2013年06月29日

空梅雨と夢―夢の記憶10

バスを待っている。一人おいて前にいるのは、高校時代の同級生ではないか。30年前とほとんど変わらぬ姿で、ぼくの前に並んでいる見知らぬ女性と会話している。何ヵ月か前、偶然ある本でその人の姿を見かけたのである。重ねた年齢を全く感じさせない姿でその人は写っていたが、夢に現れたその人も高校時代の姿そのままに、同じ声で話していたのだった。ぼくには気付いていないようである。
バスが来た。真ん中辺りのドアが入口である。乗って右手つまりバスの後ろの方に入る。かなり混んでいて、たくさんのお客が乗り込んでくるから、さらに奥に行かないといけなくなる。上部の手すりにつかまって立っているのだけれど、天井がやたらに低くて、腰を丸めないと頭がぶつかってしまう。でも変だとは思っていない。こういうものだと納得している自分がいる。件の人たちは前の方に乗り込んだらしい。ぼくは進行方向左手を見ながら、並んでいたバス停を見下ろしている。電車の駅を降りてすぐの所にあるようで、そういえば、電車の駅の改札を抜けてバス停に向かったような気がする。そうして前屈みになっているうちにバスが動き出した。あとは全く記憶が残らない。

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これとは違う日に見た夢。年に2回ほど一緒に仕事をさせていただいている先輩たち―ほとんどが違う専門分野の方々―と一緒に、電車に乗ろうとしてホームに出ようとしている。電車はまだ来ない。みんな比較的ラフな格好で、浴衣がけの人、Tシャツの人など、宿からそのまま出てきたような雰囲気でぞろぞろとホームを歩いている。改札を入るとすぐホームだか、ホームまで比較的奥行きがあり、右から列車が滑り込んでくるものと思い込んでいる。
ぼくはなぜかランニングにジーンズという出で立ちで、ラフな格好の一団とはいってもランニング姿はぼくしかいない。出がけに1枚上に着るのを忘れてそのまま出てきてしまったようで、忘れるくらいだから、けっして寒くはない。でも恥ずかしいのと、もしかしたら本当に寒かったのかも知れない、何か着なければと思う。着るものなんかあるはずないじゃないかと思いながら、そう思っている自分が別にいる。すると、足元になぜか半袖のシャツが落ちていて、ぼくの足にまとわりついている。手に取ると、それはいつもぼくが来ている青いシャツ。これはぼくのじゃないか、ちょうどいい、と思ってそれを来て、ホッと息をついている。列車はまだ到着の気配はない。

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この夢と登場人物はよく似ている。ほぼ同じメンバーと路地を歩いている。旅館か料亭のようなところの通路のようでもある。半袖のYシャツ、ノーネクタイという服装であったような気がする。丁寧に刈り込まれた生け垣で仕切られた通路を四角く螺旋階段状に登って行くか降りてゆくかしたようである。右手は崖になっていて、海か川を望めたように思う。瀟洒な入口を潜って建物の中に入り、食事の準備のしてある座敷に通されてすわる。
いつの間にかお膳を前にして浴衣でくつろいでいる。そこそこの人数で入ってきたはずなのに、これは4人用のお膳だ。右側と向かい側の2席が空いている。お膳の右側には襖のようだ。そのうち、そこの宿泊していた(ということが自明になっている)人たちも何人か加わって、大勢で食事になったらしい。すわったうしろがガラスの窓で、外は明るかったから、朝食か昼食の気配だが、出ている食事は鍋か何かを含んだ結構豪勢なもので、どうみても夕食である。松茸の香りを嗅いだような記憶もある。もしかすると、この場面が、先ほどのホームに出て行く場面につながってゆくのかも知れないが、そこらへんの前後の記憶も曖昧である。続いたとしても、途中に1度目覚めているような気がする。夜行バスでの夢だったような気もする。そしてもっと突拍子もない場面設定であったような気がするのだけれど、そうした要素が全て擦り消されて、当たり前の部分だけしか記憶に留めていない。

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ここ半月ばかりの間に見た夢の記憶を、忘れぬうちに書き留めてきたものである。もう少し別の夢を見てからそれらも合わせて、と欲を出してここまで引きずってきたが、夢は確かにみるのだけれど、記録するに足る記憶が残らない。夢も枯渇してきている感がある。面白くも何ともない夢ばかりで、書くのもどうかと思うが、折角記憶に残っているのだからこれもまた何かの縁であろう。

ヒルティ『眠られぬ夜のために』第2部6月19日
もしあなたが、いまちょうど、生涯の荒涼とした暗い時期の一つに臨んでいるのなら、将来のいろんな計画に手をつけたり、または、いまさらどこを改めようのないのに、過去のことをふり返って思いわずらったりしてはならない。むしろなにか実際的な仕事を企てるがよい。そのことがあなたを十分忙しくさせ、無益な期待の苦しみをあなたから取り去ってくれる。そうしているとある日突然、おそらくあなたがまだその仕事をすっかり終えない前に、あなたが願っていた心の変化が訪れてくる。

これはたいへん納得のできる含蓄のある言葉ではある。しかし、それに共感できることと、それを実行できることとは、また別の次元の話なのが、辛いところである。今自分がなすべきこと、それを今確実にこなしてゆくこと、それに尽きるのだけれど……。
今年の梅雨は陽性もいいところで、春先以来の少雨傾向が尾を引き、空梅雨が続いている。今週は辻褄合わせのまとまった降雨があったけれど、今日は再び好天。この天気は週明けにかけて続きそうである。カリフォルニアで50℃の猛暑と報じられている。今年の日本の夏はどんなことになるのだろうか。
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2013年06月24日

自己座標忘却の不安と忘却願望

始発駅から乗車するので、発車直前に乗っても席を選り好みさえしなければ、まずすわれないことはない。折り返しの電車が着き、反対側の扉が開いて乗客が一斉に降りる。まもなく、その扉が閉じられ、ほどなくしてこちら側の扉が開く。たいした時間ではないのだけれど、結構長く感じてしまう。ことにお客さんが降り終わってから反対側のドアが閉じるまで、そして反対側のドアが閉じられてから自分が乗るこちら側のドアが開くまで、いずれもほんの一瞬のはずなのに、思わぬ時間がかかることがままあって、もう少しテキパキとできないものかと勝手な苛立ちを覚えてしまう。
扉が開いて電車に乗り、ドアを左手に見る端の座席にかける。入って右手前の座席にするか、左奥の座席にするか、特に決めてはいない。ドアのどちら側に並んだかによっても自ずと決まってくるわけだが、どちらに並ぶかはその時の気分や電車の止まる位置次第であり、そこまでこだわりはない(つもりである)。一つのドアに並ぶのは多くてもせいぜい2、3人だから、たいていは思ったところにすわれるのだが、一人しか並んでいないような時、かえって選択肢が多くて、すわる位置を悩んでしまうことがある。そんな時に限って、いつもと違ってドアを右手に見る位置にすわってしまったりする。贅沢な悩みである。
席に着きカバンから本を取り出して読み始める。いつの間にか電車が発車している。次に電車の動きに気付くのは、たいてい次の駅に着いた時である。電車が止まってドアが開く。乗り降りが済んでドアが閉じられ、電車が動き出す。あれっと思う。なぜか。
一つは乗り過ごしてしまったのでは、という恐怖である。今いくつめの駅だったかが全然わからなくなっている。
もう一つは、この景色でこの方向ならば、逆の方向に動いているのではないかという恐怖である。一瞬自分がどっちに向かっているのかがわからなくなったり、反対の方に向かっているような錯覚を覚えるのである。
なぜこの感覚が生じるのか、一度や二度ではないので、何か理由があるのだろうが、まだうまく整理できない。相対式のホームで向こうにホームや場合によっては電車が見える→自分は左に動き始めている→その場合右がこれから向かう駅の方向のはずである→ならば今左に走り出そうとしているこの電車は今自分の行く方向とは逆に動き出している……。
そもそも対面式の反対側のホームが見える座り方は、上りでも下りでもあり得るわけだから、見え方によって方向を決めてしまうのがおかしいのである。そこには早とちりがあるのかも知れない。しかし、一方でこの感覚を味わうのが気のせいか朝の上り電車でのことが多いような気がするから、もしかすると自分でも気付かぬうちに、すわる位置の癖のようなものがあって、それと違う位置に座ると身体が拒否反応を起こす、というようなことがあるのかも知れない。いやまてよ、見える景色ではなく、進む方向だろうか。扉の進行方向後ろ側の、扉を左脇に見る端の座席にすわることが多いから、左の方向に電車が動く場合が多いはずである。とすれば、電車が右に動くと思い込むのはおかしなことになる。話が振り出しにも戻ってしまった……。
まあとにもかくにも、うまく説明はつかないけれど、身体が覚えている感覚との違和感を感じるのは事実である。この違和感は、自分の位置と動く方向が正規のものであることを納得して初めて消える。そして一旦消えてしまうと、いままで何に違和感を感じていたのかさえ説明できなくなってしまう。上のような訳のわからない説明にしかならなくなってしまうのである。
似たような感覚はなかなかないのだけれど、敢えていうなら、寝ようという心の準備をせずに寝てしまった場合、例えば居眠りをして目覚めた時などに、自分が今どこにいるのか、今何時なのか、朝なのか夜なのか、どうして今自分がこうして目覚めたのかがわからない、あの時の感覚に似ている。ここがどこなのか、今がいつなのか、自分の座標が定まらない、いやわからないあの時の感じである。ブラックポケットをのぞいてしまったような、宙に放り出されてしまったような、周囲に支えになるものが全くない怖ろしい感覚である。予期せぬ眠りは身体に全く休息をもたらさないばかりか、かえって肉体的な疲労を覚えるものだが、この感覚はさらに極度の精神的な不安と緊張をもたらし、辛うじて座標の感覚が戻ってきたあとに、どっと疲れを運んで来るのが常なのである。

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1年に1度、敢えてこの座標の感覚を忘れて、半日だけだけれども身体を休ませる時間がある。人間ドックである。35歳からだから、途中端折った年もあったがもうずいぶんの回数になる。昔、真夏に出かけてかえって疲れて失敗したことがあって以来、最近は6月頃に済ませるようにしている。例年不思議と雨にはあたらなかったが、今年は珍しく降られた。終わった後、大阪城を横切って駅までゆっくり歩き、日常感覚を取り戻すようにしていて、雨の散歩を楽しむことができた。
血液検査(オプションの腫瘍マーカー付き)から、胸部レントゲン、眼底・眼圧検査、視力、聴力、心電図、腹部の超音波検査、そして最後は胃のレントゲンといったメニューで、番号が若ければ1時間半もあれば終わってしまう程度のものだが、遠路出かけて行くので遅くなればなるほど、途中の待ち時間が累積して時間も余計にかかることになる。年に1度の休息と思えばよいのだけれど、待たされれば待たされたで、何か損をしたような気分になるから全くケチな性分というべきか。せめて人間ドックの時くらい、時間の経過を忘れて、身体と精神を休ませてやらねばと思う。まあこれも、これまでさほど悪い結果が出たことがないからこそいえることなのかも知れない。
雨の大阪城外濠.jpg
〔雨の大阪城外濠〕

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ヒルティ『眠られぬ夜のために』6月19日
「人間の共同生活を非常に楽にする気持の良い性質は、できるかぎり他人の願いによろこんですぐ応じるような、ある種の親切な好意と気軽さである。ところが人によると、眼にも舌にも永遠の「否」をもち、全くどうでもいい事柄でも決してすぐ他人の意見に従わず、いつも長ながと頼んだり、説得したり、咎めたり、催促したり、追い立てたりした挙句でなければ、同意しない者がかなり多い。このようなことのために、ごく善良な人間でありながら、往々、すっかり嫌われ者になることがあるこのような悪い癖とさっぱり手を切ることが、ぜひとも必要である。(以下略)」
「ところが人によると、……かなり多い。」の部分は、「できるかぎり他人の願いによろこんですぐ応じるような、ある種の親切な好意と気軽さ」の対極にある望ましくないあり方として例示されているに過ぎない。しかし、激しく同意するのは、本当に恥ずかしいことだが、むしろこの「人によると……」の部分なのである。
人はどうでもいいのである。人のことをいう前に、そうなりがちな自分を捨てて、「できるかぎり他人の願いによろこんですぐ応じるような、ある種の親切な好意と気軽さ」をもった人間でありたいとは思うのだが、なかなかそこまで達観できないでいる。ここのところなぜかバッハの平均律第2巻がひどく心にしみる日々である。
タグ:日常
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2013年06月16日

『海霧』を読み終える

原田康子さんの『海霧』を読み終えた。深い余韻と涌き上がる感動を残して物語は終わった。新聞連載の終了が2002年、上中下3巻に分かれた講談社文庫版が大幅な加筆を経て刊行されたのが2005年、原田さん77歳の年である。原田さんには次の小説の構想があり、力の続く限り書き継ぐつもりでいられたという。しかし、さよが千鶴一家とともに釧路に戻る車中の様子を描いた『海霧』最後の場面は、そのまま原田さんの人生に接続するのである。作家原田康子の誕生で、原田さんの長編の世界が閉じられることになったのは、偶然とは思えないものを感じてしまう。

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リツの死によって緩んだ平出家の箍は、幸吉の突然の死によって完全に外れてしまった、原田さんは大きな渦に呑み込まれるかのような平出家の変転をこう喩えている。リツの死(愛馬青雲もリツの後を追うかのような死を迎え、そして皮肉にもリツに平安をもたらした啓三郎の妾シノも5日後に亡くなる)からわずか3年での幸吉の突然の静かな死、さらにその3年後の修二郎の花火が燃え尽きるような死と、死が立て続けに平出家の戸を叩くのである。
リツの死は、忘れ形見の千鶴を守って生きる新しい老後の使命を、母さよに与えた。千鶴がいたからこそ、さよは幸吉を失った悲しみを封じ込め、強く生き抜くことができたのである。「さよの生涯で最もつらかったのは、幸吉を失ってから修二郎が他界するまでの三年間だった。」と、原田さんはさらりとに凝縮して書いているが、そこにはどれだけの思いが込められていることか。生前の幸吉をして、「どがんもこがんもならん女どもたい。」と太いため息をつかせたところの、修二郎の後妻イクとリツの妹ルイとの葛藤。イクの産んだ恒子・桃子の姉妹よりも、リツの産んだ千鶴を修二郎が溺愛することもあって、めぐりめぐって千鶴に向けられるイクの矛先から千鶴をかばおうとする中で、さよは自分の残された使命を悟るのである。
そうしたさよの余生を記す、「函館船見町」「うたかた」の2つの章は、いささか筆を急ぎ過ぎている感もなしとはしない。それはもっともっと物語が続いてほしいと願う一読者のないものねだりであるかも知れない。『海霧』の連載は633回に及び、それでも1年の延長の結果だというから、もしも新聞連載という枠組みの制約がなければ、さらにボリュームを増していた可能性がある。文庫化の際の大幅な加筆はその表れとみることができるが、それでもリツの誕生の前後(「誕生」の章と「妹」の章の間)、そして修二郎の死の前後(「ただよう舟」の章と「函館船見町」の章の間)には断絶があり、リツの誕生までの密度の高い(しかし不思議なことにあくまでも淡々とした筆致でありけっして粘ることがない)叙述に比べると、エピソードの描き込みを中心とした叙述へと変化しているように思える。特に、千鶴の成長から、結婚・出産までの時の流れはかなり大急ぎであり、千鶴の視点から描けば、それだけでも充分1冊を構成しうる物語になったはずである。ただ、さよの視点を中心に据えて主として描いてきた『海霧』の叙述としては、致し方のないことなのではあるのだろう。あるいはまた原田さんにとって、自らの母を祖母の視点で描くことの難しさもあったのかも知れない。

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それにしても幸吉と千鶴が沖釣りに出る場面には心を打たれる。リツを失ったあと幸吉の心の底に根を下ろした悔いとも悲しみともつかない欠落感が、リツの記憶に強く結びつく河口へと、幸吉を知らず知らずのうちに誘ったのである。純真そのものの千鶴の存在が一層凪の海の静寂を印象づける。獲物を昔なじみに配って歩く幸吉の行動は、リツが死の間際に次々と誰彼の名を呼ばわり始めたのを思い起こさせる。それはまさに永訣のしるしだったとしかいいようがない。「ただよう舟」というこの章のタイトルは、箍の外れた平出家の象徴でもあるけれども、リツを死に追いやった自分を責める幸吉の心象風景でもあった。
もうひとつ、さよがモンヌカル(モンちゃんと呼ぶ方が読者にも親しい)の牧場を訪れる場面も忘れがたい。青草の匂いと乾いた風の感触、馬たちのいななき、やさしい疎林や牧柵、草原とその下方の馬たちの水飲み場となっている小さな流れ……。モンヌカルとたき夫妻がいうように、牧場のそこかしこにリツが生きているのだった。リツの血は千鶴が引き継ぎ、それはさらに千鶴の子どもたちに伝わってゆく。「リツはなんであったのだろう。リツとは、リツという希有な娘であったのかも知れない。」それはさよの、そして原田さん自身に深い感慨であった。
さよは、リツが生きていたらという思いとともに、千鶴の世話に気を取られてルイの心の傷を充分慮ってやれなかったことへの悔いに責められる。平出商店倒産の詫びに訪れた啓三郎と応対していてさよは、自分の声とは異なる高くあまい声を聞く。あのね、あのね……、10歳のルイの無邪気な呼び声である。それはリツの死によって狂わされてしまった、いや自ら啓三郎をみ限って駆け落ちして自分の人生を自分で描いた大叔母への、原田さん自身のオマージュであったのかも知れない。『挽歌』の登場人物たちの原形がそこここに見え隠れしているのを感じてしまう。

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真夜中に函館を発ち、一昼夜かけて釧路に向かう列車は、厚内のトンネルを抜け、海辺にさしかかっていた。微笑んでいるかのように穏やかに寝入っているさよの心に浮かぶものはなんであっただろう。原田さんの人生のスタートといってもよいこの旅は、祖母さよにとって帰郷の旅、人生の終焉の地への旅であったが、それは千鶴を一人前に育てる使命を終えての満ち足りた旅であったようである。海を覆い尽くす濃霧もけっしてひとところに留まっているのではない。それは波のようにめだちはしないけれども「ゆれうごく壁」のようであり。「沖から押し寄せる灰色の団塊」のようであり、常に浮かんでは消え、消えては浮かびするうたかたと同じであった。やがてはさよも海霧の彼方に消えてゆく存在なのである。函館から小樽、札幌、滝川、そして狩勝峠を越えて帯広へと移り変わる景色、さよの脳裏を走馬燈のようにめぐる来し方のさまざまま出会いと別離、迎えに来た健太郎(いとの忘れ形見)を交えた千鶴一家の現実の会話、移動する列車の中でそれらが交互に浮かび上がる。穏やかなさよの寝顔で『海霧』は終わるけれど、海霧を横手に見ながら移動する列車の音と振動が、なおも余韻となって続くのを感じる、そんな印象的な幕切れであった。
最後にもう一つ。さよと千鶴の会話を読んでいて、ふと『満月』の祖母野平貞子と孫娘まりの絶妙な会話を思い起こしたことだった。個性は異なるけれども、さよも貞子も人間としての凛とした心や、大きな包容力は共通している。いずれにしても原田さんの描く多くの個性的な女性たちの原形が、さよ、リツ、千鶴へと続く女系三代と、ルイにあることは確かだろう。その意味で原田さん自身の分身でもあるわけである。
原田さんの文学の道案内として最適な書物に、北海道文学館編『原田康子―「挽歌」から「海霧」まで―』(北海道新聞社刊、2010年)がある。その帯のコピーに、「ふるさとは霧と湿原……。ロマンを生きた才女がいた。」とある。『海霧』を読むと、まさにそのことが実感されるのである。
原田康子―「挽歌」から「海霧」まで.JPG
〔北海道文学館編『原田康子―「挽歌」から「海霧」まで』〈北海道新聞社刊、2010年〉のカヴァー。水色の帯のバックは釧路湿原であろう。なお、カヴァーの下の表紙と裏表紙には、この帯にその一部が使われ釧路湿原の写真が、帯と同じスケールかつ裁ち切りで印刷されていて、うならされた。表紙・カヴァー・帯が一体になった、たいへん凝った本の作りである。最近図書館でよくやるように、カヴァーや帯を捨ててしまったり、本に貼り付けてしまったりしては、この本の作りは味わえない。うまく撮れないけれども、下のような感じである。〕
『原田康子―「挽歌」から「海霧」まで』の表紙.jpg
タグ:読書 鉄道
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2013年06月10日

リツの死と夢、旧八雲邸の庭―夢の記憶9

本屋の裏口のような所から扉を押して外に出ようとしている。その前に続く場面がたくさんあったはずだがもはや記憶に残っていない。屋上のような所に出る。開けた扉が自然に閉まってしまう。それを、ああこれではまずいと思い再び開けようとして、重たい扉を引っ張る。こんなに重たかったかなあというのが最初の印象。それでも何とか引っ張って開けるがまたひとりでに戻っていこうとする。とっさにブッロクかなにかでおさえると、何とか止まっていてくれる。念のため、もう一つブロックを重ねる。これでもう安心と思ってホッとしている。ところが忘れかけていた頃に、そのブロックの重しを押し戻しながら、また扉が閉まってしまった。しょうがないなあと思っている。扉の内側から外に出ていこうとしている自分と、扉の外からそれを開いたままにしようとしている自分がいるのだけれど、夢を見ている時は連続していて何も不自然な思いは抱かなかったし、動いているのだから何も問題はないはずなのが、夢の記憶が遠のくつれて、外から中を見ている自分と中から外を見ている自分とがなんだかしっくりといかなくなってくるのを感じるのはどうしてだろうか。無理矢理分裂させられている自分を見ているような気がしてくるのである。
もう一つの夢。こちらの方が後だったような気がする。朝の寝覚めである。母の知人のおばさまたちが2人いる。これまた複雑な前後の事情があったのだけれども、全部記憶が富んでしまった。母はどこかに旅行が出ているらしく、母の不在は特に気にしていなかったのを覚えている。目覚めたのは明るい洋風のへや。朝の明るい光に満ち溢れている。おばさまたちを放っておいて、ぼくはパジャマのまま隣室に行き、コーヒーを淹れる。とはいってもドリップでもサイフォンでもない。流行のパリスタばりの機器がキッチンに組み込まれていて、そこにカップ(これはいつも使っている清泉寮の古い大型のマグ)をセットすると、暖かいコーヒーが自然に心地よい音とともに注がれてくる。夢の中でふくよかなコーヒーの香りをかいでいたような気がする。もっと複雑な夢だった。特に寝覚めの部分はもっともっと複雑な事情解説があったように思うのだが、全然ダメだ。
夢は確かにこれだけではなかったはずである。耐えられない眠気に襲われて気を許したのは何時頃だったのだろうか。10時は回っていただろうか。それすらわからない。最初の目覚めは2時かそこら。丑三つ時である。隣室の笑い声を聞いたような気がするのだけれどもあれはいったい……。次が4時。そして5時半だったか。ひどく細かく目を覚まし、その都度夢を見ていた記憶が残っていた。7時前かと思って目覚めた時は、7時半に目覚ましを掛けていたので、もう起きてようかと思ったくらいだったが、次の目覚めは6時だったから、あれはどう考えても時計の針を見間違えたのに間違いない。最後は7時15分過ぎくらいに目を覚まし、こんなに細切れの睡眠だったのに、結構寝た感はあったので、もう起き出すことにし、ケータイのアラームセットを解除したのだった。なんといっても早めに眠り始めたのが効いているかも知れない。

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これを書いている今、ふたたび睡魔に襲われ始めている。今日午前中に訪ねた旧小泉八雲邸の庭の風景、建具に切り取られてくっきりと浮かび上がった日本の庭、あれは現実の風景だったのだろうか。あれも今朝の夢の一部だったのではないか、そんな錯覚にとらわれ始めている。そんなはずはないのである。写真も残っている。それなのに妙に現実感がないのはどうしたことだろうか。
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〔旧小泉八雲邸の庭(南側)〕

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〔旧小泉八雲邸の庭(西側)〕

「そんはずはなかった」これは『海霧』のリツの死に臨む直前の場面での母さよの思いである。意識を失いがちになるリツが突然瞼を開いてきれぎれながらさよと話し始め、蜜柑の汁を欲しがるのである。しかしその橙色の液体が届いた時、リツは眠りに落ちていた。無駄になった橙色の液体を見ながら、さよにはリツとかわした短いやりとりが、夢の中での語らいであったように思えたのである。神仏がかりそめにさよとリツとに与えてくれた会話のように思えてしまったのだった。さよはしかし、「そんなはずはなかった」と、ともすれば絶望に陥りがちな自分の思いを打ち消すのである。それはさよの、というよりむしろ作者の叫びに近いのかも知れない。さよの心と作者の心がない交ぜになった真実の心の叫びである。
リツが病に冒される直前、雲のひだまで赤く染まった夕光の中に影絵のように浮かび上がる2つのうしろ姿をさよが心に刻みつけている場面がある。母子像と名付けられたこの章の名の由来となる場面であり、リツの死はこのあとすぐに駆け下りてくるのである。最後に愛馬青雲に「アオ」と呼びかけてあの世へ旅立ったリツの死は、あっけないほどに凄絶である。忌み嫌う修二郎とただ跡取りを残すためにだけの不幸な結婚をしたリツは、三度目の出産にしてようやく元気に育つ千鶴を与えられ、そして夫の妾のシノが現れ隣地に妾宅を建ててもらって住むようになったことで、逆に結婚後初めて心の安息を得るようになった。しかし、それはあまりにはかなく短い幸せだった。死の場面というのは結構読んできたけれども、リツの死ほど圧倒される描写に出会ったことはない。死に様も確かに凄絶なのだけれど、それ以上に作者の抑えに抑えた思いがほとばしり出ていて、無駄な言葉がないぶん、かえって余計に訴えてくるのである。「そんはずはなかった」は、まさにその頂点といってよい。そして、リツの後を追うように命を閉じたという青雲の死がさらに感動を締め括るのである。
タグ: 読書
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2013年06月08日

バッハと原田康子さんの『海霧』

梅雨入りとともにじめじめとした天気が続く予報だったのに、いざ梅雨入りが宣言されてみると梅雨などどこへいったのやら、予報がだんだん上向きになって雨マークが消え、快晴の好天に恵まる日もある。試運転の冷房ものっけから本格稼働の感がある。春先以来の晴れベースがなお優勢で、5月の初めから10日に一度くらいずつしか降っていないのではないだろうか。梅雨入りと聞いてしまっているせいか、その後の好天がとりわけめだつ気がする。梅雨入りも見直しもささやかれているとか。まあしかし、これで取り消したりすると途端に梅雨らしく、なんていうことも起きがちなので、潔くこのままがいいのかななどと思ったりもする。
例年春先は比較的時間の進みがゆったりとしていて、1年じゅうで最も有効な時間の使い方ができる季節なのだが、今年はどうも勝手が違う。行けども行けども先が見えて来ない。というか次から次へ、あとからあとから登らねばならない山が見えてくる。などという生やさしいものではなくて、ひと山もふた山も越すたびにさらに高い山が立ちはだかっている感じがする。複数の岩壁に併行してよじ登らなければならなくなることもしばしばで、さっき、どの岩場のどこまで足場を確保したんだっけと一々思い出しながら登らないといけない。一度下まで降りて登り直さなくてはならないことも起きる。そうしていると、ようやくここまでは既に登っていたらしいということが岩の感触でわかってくる。でもまあ、不思議なもので、なんとか心も身体もパンクせずにすむだけで収まっている。一息付けるなあと思う頃に、ちょうど誂えたような山が、自ずと用意されていたかのようにぴたりと見えてくるのである。その出現が少しでもずれたりしていたら、と考えるだけでゾッとする。

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ipodがいっぱいになっていた我が家の娘は結局新しいipodをせしめ、ぼくはというえばまたしてもまとめて曲を消して新しいものに入れ替える羽目に陥っている。ダウンロードしたりレンタルで借りてきたりした曲を入れているのだから、それ自体が財産であるということなのだろう。消して入れ替えるなどということなどあり得ない媒体なのだそうである。パソコン(それすらぼくが日常使っているパソコンである!)に取り込んで同期しているものは、パソコンに残っているのだから聞かなくなったら消してもいいような気がするのだけれど、ダメなのらしい。ぼくのパソコンはどんどんデータが溜まっていくのである。一方でぼくはせっせと入れ替えに励み、パソコンのデータさえ入れ替えている。CDを持っているものがほとんどだから、必要ならまた取り込めばいいという考えである。確かにハードディスクもUSB媒体ならば、データがいっぱいになったら、整理するのに時間をかけるよりは、新しいものに買い換えていく。音楽媒体だってそうなのだといわれればそれまでである。でもなぜかそこに一線が引けてしまう、これは端的に年齢による感覚の違いなのだろうか。
ここのところ抹消の憂き目にあったのはペライアのモーツァルトである。感心する演奏が多々あるのだけれど、ゼルキンと共存させていると、どうしてもゼルキンの方に愛着を感じてしまう。バレンボイムの全集も全集の形では残っていないが、でもバレンボイムの5・22・26・27番のようにこれは絶対というのがペライアには残らないのである。結局全部消してしまった。それは何のためかというと、バッハを大量に復活させるためである。ケンプの平均律、小曲集、リヒターのヨハネ、こういったかつて涙を呑んで消した曲を賦活させた。平均律はリヒテルで事足りるといえばそうなのだけれど、ふとケンプの優しい響きが恋しくなることがある。RVW熱が少し冷めて、リヒテルの平均律ばかり聴いていたからかも知れない。モーツァルトを大量に消すのはとても気が引けたが、どうもここのところモーツァルトでさえ(RVWなどを聞いていて何を言うかとは思うけれど)、贅肉が付きすぎているというか、消化不良を起こすことが多い。逆にバッハも峻厳なだけではない。バッハも充分にロマンティックなのである。リヒテルの旧版のマタイですら、今のぼくにはロマンティックに美しい。旧版の魂を失ったといってあまり評価されないことが多いけれど、リヒターの新版を聴いてみたいと思い始めている今日この頃である。

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そのバッハを聴きながら読んでいるのは、原田康子さんの『海霧』である。バニヤン『天路歴程』2冊、トマス・ア・ケンビス『キリストにならいて』ときて、なぜとは思うが、これも満を持しての読書である。三浦綾子さんの『嵐吹く時も』に相当する原田家の歴史である。北海道に根を下ろして活動を続けた2人の女性作家が、ともにみずからのルーツに関わる大作を残したことに心を引かれるが、幕末から描き出されていることもあってか、小説としての厚みという点は『海霧』が勝るように思う。原田さんの曽祖父にあたるのであろうか、平出幸吉の一代記として書き起こされる。

原田康子『海霧(上巻』(講談社文庫)のカヴァー.JPG
〔原田康子『海霧(上巻』(講談社文庫)のカヴァー〕
上巻はその淡々とした叙述がたいへん印象的である。ただ、淡々としていながら味わい深く、共感に溢れた筆致がかえって深い感動を誘うのである。吉川英治文学賞をとった作品であるというのも肯ける。まさにあの味わいなのである。佐賀弁を中心とする方言の会話もアクセントになって心地よい。良吉とさよの出会いも鮮烈である。入江家の人々、乙作とまつ夫婦、息子の庄作、その子のいと・良作、そして雄作、駅逓の馬の面倒をみるモンヌカル、一人一人の個性が静かに躍動している。
中巻に入ってリツとルイの姉妹が登場する段になると、それまで抑えに抑えてきたものが奔流のように流れ出し始める感がある。幸吉の跡取り娘で性を超越した「オレ姫」リツと、『挽歌』の主人公兵藤怜子を彷彿とさせる妹のルイ、そんな姉妹を暖かな眼差しで見守り続ける母さよ、リツを陰に陽にサポートし続けるモンヌカル、女中がしらのたき、登場人物を愛しむような作者の筆は益々印象的である。
リツの婿となった修二郎の弟啓三郎が石見から渡ってくるところから、話はさらにもう一度大きく展開し始める。原田さんの筆はさらに冴えに冴えてくる。無駄がない、淡々とした筆致であるのは上巻から変わりがない。しかし原田さんの作中人物への愛が、抑えきれなくなって溢れ出てくるのである。
そして今、下巻に入って、啓三郎の機転でリツの脚気がわかりそれを治療した上で、三度目の出産に向かうところである。啓三郎とルイの婚儀に、啓三郎の両親役をつとめることをリツが承諾する。たまには夫婦のまねごとをするのも一興かもしれんなというリツの言葉を作者は、本音のように聞こえた、とサラリと書いているが、ここにはリツの心が凝縮されている。既に修二郎から完全に離れ去ってしまったリツの心をこれほど端的に表す表現はほかにないであろう。どんなに言葉を費やすよりも深い言葉である。ルイの結婚前後からリツの出産にかけては、歓びに溢れる場面展開なのだが、このいとおしくなるほどの、悲しくなるほどの幸福感はいったい何なのであろうか。一気に読ませる小説なのだけれど、先へ進むのが躊躇われる。この燃え尽き欠けている炎のような幸せをいつまでもいつまでも噛みしめていたくなる、そんな思いを噛みしめながらぼくは今、『海霧』を読んでいる。
posted by あきちゃん at 03:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする