2012年02月24日

モーツァルトの調性のパレットとピアノ・コンチェルト

モーツァルトに関する類稀な評伝であるオカールの『モーツァルト』(永遠の音楽家シリーズ。高橋英郎訳、白水社刊)の末尾に、「モーツァルトの調性のパレット」という一節がある。4頁ほどのごく短いさりげないものだが、ここにはモーツァルトの全てが詰まっているといっても過言ではない。すぐ前の「純粋の親しめる作品」とともに、モーツァルトへの最良の道案内である。

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〔『モーツァルト』(永遠の音楽家シリーズ。高橋英郎訳、白水社刊)の中扉〕

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〔同 目次〕

ここでオカールは、変ロ長調―ト短調、ヘ長調―ニ短調、変ホ長調―ハ短調という代表的な3種類の組み分けに続き、ハ長調、ニ長調、ト長調、変イ長調、イ長調、そして最後に比較的例の少ないヘ短調、嬰ヘ短調、イ短調について取り上げて、その性格と代表的な作品を紹介していく。長音階にせよ短音階にせよ、それぞれの関係は相対的なものであるはずだから、個々の調整に独自の性格があるというのは俄には解せないのだけれど、紹介された曲を思い起こすと、それぞれの調性の性格としていわれている説明がまことに当を得ていて、それが曲の性格なのではなく、調性に基づくものであることが理解されてくる。調性それぞれが、絶対的な性格をもつというわけである。
例えば、変ロ長調の内面的な幸福、ト短調の内面的な苦しみ、ヘ長調の和らぎと静寂・精神的至福、ニ短調のデモーニッシュで宇宙的な運命の深さ、変ホ長調の人間的でない喜び・恩寵の降下、ハ短調の高い霊感を受けた悲劇性、ハ長調の輝かしい普遍性、ニ長調の燦然たる栄光、ト長調の平和・のどかさ・気易さ・均衡、変イ長調のたそがれの不思議な光、イ長調の幸福と愛、そして郷愁、ヘ短調の意気消沈、嬰ヘ短調の虹色に輝くメランコリー、イ短調の打ちとけた優しいかなしさ、といった具合である。虹色に輝くメランコリーとか打ちとけた優しいかなしさとかに至っては、それ自体何とも詩的な表現だが、もうこれしかないといってよい完璧な性格分析だ(訳書の表現を適宜改めた部分もある)。
でもどうしてそれぞれの調性が絶対的な性格をもつのだろうか。半音階ずつの音程の違いでなぜそうした絶対的な印象の違いが生まれるのだろう。そしてそもそも調性の与える印象が普遍的なものになるのはなぜなのだろう。ある人は半音高い音階の方によりメランコリーを覚える、といったことにならないのは何故なのだろう。音が絶対的なのはどうしてなのだろう。よくよく考えてみると、絶対的と思っていたものが、単に相対的な違いに過ぎなかったという思い込みをよくしてしまうものなので、波長の違いに過ぎない音程が絶対性をもつことが、感覚的にはよくわかるのだけれど俄には信じがたいのである。

ピアノ・コンチェルトにあてはめてみると、いろいろと面白い。調性ごとに並べ直してみよう。オカールのいう調性の性格も書き添えてみる。( )は作曲年である。

変ロ長調―内面的な幸福
2番 K. 39 (1767 )
6番 K. 238 (1776 )
15番 K. 450 (1784 )
18番 K. 456 (1784 )
27番 K. 595 (1791 )

ヘ長調―和らぎと静寂・精神的至福
1番 K. 37 (1767 )
7番(3台のための)("ロドロン No. 7"), K. 242 (1776 )
11番 K. 413 (K. 387a) (1783 )
19番 K. 459 (1784 )

ニ短調―デモーニッシュで宇宙的な運命の深さ
20番 K. 466 (1785 )

変ホ長調―人間的でない喜び・恩寵の降下
9番("ジュノンム"), K. 271 (1777 )
10番(2台のための)("Concerto No. 10"), K. 365 (K. 316a) (1779 )
14番 K. 449 (1784 )
22番 K. 482 (1785 )

ハ短調―高い霊感を受けた悲劇性
24番 K. 491 (1786 )

ハ長調―輝かしい普遍性
8番("リュツオウ") K. 246 (1776 )
13番 K. 415 (K. 387b) (1783 )
21番K. 467 (1785 )
25番 K. 503 (1786 )

ニ長調―燦然たる栄光
3番 K. 40 (1767 )
5番 K. 175 (1773 )
16番K. 451 (1784 )
26番 ("戴冠式") K. 537 (1788 )

ト長調―平和・のどかさ・気易さ・均衡
4番 K. 41 (1767 )
17番 K. 453 (1784 )

イ長調―幸福と愛、そして郷愁
12番 K. 414 (K. 385p) (1782 )
23番 K. 488 (1786 )

こうして並べてみると、モーツァルトがピアノ・コンチェルトで調性のパレットをほぼ縦横無尽に使い尽くしていることがよくわかる。どの曲とどの曲が同じ系列にあるのか、個々の曲を聴いていただけではわからなかったことが見えてくる。例えば、最後の協奏曲27番が、モーツァルトがピアノ・コンチェルトで最も好んだ調性で書かれていて、その総仕上げに相応しいといえるとか、20番以降の傑作群がそれぞれ起点となる曲をもっているらしいとか(特に最近のめり込んでいる16番の延長上に26番があるというのは大きな発見だった)…… そうすると、ヘ長調が19番で、ト長調が17番で終わっているのもやはり意味があることなのだろう(モーツァルトはこれらの調性ではやるべきことをここでもう完成させてしまっているといえるのかもしれない。このことは17番や19番が傑作群に匹敵する作品であることを傍証しているともいえる)。また、突然変異のように現れるハ短調とニ短調の異常さもより浮き彫りになるだろう。ならば何故ト短調を用いなかったのか……
こうした事柄は、知っている人には既に自明のことなのかも知れないけれど、素人の私にはとても面白い発見だった。本当は主調だけでなく、曲のあちこちに散りばめられたさまざまなフレーズの調性をきめ細かく調べていけたらどんなに面白かろうと思うけれど、絶対音感をもたない私には夢のまた夢に過ぎない。例えば、オカールも指摘している25番コンチェルトの第3楽章にたった一度だけ現れる、あのいとおしさの限りを尽くした経過句がヘ長調の調性をもっていて、19番のさらに延長上にあるというようなことがわかったらどんなに楽しいだろうに……
とはいえ、そもそも絶対音感をもたない私に、それぞれの調性のもつ色合いを聴く分けることが、本当に可能なのだろうか。オカールがいっている調性のパレットがなるほど当たっているなと思っているのは、単なる思い込みに過ぎないのではないか。そう考えるとちょっと悲しくなるが、本当のところはどうなのだろう。そういった方面の研究はあるのだろうか。まあしかし、専門家でもない私にはどうでもよいことだ。分析せずとも自分の耳だけを頼りに聴いていればいいのだろうな。
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2012年02月22日

春の予感と最近の読書

一貫して寒冬が続く今年だが、漸く先が見えてきたようだ。昨晩帰宅すると、雨の予報が出ているけど降ってる? と家内に聞かれ、ホント? と聞き返してしまったが、それで初めて合点がいった。昼間こそ昨日よりも寒かった気がするが、夜に入っても雲が広がったせいで気温がそのまま保たれていたのだ。三寒四温とまではいかないが、三寒二温くらいの兆しは見え始めている。
昨日もいつも前向きな犬を連れ、散歩に出た。さっき、思わず聞き返した雨が、ポツポツときている。でも道路を濡らすほどでもなく、心地よい湿り気を与えてくれる。犬も心得たもので、いつものことながら全然嫌がらずに足が進む。暖かいのがわかるのだろう。
一昨晩は星が美しかった。北斗七星の下向きの柄杓が目に飛び込んでくる。当たり前のようにそこに輝いている。南天のオリオンが少しずつだが西に傾いてきているのがよくわかる。東の地平線から顔を出す時縦に並ぶ三つ星が、南天で横一列に並んでいる。右上がりのベルトが水平になった分だけ、かしいできているのだ。春はもうそこまで来ている。寒さの節目のお水取りが、もうまもなく始まる。

人は一生の間にどのくらいの本を読めるのだろうか? 本とのめぐりあいの偶然について前にも考えたことがあったが、須賀敦子、そして最近の三浦綾子との出会いを考えると、本当にその思いを強くする。どちらも別の年齢で出会っても、ここまで引かれることはなかったかも知れない。めぐりあうべくして出会ったとしか言いようがない邂逅に、ひたすら感謝するしかない。
三浦綾子の文章は、けっしてスマートではなく、むしろ武骨といってもよい。けれんみのない、いたってシンプルかつストレートな表現なのだが、これがじんわりと読み手の心にしみわたってきて心を揺さぶるから不思議だ。『銃口』という最後の作品を読んでいて、こんなことは未だかつてなかったことだが、電車の中で涙が止まらなくなった。文字通り我を忘れる読書体験だった。
著者自身はキリスト教の信仰に基づいて書いていることを意識していたというし、護教のための文学だという批判もあったという。しかし、『氷点』もそうだったが、あつい信仰がそうした作品を生む原動力になったのは間違いないけれど、彼女の作品はキリスト教という枠組みを遙かに突き抜け、人間として普遍的なものに到達している。そうでなければ、信仰をもたないぼくのような人間の心をこれほど揺さぶることはないだろう。
三浦綾子論は多くないのだという。人間の心を抉り出してお終いにするのではなく、その先に必ず光があるからなのだろう。キリスト教を信じるかどうかにかかわらず(著者にとってそういうと本意ではないのかも知れないが)、生きることを教えてくれるかけがえのない文学だと思う。そこにみられる普遍性は、評論の対象には馴染まないということなのかもしれない。客観化が難しいという側面もあるのだろう。もっとも、そうした稀有な文学のあり方自体が研究対象になるともいえる。もっともっと研究されてよい文学だと思う。それはもう文学という範疇を超えた、人間の存在そのものへの問いでもあるけれど。
三浦綾子という作家を生んだ旭川という町に出かけてみたくなった。
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2012年02月11日

厳冬と久しぶりの風邪

今年は冬型が緩んでも、寒さが緩まない。スキー場の積雪情報を見ると、6mを越えたところさえある。降り方に偏りも見られるようだけれど、今年の雪は尋常ではない。雪国の労苦が思いやられる。天気図を見ていると、今年はいわゆる縦縞模様が顕著な日ばかりではない。関東から九州までに等圧線が10本も入るような(今は4ヘクトパスカルごとに引くようになっているから5、6本)縦縞模様ならいざ知らず、さほど本数が多くなくても寒気がどっかと居座っている。
昔よく、引きの季節風(東の低気圧が発達して気圧傾度が高まり季節風が強まる)、押しの季節風(大陸の高気圧が発達して気圧傾度が高まり季節風が強まる)という言い方をしたものだが、最近はどうもそう単純ではないようだ。要するに冬型を強めるのは寒気の南下で、それが高気圧を強めもするし低気圧を発達させもする。1080ヘクトパスカルの高気圧とか、950ヘクトパスカルを割るような千島方面の低気圧とかを見ると、天気図を見ただけで視覚的に強い冬型を認識できたものだ。しかし最近は、高気圧も低気圧もさほどではないのに、強い寒気で雪が強まるというパタンをよく見かけるようになった。しかもそれでも雪の降り方の予報がよく当たるのである。もしかすると、観測の精度が高まってより精密な天気図が作れるようになったためかも知れないが、あるいは天気の傾向そのものが変化してきているのかも知れない。もう解明されてるのかも知れないけれど、寒気の南下と天気図パタンの変化、それと実際の雪の降り方の相関関係には、きっと面白い発見があるに違いない。

今月上旬、本当に久しぶりに風邪を引いた。山は越したもののなかなかスキッとしない。滅多に体調を崩さない替わりに、崩れた時の恢復が年とともに遅くなってきたような気がする。しかしまあ、来し方を思い起こすと、むしろよくここまで大病もせずにやってこれたと思う。
普通生まれて半年くらいは母親の免疫で風邪を引いたりもしないはずなのに、ぼくは生まれてすぐに風邪をこじらせて生死の境をさまよったのだという。鼻が詰まって呼吸ができず、ストロで鼻を吸い出したとよく両親から聞かされた。
小学校に上がっても、よく風邪を引いた。一冬に一度は必ず大熱を出して数日休んだ。加えて辛かったのはアレルギー性鼻炎。朝はたいてい鼻が落ち着かずぐずぐずで、登校して1、2時間目が済むころに、気が付いたらいつの間にか落ち着いて鼻が通っているというような毎日だった。それが全然収まらず、一日過ごす羽目になる日もある。そんな日は昼から午後に書けて悪化の一途を辿り、授業が終わる頃にはくしゃみのし過ぎで身体中がだるくもう生きた心地もしなくなっている。それこそ転がるようにして学校から帰り、すぐ布団を敷いて夜まで死んだように眠る。そんな日が週に1度は必ずあるのだからたまらない。週中過ぎの木曜日あたりが一番頻度が高かったのではないか。水曜日からおかしくなるような時は、金曜日にもう一度などということもよくあった。具合の悪い日は本当に辛かった。高学年になって身体が伸び始めて、漸く風邪を引くことは少なくなっていったが、アレルギーだけは収まらなかった。原因はよくわからないが(ハウスダストだろうか?)、いつ起きるかわからないアレルギー性鼻炎にずっと悩まされ続けたのだった。
それがいつ頃からだろう、正確にはわからないが、気が付いたらアレルギー性鼻炎が出る間隔が次第にあいていって、終いにはほとんど発作を忘れるようになった。ところがそれに変わって発症したのが花粉症である。季節性のアレルギーで、子どもの頃の週一回の鼻炎に比べれば格段に楽だが、これは今に至るまで毎年春先を何とも悩ましいものにしている。今年の花粉の飛散は、多かった昨年に比べると半分以下になりそうだとの予報だが、さてどうだろう。

ところで、風邪の引き方の癖も年齢を重ねるとともに変化してきているような気がする。子どもの頃はとにもかくにも熱を出した。10代半ばくらいからあとは、熱を滅多に出さなくなるかわりに、たいてい喉をやられるようになった。喉がキリキリと痛くなるのが風邪の引き始めと相場が決まっていた。30代に入る頃からは、治りがけに喘息の傾向が出て、なかなか咳が抜けなくなるのが常だった。
それが40代を過ぎて、喉から始まるのでない風邪が時折混じるようになる。風邪を引くことは多くないけれど、節々が痛くなり始めたり、頭痛から症状が出たりと、それまでにないさまざまな引き方をするようになり、なかなか見通しを立てるのが難しくなってきた。喉の痛みから始まるのが普通だった頃には、具合の悪くなるのがだいたい見当が付いて、加減を計りやすかったのに、それができないのはやはり辛い。アルコールが入るとすぐ顔に出る質だったのが、内にこもるようになってきたのとどうも軌を一にしているように思う。何に付け症状がストレートに出てくれた方が、対処が容易でわかりやすくていいのだけれど、あちこちガタが来るにつれて、それらが連動し合って複雑な反応が出るようになってくるのかも知れない。
風邪にせよ何にせよ、どこか具合が悪くなるのというのは自分の身体を振り返るよい機会だ。普段何気なくどこも痛くもかゆくもなく過ごしていることがどんなにありがたいことか。日頃からそういう気持ちで生活できれば、病気もしないのだろうにとは思うが、喉元過ぎればばかりで致し方ない。まだまだ修養が足りない。

冬は寒い方がよい。寒い冬と適度の積雪は、夏の豊作をもたらす。でも、ほどほどというものはある。インフルエンザの流行もピークを迎えているようだ。そろそろ三寒四温の季節。季節が順調に推移し、雪もインフルエンザも収まっていくことを切に願いたい。花粉症も、年中行事だと思えば……
posted by あきちゃん at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする