2012年12月29日

ぼくの2012年を振り返る

冷たい雨の仕事納めの昨日とうってかわって、今日は朝からやわらかな日射しがふりそそいでいる。久し振りに朝寝をした。この季節はまだ真っ暗なうちに活動を開始するのが常だから、ことに暖かさを感じるのか知れない。

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今年は走って走ってここまで来た、そんな感じの一年だった。昨日の仕事納めもそのままの勢いで駆け抜けた感がある。以前なら、昼までで仕事を終えて年末の挨拶があり、一年間ご苦労様というわけで、昼の年越し蕎麦とともに飲み始めるのが普通だった。それがよかったとは勿論思わないけれども、ある意味メリハリのある仕事納めではあった。今では、全くいつもと同じように夕方まで仕事を終え、いつものように帰る、そんな年越しになった。昼の年越し蕎麦だけは今でも続いているけれど、一年の締め括り行事としての意味合いは薄れたような気がする。
今年ほど休む暇もなかった年も珍しい。さあこれで一息つけると思うまもなく、ゴールが見えてくると次の仕事が用意されているということに何度遭遇したことか。お蔭で風邪を引いている暇もなく、その点では忙しさもまんざら捨てたものではなかったが、この寒さである、ふっと気の抜けた時の反動が怖い。

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仕事納めのあと、久し振りに髪を切りに行ってきた。12月初めからもういい加減伸びてうるさくなってきていたので、何度か予約を入れようとしたのだが、二、三度振られた挙句の仕事納めの髪切りである。昨日も初めは一昨日に予約をの入れようとしたのだけれど、一昨日はぼくの担当の理容師のNさんが休みだとかで、押し詰まってのこととなったのだった。
前回9月21日だったので、さほど間隔が開いたわけでもない。でもずいぶん久し振り感に溢れた気がする。びっちり仕事が詰まっていたせいか、ようやっと辿り着いたという感慨を覚えるのである。やはり鏡に向かってぼうっとしていると、この上なく気持ちが安らぐ。幸福なひとときである。いつもならうとうとと船を漕ぎ始めることも多いが、昨日はいつもとまた違った充実感があった。
髪を切りながら理容師のNさんが、ぼくの予約をふったことをさりげなく詫びる。聞けば保育園の迎えに行くために5時で引ける日が続いていたという。2人めのお子さんの誕生だった。2歳離れて生まれた女の子の話に花が咲く。赤ちゃん返りを始めたお姉ちゃんのこととか、夜も3時間くらいしか寝られないこととか、ぼくにも覚えのある話が次から次へと広がっていく。子どもをもつまではうるさくしか聞こえなかった赤ん坊の泣き声や子どものはしゃぐ声が、今ではもう全然気にならなくなってきたという。いつも若々しい鏡の中のNさんの顔が、くちゃくちゃのお父さんの顔になっている。ああいい家庭をもっているんだなと、ぼくまでうれしくなってきた。ぼく自身はとても子育てを愉しむ余裕などなかった。Nさんもきっと今は無我夢中であろう。そんなNさんのはにかむような笑顔はすてきだった。子育てがんばってくださいね、と思わず声をかけて、店を出た。

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一年を振り返り、来たる年に思いを馳せる、当たり前のようなことだが年末年始のあり方はうまくできていると思う。基本は一日一日を感謝して過ごすことにあるのだろう。なかなかそこまで達観できないけれど、人生の残る三分の一をどうやって過ごすかなどと大層なことは考えずに、日々を充実したものにしていけたらと思う。明日できることは明日でよいとも言えるのだが、明日があるという保証はない。今すべきことを今確実にこなす、そんな当たり前のことを今さらのように痛感させられた一年であった。
2013年がどうか平和な年でありますように!!
ラベル:日常
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2012年12月18日

束の間の休息

「ノロではありません。疲れと不摂生ですね。」I女史に図星を指され、全くぐうの音も出ない。
先週木曜日、胃の気持ち悪さを抱えたまま韓国から戻り、恢復せぬまま金曜日を過ごし、少し楽になった気がした土曜日、朝食抜きで午前中の仕事をこなしたあとホッとして、スタバでホワイトカフェ・モカとラズベリー・クリームチーズケーキなんぞを食べたのが覿面だった。気持ち悪さがぶり返し、午後から夜中まで寝込む羽目になり、夕食に起きることさえ出来なかった。
少し恢復した翌日曜日、犬を庭に出してやって一息ついたところ、裏にまとめてあった生ゴミを含むゴミ袋を、我が家の食いしん坊犬どもが漁っているではないか。全く意地汚いにも程があるとは思ったものの、洗濯機の上に避難させたダンボール箱の大根とカブを引きずり出して囓り尽くしてしまった経験のある子たちである。気付かず出してやった方が悪い。それでも犬たちをを追い散らしたあとの惨状には唖然とさせられた。仕方なく箒を取り出して片付けを始める。ようやく何とか片付いたなと思い、アっと思った時はもう遅かった。腰に激痛を覚えたのだった。箒で掃くのには身体を軽くねじるわけだが、これが腰に電気を走らせたのである。いわゆるギックリ腰ならば、例えば重い物を持ち上げようとしたときか立ち上がろうとしたときとかの、力の入る場面でまさにグキッといくのだけれど、ぼくの場合はいつもこうだ。特別力が入るわけではない(と自分では思う)状態で、メリハリのないままグサッという感じで痛みを覚えるのである。痛みは徐々に増大していき、気が付いたときには歩けない状態に及ぶ。今回も日中は何とか騙し騙ししていたものの、夕方から痛みが募り、横になることも難しくなった。坐ったまま動けないのである。胃のおかしいのは相変わらずなのだが、もうそれどころではなくなっていた。必死の思いで横になり、はやめに寝んだものの、寝返りを打つのもおおごとだった。
そして今日月曜日、デスクワークと立ち仕事を交互に繰り返して、その都度伸びない腰を伸ばしつつなんとかいつにも増してめまぐるしい一日を終えた後、かかりつけのI女史のもとに駆け込んだのだった(いや、駆け込めるくらいなら世話はない。這うようにしてといってはかえって大袈裟だが、いつもの倍の時間をかけて摺り足で腰を動かさないように動かさないようにしながら出掛けた結果、受け付け終了間際に漸く辿り着いたと言った方がいい)。
それにしても胃の方が悪いものではなかったのは不幸中の幸いだった。少し休みなさいということなのだろう。身体を伸ばしてもらって腰がいくらか落ち着いてみると、胃の方もずいぶん楽になっている。ある意味腰が胃を庇ってくれたのかも知れない。

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今考えてみると土曜日は確かに異常だった。いつも京都までの急行で寝ていくのだけれど、土曜日はいつにも増して熟睡してしまい、気が付いたらもう京都に着いていて、お客さんが降り始めたところ。慌てて膝上のカバンを肩にかけ降りたまではよかったが、改札を出たあと折りたたみ傘がないことに気付いた。考えた挙句、坐るときに畳んであった傘をカバンに上に置いた記憶が甦ってきた。傘に気付かぬままカバンを肩にかけ、そのままどこかに落としてきたに違いないのである。音にも気付かなかったくらいだから、改札口までの人混みの中だろうか。
そうこうしながらJRの切符を買い、自動改札を入り、電車に乗る。近鉄が少し遅れて着いたのだろうか、いつもより一本遅い。さあ、そろそろ降りる仕度、と思ったところ、あろうことか右手に握っているはずの切符がない。たいてい切符は手に持ったままでいるのだけれど、念のためコートや上着のポケットも調べてみたが影も形もない。さて、と思い出しにかかると、改札を通ったところまでしか思い出せない。ぼくのすぐ前の人が、反対側から出ようとしていた人にタッチの差で勝ってこちらからの流れができ、続けて切符を入れたところまでは覚えている……。まさかそんなことがあるのだろうか。いや、でもそうとしか考えられない。切符を取らずに来たに違いない。よく新幹線の乗り継ぎなどで、切符の取り忘れを注意しているが、まさか単純な改札口で投入した切符を取らずに改札を通り抜ける粗忽者がいようとは……。
立て続けの失態に、三度目を覚悟していたら、幸いにも何事もなく過ごせて安心した結果が、スタバでの不摂生(いつもやっていることなのだが)につながったのだった。
ラベル:日常
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2012年12月11日

厳寒の夕焼けと石塔

12月の韓国は3度目になる。昌原から少し北に行った昌寧にある述亭里東三層石塔の前で見事な冬の夕焼けを見た。一昨日に降ったという雪がところどころに残る。今日辺りが寒波の底のようだ。一点の雲もなく暮れかかる快晴の空が、見事な夕焼けに染まっている。西の地平線から上空にかけて、金色を帯びて光る橙色から紺青へと徐々に変化していく得も言われぬ夕景。どこかで見たような記憶がある。
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〔昌寧述亭里東三層石塔〕

今を去ること約40年前、千駄ヶ谷駅前の英語スクールに通っていた頃、プレハブの校舎の脇で休憩時間に見上げた晩秋の夕焼けの空だ。西空から上空へと変化していく色を記憶にとどめようと、見る間に暮れなずんでいく空の色を、必死にノートに書き止めたのである。
そしてもう一つ。同じ韓国でほぼ3年前、日本海に浮かぶ文武王陵の厳粛な光景に圧倒されたあと、感恩寺の二基並ぶ石塔に向かうときに見た夕陽である。山の端に沈んだばかりの太陽が残した夕焼けの空。やはり雲一つない快晴の空のもと、しんしんと冷え込み始めたなか、遠方に認めたライトアップされて浮かび上がってきた感恩寺石塔のこの世とも思われぬ神秘的な姿。あの時の空である。息子が異国に降り立ったばかりのこの日のこの頃、父は逝こうとしていた。慶州のホテルに着いた直後に鳴った母からのケータイで、ぼくは父の旅立ちを知ったのだった。
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〔慶州感恩寺石塔夕景〕

3年後のほぼ同じ頃、韓国で同じような厳寒の夕陽を、しかも石塔に抱かれて見ることになったのは、単なる偶然なのであろうか。数日前、夢の中で父と話したことがまざまざと甦るのである。
ラベル:記憶 建築
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2012年12月08日

『積木の箱』にはさまれた贈り物

三浦綾子さんの『積木の箱』を読んだ。物語は学期途中の朝、中学の赴任式に向かう杉浦悠二が、純真無垢な天使のような子、川上和夫と出会う場面から始まる。そして悠二がどうしても立ち直るきっかけを与えることのできなった佐々林一郎が、相手の肩にかける自分の右手がその人の気持ちを優しくすると信じている和夫によって、救済の予兆を得るところで終わる。
一郎が姉として慕っていた奈美恵は、実は父豪一の愛人であり、母トキもそれを承知の上で一つ屋根の下に暮らしていた。そのことを知った一郎をなぐさめる唯一の存在は和夫とその母久代だった。しかし、その和夫が豪一が秘書だった久代に生ませた子であったことを奈美恵から聞かされた一郎は、悠二が宿直の日、宿直室に放火する。そこには悠二を父のように慕う和夫が寝入っていた……。

物語の設定は、確かに明るくはない。これでもかというくらい陰惨でさえある。人間の本性といってよいネガティブな面を描き切る。しかし、三浦さんの筆にかかると、それはけっして暗黒ではない。叙述に突き放したところがないのである。暗黒を描きながら光明が射しているといったらおかしいけれど、どうしようもない行為を繰り広げてやまない人間のさがを、常に暖かに見つめている眼差しがある。それを神の眼と呼んでよいのかどうかぼくにはわからないけれど、そこにこそ三浦さんの描く暗黒の世界の特徴がある。
天国を求めて川で溺れかけた和夫を助けたのは一郎だった。とっさのこの一郎の行為がなければ、一郎はけっして救済されることがなかったはずである。原因と結果が複雑に絡み合って、一人の人間の一生が形作られていく。

悠二に好意を寄せながら、久代と和夫のために身を引こうとする体育の教師寺西敬子の健気な姿には心を打たれる。そこまで自分を犠牲にしなくてもと、ふと思ってしまうが、そう感じるのはまだぼく自身の思慮が足りないのだろう。
サマーキャンプのキャンプファイヤーの夜、敬子は悠二に対する思いを打ち明ける。敬子自身どうしたらよいかわからないのだが、それはけっして自己の思いを伝えるためではなく、久代の気持ちを考えてのことだった。結婚するつもりがないのなら、あんな眼をしないでほしい、体をうばうよりも、もっと深く傷つくことがある。そう言って、和夫を生んだ上に、さらに今悠二のことで二重の苦しみを味わう久代を救おうとする敬子の言動は、考えて出たものではない。和夫と全く同じ純粋無垢の魂のなせる業だったのだと思う。
敬子と悠二の対話を湯に足をつけながら聞くともなく聞くことになった人がいた。久代である。そのことで久代もまた苦しむ。しかもその直後、差入れに訪れた佐々林豪一が和夫を抱き上げる姿を目撃してしまう。このあたり本当に唖然とするようなストーリー展開のうまさである。久代や敬子の純真な魂もみな苦しんでいる。でも、苦しみにどう立ち向かうかで、苦しみが逆にその人の糧ともなり得るのである。

新潮文庫版の『積木の箱』は現在品切れで、ぼくも古本で入手した。しかし、こんなこともあるのだろうか。下巻に描かれた今紹介した敬子が悠二に思いを伝える場面を読み進めていくと、紙面に不思議な形のシミがある。頁をめくって愕いた。そこにはサクラの花びらが挟まれていたのだった。この本の元の持ち主の方が、サクラの花を一輪手にとって、この本を使って押し花にしたのだろうか。いやそうではないだろう。この心を打たれる場面に栞代わりにサクラの花を挟んだのかも知れない。もう1カ所、和夫が一郎の家を訪ねて行き、お手伝いに追い返される場面がある。ここには開きかけたつぼみのサクラが二つ挟まれていた。

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〔『積木の箱』にはさまれた贈り物〕

ぼくが入手したのは1989年11月の13刷である。ややヤケがある程度で状態は良好である。花びらはさすがに茶色く変色しているが、ついぞもらったことのないような素敵なプレゼントは、心に灯火の点るような経験だった。この本がぼくのところに廻ってくるのには、きっとさまざまな偶然が重なっているはずである。この思わぬ贈り物をいただいたことに、心から感謝したい。
ラベル:読書 日常
posted by あきちゃん at 18:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2012年12月03日

師走を迎える

12月の第1週の週末というと、散り敷いた玄関の紅葉を掃くのが朝の仕事になる。今年は秋の到来が遅かったのに、一気に冷え込みが来て、紅葉は1、2週間早く始まった。この分だと、11月中に散ってしまうかな、と思っていたら、まるで帳尻を合わせるように、昨日今日とやはり12月の第1週末に紅葉掃きの仕事が廻ってきた。不思議なものである。庭の1本だけあるケヤキが黄色く色付くのも同じ頃で、さて例年紅葉より速かったか遅かったか記憶が定かではないが、今年は紅葉と同時に色付き始め、落葉もほぼ重なった。庭の芝生は今黄色いケヤキの落ち葉に埋もれている。一方いつも剪定に汗を流すプリペットはまだ青々としているのでその対比が美しく、思わずシャッターを切ってしまった。いよいよ師走である。
例年春から夏のお盆頃までは時間がゆっくり回転しているのに、秋の訪れとともに仕事がつんできて、12月の第1週末、ちょうど今頃にピークを迎える。その後はほとんど年末モードに入るのが常だが、今年はどうも休む暇もなくそのまま年度末に向けて加速していきそうな気配が濃厚である。まあ、忙しいうちが華なのである。前向きに考えていくことにしよう。
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〔紅葉と黄葉と緑〕

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そんなこともあり、往復の通勤時間や、時折発生する無駄な乗り継ぎの待ち時間など(バスの不均衡なダイヤには呆れるばかり。5分間隔で次が出るかと思うと、20分もあいたりする)は、極力リフレッシュタイムに充てるようにしている。なんということはない、読書と音楽鑑賞(というかイージーリスニング)である。両方頭に入るのか、という気もするのだが、背に腹は替えられない。
音楽の方がどうしても二の次になるので、聴きたいと思っていた曲が気が付いたら終わっていたということもしばしば起こる。曲目は、やはりバッハとモーツァルトである。バッハはもっぱら平均律で、ひと頃は第2集を好んで聴いていたけれども、いつか書いたように、24番に取り付かれてから、むしろ第1集に魅かれることが多くなった。リヒテルが昔どんな風に弾いていたかが知りたくて、古い方の録音の13番以降を入れて聴いたりもしている(全部入れるにはケータイのデータの空きがない)。若いときの録音の方が率直かつ雄弁で総じてテンポが速いが、中には逆の場合もあって、聴き比べがなかなか面白い。今さらのようだが、1曲1曲が奧が深く、聴けば聴くほどに新しい発見がある。
時折モーツァルトに戻ることもある。こちらはもっぱらゼルキン=アバドのピアノ・コンチェルトばかりである。心が落ち着くのである。最近、ペライアの弾き振りも入れて聴いている。確かに美しく心地よいのであるが、なにか考えている弾いているような気がして、わざとらしさに安心できない。若い番号の曲が意外に温和しいというか音が深い。渋いピアノの音(ベーゼンドルファーか知らん……)とも相俟って、この調子で行ったら20番以降はどんな音楽になってしまうのだろうとこちらが心配になるくらいのニュアンスだ。やはり構えて聴いてしまうのである。そこへいくと、むしろゼルキンの方が天衣無縫というか、快活に聞こえたりする。これも前に書いたかも知れないが、ゼルキンの19番へ長調が意外にといったら怒られるかも知れないけれども、颯爽としているのである。纏綿と奏でるあのスローテンポの22番でさえ、今のぼくには遅過ぎない。素直に心を傾けることができる。

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読書の方は、最近までずっと原田康子さんを読んできた。『挽歌』に始まって、『病める家』『サビタの記憶・廃園』『聖母の鏡』『北の林』『殺人者』『満月』『風の砦』『窓辺の猫』『望郷』『星の岬』など、文庫の古本を買い集めた。どれも今まで味わうことのできなかったずしりと重い読書経験ができた。どの本にも原田康子さんの分身(原田さんがそういう生き方をしたというわけではないけれども)といってもよさそうな主人公が登場する。兵藤怜子、安西敦子、能戸顕子、室井理々子、洲本淳子、野平まり、前島左千子、涌谷佑子。いずれもかなり個性的ではあるが魅力的な人物ばかりである。彼女たちを全部重ねて合わせていくと、原田さんの描こうとし一人の女性の姿が浮かび上がってきそうだが、読み手によって好き嫌いはありそうである。例えば、最も年長の能戸顕子のような生き方は、きっと女性の立場からでも素直な共感は呼びにくい部分があるだろう。その若い頃の姿ともいえそうな涌谷佑子の場合もそうであろう。でも、原田さんの筆に掛かると、彼女たちの生き方が説得力を持って語られ、読者をも虜にする。
最も素直に共感を得るのは『満月』の野平まりであろう。小説としての完成度も高く、ハチャメチャな設定であるにもかかわらず、文句なく楽しめる。その要因には野平まりの描き方が寄与しているのは間違いない。小気味よく読ませる一方で泣かせてくれる。また、原田さん自身が登場するという点で、『窓辺の猫』の面白さも抜群である。「犬猫よりは飼主が大事」という姿勢は、動物愛護の精神に照らすなら(?)いろいろと問題もあろうが、陰日向に原田さんの人生に深いやすらぎやなぐさめを与えてきた動物たちとの関わりが、あるがままに愛おしみを込めて正直な筆で描かれ、深い共感を生む。
原田康子『満月』(新潮文庫)と原田康子『窓辺の猫』(集英社文庫).jpg
〔原田康子『窓辺の猫』(集英社文庫)と原田康子『満月』(新潮文庫)〕

それぞれの主人公に対する男性たちについても、共通した人物設定がありそうである。女性の視点で書かれているためついつい見落としてしまいがちだが、彼らの視点から物語を眺め直してみるとまた違った面白さもあると思う。
『星の岬』の深い感銘を大切にしたくて、今は原田さんから離れて、以前買っておいた『積木の家』を読んでいる。原田さんを読み慣れてきた眼で三浦綾子さんを読むと、ある程度予測していたことではあるけれども、三浦さんの筆のなんと素直で健康的であることか。.三浦さんの本ばかり読んでいたときにわからなくなりかけていた三浦文学の真髄に逆の意味で触れることができたように思う。とはいえ、三浦さんの設定も途轍もなく深く重い。それにもかかわらず、そうした健康的な筆であるからこそ、三浦さんの描く人間の罪は、救いのない暗さに陥ることなく生きてくるのである。同じ北海道の生んだこのそれぞれに個性的な二人の女性作家に、この年齢になってからめぐり会えたことに心から感謝したい。

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音楽についても読書についても、もうすこし時間をかけて考えてみられたらよいのだが、文字通り備忘の意味で最近の様子を書き止めておくことにした。
posted by あきちゃん at 02:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする