家に小中学生がいないとあまりそういう感覚はないけれど、世間は昨日から夏休みに入ったらしい。まだ宣言はないものの、感覚的にはもう既に梅雨は明けてしまっている感が強い。ここのところ、雷を伴った夕立が続いている。まさに梅雨明けを証するような雷鳴である。そもそも今年は梅雨などあったんだろうかという思いさえ抱く。前線による雨はほとんど記憶がないし、鳴り物入りで北上した台風にも、ほとんど肩透かしを食らわされるだけだった。エルニーニョの発生の可能性が大々的に報じられて、冷夏の可能性が危惧されていたのだが、結果的にあの台風がごく普通の夏を運んできてくれたらしい。
ここのところ目の前の仕事を、気分的に押し潰されそうになりながら、ひとつずつ片付けていっているという毎日が続いている。片付けても片付けても滞貨は減っていかない。ひと山越えれば、かえってその先の見通しがよくなって、この先越えるべきさらに多くのしかもさらに高い山々の存在が明らかになる。
こういう時期は以前にも確かにあった。しかし、ここのところ越えても越えてもという気がしてしかたがない。かつては、ふっと先が開けるタイミングというのがあったものだが、最近は全くそれがない。もうかれこれそんな状態が2年は続いているような気がする。このまま定年まで突っ走るのだろうか、ふとそんな恐ろし予感さえしてくる。
そうはいっても、お蔭でずいぶんといろんな仕事を、質はともかくとして、形にすることはできた。諦めが早くなったというのか、要領がよくなったというのか、若い頃だったらもう少し喰らいついていけただろうにと思う場面もないわけではなくて、満足のゆく成果には乏しいけれども、それだけの気力を与えられ続けていることには心から感謝するばかりだ。
それにしてもこの間に片付けた仕事の数と、新たに引き受けた数と、さあ果たして相殺で済んでいるのだろうか。最近恐ろしいのは、引き受けた仕事を忘れてしまっていることがないではないことである。幸い、締め切り間際まで思い出さなかったことはないので事なきを得てはいるけれど、考えるだけで恐ろしい事態が発生しかねない。それを避けるために、できるだけ記録することを心がけてはいるのに、記録する場所を決めていないものだから、ここだけ確認すれば安心というわけにいかない。挙げ句の果てには、記録用の手帳の所在がつかめなくなって、記録ができなくなる。文書をもらっている場合もそれで安心というわけではない。文書そのものの所在がつかめなくなることが大半だからである。
同じようなことは、こうしてパソコンで作成したファイルの記録場所についてもしょっちゅう起きる。複数の場所に記録・保存をという手立てもあるけれど、変更がある場合、それらを全て修正するのに気が回らないと、次に参照する際に変更済みの最新版を参照できるとは限らないという事態を招いてしまう。目的のファイルの最新版を見つけるのを優先させるか、多少の版の新旧はあっても、ともかく目的のファイルを見つけるのを優先させるかという選択であって、行方不明になるよりはまだマシと考えるかどうかが判断の分かれ目になるわけである。
いやはや、それにしても本当にだらしないにもほどがあるというべきではあるものの、全くもって困った事態ではある。整理など、癖にしてしまえばいつでもなんとかなるから、とうそぶいてはみるものの、とてもとても一朝一夕で改善されるはずもない。根本的な解決策は見出せないままでいる。似たようなことは以前にも書いたような気がしてきたが、万一重複していたらご容赦願うしかない。
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こんな日々が続くと、通勤時間はますます貴重なオアシスタイムということになる。目からの読書と耳からの音楽鑑賞とである。せめてこの時間だけでも自分の時間をもちたいと思うが、気がつくと仕事の準備をしていたり、そこまでではなくても仕事がらみの本を読んでいたりいたりしていて、自分でも唖然としてしまうことがある。
まず、最近読んだもので心に残ったのは、川端純四郎さんの『CD案内 キリスト教音楽の歴史』(1999年、日本基督教団出版局刊)である。あとがきで音楽の専門家でない者の書いた音楽史まがいの本と謙遜していられるけれど、これほど筋の通った音楽史は他では到底読むことはできない。平明な語り口でありながら、ご自身の教会オルガニストとしての経験に裏打ちされた高い学識(そこには音楽史だけでなく社会史への透徹したまなざしも折り込まれている)に基づく内容であり、しかもここに一番心を打たれるのだけれど、川端さんの良心に満ちあふれた本である。ちょっとしたひと言にも、川端さんの思いが込められていて感動を誘う。単に音楽として聴くだけでなく、祈りとして実践してこられた方の言葉は本当に重たいものがある。それがごく自然に伝わってくるのである。
「クロムウェルの心を持ったパーセルがどこかにいないものでしょうか。」(第5章末尾)
「私たちもただ神にのみ従う信仰の自由の歌をこの日本において高らかに歌いたいと願います。」(第7章末尾)
「「音楽の献げ物」が感謝のしるしであったような時代は、もう二度と来ないのでしょうか。」(第8章末尾)
「こうして晩年のハイドンの手から、ヘンデルとモーツァルトのすべてを熟成させたかのような、あの六曲の交響的なミサ曲が生まれるのです。」(第9章)
「霊と賛美に満ちた礼拝を、しかし社会と現実への関心を失わずに、というのが私の願いです。」(第14章末尾)
刊行から15年を経て、紹介されているCD番号などには古くなっているものも多いだろうし、その後に刊行された大事なCDも多いことだろう。しかし、川端さんの叙述に導かれていくなら、それらを探し当てるのはけっして難しいことではない。その意味で、この書が色褪せることはけっしてないであろう。
ここで紹介されている音楽をまともに聴いていこうと思ったら、それこそこれから一生かかってもどこまで実践できるかわからないけれど、川端さんに導かれて広大な音楽史の海原を見渡すことができ、いつでもそこに漕ぎ出せるようになったことは、何物にも代えがたい大きな勇気を与えられた思いである。
次に、聴いたもので心に残っているものでは、相も変わらず季節外れながら、リヒター指揮のバッハのクリスマス・オラトリオを挙げておきたい。オラトリオとはいうものの、実質的にはクリスマスから新年にかけての6曲の連作カンタータである。第1部最初のティンパニ連打からして本当に心躍る曲であり、リズミカルで耳に心地よい、どこかで聴いたようなと思わせるなつかしいメロデイーが次から次へと繰り出されてくる。
その中で、個人的には思わぬ発見があった。ヤノヴィッツとルードヴィッヒの心にしみる清潔な歌声にめぐりあえたことである。シュターダーに通じるような清澄さをそこに聴き取ることができたのである。
このうちまず、ヤノヴィッツについては、独唱パートを誰が歌っているかなど特に気にせずに聴いていたのだが、クリスマス・オラトリオの第3部のバスとの2重唱「主よ、汝の思いやり、汝の憐れみは」の清明、可憐な歌声が心に滲み入って来て、あれこれはいったいだれだろうと調べてみると、グンドゥラ・ヤノヴィッツの名を見出して驚いたというわけなのである。
ヤノヴィッツには、カラヤンとのR.シュトラウスの4つの最後の歌という名盤があるけれど、これはどちらかというとカラヤンの振るオーケストラの印象の方が強くて(特に第4曲「夕映えの中で」の出だしなど)、オーケストラと一体になったヤノヴィッツの声の印象はあまり強くなかった(カラヤンは趣味ではないけれど、この演奏に関する限りは脱帽せざるを得ない)。それで名まえは知っていたが、まさかこの人の声だとはすぐには結び付かなかったのである。
もう一人のクリスタ・ルードヴィッヒ、この人も名アルトとして名高いけれど、ぼく自身はこれまで特別に心引かれることもなかった。アルトの深沈とした響きよりはソプラノの華やかな歌声に魅かれるということもあったのだろう。ところが、クリスマス・オラトリオ第5部のソプラノ・アルト・テノールの三重唱「ああその時はいつ現わるるや」のルードヴィッヒには、心の底から美しい歌声だと感銘を受けてしまった。テノールだって若くして他界した稀代の名テノール、フリッツ・ヴンダーリッヒの名歌唱が聴けるわけだし、ソプラノは他ならぬヤノヴィッツである。まことに贅沢きわまりない三重唱である。しかし、その中でもぼくの心に特別に滲み入って来たのは、クリスタ・ルードヴィッヒだった。息継ぎしながら駆け上がり駆け下る歌声の何と清澄な響き! 音域は異なるけれども、ヤノヴィッツの歌声に感じるのと同じ清明さに深い感銘を覚えたのである。
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通勤の短い時間はまとまった仕事タイムに充てるのは無理だから、こうしてオアシスタイムに充てられるのだが、出張などの移動時間となると、なまじ長時間であるだけに、ついつい仕事タイムに変じてしまうことが多い。新幹線だと景色がどうのこうのなどと言っていられないので、諦めも付くのだが、在来線の特急とか、ましてや普通列車となると、景色を見たいという思いとのせめぎ合いに悩むことになる(夜間なら諦めも付くというものだが)。
先日久しぶりに伯備線の「やくも」の乗る機会があったが、この時は新大阪─岡山の1時間にも満たない移動時間をも惜しんでPCに向かっていたものだから、10分足らずの乗り換えで「やくも」に乗り込んだあとも、この日はお天気が悪かったこともあって、景色は諦めてPCに向かい続けることになった。
いつのまにやら高梁、新見を過ぎて、気がついたらもう北に流れる川筋に沿って走っている。そのうちに根雨である。ここで現在地に気付くのは、見たい景色があることを身体が覚えているからなのかも知れない。他ならぬ大山の雄姿を左手の車窓に見られる唯一のビューポイントがあるのである。雲の中だろうと諦めていたのだけれど、それでも万一という期待がどこかにあったのだろうか、ちゃんと気付くのだから、我ながら見上げたものである。お蔭で頭は雲の中だったが、あの特徴的な左に下がる急傾斜の稜線を目に焼き付けることができた。カメラに収めることはできなくても、これを見られただけでも「やくも」に乗ったかいはあったというものである。
そんなこんなで慌ただしい日帰りではあったが、新大阪ではこんな写真も撮ることができた。ぼくの乗った「さくら」とレールスターの並ぶ姿である。興味のない人にはどうでもいい写真かも知れないけれど、こんな風景をみると思わずシャッターを切ってしまうのである。本質的に鉄道好きなのである。
〔さくらとレールスター(新大阪駅にて)〕
〔これから乗るさくら号(新大阪駅にて)〕【追記あり】【さらに追記あり】