2012年03月24日

庭を歩く楽しみ

最近、庭に心魅かれるようになった。昨夏、北京の頤和園を、帰国の日の朝早起きして10年ぶり訪れたが、それも庭に心の安らぎを求めてのことだった。自然そのものの懐に抱かれて呼吸する心地よさははなにものにも代え難いけれど、人が作り上げた人工的な自然の空間(=庭)にも同じように魅かれるのだ。
庭には、外側から眺める枯山水のようなものと、内側に自分の足で歩き回れる回遊式庭園のようなものの二種類がある。後者にも建物の中から眺めるだけの場合もあるが、ぼくは自らの足で降り立って、庭園の空間に溶け込むことのできる庭が断然好きだ。眺めるだけの庭も、眺める自分がいる建物を含めて一つの空間とみなせば小宇宙を体験しているには違いなく、ひとところにじっとしているのが思索にはいいかも知れないけれど、ぼくには辛いものがある。見えないものを見るのも(思索する)のも素晴らしいことだが、やはり動き回っていろいろな視覚から庭のさまざまな景色を眺め、自分の目で確かめてみるのが、ぼくには何よりの心の栄養になるような気がする。
建物も好きだ。しかし、建物の場合、外から眺めるだけではなにもわからない。建築は基本的に単なる飾りではなく、何らかの目的を持って造られたものだから、その建物の中に入り、そこで活動する人の視線で見てみたい。そうしないと建物の生きた姿は理解できないと思う。外から眺めているだけでは、燈籠や庭石と同じことで、例えば、茶室を外から見たところで何になろう。待合を経て、躙り口を通って端座し初めて、茶室という空間の意味を身を以て体験できる。
その点回遊式の庭園は、庭という空間を思う存分に体験することができる。庭に心が揺り動かされるようになったのは、大まかに分析するならこんな心理なのだと思う。

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〔晩秋の小石川後楽園〕
昨年11月、ちょうど紅葉の季節に訪れたのが東京の後楽園だった。後楽園というと、遊園地やドーム球場で有名だが、元は小石川後楽園という由緒ある水戸家の庭園だ。中国の名所になずらえ、自然をぐっと圧縮したような趣のある名園である。折しも好天に恵まれた日曜日の午後の結構な人出で、また木々の間にビル群が林立するありさまであるけれど、時間の経つのを忘れて園内を巡り歩くことができた。

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〔寒中の枳殻邸(渉成園)〕
明けて正月には、京都の東本願寺の別邸枳殻邸(渉成園)を訪れた。塩竃伝説で有名な源融の河原院の跡地という伝承もあるが、現在の庭は後楽園より少し後の江戸前期の名園である。存在は学生時代から知っていたが、入園がいろいろと面倒だったりして足が向かなかった。今ではフリーで出かけても見学でき、また立派なパンフレットもいただける。寒中の夕方近くで、ほとんど人にも会わずいろいろな意匠の建物も建つ園内を終了時間までじっくりと巡ることができた。京都駅まで歩いて行かれる距離に、こんな隠れた名園があったのだ。

春を待つ清澄庭園.jpg
〔春を待つ清澄庭園〕
先日はこれまた昔から一度行ってみたいと思っていた深川の清澄庭園に出かけてきた。紀伊国屋文左衛門の屋敷跡ともいい、18世紀には大名屋敷の庭園となり、現在の形にしたのはかの岩崎弥太郎である。名石を多数配した豪快かつ開放的で明るい名園である。随分前に祖父母がここを訪れてその美しさを絶賛していた(塵一つないと言っていたような気がする。栗林公園についてもそんなことを聞いた記憶がある。庭の美しさを言っていたのかどうかは少し怪しい)明治を代表する回遊式の庭園である。雨が降り出す中、傘をさしての散策だったが、明るく気持ちのよい庭だった。水面を泳ぎ回る、鴨か鴛鴦かわからないが愛嬌のある鳥たちが、庭園に彩りを添えている。ようやく満開に近づいた紅白の梅が見事だった。
清澄庭園のウメ.jpg
〔清澄庭園のウメ〕

自然そのものではないこの人工的な庭という空間に魅かれるのは何故なのだろう。到底自然には太刀打ちできないはずの空間だからこそ、そこに人間の努力の痕跡を感じ取るからだろうか。管弦楽のだけの曲よりも、ふと人間の声の入るオペラ、ことに重唱部分が恋しくなる感覚を思い出す。人間の声も楽器の一部なのだとはいうが、俄には従えないものがある。人間的なものへの無意識のうちのあこがれのようなものがそこにはあるのかも知れない。
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2012年03月23日

夢を夢に見る―夢の記憶3

よく夢を見る。でも夢を見たことは覚えているのに、どんな夢を見たか覚えていることがほとんどない。それで、見た夢を忘れないように、夢から目覚めた時に夢を反芻してみることがよくある。夢を振り返ってみて、ストーリーの展開を辿れることを確認して安心する。何度もこれを繰り返すこともある。そうこうしているうちに、それが正気でのことなのか、夢の中でのことなのかわからなくなってくる。夢を反芻している夢をみているのではないかと思っている、そんな自分がいる。劇中劇と言おうか、鏡の中の鏡と言おうか、重層した夢、いや、より正確に言うなら、何重にも包み込まれた夢なのだ。マトリョーシカ人形のような、といったら一番ピッタリかも知れない、そんな構造の夢なのだ。
今朝見た夢もそうだった。夢をトレースし直した直後に目が覚めた。この時すぐに書き止めるなり、入力するなりしておけばよいのだけれど、朝の忙しさも手伝って、実際にそれができることはまずない。1日生活して、そして今こうしてやっと記録できる時を迎える。でも、きちんと通っていることを確認したはずの筋が、通らないのである。ところどころポカッと記憶の欠落があるに違いないのだ。

甲板のような所に立っていた。ベランダのようでもある。ちょうど肘をついて寄りかかれる高さの囲みの内側にいるらしい。コンクリートの壁のようでもある。右隣に職場のI田さんが立っている。他にもたくさんの人がいる気配がある。ふと見ると向こう側に、同じような囲みがあって、こちらはどうも四角く船のように見えるが、その大きな浅い升のような箱にお菓子のようなものが山と積み込まれている。その中に店員のような人が2人見える。船縁に立っているのなら、向こうとこちらの間には水があるはずだが、間にはちょっとの空間はあるようだが水は見えない。向こうの箱に積まれたお菓子に手が届くくらいの距離しか離れていないらしい。
売り物のはずなんだけれどと思いながら、手を伸ばしてそのお菓子を取っている。ぼくだけではなく、隣のI田さんも一緒になって手を伸ばしお菓子を集めている。いくらなんでもこれでは泥棒ではないか、買うのが筋なのにと思っていると、いつの間にかI田さんが紙幣の数枚入った封筒を向こう側の人に差し出している。向こうの人がその中から1枚をそっと抜き取っている。こちらはそれまでに手に取ったお菓子の代金のつもりなのに、紙幣を受け取った向こうの人は、替わりに四角い黄色と白の包みを手渡してくれる。これでは紙幣を取ってもらった意味がないなあと思いながら、それを受け取る。これらのやりとりは、全て間に水のない空間を挟んだ船縁越しに行われるのである。
薄いビニール袋に包まれた鮮やかな黄色と白の品物(カステラのような印象だ)を受け取ったぼくは、それらを順に手にとって、十文字に切り分ける。全部自分が食べるのだという意識があるのに、いつの間にかそれらをぼくは、左側にいるおばあさんたち(さあ何人いたのだろうか、4切れを丁度渡せたのだから4人だったのだろうか。最初はただ多くの人が周りにいるという意識だったが、なぜか左側にいるのはおばあさんばかりだ)に分けていく。彼女らはそれをうれしそうに受け取るので、少なくとも一つ丸々は自分で食べようと思っていたぼくは、そんな自分の欲張り加減を恥ずかしく思うとともに、ああ、あげてよかったと心から思う。黄色いのと白いのと、8切れ全部を彼女たちにあげてしまった。自分で食べようとしていたことなど何故かもう忘れている。これでよかったと思ったところで、夢の進行が止まる。鮮やかな黄色と白色が鮮明に焼き付いている。

始めと終わりはおそらくこれで過不足なかっただろうと思う。けれど途中にはもっといろいろなエピソードが折り込まれていたにような気がする。行きつ戻りつしながら、噛んで含めるように、見ていることを確かめながら進んでいく夢なのだが、一度抜け落ちてしまった部分は、どうあがいても思い出すことができない。そうすると今度は夢から抜け落ちたと部分があるという事実それ自体が、夢の一部になってとどめられていく。もうこうなると何が夢で何が夢でないのかすら曖昧である。忘れないように忘れないようにと言う必死の努力が、また新しい夢を作っている、そんな気がしないでもない。
夢とはさて、いったい何なのやら……
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2012年03月14日

春を待ち侘びる

山陽新幹線の鹿児島への直通運転開始1周年への期待が大きいのだという。それを聞いて、昨年のことがまざまざと甦ってきた。出張先の博多から戻る新幹線のテロップニュースに、福島原発1号機が白煙を上げているというニュースが流れたのだった。それは不断のニュースと同じように、どこか他所の遠い国の出来事ででもあるかのように、静かに2回流れて消えていった。俄には事態がよく飲み込めなかったけれど、要するに冷却機能を失った原発が爆発している…… 原発が本当に爆発したのなら、東京とて無傷では済まないのではないか…… 今、東京に向かっているこの新幹線は、このまま無事東京まで行き着けるのだろうか…… そんなことさえもがポカンと頭に浮かんでは消えした。想像を絶する津波の被害は前日既に承知していたが、全く考えてもいなかった最悪の事態の進行が、目の前で事も無げに伝えられていく。徐々に言い知れぬ恐怖が襲ってきた。
自然の営為である津波そのものはけっして避けることはできない。しかし、被害を少しでも少なくする努力は人間にもできる。これに対し、原発災害は人間が引き起こした災害、明らかに人災である。それは自然界では起こり得ない、原発がなければけっして起きなかった災害である。いわば人間が神の領域に踏み込んだ報いともいえる。その後1号機だけでなく他の原子炉が次々と異常を来し始める。このままいったら、この国は本当にどうなってしまうのか。世上では、想定外という言葉だけが空しく一人歩きを始めていた。しかし、そもそも人間に想定などできるのだろうか。想定できるなどと考えること自体が過信も甚しい。たかが数十年、数百年のスケールで自然を考えるのなら、それは想定不能なのはあたりまえというべきだろう。何を考え違いをしているのか。
そして、1年が過ぎた。長い1年だった。いまだに多くの方が不自由な生活を強いられているなかで、事態は1年前と何も変わっていない。変わったのは、悲しいことだが記憶が薄れてきていることだ。昨年地震の直前に仙台空港を飛び立って福岡にやって来られた方とも今回またお会いした。だがそのことさえ、昨年直通運転開始のイベントが中止された話を帰りがけに聞くまで思い出さずにいた。全く情けない話だ。
昨年の春、それまであまり好きでなかったサクラの花が本当に美しいと思った。なぜこんなに美しいのだろうか? 人が一生の間にサクラの花を見られるのは、せいぜい数十回であろう。人間が数十回同じ事を繰り返すのはそんなに苦ではない。数えていられるほどの回数だ。その程度しか見られないのである。その程度しか同じ季節はめぐってこないのである。日々深刻化していく事態を前に、そんなあたりまえのことに気付いたのが大きかったのかも知れない。今咲いているサクラがいとおしくてならなかった。美しいと思った。同じ花は二度と咲かない。一日一日の積み重ねが一月になり一年になり、それが積み重なって人の一生になる。明日自分が生きているかどうかは誰にもわからない。常に今この瞬間を感謝の気持ちをもって精一杯生きること、それができたらと素直に思えるようになった。それを実行できるにはまだまだ程遠いけれど、人の一生は短くて長く、長くて短いということが少し実感できたような気がする。

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先週、歩いていて、ハッとした。梅が綻び始めていた。寒冬もようやく先が見えてきた。例年より2、3週間は遅れていると思うけれど、季節は遅れることはあっても、必ずまた廻ってくる。異常気象などといっても、それはいわば想定内の出来事に過ぎない。人間の一生をスパンとして考えるからいけないのだ。本当に恐ろしいのは、自然ではなく人間だと思う。想定内だったはずのことを事を想定外と言いくるめ、自然ではけっして起き得ない想定外のことを人間の一生のスパンのうちに次々と引き起こす。つくづく人間は勝手な存在だと思う。
お水取りもクライマックスを迎えた。春ももうすぐそこまで来ている。春の到来が待ち遠しいのは、今年が近年にない寒い冬だったからばかりではなさそうだ。
タグ: 日常 季節
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2012年03月03日

『ひつじが丘』を読む

「人を愛するって、どんなことが知っているのかね。愛するとは、ゆるすことでもあるんだよ。一度や二度ゆるすことではないよ。ゆるしつづけることだ。」良一との結婚を急ごうとする奈緒実をそう諭そうとした父耕介自身が、奈緒実の母愛子を裏切り、そのゆるしによって新しい生き方を得た人だった。愛とは相手を生かすことだと気付いた良一は、奈緒実のもとを去ろうとする。いまだにそのことに気付くことができず、良一をゆるすことができないでいる奈緒実を前に、父はその過去の過失を静かに娘とその夫に語る。奈緒実はようやく自分自身の弱さを悟る。しかし、今頃になって自分への思いを打ち明ける竹山の姿に、「恋というものだけは、この世で最も純粋なものだと思っていたけれど、恋もまた自分中心なものに過ぎないのかもしれない。」と自覚できても、奈緒実にはまだ父のいう愛の本当の意味を理解することはできなかった。そして、輝子に別れを告げに行く良一がぶら下げたウイスキーのふろしき包みの意味を誤解してしまう。悔い改めを象徴するはずのこの良一の行動が、逆に奈緒実の心を閉ざしてしまうのである。そればかりではない。このウイスキーが良一の命を奪うことになる。
弱い存在である人間は、人間であるがさまざまな過失を犯しながら生きている。人間はその罪を、常に他者に、そして神にゆるしていただきながらでなければ生きていけない。それなのに、自身の過ちにゆるしを求める一方で、他者の過ちをゆるすことができない。自己中心的な存在なのだ。それはどうあがいてもけっして変わることがない。けれども、そのことを自覚して生きるかそうでないかで、人間の生き方は大きく変わるのである。
     §           §           §

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〔講談社文庫版『ひつじが丘』表紙〕

『ひつじが丘』は、1965年から66年に書かれた。自らの存在という罪に気付いて自ら命を絶とうとした陽子を描く『氷点』に次ぐ、三浦綾子氏のデビュー第二作である。それは陽子が母をゆるすことができるまでを描く『続氷点』との間に位置している。物語は敗戦後まもなくの1949年6月から始まる。北水女子高校3年A組の杉原京子と川井輝子、このクラスに函館から転校してくる広野奈緒実、担任の英語教師で26歳の竹山哲哉、京子の兄で竹山の親友でもある杉原良一。物語は翌春の彼女たちの卒業をまって大きく展開する。彼・彼女らの間の心の機微の描写がすばらしく、奈緒実の父で牧師の耕介、母愛子、京子と良一の母伸子、輝子の両親を加えて、物語は二転三転思わぬ方向に展開し、息つく暇も与えない。
『氷点』で人間が人間であるが故にもつ罪について問うた著者は、『ひつじが丘』において人を愛するとはどういうことか、というより身近なテーマで率直に語りかけてくれる。良一をゆるすことができずに彼を死に追いやった奈緒実は、その罪を背負って生きていかなければならない。無論直接に良一を死に追いやった輝子もまた同様であり、結婚するであろう竹山と京子もまた同じようにその罪を背負っていかなければならない。二人がどのような愛を育んでいけるかどうかは何も語られない。彼らには多くの困難が待ち受けていることだろう。しかし、竹山と奈緒実がみつめている遠く白い雲が、陽に輝いてきらりと一点光っていたという光景は、迷える子羊たちを見守る神の暖かいまなざしを象徴している。
     §           §           §
この作品には、愛の意味とともに、作者が伝えたかったもう一つのメッセ-ジがある。それは、自分を善人とし、自分を正しい者として、人を責め、厳しく裁こうとすることが、いかに人間として誤った行いであるかということである。自分自身も、自分が責め、裁こうとしている相手と同じように責められ、裁かれるべき人間であることに思いをいたすことができれば、人間が互いに責めたり裁いたりするのがいかに誤った僭越な行為であるかがわかってくるだろう。
それは作者の信仰するキリスト教にだけあてはまる考え方なのではない。作者の瑞々しい筆はそれが普遍の真理であることを素直に理解させてくれる。また、『氷点』『続氷点』が日常とはかけ離れた世界を描いていると考える読者にも、『ひつじが丘』はそれがけっして非日常の空言ではないことをわかりやすく描いてみせてくれている。『ひつじが丘』は、恋愛小説としての巧みなストーリー展開のなかで、人間の存在の本質について強く語りかけてくる類い稀な作品であり、『続氷点』の前に書かれるべくして書かれた傑作といってよいと思う。『ひつじが丘』が完成・刊行された1966年といえば、ぼくが小学校に入学した年である。当時この小説がどのように受け容れられたかは知る由もないけれど、自分の生と三浦綾子氏の作品群が時間を共有していることに言い知れぬ感動を覚える。
なお、講談社文庫版巻末の水谷昭夫氏の解説は、そうした『ひつじが丘』の特質を見事に捉えていて、読者を的確に『ひつじが丘』の世界に導いてくれる。読書の感動を新たにさせてくれる解説など、そうざらにあるものではない。。
タグ:読書
posted by あきちゃん at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

酒を楽しむ

酒はあまり飲まない。けれどけっして嫌いではない。いやむしろ好きな方かも知れない。おいしい酒をほどほどに味わう、こんな幸せなことはない。
別に高級な酒である必要はない。一人でも、大勢でも、楽しく飲むに限る。といって、大騒ぎするのだけが楽しいのではない。もう夢になってしまったようだが、夜行寝台で一人でちびちび飲む、それはそれで楽しいひと時だ。
飲み過ぎるとしんどくなるだけで楽しくないから、一人だとで飲む量は自ずと限られてくる。でも、気の合う人(たち)と楽しく飲む時は、ついつい度を超すことがある。度を超させる雰囲気、そういう機会は年に何度もあるわけではないけれど、これは何物にも代え難い。
飲んでも酔えない。酔っても酔えない。神経が冴えてくるのだ。酔って自分を忘れることができるなら、もっと飲むようになったかも知れない。父はそうだった。でも父は結局自分を忘れることができなかった。
世の中には飲まなくても酔える人がいる。これは本当に羨ましい。酔えるなら別に飲む必要はない。そう思って、今まで自分から飲むことはほとんどなかった。
しかし、年を重ねるにつれ、酔うことだけが飲む目的ではないことに、今さらのように気付いた。酒を味わう、酒を通じて人生を味わう、その機微がなんとくなくわかりかけてきた気がする。祖父は必ず晩酌をする人だった。一人で静かに飲んでいた。
出張先の今日、同僚と久しぶりに楽しい酒を飲んだ。何を話すわけでもない。仕事のこと、家族のこと、他愛もない世間話が訥々と続くだけ。けれど、心に滲みる酒だった。こんな事を書くなんて、今日のぼくは本当に酔ったのかも知れない。
タグ: 日常
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