2014年11月22日

立ち止まって先を見据える時間

先週の怒濤のような一週間が終わり、今週は少しは息がつけるかなと思いきや、似たようなことになってしまった。23時前に帰宅して遅い夕食を取り、机に向かううちにいつのまにか居眠りをしている。当然仕事も中途半端。気付くと3時を回っていて、それから寝る準備をして床に就くのが4時前。起床は6時。顔を洗いひげを剃り歯を磨く。それから犬たちに朝ごはんをやり水を補給し紙シーツを交換する。時間に余裕があれば朝食、といってもジャムを塗ったパンを1枚と1杯の冷たい牛乳だけ。食事に充てられる時間をせいぜい10分で、バスの時刻を気にしながらとなる。そして7時過ぎの急行バスに乗る。このバスは比較的すいている方の道を回るので時間が読め、所要時間も短い。その分混むが(多分朝のバスで一番乗客が多いのではないか)、席を選ばなければ座れなかたったことはない。駅のパン屋で昼食のパンを買い、いつも同じ電車に乗る。20分程度のバスとわずか7分の電車の時間が1日のうちで貴重なリフレッシュタイムとなる。読書と音楽の掛け持ちである。駅からゆっくり歩いて10分弱、7時45分頃に職場に着き、メールチェック。コーヒーを飲みながら、1、2通メールの返事、あるいはこちらの用件メールを書くうちに、もう外に出る時間。昼休みに戻って昼食。午後はまた外へ。17時過ぎに戻って、1日の仕事を整理し、たまっている雑務を片付けるともう21時。21時台はバスの間隔が広く、バス停で無駄に過ごす時間が多いので、もう少しと思ううちに22時近くになってしまう。22時半以降は再びバスの間隔が開くので、なんとか37分のバスには間に合うようにと職場を出る。でも、最終退庁者になることもあり、そうなると警備のセットというひと手間が増え、思う電車に間に合わなくなることもある。

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ざっとまあこんなことの繰り返しで5日間を過ごしてしまった。水曜日に朝のバスが娘と一緒になり(バス停に駆けつけたら、なんと先に出た娘がバス停で待っていた)、またその日の夕方から急にのどが痛くなって、10月末にお世話になったばかりだというのに木曜夕方にI女史のところにかけ込んだ以外は、特にこれという目新しさもないままだった。せめて家に戻ってから自分のこともしたいと思うのだけれど、眠さに勝てない、というかもうほとんど気付いたら負けているというのが正しいだろう。
40代前半までは、睡眠を削っても平気だった。つまり机に向かっていつの間にか寝入っている12時から15時までの時間を有効に使うことができた。何が違うのだろう。あの頃は犬がまだいなかった。もっともその分、子どもたちがまだ小さくて、下の娘は保育園通いをしていた。保育園は職場とは反対方向にあったから、7時半の開園と同時に預けられるように家を出て、娘を預けると家の前を通ってそのまま職場に向かう。夕方は17時の退庁時刻と同時に迎えに行き、仕事から戻って家にいる家内に預けて18時までには再び職場に戻り21時頃まで残業、という日々だった。思えばなつかしい毎日だけれど、やはり今より体力もあったのだろう。もう若くないのをもっと自覚せねばならないのかも知れない。やはり15年の歳月、要するに年を取ったこと、これが一番大きいのだろう。
その意味でいえば、今日からの三連休は体力的にたいへんありがたい。寝坊できるのだけでもなんとうれしいことか。この時期は1年中で一番仕事が錯綜する時期なので、勤労感謝の日は正直言ってあまりありがたくないのだが、今年に限っていうならば、本当に感謝の日になった。幸い風邪もたいしたことなく切り抜けられそうである。ほんの一瞬でも少し立ち止まって先を見据えるゆとりが与えられたことを本当に感謝しなくては。

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今通勤時間に読んでいるのは、三浦綾子さんの『続氷点』。下巻に入ったところである。『氷点』『続氷点』から三浦さんの本に導かれたぼくにとって、かけがえのない小説である。ふと原点に返ってみたくなったのである。
瑞々しいがどちらかといえばストーリー展開で読ませた『氷点』に比べると、『続氷点』は三浦さんの筆致がぐっと深まって、一人ひとりの登場人物の心の描き方が絶妙である。『氷点』はどちらかといえば登場人物が少なく、それぞれの人物の時間軸に主眼があったが、『続氷点』では辻口家の人々だけでなく、三井家の人々や順子など、登場人物が増え、『氷点』以来の北原や高木医師も絡んで、空間軸に主眼があるというべきか、登場人物の心の綾が織りなされて行く。ある人物のちょっとした心の動きによる行動、いや一言が、他の人物の気持ちに働きかけてその行動を動かす。両親、祖父母、曽祖父母と辿っていくと、何世代か前には、あらゆる人々が血縁になってしまうように、一人の心の動きが、あらゆる人々の行動の要因になっていくのである。あざなえる縄のような結びつきとでもいおうか。
そしてそうした登場人物は極めて客観的に淡々と描かれていくのだが、いったいこれを書いている三浦さんは、いったい彼ら・彼女らとどういう関係にあるのかと考えていくと、それはもう神のような存在としか考えられなくなってしまう。神が三浦さんをしてこの小説を描かせているとでもいおうか、三浦さんという小説家、スートリーテラーの存在が稀薄になっているという、不思議な感覚を味わうのである。前回読んだときには気付かなかった燃える流氷の伏線が、上巻早くに意外なところで既に張られていたのに気付いたのも収穫だった。

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音楽の方は相変わらずバッハのカンタータである。フリッツ・ヴェルナーのカンタータ集が届き、少しずつ聴いている。リヒターで既に聴いている曲をあるが、両者の演奏は確かに全く方向性が違う。しかし、140番のようにすぐにはヴェルナーの方向性を受け入れにくい曲(リヒターの演奏が曲の絶対的なイメージになってしまってい曲)と、92番のようにヴェルナーの方向性を容易に受け入れられる曲(ヴェルナーのような演奏もあるのだと納得できる曲。リヒターの峻厳さが改めてよくわかる)とがあるから不思議だ。もっともそれはあくまで方向性の話であって、ともに敬虔な信仰に支えられた演奏であるのは勿論である。ヴェルナーの演奏は録音はけっして新しくないものの、音質はよく、暖かい。
ヴェルナーのカンタータ集が届いて最初に聴いたのは、BWV106である。この曲は大合唱ではなく、ソナチネと題されたシンフォニアから始まる。深沈たる趣の長調だが深い情感を讃えた名曲である。死を越えた平安を描くのだそうである。この曲を教えてくれたのは、鈴木雅明さんの『わが魂の安息、おおバッハよ!』(音楽之友社)である。バッハコレギウムジャパン(BCJ)を率いバッハのカンタータの全集録音の偉業を果たした人である。鈴木さんの演奏は、「バッハカンタータで教会暦をたどる」というCD(BIS-CD-1951)で初めて聴いた。また、「BACH for JAPAN」という東日本大震災のチャリティーCD(BIS-CD-2011)もあって、BWV106のシンフォニアはここにも収められている(ヴェルナーの暖かさともまた方向性が異なる演奏で、格調の高い演奏というべきか)。鈴木さんにはインタビュー形式で編まれた『バッハからの贈りもの』(春秋社)という本もある。これらはカンタータだけでなく、バッハへの良き入門書となっている。なかなかじっくり時間をかけて読むことはできないが、少しずつ読み進めているところである。
鈴木さんの演奏は、勿論リヒターともヴェルナーともガーディナーともレオンハルトとも違う。日本人だからという括りにしてしまうのはどうかとは思うけれど、リヒターもヴェルナーも志半ばに終わってしまった全集録音の偉業の一つとして、その音楽に耳を傾けていきたいと思う。それにしても私たちのすぐ傍で、こんなすばらしい事業が展開していたのはほんとうに驚きだった。ノラさん推薦の第23集、第25集が届いたので、これから少しずつ聴いていこうと思っている。ほかにもレオンハルトの世俗カンタータ集とか、ほかにもいろいろと入手はしているのだけれど、聴く時間がない。もう少し通勤時間が長ければなどと贅沢なことはいうまい。
家内がこの間、もうそろそろ死に仕度を始めなければと言っていた。ガラクタの片付けまで子どもたちに頼むわけにはいかないというわけである。しかし、死に仕度よりも何よりも、自分に残された時間をいかに有効に使うか、やりたいことやらねばならないことに費やす時間をどうやって捻出していくかを考えるなら、死に支度などに勤しんでいる時間など到底ないというのがぼくの本音なのだけれど……。いつ召されるかわからないのはいくつになっても変わりないはずなのだが。
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2014年11月16日

カギがキーポイントとなった1日

先週のある日の出来事である。やれやれ着いた、家に入ろう、とズボンの左ポケットを探ると、あるはずのカギがない。出した覚えもないし、いったいどこへいったのやら……。考えたところでないものが出てくるはずもなく、もしかして家内が帰っているかも知れないと一応インターホンを押してみた。どうも電気は付いているようだし、家内はいる気配だ。しかし、何度鳴らしてみても一向にカギが開く様子はない。しつこいくらい鳴らしてみたものの反応はない。確かに家内はいる。あるいは何か機嫌を損ねたたかな? これは下の娘が帰ってくるまで玄関先で待っていなければいけないかも。そう思って娘にメールすると、まだ京都にいるという。2時間近く待たねばならないかも知れない。なんとまあついていないことよ、と思いつつ、ほとんどやけくそになってインターホンを鳴らしてると、突然ガチャッといってドアが開いた。聞けば家内はお風呂に入っていたのだといい、開けられるわけないじゃないの!、と宣う。こういうときは抵抗せずにありがとうを言って、開けてもらえたことだけでよしとするに限る。下手に出てともかく家には入れればそれでよいのである。
それしてもカギはどこへどうしたのだろう。あれこれ考え悩んだ挙句、勤務先で着替えてズボンをロッカーのハンガーに掛けたときに落ちたのだろう、だからきっとロッカーの中にあるに違いない、という結論に達した。全ては明日出勤すればわかることである。我ながら良いところに気付いたものである、とまあなくしておいて感心しているのだから全く呆れたものである。でもまあ、ものをなくしたときは自分の行動を逐一思い出して追いかけてみるのが一番だ。

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その翌日、家内が早出で、ぼく、娘の順に出かけることになっていた。たとえぼくがカギを持っていなくても、出かける際の戸締まりはこの順ならば支障はないわけだが、問題は帰宅時である。娘が完璧に戸締まりして出かけると、多分昨日同様娘の方が帰宅は後になるだろうから、予想のようにはカギが見つからなかった場合、家内をあてにしないとするならぼくには家に入る手段がなくなることになる。もっともぼくの帰宅が後になるなら何も問題はないわけなので、娘の帰宅時迄残業を延長してくればそれですむ訳でもあった。
ところがここにもう一つ難題が持ち上がった。先に出かけた家内からメールが来て、夕方早くに帰宅しなければならないことになってしまったのである。というのはこういう事情である。このところ我が家の犬の三姉妹の一匹の体調が悪く、動物病院に通っているのだが、明日明後日と家内の都合が悪くて連れて行けないという。それで今日の夕方ぼくが確実に連れて行くようにというのである。もちろん動物病院に行くには車が必要だが、車は家内が乗っていってしまっている。そこで家にあるスペアキーを持っていき、夕方帰宅時に駐めてある車に乗って帰り、犬を連れて行くようにという指示付きのメールなのだった。スペアキーの置いてある場所まで事細かに書かれていた。
いや全くそんなことを急に言われてもとは思ったし、車が新しくなってからぼくは運転したことがなかったので、スペアキーなどと言われても見つかるどうかもあやしい。それにしても昨日カギをなくしていたことといい、連日妙にカギに取り憑かれることになったなあ、と思いつつ、それならば確実にぼくが家に入れるようにしておかなくてはならない。最初家内が言うスペアキーが見つからずお話にもならなかったが、それらしいと思しきのものが見つかり(家内もスペアキーがどんなのだったが、記憶が定かでなかったのである)、ともかくこれを持って出ることにした。そうなると、やはり是が非でも家には入れるようにしておかなくてはならない。仕方がないから、娘には、裏口は開けたままにしておくように頼むという異例の手段で出かけざるを得ない事態になったわけなのである。

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そんなわけで、この日のぼくは、二重にカギはキーポイントになる一日となったのだった。
第一のキー。昨日紛失した家のカギが、勤務先のロッカーの中に落ちているのが見つかるかどうか。他に考えられる場所はなかった。ここで見つからなければ、あとはお手上げとならざるを得ない。ほとんど一か八かともいえることだったが、これは自分の行動を信じて祈るしかない。ただ、万一のことを考えて、最悪このキーはクリアできるよう、家に入れるだけの手段を残しておいたのはさっき書いた通りである。
第二のキー。ぼくが見つけたキーが、確実に家内の車のスペアキーであるかどうか。見つけたキーはビニール袋に密封されていて使った形跡がなくかなり新しく見えるから、家内の車のスペアの可能性は高いと思うのだが、いわゆるキーの形をしている。しかし、家内の車にはエンジンのキー穴がなく、ボタンでスタートするようになっていて、家内はいつもキーレスでエンジンをかけている。キー(といってもいわゆるキーではなくて、開閉用のリモコンである)を持ってさえいれば、車の開閉さえもボタンで済ませられるようになっていた(ぼくはそれすら知らなくて、ついこの間まで、リモコンのボタンで開閉していたくらいである)から、はたして車の外側にカギ穴があるのかどうかさえ、確信がなかったのである。本当にこれで車が開くのはどうか、これはもうこのキーを持って行って試してみるしかない。カギ穴があること、そしてこのキーがそれに合うことを祈るしかなかった。
いったいこれだけのキーを全てクリアすることなどできるのだろうか。半信半疑ではあったけれど、逆にここまでキーに取り憑かれていると、全部うまく切り抜けられるような気もしてきていた。

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勤務先に着いて、早速ローカーを開けて家のキーの所在を確かめてみた。キーは落ちてはいなかった。ズボンを掛けるときに滑り落ちたのではないかという予測は見事に外れだった。家のカギが見つからないなら、たとえ家に入れる状態にはなっていても、第二のキーはうまくいくはずもないような気がした。車を動かせなければ、犬を動物病院に連れて行くことはできない。でもここで諦めてはいけない。キーは絶対にロッカーの近辺にあるはずである。それで、ロッカーの中もくまなく探してみたし、周囲に落ちていないかどうか随分見直してみたけれど、キーはやはりどこにも見当たらなかった。万事休す、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
そのときふと思い出したことがあった。きのうズボンの左ポケットには、もう一つ別のカギが入っていたはずである。勤務先で使う別のカギ束である。そのカギはどこにあるのか。作業ズボンのポケットに移したことが微かな記憶に甦ってきた。もしかして……。作業ズボンのポケットを探してみると、果たしてそこにはそれらのカギ束と一緒に、我が家のカギも入っていたのだった。着替えの過程で、全く無意識のうちに、そのカギ束とともに家のキーもポケットからポケットへと移していたのである。何ともはや、やるに事欠いて不注意なことも甚だしい。しかし、これで救われたという確信が次第に湧き起こってきた。車も開くに違いない。早速娘にはきちんといつも通り戸締まりをして出かけるようにメールを送った。

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この日は午後から自転車で外出する仕事があって、勤務先に戻ってから車を取りに向かったのでは到底間に合わない。そのため家内が車を駐めていった駐車場まで出先から自転車で直接向かうことにした。動物病院は19時半までだから、どんなに遅くても19時には家を出なければならない。駐車場に着いたのは18時少し前。いつものところに家内の車は駐まっていた。さて、カギは開くのだろうか……。
カギ穴は確かにあった。家から持ってきたキーを差し込む。キーがはまった! キーが回る!! ドアは開いた!!! よし、これで大丈夫だ。
ドアを開けて車に乗り込み、エンジン始動ボタンを押した。しかし、車はウンともスンとも言わない。エンジンは全くかかる気配がなかった。折角車が開いたのに、そんなのって、ありか……。キーレスの車は初めてで、仕組みをよく知らない。スペアキーでは動かないのだろうか。でもそれではスペアの意味がないだろう。何か方法があるはずだ。何かが足りないだけに違いないはずなのだ。困った。一度外に出てみた。何かわかるかも知れない……。するとあろうことか、突然車がとんでもない警報音を発し始めたではないか。我が家の車なのである。でもこれではまるで何か悪いことをしているみたいではないか。車に乗り込んで再び万事休すかと思っていると、間歇的な警報音はまもなく収まった。もうこうなるとじっとしているしかない。
そこへキーリモコンを持っている家内からメールが届いた。もうすぐそっち行けるから、間に合えば一緒に動物病院に行こうという。キーリモコンを持っている家内さえ来れば車は動くはずである。家内に状況をメールし、家内の到着を待つしかないと、腹を括ることにした。
このあと、もう1回さっきの警報音が再び鳴り出して右往左往し、それが鳴り止んだ後、ようやく冷静さを取り戻し、そうだ待てよ、取説があるはずだと気付いた。ダッシュボードから取説を取り出して,街灯の明かりを頼りに読み始める。でもなかなか該当する記述は見当たらない。キーはある。しかし、この車にはエンジン始動用のキー穴はないのである! いったいどうやってエンジンをかけたらよいのか。読み進むうち、今ぼくの持っているキーこそが、スペアどころではなく、メインキーであることがわかってきた。メインキーで車が動かせないはずはない。
ああでもないこうでもないと、さらにあちこち読み飛ばすうちにわかったことは……。メインキーをエンジン始動ボタンに近づけるとロックが解除されて、ボタンでエンジンが始動できるということだった。事は単純だったのである。キーリモコンに反応するくらいだから、メインキーがただの回すだけのキーであろうはずはなかったのである。そんなことにも気付かないとは、アナログ思考も甚だしいとしかいいようがない。世の中の進歩について行けていない自分に唖然とした。技術の進歩にもてあそばれているのだ。でも、知らないこと程、強く、そして怖ろしいことはなかったのである。本当にこんなものなのである。

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結局家内の到着が遅れそうなことがわかったため、こうして始動できた車で先に家に帰り、見つかったキーで家を開け、犬を連れて駅に向かって家内を乗せ、2人で動物病院に向かうことになった。着いたのは19時20分、ギリギリだったが、無事治療を済ませ、帰宅したのだった。予定外に駅までの旅(?)を楽しめたのは、病院通いの我が家の犬だった。紆余曲折はあったけれど、うまくいくと信じていたことがそのとおりになった。感謝、感謝である。
もっともぼくはこれで終わりではない。家内の車と引き替えに自転車を置いてきてあるから、まっすぐ帰宅したのは家内と犬だけ。ぼくは駐車場の所で降してもらい、駐めてあった自転車で勤務先に戻り(自転車がないと翌日の仕事に差し障るのである)、電車とバスでいつも通り帰宅したのであった。机の上に待ち受けていた仕事を片付けてからになったのは言うまでもない。
カギがキーポイントとなるなんともはやとんでもなく長い1日はこうして終わったのである。済んでみれば、全てがこうなるように初めから計画されていたようにも思えてくる。知らないのは自分だけだったような、そんな気がしてくるのである。
ラベル:日常
posted by あきちゃん at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2014年11月09日

秋の夜長にIphone6plusで聴くバッハ

5年間使ったSH001をiphone6plusに乗り換えることに決めてから待つことひと月半、ようやく入荷して、初めてのスマホを使い始めている。まだまだわからないことだらけだけれど、使い勝手はたいへんよい。ことに文字入力がSH001に比べて格段にストレスが小さい。
いろいろ考えると随分高い買い物だとは思う。でも車と同じで、使いたい時にすぐ使える便利さは何物にも代えがたい。いや車以上のものがあるように思う。車とどちらか二者択一と言われたら、ぼくだってスマホを選ぶだろう。車なら他に代替手段はあるが、スマホはそうはいかないから。スマホの普及が若い人の消費動向を大きく変えつつあるというのも肯ける。
スマホに乗り換えるきっかけは、というよりむしろガラケーをやめる気になったのは、LISMOに入れる曲の更新ができなくなったという、至って消極的なことに最大の要因がある。新しいCDを買っても自宅以外で聴けないのではなかなか耳に馴染まない。それならWALKMANかipodを買えばいいではないかといわれそうだが、SH001が5年使ってだいぶんガタが来ていたこともあって、ならばいっそiphone6の発売に合わせてスマホに乗り換えようという我ながら飛躍的な決断をしたのである。少し前まではガラケーで充分と思っていたのに、どういう心境の変化であろうか。

現役を引退したSH001とクマの学校のストラップ (1).jpg
〔現役を引退したSH001とクマの学校のストラップ 〕
10年程前だっただろうか。スマートホンが主流になるのも近いという話を、まさかと思って聞いていたものだが、普及し始めると本当にあっという間だった。何と言ってもその頃はまだケータイさえ持っていなかったのだから、今から考えるとまるでお話にならない。我が家で最初にケータイをもつようになった長女は真っ先にスマホに乗り換えたし、一番ケータイを持つのが遅かったぼくは、案の定スマホへの乗り換えも最後になった。
スマホのすごさは、知りたい情報を知りたい時にすぐ取り出せることにある。PCを使えば済むわけだけれど、いつでもどこでも直ちにというわけにはいかない。情報は即時性も大切な価値の一つだ。ほしい情報がほしいときに直ちに手に入るのは、なにものにも代えがたい。遅れて来た情報は、それこそ幾何級数的に価値が目減りしてしまっているのである。

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今年は秋が長い。去年は夏が終わったと思ったら、あっという間に冬が来た。秋を愛でる暇もなかった。それに比べると今年は秋の到来が早かった割に、季節の足取りはずいぶんと緩やかで、まだ過ごしやすい陽気が続いている。ほぼ週末ごとに天気が崩れ、周期変化が明瞭に現れている。今週は、土曜日は何とか天気がもったけれど、日曜日はぐつつくらしい。まもなく正倉院展が終われば冬支度も間近である。本格的な寒波の到来がいつ頃になるのだろうか。
秋の夜長は音楽を聴くのにもってこいなのだが、その長い秋を楽しむだけのゆとりがないまま今年は10月を過ごしてしまった。少しだけ余裕のあるとき、パソコンにイヤホンつないで聴き始めると、気が付いた時には聴こうと思っていた曲が終わっていて、予期せぬ曲が耳に飛び込んできたりしている。いつの間にやら居眠りをしているのである。
そんなこんなであるから、iphone6plusの到来は朗報だった。早速バッハばかり20枚程のCDを入れ、勤めの往復の時間に聴いている。買ってはみたものの、じっくり聴くことをできぬままいたCDたちである。また、旧いCDでもたまたま別の曲に席を譲っていてLISMOに入れられず、聴く機会を逸していたものもいく枚かある。
Iphone6plusが来る少し前、イヤホンの右耳の接続がおかしくなって、音が断続する(というよりあれこれいじらないと音がつながらない)状況が続いたものだから、イヤホンを買い換えた。5000円程の定価のSONY製のをかなり安く入手したのだが、これが大当たりで、今まで聴いていた音がウソのようにクリアになった。モノラル状態で聴くことが多かったためもあるのだが、それだけでは理解できない程に、これまで聴いたことがなかった音が聞こえてくるのである。そこへもってきてiphone6plusの到来である。心から感激してしまった。
最近のお気に入りはバッハのカンタータの中のデュエットである。前にクリスマス・オラトリオのヤノヴィッツの美声に参ってしまったことがあったが、そういえばあれもデュエットだった。最初に心に刻まれたのは、BWV146の7曲目のテノールとバスのデュエット。どこかで聴いたことのあるメロディーなのだが思い出せない。弾むような弦のリズムに乗って軽快に歌い始めると、途中転調して影がさす。本当にどこかで聴いたことのあるなつかしくも切ないメロディーなのである。これは一聴耳に焼き付いてしまった。
次もテノールとバスのデュエットで、BWV33の第5曲である。オーボエの悲しげな前奏に続いて、ゆったりと歌い始める。これまた一度聴いたら忘れられないメロディーである。この下降音型も馴染みのある動きなのだが、いったいどこで耳にしたものやら、全然思い出せないにもかかわらず、音楽が身体中を駈け巡り始めるのである。4分程度の短い曲にもかかわらず、これはもういったいなんという音楽なのだろう……。言葉で表現でいないのが何とももどかしい。
今回聴いたのはいずれもガーディナーの演奏。BWV33はリヒターも録音を残してくれているようである。いったいどんな演奏をしているのだろう。BWV146の方は、あれだけ耳に焼き付く音楽で、耳新しさは全くないのに、さほど有名曲というわけではないのが不思議だ。バッハの場合、パロディーという、言ってみれば音楽の使い回しの技法があったわけだが、あるいはどこかで使われているのだろうか。メロディーやリズムの検索ができたら楽しいだろうなとも思う。

三位一体節後第十二日曜日・第十三日曜日のためのカンタータ集(SDG134)のジャケット.jpg
〔ガーディナー=バッハ三位一体節後第十二日曜日・第十三日曜日のためのカンタータ集(SDG134)のジャケット〕
まだ聴き始めて日も浅いけれど、これまで聴いてきた音楽の全てがバッハの中にはあるような気がしてならない。作曲技法の流れでいえば確かに古楽なのかも知れない。でもそこに盛り込まれた音まで古楽の括りでバッハを捉えるのは大きな間違いのように思われる。時代が下ると音楽はある意味で良くも悪しくもどんどん個人の中に埋没していった。その点バッハの音は普遍的な、モーツァルトにさえ勝るものがあるといわなくてはならない。しかもそれだけ等質な音楽を職人的に作り続けたのである。セバスチャン・バッハという人は、月並みな言葉ではあるけれど、やはり驚異的である。
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2014年11月02日

近鉄特急の偽禁煙車

京都からの帰途、座れないことはまずないので、たいていは急行に乗ることにしているのだが、昨日(11月1日)はどうにもくたびれて、奈良までの特急に乗ることにした。少し前のダイヤ改正で奈良行き急行が減り、西大寺乗り換えを余儀なくされることが多くなり、しかも必ずしも連絡がよいとはいえないとうこともあった。以前、同じようなことがあって、その時は奈良行きがすぐにはなかったので、橿原神宮前行きに乗ったところ、あろうことか西大寺で降り損なって八木まで連れて行かれる羽目になってしまい、かえって疲れが増してしまったことがある。しかしまあ今日は奈良行きに乗れそうだからその心配もない、ということで、少しだけ休んでいこうと奮発したのである。
しかし、これが見事に外れであった。禁煙席としてあてがわれたのは4両編成の前から3両目の3号車の座席である。のども渇いていたので、甘い飲み物を買い込んで、さあと思って乗り込んだところ、自動ドアがあいて3号車に入る否や、えっ!?、とばかりにわが嗅覚を疑ってしまった。強烈にタバコ臭いのである。どう考えても喫煙車である。まあたまたまの風の流れによるものかも知れないと無理に自分を納得させ、指定の席についたのだったが、臭いは収まる気配がなかった。少し冷房が効いてきたたのでそのうちにと思って我慢していたのだが、やはり頭痛が始まってしまった。冷房は逆効果でかえって臭いを循環させてしまっている。
ここって喫煙車ではないのですか? 何かの間違いではないのですが? 空気のきれいな本当の禁煙車の席が空いていればそっちに移りたいのですが……。これって詐欺ではないですか! 半分気の遠くなりそうな不快感の中で、言いたいことが山程浮かんでは消えていった。でも親子連れもそこそこ乗っていたけれど、誰も何も言わない。このくらいは我慢しないといけないのだろうか、ぼくが過敏に過ぎるのだろうか……。大人げない気がしないでもない。
そんなことをあれこれ思案するうちに頭痛は極度に達し、文句を言いに行く元気はもう残されておらず、タバコの強烈な臭いに燻されながら、ウトウトとまどろみながら、というより起きている気力をなくしてしまったまま奈良まで乗ってこざるを得なかったのである。だいたい車掌さんが通ったのは2回だけであった。要は行って帰って1往復しただけである。
いろいろ考えてみると、これは多分近鉄特有の事情もあるのだろう。車両を固定せず、つないだり切り離したりを平気でやるので、禁煙車が喫煙車に化けることが起きるのではないか、特に短い編成にした時、全部禁煙席にしてしまえばいいのに、喫煙車を残そうとすれば、必然的にどこかを喫煙車にせざるを得ないだろう。
しかし、これってどう考えてもきれいな空気を望む者に対する詐欺としか思えない。一度臭いが付いた車両を清浄な空気に戻すのは至難である。禁煙車は編成のどこにつなごうがずっと禁煙車にしておけばすむはずである。そんな簡単なことが近鉄にはわかっていないらしい。当座喫煙する人がいなければそれは禁煙車だとでも思っているのだろうか? そのへんを少し真面目に考えてもらいたい。そもそも京都から奈良までのせいぜい40分程度を過ごすだけの時間に喫煙車などを用意する必要がどこにあるのだろうか? なぜそこまで喫煙者に配慮する必要があるのだろうか? 近鉄についてはダイヤのひどさなどについてもいろいろ言いたいことはあるけれども、それはまたの機会にすることにしよう。
夕飯を食べた後も頭痛が治まらず、結局頭痛薬の世話にならざるを得なかった。なんで頭痛が始まったか忘れていたのだけれど、事の起こりを思い出してみて、あまりの理不尽さに大人げなくも書かずにはいられなくなった。やっぱり誰かが言わなくてはならないことなのだろう。幸い薬が効いてきたのか、言いたいことを吐きだしたからなのか、頭痛は治まってきたようだった。
ラベル:鉄道 日常
posted by あきちゃん at 20:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする