2011年06月26日

剪定を終えて思うこと

今日は今年2度目のプリペットの生垣の剪定に精を出した。例年5月末、梅雨明け後、そして10月頃の3回剪定している。ついこの間1回目を行って消耗した記憶があるが、いつの間にかボウボウに伸びてしまい、奮起して6月中の2度目ということになった。
今年は春の訪れも早かったし(桜だけは長持ちした)、梅雨入りも早く、そしてこの陽気だ。この週末はちょっと前までは大雨予報だったが、台風が黄海を北上してソウルどころかピョンヤンに向かうというおかしな展開となって、太平洋高気圧を勢いづかせてしまったらしい。この陽気、どう考えてもひと月早い。閏月の入る年なのだろうか。
梅雨明けといってもよいような真夏の日射し、今日の剪定はとにもかくにも大いにくたびれた。芝刈りをまずやってから、などと欲張ったのがよくなかった。少し切っては水を飲み、また切っては水を飲みの繰り返しで、何とか夕方までに表と裏の両方を仕上げることができたが、こんなに消耗するのも珍しい。5月の時もそうだったが、以前だったら普通にこなせていたメニューをこなすのが、1年1年と辛くなってきた。要するに年だということなんだろうね。1日で仕上げきれないようになるのも間近なのか。
そういえば、昨日は久しぶりに勇壮な入道雲が沸き上がるのを見た。こんなに夏らしい雲を見るの、ずいぶん久しぶりのような気がするのはどうしてだろう。その季節らしい陽気、事象というのが起こりにくくなっているのだろうか。それとも年のせいで、敏感になっているだろうか。もうこれで見納めかも知れない、そんな意識がどこかにあると、見えないものが見えてくるのかも。
夏の間は芝生はよく伸びる。2週間に1度刈らないと悲惨なことになる。刈った後、剪定した後の結果を見るのは本当に爽快だが(正直生きててよかったと思う)、芝刈りも剪定も、もうこれきりという意識が欠如しているのかも知れない。ああ、でも刈っている間、剪定している間は何も考えている余裕なんかないのも確かだ。ひたすらきつかった。
ラベル:日常 季節
posted by あきちゃん at 23:40| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

リヒテルに導かれてクラシックを聴く

このところリヒテルの弾くヘンデルのクラヴィーア組曲を聴いている。親しみやすくまた泣かせるメロディーの宝庫である。心に滲みる音楽であるけれど、けっしてめそめそはしない、いわば健康的な音楽である。そこがリヒテルにもってこいなのである。粗野な洗練といおうか、デリケートな豪快さといおうか、やはりすごいピアニストだ。

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〔これはリヒテルの演奏を集めたボックスセットなので、リヒテルがガブリーロフと8曲ずつ演奏したクラヴィーア曲集のうちリヒテルの演奏のみを収めている。未聴だが、全曲は2枚組のCD2セットの形で入手できる。〕

ヘンデルを聴くまではそんなことは思いもしなかったが、ヘンデルに慣れた耳でリヒテルの平均律を聴きかえすと、不思議だった。バッハの一音一音が実に気高く神々しいのである。ヘンデルが俗っぽいとか安っぽいというのではない。ベクトルが違うのがリヒテルの演奏でよくわかったのである。田舎っぽくて野暮ったいというリヒテル評を読むこともあるが、この神聖さはやはり本物の純粋さの証しだろう。
思えば最初に聴いたまともなオーケストラ曲が、リヒテルの弾くチャイコフスキーのピアノ協奏曲だった。ヴィヴァルディの四季の春の第一楽章さえ長く感じた中学生が、20分を越えるこの曲の第一楽章に最後までついて行くのは容易なことではなかったけれど、それを可能にしたのはリヒテルのピアノの魅力だったのだろう。音楽の時間にこれを聴かされたのは、区内の中学生を集めて何と上野の東京文化会館大ホールで行われる音楽教室の事前学習としてだった。弘中孝のピアノで第一楽章だけだったけれど、初めて聴く生演奏でもあった。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番はぼくのクラシックの原点といってよい。普通のオーケストラコンサートも中2の正月にやはり文化会館で聴いた東フィルだかの新春コンサートで、モルダウと新世界とこのチャイコフスキーの協奏曲だった。
リヒテル=カラヤンのくだんの演奏に再開したのはずいぶんあとのことである。学校で聴いてすぐ、新宿の小谷にレコード買いに行くと、ちょうどカラヤン=ワイセンベルク=パリ管版が出たところで、そっちを買ってしまった。カラヤンならばベルリンフィルと思い込み、ヴィーン交響楽団とのリヒテル版を異版と決めつけてしまったのである。ワイセンベルクのピアノは悪くはなかった。でも、最初のホルンが全然ダメだった。違う曲のようだった。リヒテル=カラヤンのチャイコフスキーは、ぼくの心の中で神話になっていった。その神話をが壊れるのが恐ろしかったわけだが、再開してみると、神話の通り、いや神話以上の演奏で、ホットした。
大の飛行機嫌いで来日もシベリア鉄道と船を使うらしいという、音楽担当のK先生が教えてくれた逸話、横浜音楽堂で聴いた1回きりのリサイタルのローソク1本の明かりでの演奏中の厳しい横顔と、拍手を受ける時のはにかんだような笑顔。そんなリヒテルは、チャイコフスキーを通じて、ぼくにとってクラシックへのかけがえのない導き手の一人となった。
リヒテルと引き合わせてくれたK先生は、ぼくにワルターの田園を聴かせてくれた恩師でもある。思えば、小学校時代のY先生、この中学校時代のK先生、そして高校時代のN先生。音楽の先生に恵まれていたのはなんと幸せなことだろう。めぐりあいは本当に偶然だ。つかみきれない偶然もきっとたくさんあるのだろう。どこにでもころがっているはずの偶然を生かせているかどうか、自己の感性を信じるしかない。
ラベル:音楽 記憶
posted by あきちゃん at 16:36| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年06月05日

北八ツ彷徨

稜線に湧き立つ夏雲。夕立が来ないうちに行き着ければよいが…… 松原湖から乗ったバスの車窓から見えていた入道雲に、不安と期待をふくらませながら、稲子湯のバス停に降り立つ。初めての八ヶ岳に、赤岳ではなく、硫黄岳を選んだ。最初から最高峰をきわめることへの何とはなしの遠慮(山への恐れ)と、硫黄岳からの赤岳の勇姿をまず拝みたいという期待。今日は本沢温泉泊まりで、約2時間半の余裕の行程。でもみどり池から樹林帯の道は、結構こたえる。八ヶ岳へのアプローチといっても、今にして思えばここは完全に北八ツの範疇だった。ここを八ヶ岳の最初の道に選んだのも不思議な縁だ。本沢温泉の向こうにパックリと口を開く硫黄岳の爆裂火口。明日への不安がよぎる。
明けて夏沢峠までは、朝飯前とは行かない小一時間のきついジクザグの急登。東斜面の登りの最中には気付かなかったが、峠には諏訪側からガスかなりの勢いで吹き昇ってきていた。めざす硫黄岳は完全にガスの中。気休めにしかならないのに、小屋で今日の天気の案配はどうですかと尋ねる。こんなもんだよと気のない返事。こたえようがないのだ。風がだんだんつのり、足音もかき消されるほどになりながら、ガスの中を進路を確かめ確かめ山頂をめざす。ひたすら長く、恐ろしかった。手足も冷たい。
頂上は完全にガスの中だった。赤岳も横岳も方向すらわからない。道標で辛うじて山頂とわかる。真夏の梅雨明け十日のはずなのに、こんな出迎えに合うとは…… 八ヶ岳への恋の始まりだった。赤岳の山頂を極めるのはまだだいぶんあと、北八ヶ岳にのめり込むのはさらに先のことだ。山口耀久氏の名著『北八ツ彷徨』(アルプ選書)との出会い。雨池で浮かべる筏のエピソード、からまつ峠の金いろの葉を一気に舞い散らせた雪混じりの木枯らし…… 高校時代の夏の蓼科の想い出も絡み合う。早朝の蓼科登山、仏岩、そして大河原峠からの双子池。北八ツの深い、静寂の森がぼくを呼んでくれたのだった。麦草ヒュッテに荷物を置いて、白駒池を往復した時、道端で見つけたぎんりょうそう(幽霊草)をなつかしく思い出す。清里から飽きもせずに随分と通ったものだが、北八ツの森から遠ざかってもう久しい。今年の雨池はどんなだろうか……
ラベル: 記憶
posted by あきちゃん at 20:54| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする