もう定年を迎えられていたはずたけれど‥ 怪我ですんだのかどうか、その辺の言及がなく、もどかしい。
画面では、黒塗りの車が左からやって来て、ドアが開く様子が映し出されている。中から、Kさんが降りてくる。記憶にある姿よりも、むしろ幾分若返っているように見える。ふさふさした髪が印象的だ。
アナウンサーが、Kさんの名を読み上げている。56歳と言っている。さっきのはやっぱり見間違えだったんだ、と思ったが、そんなはずもないのだ。56では今のぼくより若いではないか。ま、夢はいつでもそんなものだ。
すると今度は黒の三揃をビシっと身にまとった、恰幅がよく人品優れた男性が現われ、やにわに懐から銃を取り出すと、こちらに向かって一発打った。それでもあたりはしんと静まり返っている。
打たれたのは、ニュースが言っているようにKさんなのか、テレビを見ている自分なのか、何がどうなっているのか、さっぱりわからないまま、夢の記憶はそこから遠去かっていってしまった。
あと2ヶ月もすれば、父が亡くなって、もうまる8年になる。

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真夏日が去ったあと、今度はどんよりした毎日が続いている。秋雨というには遅く、むしろ晩秋に時折見かける気圧配置、サザンカ梅雨といわれるものに近い。
しかし、サザンカ梅雨ならば、関東に北東気流が流れ込んで2、3日ぐずつく程度のことが多いけれども、今回のは太平洋側全般で範囲が広い。しかも予報を見ると、一週間先まで傘マークばかりが並んでいて、いつ明けるとも知れない。
こういう時に台風が北上してくると、行く手を塞がれて二進も三進もいかなくなり、長雨が続いて雨量がまとまることが多い。今のところ台風はあるものの、北上の気配はないのが幸いだ。それほどに、一時的にせよ太平洋高気圧が強いということか。偏西風の蛇行が著しいのかも知れない。
周期変化で、ひと雨ごとに秋が深まって行く、ごく当たり前の季節の進み行きが普通だった頃が懐かしい。あの風情はもう望めないのだろうか?
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2017年10月10日

物語のナラティヴの問題─『燃えあがる緑の木』三部作から─

語り手が誰であるのかが物語にとっていかに重要な要素であるか、朧気ながらではあるけれどもそれを実感させてくれるのが、大江健三郎さんの小説の一つの大きな特徴といってよい。そういう物が本当にあるのかどうかは別として、一つの客観的な事実が、ナラティヴの違いによって全く異なるものに見えてくる。大江さんの厖大な作品の多くは、一つの対象をさまざまなナラティヴによって、さまざまな角度から光を当てていく、言ってみれば相当にしつこく一つの対象に向き合ったものといってよいかも知れない。
大江さんの小説には、大江さん自身を思わせる一人称の語りのものが多いけれども、それはあくまでナラティヴの一形態であって、けっして私小説という訣ではない。そうではあるけれども、大江さん個人の体験に強く裏打ちされているために、極めて現実性をもったフィクションになっている。その印象がとても強いものだから、のちに登場する長江古義人ものの三人称のナラティヴは、どこか飄々としたある意味諧謔味さえ感じさせるものとなっている。

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その中間に位置するのが、一人称でありながら大江さん自身とは一線を画した自我である、サッチャンの語りで進められる『燃えあがる緑の木』三部作である。少し前に、マーラーの3番が登場する小説として、その第二部を中心に紹介し、第三部を読み終えたらまたなにか書けるかも知れないと思っていたのだが、結局また第一部から読み返し始めている。
その折りにも書いたことだがサッチャンという語り手を登場させることで、物語の奥行きがグッと深くなっている。彼女は単なる語り手ではない。新しいギー兄さんとともにこの小説の主人公となっている。サッチャンなくしてこの小説のストーリーは成り立たないのである。
サッチャンの語り口は誰かに似ていると思っていたら、ディケンズの荒涼館のエスタだ!青木雄造・小池滋訳の筑摩文庫版で読んだ『荒涼館』がなつかしく思い出された。そういえば、『荒涼館』も作者ディケンズの地の文と、エスタの手記という二つの観点からの叙述が交錯しながら展開する物語であった。

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サッチャンは、大江さんの分身であるK伯父さんの勧めで、新しいギー兄さんの燃えあがる緑の木の教会の物語を書き始める。K伯父さんは、われわれの現実に生きる物語は、それを書き記しておかなければ、それを生きなかったと同じことになる。言い張りたいことを中心に書き続けることが大事で、それを生き直すことでサッチャン自身の自己治療にもなる、という。
物語は時を追って語られるけれども、時としてそれを書いている時点でのサッチャンが顔を出すことがある。さまざまな書き直しを経て、今の書き方を選んだのだという言明もある。これは何を意味するのか。時折、ふっとサッチャンの冷めた眼を感じる。教会の設立を決意した第一部末尾でのサッチャンの述懐に、「私は甘美なうわ言を言っていたのだった……」とあるのが重くのしかかる。
先のギー兄さんの物語である『懐かしい年への手紙』は、大江さんの分身である僕(Kちゃん)の語りでギー兄さんとの交流が語られていた。『燃えあがる緑の木』では、僕(Kちゃん)はK伯父さんとして登場人物の一人となり、替わりに『懐かしい年への手紙』にはいなかった(若者の一人としてギー兄さんを見ていた)サッチャンという人物を設定して新しいギー兄さんの物語を語らせている。イエスの物語を福音書として語るマルコやマタイと同じ役割を担わせるのである。

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面白いのは、そうした複雑な語り口の中で、大江さん自身の本音が、思わぬ形で語られることである。思わぬ形と書いたけれど、恐らく大江さん自身にとっては物語の展開とも合わせた周到な計画の上でのことで、驚くには当たらないのだと思う。大江さん自身の作品の引用とも相俟って、物語に不思議な広がりを与えてくれている。
例えば第一部では、ザッカリーの口を借りて、K伯父さんが東京へ出て帰って四国の森に帰ってこないで今も小説を書き続けている理由が語られる。オーバーの伝承への近づき方として、そこに語られるものを全て信じ込んで信仰するようにさえして伝承を丸ごと自分のうちに蘇らせるのが一つのあり方で、それが私(ザッカリー)にはできないが、Kさんにもそれができないからじゃあないか。ザッカリーの口を借りてはいるが、大江さん自身が小説を書く理由についての大切な言明である。
また、K伯父さんの知恵として、経験が大切、いや大切かどうかでさえなくて、経験するほかないことがある、経験したことに意味があることがある、それより他には意味のあることはないとすらいえるかも知れない、という考え方がアサさんの口から語られ、そしてさらにそれはヒカリさんと永年一緒に生きてくることで勝ち得た知恵だろうと、アサさんはいう。アサさんの口を通して、大江さん自身の感懐がふと漏らされるのである。
第二部では、総領事の口を借りたり、地の文でサッチャンの筆を借りたりして、K伯父さんの作品の批評という形で、大江さんの自己批評が登場する。そうかと思えば、総領事の用意したコピーによって、K伯父さんが大江さんの作品である『懐かしい年への手紙』の末尾を、自作として朗読する場面がある。かなりナルシスティックともいえる光景だが、屈折した心理の綾が見え隠れする。

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登場人物として秀逸なのはK伯父さんの妹、アサさんである。地元の校長夫人として人間関係を熟知し、一歩引いた眼で物事を観察する名手である。先程のK伯父さん評もそうだが、オーバーについても実に辛辣というか覚めたというか、的確な見立てをしている。オーバーのもとで魂のことを始めたギー兄さんが、オーバーに新しいギー兄さんとして認められ、鷹の奇跡に至る過程、それが全て火葬されたくないオーバーの仕組んだ最後の芝居であったという観察、アサさんにかかると、オーバーは劫を得た古狸ということにさえなってしまうのである。
ここでアサさんが本気でそう思っていたかどうかが問題なのではない。一面的な見方に固執することなく、正反対の見方を忘れないことの重要性を提示することによって、逆にK伯父さんがサッチャンにアドヴァイスしたような言い張ることの逆説的な意義─書かれた記録は、一面的な言い張りが含まれている可能性が高いことを常に頭に置いて読まなければならないこと─を教えてくれるのである。そして何よりも、そうした見方を変えれば物語の根本を打ち砕いてしまいかねない正反対の言明を敢えて加えることによって、物語は言い知れぬ深みと厚みを増している。

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物語の本筋については、複雑な筋書きを一朝一夕に分析できるものではないし、『懐かしい年への手紙』との連続性の検討や比較も行わなければならない。それに何よりも、主題は大江さんの小説を一貫して貫いているのである。さらに前後の多くの作品を通じてそれに取り組むだけの時間も能力も今のぼくにはない。
そこで、一番印象に残った言葉だけ挙げておくと、それは新しいギー兄さんの最初の説教の言葉、「一瞬よりはいくらか長く続く間」。生きたしるしとして刻まれているのは、一瞬よりはいくらか長く続く間の光景。そうであるならば、できるだけ、その一瞬よりはいくらか長く続く間、に集中するように努めればよい! 死んだあとと同じように、生まれて来る前にも同じように自分のいない永遠の時があったはず。ならば、永遠に対抗できるのは瞬間でしかない。その永遠に限られた生を生きねばならないわれわれが対抗するには、一瞬よりはいくらか長く続く間に経験した光景を頼りにするしかない。タマシイが帰ってゆく森では、その一瞬よりはいくらか長く続く間を感じるのは容易て、それを永遠と比べることができるはず……。
山に登って心が休まるのは、あるいはこの一瞬よりはいくらか長く続く間を感じ取れるからではないかと、ふと思った。それは山には人のタマシイが帰ってゆく場所があるからではないか。特定のどこかでなくても、タマシイを休ませる共通の働きが、森にはあるのだろう。自然林の与える安らぎがそれなのかも知れない。植林帯では得られない何かを、自然林がもっていると感じるのはそのためだろうか。
物語では、そうした安らぎを森に与えらた経験があったことをサッチャンは懐かしく思い出す。そして、転換について語る順番が訪れたとサッチャンは悟り、静かにそれを語り出すのである。深々とした情趣を感じる印象的な語り口で、場面が転換する。
ラベル: 読書
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2017年10月02日

夏を送る「京の夏の旅」

残暑という残暑を感じぬまま、かといって秋という風情でもない日々を過ごすうち、いつのまにやらもう10月。今年ももう4分の3が過ぎて行ってしまった。夏でもなく秋でもないと感じる理由の一つには、夏掛けだけでは寝めないくらいに朝晩はかなり気温が下がって、出勤には上着を羽織ってちょうどよいのに、日中は打って変わって汗ばむ陽気で冷房がないといかんともしがたいという、昼夜の気温差の大きさがあるようだ。
この季節、例年どうだったかが俄には思い出せないのだけれど、今年は9月中旬以降この季節の主役であるはずの台風が幸いにも全く音沙汰なくて、ずっと好天が続いているのがこの温度差の要因のようだ。確かに普段の年ならば、残暑のあと秋雨が続くようになり、朝晩の気温は夏とたいして変わりないのに、日中の気温があまり上がらなくなって夏の終わりを意識する。そして、それが終わると満を持していよいよ爽やかな秋晴れの季節を迎えるという流れだったように思う。

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そんな夏であったが、昨日9月30日まで、京都では夏の恒例の行事が行われていた、「京の夏の旅」である。「京の冬の旅」に比べると、今ひとつポピュラーではない気がするけれど、今年でもう42回目を数えるのだという。冬の旅は今年は51回目だったので、そこそこ実績はある。しかし、公開される施設の数も少なく、また冬に比べて有名どころが少ないこともあって、今ひとつ食指が動かないというのが正直なところではあった。今年は、大政奉還150年という観点で、「近代の名建築」や「眺望」「庭園の美」をテーマに7箇所の通常非公開の施設が公開されていた。
今年夏の旅をやっていることに気付いたのは、9月初めに修学院離宮と桂離宮を訪れた時だった。午前中の桂から午後の修学院へ移動する過程で、出町までタクシーに乗る機会があり、その運転手さんが三井の別邸を公開するようになったという話を聞いたのである。あとで調べてみると、「京の夏の旅」の一環であったことがわかり(ただ残念ながら、旧三井家下鴨別邸の夏の旅としての特別公開は、8月で終わってしまっていた)、下鴨神社や上賀茂神社でも特別公開が行われていることがわかった。

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京の夏の旅の最終日となる9月最後の日、限られた時間ではあったが、今回公開されている施設のうちから2箇所、大雲院の祇園閣と、数年前初めて訪れて鮮烈な印象が残る渉成園をめぐることにした。
大雲院の祇園閣は昭和の建築で、祇園祭の鉾をモチーフにしたという楼閣建物である。大倉財閥の創始者である大倉喜八郎が建築家の伊東忠太に設計を依頼して建てたものという。比較的新しい建築ながら、なんといっても高層の建物であるから、眺望のよいことは文句なしで、ぼく自身この眺望のよさという触れ込みに惹かれて訪れたというのが正直なところだった。
さて、実際に訪れてみて、そもそもこれを名建築といえるのかというと、なかなかけったいな建物というのが偽らざる感想であって、疑問符が付かないわけではないけれど、類例のない建築として一見の価値は充分にある。それに眺望は全く期待を裏切らなかった。ことに東山から比叡山に及ぶ東側の眺望はいつまで見ていても飽きない。修理中の知恩院本堂や、霊山寺の観音さん、あるいは東山の一郭を切り開いた広大な墓地も見える。西側は京都の町中で、京都タワーも遠望できる。
しかし、いただけなかったのは、この眺望を写真に収めるのが許されていなかったこと。西側はともかく、東側の光景は是非とも記録しておきたかった。有形文化財ならば保存の観点から写真禁止ということもありえなくはない(博物館などでは、ことに公共機関所有物の場合は、フラッシュさえ焚かなければ直接の影響はないため、許可するのが世の趨勢である)。観光寺院ではないから、眺望を広めて拝観者を集める必要がないため、景観にも権利を主張するということなのだろうか(通常拝観を認めている寺院で庭園の撮影を禁止しているところもあるが)。写真が撮れなかったことは、印象点として大きなマイナス要素となった。
大雲寺祇園閣.JPG
〔大雲寺祇園閣〕

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そんなやや複雑な感情のまま、東山安井まで歩き、市バスで烏丸七条まで行き、渉成園をめざした。前回の訪問は、調べてみたら2012年の正月のことだった。ついこの間のようなつもりでいたのだけれど、もう5年も経っていることに唖然とする。寒中の前回に対し、初秋の今回、午後であるのは前回と変わらないが、今回の方が季節のせいもあってかなり日が高い。それになんといっても見学者の数が桁違いである。
初めは特別公開の蘆菴だけ見て帰るつもりでいたので、まず他の建物や庭には目もくれず、二階建ての茶室蘆菴をめざす。ここの建物は全て再建である(蘆菴は1957年)けれども、それぞれに趣があって好ましい。建物は外から見ていただけではだめで、やはり中に入ってみなければその真価はわからないと思う。今回は2階にまで上がらせていただけるという。取るものも取りあえずという感じである。
下で簡単な説明を伺い、2階に上がる。四畳半の東と南の二方向に大きな肘掛け窓があり、北側に円窓をもつ、開放的な煎茶席である。夏用の席という説明だった。東側には個性的な楼閣である傍花閣が、南側には三渓園の臨春閣を思わせる閬風亭が眼下に望める。2階に上がっている見学者はちょうどあまり多くなかったので、立ったり座ったり、位置も変えてさまざまな場所、視点での風景を存分に楽しむことができた。中でも、南側から前に円窓と右手に傍花閣を望む角度が印象深かった。
眺望は名残惜しかったが、1階に下りると、狭い空間をびっしりと埋める見学者が説明に聞き入っていた。よいときに上がっていたものである。閬風亭前に出て、やはり左へ戻り、結局渉成園全体を回ることにした。侵雪橋が整備工事中で渡れないため、檜皮葺の屋根をもつ回棹廊から中島に渡り、同じ道を戻る。西欧人の家族とすれちがう。ここへ来た5年前のことを思いながら、奈良へ戻る人となった。
渉成園閬風亭(左)と蘆菴(右奥).JPG

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そして今日、もう暫く週末は全部つぶれる予定なので、伸び放題伸びた生垣の剪定に精を出した。今日を逃すといつになるか見当も付かない。消耗したが、今年2度目の剪定を無事終えることができた。これでなんとか年を越せるだろう。庭と建物をゆっくり見ることができたお蔭かも知れない(10月1日記す)。
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2017年09月24日

金木犀の香り初め

明日(24日)からの4日間、遅い夏休みをとる。休めるのはありがたく、文句を言うのは筋違いなのだけれど、時間の枠という点では夏休みも仕事の一つのようなもので、その分の枠を空けるのに多大の労力を要する。休む分の仕事は当然前後に繰り入れられる訣で、多くは前倒しで入ってくる。それらに忙殺されるうち、気付いたらもう休みが目前、というか、何の準備もないまま放り出される感じで休暇を迎えるのが常である。なににつけ、ぼくの悪い癖である。
休暇の過ごし方(旅行)の大枠は既に家人が決めてくれているのでありがたいのだが、中味を何も考える余裕がないままに、休暇に突入する。当然行き当たりばったりの過ごし方になる。まあ、あれこれ考えずに成り行きに任せるのこそが、休暇の醍醐味ではないかとうそぶいてはみるが、どうも気勢は上がらない。当然家人にもそんなのは言い訣にしか聞こえない。

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休暇前日の土曜日、午後から夜にかけては仕事が入っていたものの、昼過ぎまで空き時間があった(実は空き時間などといっていられる状況ではないのだが……)ので、久し振りに3匹の犬たちを昼間の散歩に連れて行った。
家を出て暫くすると、どこからともなく懐かしい香りが漂ってくる。俄にはなんの香りだが思い出せないままに、懐かしさでいっぱいになる。そう、ぼくはこれから夏休みというのでまだ夏の気分でいるけれども、もうあと一週間もすれば10月の声を聞くのだった。
10月と言えば金木犀。10月は金木犀の香りとともにやって来るというのが、インプットされているのである。ところが昨年も一昨年も、9月半ばに金木犀の香り初め(そんな言葉があったかどうか知らないけれど、まさにピッタリな気がする)があったのに、本格的な開花は10月に入ってかなり経ってからだったようで、ここのところ素直に10月の風と共に、という訣にはいっていない。
今年は今日9月23日がぼくにとっての金木犀の香り初め。昨日の雨に洗われて開いたのであろうか。それともただぼくが気付かずにいただけなのか。そんな感傷に浸っているぼくを尻目に、犬たちはたっぷりと久し振りの昼の散歩を楽しんでくれたようだった。
ラベル: 季節 日常
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2017年09月18日

レオンハルトのバッハ・カンタータ「全集」

暫くカンタータの話を書いていない。今年は、というか今年も、なのだけれど、集中して聴いた曲があると思えば、全く聴かないうちに聴きそびれてしまった曲があったりと、教会暦に沿って聴くのをずいぶんサボってしまっている。通勤時間と就寝前しか聴く時間がなく、就寝時は実質的には子守歌替わりだから、聴いたという実感はほとんどないに等しい。バスが渋滞すれば聴ける時間は延びるが、電車二駅の通勤ではそうそううまくはいかない。
去年も似たり寄ったりだったような気がするが、今年変わったことはといえば、凝りもせずにまた全集を1セット買ってしまったことだろう。レオンハルトとアーノンクールによる全集である。

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この2人の演奏家、実はこれまであまり馴染みがなかった。ことにアーノンクールは、モーツァルトのミサと、グルダとのコンチェルト(イ長調の23番とニ長調の26番)の1枚、それにやはりグルダがチック・コリアと弾いたモーツァルトの2台のピアノのためのコンチェルトが収められたCDを聴いたくらいで、最近亡くなったばかりのこの巨匠について、特に若い頃はかなり前衛的な、ある意味機を衒ったといえなくもない演奏で知られたヴィーンの指揮者という程度の、通り一遍の知識しかない。
一方、レオンハルトは古楽の泰斗の1人としてその名は昔から知っていたけれど、その演奏に接したのはごく最近のことである。バッハのカンタータを聴くようになってから、タワーレコード限定で復刻されていた世俗カンタータ集や、全集とは別に晩年になってから入れた幾枚かのカンタータ集を入手したのが最初で、その後チェンバロによる平均律やオルガン演奏、あるいは名盤として名高いロ短調ミサなども聞き齧ってはいる。これらはみな、いつもお世話になっている、ノラさんのブログの導きによるものである。
さて、聴いた感想はといえば、まずアーノンクールの方は、演奏に接して、グルダとのコンチェルトはともかくとして、ミサの方は、モーツァルトとして実はあまり感心しなかった。この巨匠の演奏をその後全然聴いて来なかったのはそのせいだろう。一方、レオンハルトの方は、聴き始めの契機からしてそうだが、のめり込む可能性を予め秘めていたといってよい。

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昨年夏にBWV187のカンタータを聴き比べた際に、その第1曲のタイムの遅さが気になり、是非聴きたいと書いたものだが、レオンハルトのカンタータ全集はアーノンクールとの分担であるだけでなく、どういう基準で割り振りを決めたのかは定かでないが、レオンハルトが担当したのは68曲だけで、アーノンクールの3分の2ほどに過ぎない。手当たり次第に抜き出すとしたら、アーノンクールに当たる確率が1.5倍高いのである。それで、レオンハルトのカンタータは聴きたい反面、そのためにさして聴きたくはないアーノンクールの演奏を多量に買い込む決断が、コスパを考えるとなかなかつかなかったのである。
とはいえ、評価の高い全集である。アーノンクールの演奏が好きになれなかったといっても、将来どうなるかはわからない。第一、所詮ぼくの感想に過ぎない不確かな予断のために、レオンハルトを聴かなかったとしたら、大きな悔いを残すことになるかも知れない。嫌なら当面は聴かなければいいのである。そんなぼく自身の気持ちの変化を後押してくれたのが、最近のCD事情だった。元々2万円近くしていたものだが(それだって、LP時代に比べたら、信じられような値段である)、それが半額の1万円を割る価格で手に入るというのである。目を疑ったがそれでもまだ決断はできなかった。随分悩んだが、そうこうするうちに、気付くといつの間にか割引率が小さくなっていて、1万円を超える価格になっているではないか。あの割引はもしかしたら夢か幻だったのではないか。諦めの気持ちとともに、大きな後悔が心に染みのように広がるのを感じたものだ。

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それからまただいぶん経って、ふと見ると、またあの価格に戻っているではないか。こんなことに一喜一憂するのもどうかとは思うが、まことに罪なものではないか。ぼくはおもむろに、レオンハルトのバッハのカンタータを買う決断を下すことにしたのである。
考えてみれば、最初に買ったリリングのカンタータ全集が1万円を少し切るくらいの値段で、カンタータ全集としては破格だった。ガーディナーのカンタータ巡礼は25,000円はしたはず。それを考えたら、レオンハルト=アーノンクールの全集が、60枚組で8千円台というのは恐ろしい。アーノンクールには失礼な言い方だが、レオンハルトの担当した曲だけでも、1曲100円かそこらなのである。
買って最初に聴いたのは、BWV197とBWV198だった。ノラさん大推薦の2曲である。元はこの2曲の組み合わせだったとのことで、それがこの2曲.ことに中でも印象的なBWV197のソプラノのアリアとBWV198のテノールの水晶宮のアリアを、対のものとして心に刻むことになったという趣旨のことをノラさんは書いていられるが、大きな共感を覚える。カップリングの影響の絶大なことはまさにその通りで、商業主義に基づくその場その場のいい加減なカップリングのお蔭で、曲の印象が台無しになってしまうこともしばしばだ。その逆もまたあり得る訣で、BWV197とBWV198に関する限りは、このカップリングで両曲を聴き込んでみたかったという思いに駆られる。
それはともかくとして、最初に聴いたのはBWV197で、レオンハルトのバッハを聴いて本当によかったと心底思ったのだった。それは、先程触れた2つのアリアのうち、BWV197の第8曲、つまり後半3曲めのアリアである。何がそんなに心に響いたのか?やや長くなるが書いておきたい。
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〔レオンハルト=アーノンクールのバッハ・カンタータ全集〕

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レオンハルト=アーノンクールの全集を買うにあたって、失念していたことがひとつあった。それは、この全集が、ボーイソプラノを起用していることである。ボーイソプラノといって思い浮かぶのは、ヴィーン少年合唱団くらいで、ソロでの歌唱はあまり考えたこともなかった。マーラーの3番には少年合唱が鐘の響きを歌う楽章があって、あの曲にはなくてらならないものだけれど、それ以上でも以下でもない。ただ、バッハのカンタータでは、ロッチュのBWV66を聴いた時、新鮮な響きに心を洗われる思いを味わい、その源泉がバッハのいたトマス教会の少年合唱団の歌唱にあることを知り、認識を新たにしてはいたのだった。
さて、レオンハルトのBWV197だが、ちょっとたゆたうような、躊躇うような歩みと、透明なボーイソプラノの響きに一聴魅せられてしまった。ちょうど、ガーディナーのBWV163で、スーザン・ハミルトンを初めて聴いた時に勝るとも劣らない衝撃を受けたのである。そしてそれは第8曲に至るに及んで頂点に達したのだった。
どう表現したらよいか、純白、透明、清澄、純真、澄明、無垢、‥ どれも当てはまるが、どれもそれを説明するのに充分ではない。ハミルトンにハッとさせられたとき、その声質を、少年のような、と表現した記憶がある。ソプラノの清明さはそのままに、艶やかさを抑え、純粋無垢さを強調した感性である。中性的といってよいかもしれない。しかし、レオンハルトのBWV197のアリアのボーイソプラノはそれとは本質的に異なるように思う。果たしてこれが人間の声か? 技巧的にうまいかといえば、必ずしもそうとはいえない部分もある。しかし、そうした不安定な一面も含めて、全てが心にストレートに飛び込んでくるのだ。天使の歌声というのはやさしいが、それでもまだこのレオンハルトのBWV197のアリアの素晴らしさの何分の一も表現したことにはならないと思う。至極のどやか(そんな日本語はなかったか?のどか?なごやか)な調べではあるのである。しかし、そこに深淵がのぞいていないと誰がいえようか? 何度も聴いているうちに、ふっと凄絶な響きが聞こえてくるような思いに捉われる。素晴らしさを突き抜けて、恐ろしさをさえ感じるのだ。
これはボーイソプラノだからという訣ではないのだろう。要するにそれは、ボーイソプラノを起用することによって描き出されたレオンハルトの表現そのものなのだと思う。レオンハルトの表現は、みなそんな何気ない、ある意味素っ気ないとさえ言える場合が多いように思う。突き放したとさえ言ってもよい。ガーディナーが、リリングが、リヒターが、鈴木雅明さんが歌わせるところ、あるいは走るところを、ぐっと引き締めて抑えて進む。レオンハルトはどんな表現をしてるだろうか、というのが、最近カンタータを聴くのに新たに加わった楽しみのひとつになった。全てのカンタータについてそれができる訣ではないのが残念ではあるけれど、それはそれで想像を膨らませることができて、こちらの世界では解決できないこととはいえ、またとない楽しみともなるのである。

          §           §           §

心覚えとして、レオンハルト=アーノンクールのカンタータ全集のうち、レオンハルト担当分を一覧にしておく。括弧内はディスクの番号である。
BWV7・BWV8・BWV9(Disc3)
BWV10・BWV12(Disc4)
BWV13・BWV14・BWV16(Disc5)
BWV22・BWV23(Disc8)
BWV33(Disc11)
BWV39・BWV40(Disc13)
BWV45・BWV46(Disc15)
BWV51(Disc16)
BWV52・BWV54・BWV55・BWV56(Disc17)
BWV66(Disc20)
BWV67(Disc21)
BWV73(Disc22)
BWV74・BWV75(Disc23)
BWV77(Disc24)
BWV79(Disc25)
BWV88・BWV89・BWV90(Disc27)
BWV91・BWV92(Disc28)
BWV98(Disc30)
BWV100(Disc31)
BWV103(Disc32)
BWV106・BWV107(Disc33)
BWV113・BWV114(Disc35)
BWV117(Disc36)
BWV126・BWV127(Disc39)
BWV128・BWV129(Disc40)
BWV132・BWV133(Disc41)
BWV134・BWV135(Disc42)
BWV143・BWV144(Disc44)
BWV149(Disc45)
BWV150・BWV151(Disc46)
BWV157(Disc47)
BWV158・BWV159(Disc48)
BWV164・BWV165・BWV166(Disc49)
BWV170・BWV172(Disc51)
BWV180・BWV181(Disc54)
BWV184(Disc55)
BWV187(Disc56)
BWV195(Disc58)
BWV197(Disc59)
BWV198(Disc60)
ラベル:バッハ 音楽 CD
posted by あきちゃん at 01:23| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする