2016年01月31日

梨木香歩さんの世界にのめり込む

最近、梨木香歩さんの作品にはまっている。名まえは前からよく聞いていた。けれど作品名と結び付いて記憶に留められている訣ではなかったし、読んでみたいという積極的な気持ちもなかったというのが正直なところだった。
しかし、不思議なめぐりあわせがあるものである。偶然のようでいて、逆にそうあるべきだったような必然を感じなくもない。もしも、梨木さんの作品を読まずにこの生を終えることになるとしたら、きっと大きな後悔を味わうことになったに違いないと、そこまで確信するに至った。
出会いは、片山廣子『新編 燈火節』に梨木さんが書かれた解説だった。単行本には解説のないものも多いが、文庫本などでは巻末になにがしかの解説が付くのが普通だ。しかし、この解説がまたそれこそピンからキリまでで、ネタバレ程度ならまだ余計なお世話ということでかわいげ(?)はあるのだが、おざなりのただあるだけというような、こんなものを付けるくらいなら少しでも薄くして値段を下げたらよいのにとさえ思いたくなるようなものも少なくない。
片山廣子さんの本は普通なら解説の付かない単行本だが、再編集の上で復刊する書物という来歴によるのだろうか、解説が付いていて、本文の読後に引き続きあまり期待もせずに目を通し始めたのだった。読むというより文字通りそんな調子で、筆者の名をみて、あれこの人、聞いたことある、という程度のノリである。
しかし、この解説はすごかった。梨木さんのこの本への共感がその根底にはあるのだが、ここまで充実した解説はあまり読んだことがない。これはもう解説というよりは、これで立派な作品である。梨木さんは、『新編 燈火節』にまとめられた片山廣子さん晩年の随筆について、松村みね子として、片山廣子として、二つの視座を持ちながら生きた一人の女性が、「この二つの視座が長い年月の末、ようやく焦点を結んだ先の向こう見える、揺らぎのない生の真実」を静かに清澄に描き出した作品として捉える。「彼女が遂に結んだ二つの世界の融合点」にあるものとして『燈火節』を位置付けるのである。そしてそれが可能だったのは、「狂熱」の緊迫感が、既に昇華した形で、裏側にあるいは下地に名残を留めているからだとし、解説を締め括る。梨木さんの文章は、『燈火節』の世界への共感と熱い思いを包み込みながら、あくまで格調高く、澄み切っていて、片山さんに寄り添いながらも、それは紛れもない梨木さんの世界である。

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それで、俄に梨木さんの作品が読みたくなった。しかし、どんな作品を書いているのか全然知らない。そこでさしあたり一番手近な新潮文庫に収録されている作品を調べてみる。
最新刊は昨年10月に出たばかりの『不思議な羅針盤』で、これは随筆集だ。できれば最初は小説が読みたい。カヴァーのキャッチコピーを参考にするなどして選んだのが、『家守奇譚』だった。各章に植物名のタイトルが付けられているのが目を引いたのと、200頁ほどという分量的な手頃さも、最初に読む梨木さんの本としてまずこの本に手が伸びた要因である。そんなやや不純な動機でもあった訣だが、この本を選んだのは、今にして思えば大正解だったと思う。ぼく自身がよく知っている空間が舞台になっていることもあるけれど、何と言っても物語の筋書きの破格の面白さにグイグイ引き込まれた。あり得ないことが、さもあり得るように、いやもうそうしかないというように展開してゆくのは、読んでいて痛快でさえあった(12月24日の記事で少しだけ書いた大収穫の文庫本というのが、実はこの『家守奇譚』のことである)。
梨木さんの作品をいろいろ読んできて思うには、『家守奇譚』はけっしてこれまでの梨木香歩さんの世界の最高峰ということにはならないだろう。しかし、梨木さんの独特の世界(それは最終的には一つに融合するものなのだが、見かけ上それはいくつかの大きな要素に分かれた作品群を生んでいるように見える)を味わうのには、最良の道案内の一つといえると思う。
調べ初めてすぐ、映画にもなった「西の魔女が死んだ」の原作者だということはわかった。しかし、映画の名まえとその中途半端な情報だけがインプットされていて、しかも映画そのものは見ていないというのは、梨木香歩という作家との関わりとしては、何よりも不幸なことだった。「西の魔女が死んだ」が梨木さんのデビュー作であり、名作であるのはもちろん間違いないし、映画の出来映えを知らないのだから無責任なことは言えないのだけれど、個人的にはこのような作品は大事に大事に取っておき、そっとしておきたいという、そんな気がするのである。

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さて、今はただ少しでもたくさん梨木さんの作品が読みたくて、読みあさっているというのが現状だけれど、これまでに読んだのは、だいたい読んだ順だが(一部記憶違いはあるかも知れない)、
 家守奇譚(新潮文庫)
 裏庭(新潮文庫)
 f植物園の巣穴(朝日文庫)
 西の魔女が死んだ(新潮文庫)
 ピスタチオ(ちくま文庫)
 沼地のある森を抜けて(新潮文庫)
 エンジェル エンジェル エンジェル(新潮文庫、原生林)
 りかさん(新潮文庫)
 春になったら苺を摘みに(新潮文庫)
 村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)
 渡りの足跡(新潮文庫)
 からくりからくさ (新潮文庫)
 ぐるりのこと(新潮文庫)
 この庭に─黒いミンクの話(理論社)
 僕は、そして僕たちはどう生きるか(岩波現代文庫)……これは今読んでいる最中
といったところで、このあと、雪と珊瑚と(角川文庫)、水辺にて─on the water/off the water(ちくま文庫)、冬虫夏草(新潮社)、不思議な羅針盤(新潮文庫)、エストニア紀行─森の苔・庭の木漏れ日・海の葦(新潮社)、鳥と雲と薬草袋(新潮社)、岸辺のヤービ(岩波書店)、海うそ(岩波書店)などが既に買い求めて積まれていて、出番を待っている。
既読の作品の一作一作について、書きたいことはたくさんあるけれど、読み深めたいという思いと、さらに多くの作品に触れたいという思いの狭間で揺れている。

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これまでに読んだ作品、どれもみな琴線に触れる内容で、高峰の連続だが、敢えて最高峰を挙げるとすれば、裏庭に未練を残しつつも、からくりからくさに最初に指を屈さざるを得ないだろう。梨木香歩さんの描いてきた世界の融合・昇華がそこには見事に見出される。ただ、それは最高峰に登り詰めたという感じはさらさらない。大きな到達点であるのは間違いないのだけれど、さらに続く高峰を予感させる何かがある、そんな作品である。
それと忘れられないのは、随筆集である。小説、児童文学、絵本、随筆と、梨木さんの作品は一見多くのジャンルにわたっているようにみえる。しかし、実はこれらは今の常識的な分類にあてはめればの話であって、梨木さんの作品群としては、けっして適切な分類とは思えない。随筆にもまさに梨木さんの真摯な思考が熱く語られていて、世代が同じせいもあるのだろうが、その思考過程も含めて共感する部分が大きい。絵本あるいは小説でいえば『エンジェル エンジェル エンジェル』のような極度に切り詰めた作品も梨木さんの世界なら、『裏庭』や『からくりからくさ』、そして渡りの足跡のように思考過程を丹念に辿る随筆集も、紛れもない梨木さんの世界なのである。
中でも強烈に印象に残ったのが『ぐるりのこと』である。「群れの境界に足を引っかけて、どっちつかずの気持ちのまま、ノスタルジックな小説が書きたい、」(群れの境界から)、「物語を語りたい。そこに人が存在する、その大地の由来を。」(物語を)、「このささやかな文章もまた、どうかその大きな轍を追ってゆく一つとなりますように。」(大地へ)という率直な自己の作品への希求、そして祈りの吐露が読む者の心を打つ。
上に挙げた作品を読んだ順序は、別にこれという確たるビジョンがあってこうなった訣ではない。後回しになった本は、たまたま何軒かのぞいた書店の店頭になかったという即物的な事情が大きい。しかし、結果的にこの順序で読めてよかったように思う。ことに、ある程度の梨木さんの作品を読んだあとで、しかも『りかさん』を読んだあとで、『からくりからくさ』を読んだのは偶然とはいえ正解だった。そして『からくりからくさ』の前後に、梨木さんの生き方を語る随筆集に触れ得たのもよかったと思う。
梨木さんの随筆を読んでいてふと思い出したのは、須賀敦子さんの文章である。同じ事をどれかの本の解説で誰かが書いていたのを読んだ記憶がある。ただ、西欧との出会いが根底にある点や、思索の過程には共通するものを感じるが、須賀さんの場合は生き方そのものが物語であった。しかし、梨木さんはそうではない。物語を紡ぎ出しながら自身を生きるといったらよいだろうか。硬質な須賀さんを柔らかくした風情、といったら語弊があるかも知れないけれど、そこはまた世代の違いも影響しているかも知れない。
それはともかくとして、最近の梨木さんの心境に基づく『岸辺のヤービ』と『海うそ』を早く読みたいという思いと、読むのが怖ろしいという思いが交錯している昨今だが、こんな形で、一人の作家にのめり込むことになるとは思わなかった。個々の作品について書きとめておきたいことはいろいろあるが、いずれ少しずつ書いていければと考えている。
ラベル:読書
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2016年01月24日

東京から西に望む山々

山を眺めることの愉しさを知ったのは山歩きの過程でのことではあったが、それを味わえるのはなにも山の上だけでのことではない。山に登らずとも、遠望・近望に限らず平地から山を眺める愉しみにはまた格別なものがあり、山歩きの渇を癒やすこともできる。そしてそれはいやがうえにも、山への憧れを募らせる結果になるのである。
山の愉しさをぼくに教えてくれたのは、奥多摩の山々だった。けっしてそれほどの回数登ったわけではない。しかし、10代までに登った奥多摩の山々の体験が、いまのぼくの血となり肉となって、山へ山へとぼくの気持ちを駈りたてる。奥多摩の山々を遠望していると、もう居ても立っても居られなくなるのである。

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先日用事で実家に行ったとき、久しぶりにベランダから山岳展望を愉しむことができた。1日めは北風が強く、展望は利くのだけれど、山々の上には雲が沸き立っていて、多分雪煙が舞っているのだと思うが、富士山も輪郭がぼやけた状態だった。2日めの朝、風が少し収まって、山々の姿がくっきりと見える。昨年本当に久し振りに山頂をきわめた大岳山の馬の鞍のような特徴的な姿を右端に、そこから左へ御前山、三頭山の奥多摩の名峰が並ぶ。御前山と三頭山の間の奥にやや霞んで白く輝くのは奥秩父、甲武信ヶ岳方面の山並みらしい。三頭山から左に笹尾根がなだらかに続き、最後は陣馬山。高尾山方面に至る。
それらの奥にひときわ高いのは大菩薩方面の山並みだろう。それと笹尾根の間に三角形に飛び出すのは、方角からいえば、扇山や百蔵山、あるいは権現山といった中央線北側の懐かしい山並みかも知れない。そして大菩薩連嶺が次第に左へと落ち込み、次の三つ峠方面へ山並みが再び持ち上がる間のへこんだ部分の彼方には、雪を頂く神々しいばかりの峰が見えるではないか。前の日には見えなかった南アルプスの峰々に違いない。ちょうど中央線にそった谷筋の部分のずっと奥、北からの大菩薩と、南からの三つ峠の山並みが落ちくぼんだ辺りはちょうど甲府盆地越しになるのであろう。方角からいうと北岳かと思われるすっと立ち上がった三角形の白い峰、そしてその南に少し離れてもう一つ頂が見える。北岳に登ったのは今から30年前の秋、あの3,192mの高峰を奥多摩なのなつかしい山々とともに、こうして居ながらにして望めるようになるとは考えてもみないことだった。
ここから左へは丹沢の山並みが奥多摩よりも明瞭な輪郭で望まれ、その向こうには富士山が聳える。それが大山の円錐台で終わったあとも、この写真に写っていないが、最後は再び箱根山の特徴的な山塊が続く。丹沢には1度しか登ったことがないが、何だか誘われているような気がしないでもない。
奥多摩から大山までの山岳展望.jpg

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この眺望は本当に何物にも代えがたい。時間と労力をかけて地図と首っ引きになるなら、もう少しましな山名同定ができるかも知れないが、今は主な山々を名指せただけでも充分な気がする。いや、最近はくっきりと山並みを望めること自体が少なかったから、山岳展望に浸れただけでも、まさにかけがえのない時間であった。
ラベル: 季節
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2016年01月17日

BWV132のソプラノ・アリアを聴く─付2016年教会暦順カンタータ・リスト─

バッハのカンタータ、相変わらず細々と聴き続けている。2巡目を迎えた今は、一通り聴いたことのある曲を聴き込むことになる訣だが、あれこんな曲あったっけ、と前回聴いたときには印象に残らなかった曲に魅かれたりもする。もっとも、教会暦は待ってくれないから、同じ曲にあまり入れ込み過ぎると、今度は置いてけぼりを喰らうことになってしまう。同じ日の曲を一度に全部聴こうとしたりするからいけないのかも知れないけれど、かといって当然のことながらその日が巡ってくるのは1年先のことであるから、ついつい欲張り心を起こしてしまう。この年になると来年のことなどわからないというのが実際のところなので、一通りは聴いておきたいと思うと、1度だけ聴いてもう次、というようなことになってしまいかねないのである。しかし、こうしたことも曲との縁なのだろうと、あまり深くは考えないことにして、気楽に聴いていけたらと思っている。まあ、贅沢な悩みではあると自覚してはいるつもりである。

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最近殊に印象深かったのは、BWV132「道を備え、大路を備えよ」(Bereitet die Wege, bereitet die Bahn)である。待降節第4日曜日のためのカンタータで、アドヴェントの期間にあたるたいへん珍しい時期のカンタータである。ライプツィッヒではアドヴェントの期間は華美な音楽の演奏が禁じられていたため、バッハにもこの期間のカンタータは存在しない。しかし、ヴァイマールではそのようなことがなかったから、この期間にもカンタータは作曲されていた。ところが、そのほとんどは後に別の日の用途のカンタータに改作されていて、原形のまま伝わっているのは、このBWV132だけである。それだけ完成度が高かったということなのかどうか、そのあたりはぼくにはよくわからないが、このような名曲が残ったのは幸いなことだった。1715年12月22日の待降節第4日曜日ために作曲されたカンタータだから、今からちょうど300年前に演奏されたものを今聴いていることになる。そう思うと感慨深いものがある。
最初は例によってガーディナーのカンタータ巡礼の演奏を聴いた。実は、最初の演奏で聴いたときにはさほど印象に残らなかったのだった。あとから聴き直してみてわかったように、速めのテンポの颯爽とした演奏だったことも一因ではあるだろう。しかしよくよく調べてみると、どうもそればかりが原因だった訣ではなさそうだ。
というのは、ガーディナーのカンタータ巡礼の全集では、このカンタータは三位一体節後第二十六日曜のBWV70、及びマリアのエリザベト訪問の祝日のBWV147とともにDISK53に収められている。後者はBWV147の元になったBWV147aが、BWV132と同じ待降節第4日曜日のカンタータだったからだと思うが、今では、直接この日と関係がある訣ではない。しかもBWV70が作られた三位一体節後第二十六日曜は昨年はめぐって来なかった。2015年は三位一体節後第二十五日曜の11月22日の翌週の11月29日がアドヴェントの始まりで、最初の主日待降節第一日曜のカンタータはBWV61・BWV62・BWV36という名曲揃い。これらはDISK52にまとめて収録されているのである。BWV132はこれ続くDISK53に収録されてはいるのだけれど、DISK53の初っ端はBWV70であって、先程書いたように昨年は巡って来ない主日のカンタータであった。
そんな事情もあって、CDとしては連続していたのに、教会暦の始まりのいわば超弩級のカンタータの並んだDISK52を聴いたあとでは、DISK53にはなかなか食指が動かず、昔風に言えばおざなりに1度針を通すだけで済ませてしまったのではないだろうか。
待降節第一日曜からクリスマスの12月25日のクリスマス(降誕節第一日)までは随分日にちがあった訣だから、聴く気になれば聴けたと思うのだが、仕事の錯綜する時期だったこともあるし、カンタータ巡礼のCDの組み合わせが、クリスマスから新年にかけてかなり複雑になっていることもあって(この時期は元々カンタータ自体の数が多いのと、カンタータ巡礼はCD1を基本的に新年から始めているので、この時期のカンタータが最後の50番台のCDと初めのCDに複雑に分かれてしまっているのである)、BWV132が取り残されてしまったというのが真相のようである。
そんな訣で、気付くのが少し遅れてしまい、BWV132の魅力に取り付かれるようになったのは、年が明けてからのことだった。そのきっかけはリリングの演奏を聴いたことにある。これまでガーディナーの基本としながら教会暦順に聴いてきた訣だが、いいなと思った曲についてはその前に全集を入手していたリリングの演奏と聴き比べたりもしてきた。以前書いたBWV162やBWV95などでの両者の驚く程の違いに気付いたのも、そのたまものといえようが、今回は特に期待もせずに聴いたのだった。
リリングの第1曲のシンコペーションで始まる付点付きの8分の6拍子のリズムのなんと胸躍らされること! そしてこれに続くソプラノ・アリアの何と表情の豊かなこと! 最初こそそのテンポの遅さにやや違和感さえ覚えたのだけれど、何度か聴くうちに今度はサクサクと進んでいくガーディナーの演奏の方がむしろ何だか味気なく思われるようになってきた。表情過多といわれようが、短調にたゆたいながら紡がれて行く音の流れの美しさはたとえようもない。もうこれしかないと思うようになってしまったのである。
他の演奏はどうなのだろう、さらに気になってくる。そこでまず聴いたのは鈴木雅明さんとBCJの演奏(この曲が聴きたいばかりに、最後に残っていたBISの10枚組のセットの第1巻を入手し、結局鈴木雅明さんのカンタータ全集も限定版のセット5巻で揃えることになってしまった。全集を買う思いからすれば半額以下だが、それでもリリングの4.5倍、ガーディナーの2倍だから、結果的にみればけっして安い買い物ではない。ただ、これはいわばかけがえのない買い物である)。ガーディナーほどせかせかした感じはなく、これは音の続け方に理由があるようだが、テンポ感に限ればガーディナーにかなり近い。リリングとはやはり全く違う演奏だった。
もっと他に演奏を聴けないか。BWV132の第1曲はいきなり核心に入る曲だから、こういう曲ではNAXOSのミュジック・ライブラリーが有効だ。調べてみると、ガーディナーとリリングも含め、全部で9種類の演奏を聴くことができた。一概には言えないけれど、演奏の特徴を示すために、第1曲のタイムを列記してみる。なお、どうしても忘れてならない演奏にカール・リヒターがある。これは上記ライブラリーには入っていないが、ダウンロード版がiTunes Storeで販売されており、これを視聴できることがわかった。
 コープマン  5'29"
 レオンハルト 7'04"
 ルッツ    5'59"
 クイケン   5'09"
 マロン    5'54"
 ルーシンク  5'41"
 リリング   7'33"
 鈴木     6'05"
 ガーディナー 5'46"
 リヒター   7'43"
NAXOSのミュジック・ライブラリーは無料視聴は最初の30秒だけ、iTunes Storeで視聴したリヒターも途中の一部だけだが、このタイムからもわかるように、はっきり二つに分かれるようだ。最速はクイケンで、コープマンも表情は随分違うけれど似たテンポ感の演奏。最近のルッツ、マロン(この人はどういう人は知らないが)、ルーシンク、それに鈴木雅明さんがいわば中庸の演奏で、これらよりは少し速いがガーディナーもテンポからいうとこれに近い。これに対し、リリング、リヒター、それに意外だったがレオンハルトが7分台で随分とゆったりと演奏している。最短のクイケンと比べると、最長のリヒターでは1.5倍も時間をかけている。リヒターは初っ端を聴けなかったので同列には比べられないのだが、聴いた範囲ではそんなに遅い印象はないのだがタイムは最長となっている。リヒター版のソプラノはマティスでキャストは最高とも言えるが、やや引きずった感じの歌い方が気になった。その点同じく遅めの演奏でも、リリング版のオジェーはタップリとした情感を込めた歌い方だが押しつけがましさがない。ただ一部に若干声を張り上げ気味で聴き苦しい部分がない訣ではなく、その点で言えば鈴木雅明さんのシュミットヒューゼンが一番清潔に聞こえた。レオンハルト版はこれらの中ではかなり異質で独特の演奏との印象を強くもったが、残念ながらソプラノが登場するところまでは視聴できなかった。是非全体を聴いてみたいと思っている。
BWV132は第1曲のソプラノのアリアのほか、第2・4曲のレティタティーヴォをはさんで、第3曲にバスのアリア、第5曲にアルトのアリアを配し、アリアの花園の趣がある。中でも第5曲のアルトのアリアは技巧的な曲ではあるけれど、ヴァイオリンのオブリガートに乗って歌われるたいへん情感に富んだ美しい曲だ。各演奏のタイムを掲げておく(括弧内は全曲のタイム)。
 コープマン  3'22"(15'58")
 レオンハルト 4'01"(19'18")
 ルッツ    3'37"(18'30")
 クイケン   3'20"(16'12")
 マロン    4'48"(19'34")
 ルーシンク  3'36"(17'15")
 リリング   4'14"(21'02")
 鈴木     3'44"(17'49")
 ガーディナー 4'04"(17'39")
 リヒター   3'43"(21'25")
この曲のような元々情感に溢れた曲だと、曲の印象は速度にあまり影響されないように思うけれど、マロンはちょっと飛び抜けて遅いが、あとはだいたい3分台でそれほど大きな違いはない。聴いた印象もリリングがゆったりとしているのは肯けるとして、ガーディナーもこれに劣らずたっぷりと歌わせているのが印象的だった。意外なのはリヒターだが、あまり情緒に走らないのはリヒターのリヒターたる所以かも知れない。
最後のコラールはメロディーが伝わらず、同じ歌詞のBWV96やBWV164の最後のコラールを借用するのだという。何故そういうことになったのかも興味がもたれるところだ。参考までに記したトータル・タイムでは、やはりリリングの演奏は際だっているように思う。
それにしても曲の歌わせ方は指揮者それぞれの個性がありありと出ていて、タイムが近いからといって同じ印象とは限らない。例えば、タイムだけからいうと、鈴木雅明さんの演奏は中庸ということになる訣だが、鈴木さんの演奏を聴いていてはたと気付いたことがある。この曲では、最後のコラールを除くと合唱が活躍する場面がほとんどないということである。ものすごく静謐な音の世界の連なり、という印象が鈴木さんの演奏を聴いていて自然に湧いてきたのである。神戸松蔭のチャペルのあの響きの影響もあるかも知れないが(もう一つ、この演奏を最初に聴いたのが、子守歌代わりだったということとも関係あるかも知れない)、曲そのもののもつ透明感がくっきりと浮かび上がってきたそんな感覚である。これはリリングやガーディナーを聴いているときには全く思いもしなかった印象である。
何が違うのか言葉で表現するのは至難であるけれど、演奏によってこれほど違ってしまう音楽とは、本当に不思議な存在だ。楽譜通りの演奏というけれど、結局演奏者による再創造のなくしては成り立たない営為ではある訣である。

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ところで、BWV132が昨年12月22日で作曲から300年を迎えたと書いたように、ミュールハイゼンやヴァイマール時代に書かれたバッハのカンタータ20曲余りは既に作曲満300年を迎えている訣だが、今後もヴァイマール時代のカンタータが少しずつ、そしてあと7年生きれば、2023年以降、ライプツィヒ時代のカンタータの作曲満300年に続々と立ち会えるのである。この記念すべき年にめぐり会えるかも知れないと考えただけでも今からわくわくする思いでいっぱいになる。
さしあたって、今年は1716年に作曲された以下のようなカンタータが作曲300年を迎える。
 BWV155 1月19日 顕現節後第2日曜日
 BWV161 9月27日 三位一体節後第16日曜日
 BWV162 10月25日 三位一体節後第20日曜日
 BWV70a 12月6日 待降節第2日曜日(歌詞のみ現存)
 BWV186a 12月13日 待降節第3日曜日(消失)
 BWV147a 12月20日 待降節第4日曜日
BWV147に改作されたBWV147aを含めると、今実際に聴ける4つのカンタータの満300年に立ち会えるというのは感慨無量である。
カルヴァン派のケーテンに移ったあとは、カンタータは基本的に不要になるが、新年や誕生日祝賀などのカンタータは作曲されたし、ライプツィヒのトーマス教会のカント-ルに転職する際のいわば就職試験用に作曲されたBWV22とBWV23がある。これらはライプツィヒに移った年の作品で、これに続くのはいよいよ第1年巻の始まりBWV75ということになる。
というわけで、このあと年巻開始までに満300年を迎える曲は順に次のようなことになる。
 BWV66a 2018年12月10日 レオポルト公の誕生日祝賀
 BWV134a 2019年1月1日 新年祝賀
 BWV173a 2022年(?)12月10日 レオポルト公の誕生日祝賀
 BWV22 2023年の復活祭前第7日曜(1723年の当該主日は2月7日)
 BWV23 2023年の復活祭前第7日曜(1723年の当該主日は2月7日)
(以上、作曲日時については、Bach Cantatas Website─http://www.bach-cantatas.com/index.htm─、及び葛の葉さんのホームページ「バッハの教会カンタータ」のカンタータ一覧表(作曲年代順─http://www.kantate.info/bachcantata_date.htm─などを参照した)。

さて、最後になったが、なくもがなのものではあるけれど、ぼく自身の心覚えとして、今年のカンタータリストを載せておく。

【2016年教会暦順カンタータ・リスト(全)】
(DISK番号は、ガーディナーのカンタータ巡礼のボックスセットのもの)
・2016/1/1 新年
  BWV190(DISK56に併録)
  BWV41
  BWV16
  BWV171
  BWV143(以上、DISK2)
  BWV248/4
  BWV143a
・2016/1/3 新年後第一日曜(降誕節後第二日曜)
  BWV153
  BWV58(以上、DISK3)
  BWV248/5
・2016/1/6 顕現節
  BWV65
  BWV123(以上、DISK3)
  BWV248/6
・2016/1/10 顕現節後第一日曜
  BWV154
  BWV124
  BWV32(以上、DISK4)
・2016/1/17 顕現節後第二日曜
  BWV155
  BWV3
  BWV13(以上、DISK5)
・2016/1/24 復活節前第九日曜(七旬節)
  BWV144
  BWV92
  BWV84(以上、DISK9)
・2016/1/31 復活節前第八日曜(六旬節)
  BWV18
  BWV181
  BWV126(以上、DISK10)
・2016/2/2 マリアの浄めの祝日
  BWV83
  BWV125
  BWV82
  BWV200(以上、DISK8)
・2016/2/7 復活節前第七日曜(五旬節)
  BWV22
  BWV23
  BWV127
  BWV159(以上、DISK11)
・2016/2/28 四旬節第三日曜
  BWV54(DISK12)
・2016/3/20 棕櫚の日曜日
  BWV182(DISK12)
・2016/3/25 受胎告知の祝日
  BWV1(DISK12)
・2016/3/27 復活節第一日
  BWV4
  BWV31(以上、DISK13)
・2016/3/28  復活節第二日
  BWV66(DISK13)
  BWV6(DISK14)
・2016/3/29  復活節第三日
  BWV134
  BWV145(以上、DISK14)
  BWV158(DISK15に併録)
・2016/4/3 復活節後第一日曜
  BWV67
  BWV42(以上、DISK15。復活節第三日のBWV158、用途未詳のBWV150を併録)
・2016/4/10 復活節後第二日曜
  BWV104
  BWV85
  BWV112(以上、DISK16)
・2016/4/17 復活節後第三日曜
  BWV12
  BWV103
  BWV146(以上、DISK17)
・2016/4/24 復活節後第四日曜
  BWV166
  BWV108(以上、DISK18。用途未詳のBWV117を併録)
・2016/5/1 復活節後第五日曜
  BWV86
  BWV87(以上、DISK19。BWV97を併録)
・2016/5/5 昇天節
  BWV43
  BWV37
  BWV128
  BWV11(以上、DISK20)
・2016/5/8 昇天節後日曜(復活節後第六日曜)
  BWV44
  BWV183(以上、DISK21。BWV150を併録〈DISK15の2000年4月末ドイツにて録音のものとは別の、2000年6月4日のイギリスでの録音。短期間に2度の録音を行ったことになる〉)
・2016/5/15 聖霊降誕節第一日
  BWV172
  BWV59
  BWV74
  BWV34(以上、DISK22)
・2016/5/16 聖霊降誕節第二日
  BWV173
  BWV68
  BWV174(以上、DISK23)
・2016/5/17 聖霊降誕節第三日
  BWV184
  BWV175(以上、DISK24。BWV1048を併録)
・2016/5/22 三位一体節
  BWV194
  BWV176
  BWV165
  BWV129(以上、DISK25)
・2016/5/29 三位一体節後第一日曜
  BWV75
  BWV39
  BWV20(以上、DISK27)
・2016/6/5 三位一体節後第二日曜
  BWV2
  BWV76(以上、DISK28。マリアのエリザベト訪問の祝日のBWV10、SWV386を併録)
・2016/6/12 三位一体節後第三日曜
  BWV21
  BWV135(以上、DISK29。BWV1044を併録)
・2016/6/19 三位一体節後第四日曜
  BWV24
  BWV185
  BWV177(以上、DISK30。三位一体節後第五日曜のBWV71を併録)
・2016/6/24 洗礼者ヨハネの祝日
  BWV167
  BWV7
  BWV30(以上、DISK26)
・2016/6/26 三位一体節後第五日曜
  BWV93
  BWV88(以上、DISK31。悔い改めの礼拝用のBWV131を併録)
・2016/7/2 マリアのエリザベト訪問の祝日
  BWV10(DISK28に併録)
  BWV147(DISK53に併録)
・2016/7/3 三位一体節後第六日曜
  BWV9
  BWV170(以上、DISK32)
・2016/7/10 三位一体節後第七日曜
  BWV186
  BWV107
  BWV187(以上、DISK33)
・2016/7/17 三位一体節後第八日曜
  BWV178
  BWV136
  BWV45(以上、DISK34)
・2016/7/24 三位一体節後第九日曜
  BWV94
  BWV168
  BWV105(以上、DISK35)
・2016/7/31 三位一体節後第十日曜
  BWV46
  BWV101
  BWV102(以上、DISK36)
・2016/8/7 三位一体節後第十一日曜
  BWV199
  BWV179
  BWV113(以上、DISK37)
・2016/8/14 三位一体節後第十二日曜
  BWV69a
  BWV137
  BWV35(以上、DISK38)
・2016/8/21 三位一体節後第十三日曜
  BWV77
  BWV33
  BWV164(以上、DISK39)
・2016/8/28 三位一体節後第十四日曜
  BWV25
  BWV78
  BWV17(以上、DISK40)
・2016/9/4 三位一体節後第十五日曜
  BWV138
  BWV99
  BWV51
  BWV100(以上、DISK41)
・2016/9/11 三位一体節後第十六日曜
  BWV161
  BWV95
  BWV8
  BWV27(以上、DISK43)
・2016/9/18 三位一体節後第十七日曜
  BWV148
  BWV114
  BWV47(以上、DISK44。モテットBWV226を併録)
・2016/9/25 三位一体節後第十八日曜
  BWV96
  BWV169(以上、DISK45。三位一体節後第二十五日曜のBWV116、モテット BWV668を併録)
・2016/9/29 大天使ミカエルの祝日
  BWV50
  BWV130
  BWV19
  BWV149(以上、DISK42)
・2016/10/2 三位一体節後第十九日曜
  BWV48
  BWV5
  BWV56(以上、DISK46。三位一体節後第二十五日曜のBWV90を併録)
・2016/10/9 三位一体節後第二十日曜
  BWV162
  BWV180
  BWV49(以上、DISK48)
・2016/10/16 三位一体節後第二十一日曜
  BWV109
  BWV38
  BWV98
  BWV188(以上、DISK49)
・2016/10/23 三位一体節後第二十二日曜
  BWV89
  BWV115
  BWV55(以上、DISK50。三位一体節後第二十四日曜のBWV60を併録)
・2016/10/30 三位一体節後第二十三日曜
  BWV163
  BWV139
  BWV52(以上、DISK51。三位一体節後第二十七日曜のBWV140を併録)
・2016/10/31 宗教改革記念日
  BWV80
  BWV79(以上、DISK47。用途未詳のBWV192を併録)
・2016/11/6 三位一体節後第二十四日曜
  BWV60(DISK50に併録)
  BWV26(DISK7に併録)
・2016/11/13 三位一体節後第二十五日曜
  BWV90(DISK46に併録)
  BWV116(DISK45に併録)
・2016/11/20 三位一体節後第二十六日曜
  BWV70(DISK53に併録)
・2016/11/27 待降節第一日曜
  BWV61
  BWV62
  BWV36(以上、DISK52)
・2016/12/18 待降節第四日曜
  BWV132(DISK53。三位一体節後第二十六日曜のBWV70、マリアのエリザベト訪問の祝日のBWV147を併録)
・2016/12/25 降誕節第一日
  BWV63
  BWV191(以上、DISK1)
  BWV91
  BWV110(以上、DISK54)
・2016/12/26 降誕節第二日
  BWV40
  BWV121(以上、DISK54)
  BWV57(DISK55に併録)
・2016/12/27 降誕節第三日
  BWV64
  BWV133
  BWV151(以上、DISK55。降誕節第二日のBWV57を併録)
・2016年には該当日がないもの
 顕現節後第三日曜
  BWV73
  BWV111
  BWV72
  BWV156(以上、DISK6)
 顕現節後第四日曜
  BWV81
  BWV14(以上、DISK7。三位一体節後第24日曜のBWV26、モテットBWV227を併録)
 三位一体節後第二十七日曜
  BWV140(DISK51に併録)
 降誕節後第一日曜
  BWV152
  BWV122
  BWV28(以上、DISK56)
・その他の用途及び用途未詳のもの
 悔い改めの礼拝用
  BWV131(DISK31に併録)
 用途未詳
  BWV97(DISK19に併録)
  BWV117(DISK18に併録)
  BWV150(DISK15とDISK21に併録〈別テイク〉)
  BWV192(DISK47に併録)
ラベル:バッハ 音楽 CD
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2016年01月10日

2016年の登り初め─伊勢三山白猪山

伊勢三山の一つ、白猪山に登った。今年の登り初めである。ようやく寒さの到来─といっても平年並み程度なのだが─ということで、着込めるだけ着込み、アイゼンまでもって出かけたのだけれど、山頂までは晩秋というか初春の陽気で、静かな陽だまりのハイキングとなった。
櫛田川沿いに走る国道168号線から少し入った大日堂登山口から、石積みの棚田を見ながら谷集落、都集落を抜け、大城集落からの道を合わせると、道はようやく山道となる。
大城集落からの道との合流点の導標(ここからいよいよ山道).jpg
〔大城集落からの道との合流点の導標(こんな導標があちこちにある。往路には「○/10」として行程を示す導標もあった。ここからいよいよ山道)〕

尾根の東側に絡んで徐々に高度を上げて行くが、傾斜もほどほどで、明るい雑木林の道がとても気持ちよい。
木洩れ日の雑木林.jpg
〔木洩れ日の雑木林〕

夏明からの道を合流した地点(このあたり、少し開けた明るい草地でとても美しい)から右へ少し戻る形で展望のよい場所があり、山頂の眺望に大きな期待がもたれる。
山頂直下の合流点付近(鉄塔までが直登。写真手前方向が展望スポット).jpg
〔山頂直下の合流点付近(鉄塔までが直登。写真手前方向が展望スポット)〕

少しだけ展望を楽しんだあと合流点まで戻り、一気に山頂を目指す。ここからしばし直登すれば、展望台の基礎だけが残る鉄塔の脇に行き着く。南側と西側の眺望が優れ、伊勢三山の最高峰局ヶ岳の尖った三角形がよく見える。
山頂直下から局ヶ岳方面を望む.jpg
〔山頂直下から局ヶ岳方面を望む〕

右(東)にわずかに辿れば、待望の白猪山の山頂。標高は819m余り。木々の間に伊勢三山のもう一つの堀坂山が大きく、伊勢湾も望める。南側は約700mの比高のかなりの高度感で、川沿いの集落が箱庭のように見下ろせる。
白猪山山頂と北側の景色(中央右より木々の間に堀坂山).jpg
〔白猪山山頂と北側の景色(中央右より木々の間に堀坂山)〕

山頂から南側の箱庭のような景観.jpg
〔白猪山山頂から南側の箱庭のような景観〕

山頂は風が通るせいか寒く、今日初めて冬の体感を覚える。そこで北風が遮られる元展望台の所まで戻って陽だまりを選んで昼食をとる。じっとしているとやはりこの季節のこと、身体がグッと冷えてくる。少し着込んで帰路にかかり、展望スポット入口のところから右へ夏明け集落への道を辿る。すぐ石尊大権現の社があり、鳥居を逆に潜って石段を下る。この石尊大権現は18世紀半ば過ぎに大山から勧請されたものといい、4月には盛大に祭りが行われるらしい。そのためもあってか、ここから山麓までの道はあろうことかコンクリート舗装で整備されていて、その上に落葉や枯枝が結構な量堆積している。それで幾分かはコンクリート道を歩かずに済むのだが、今日は乾燥し気温もそれほど低くなかったからよかったものの、雪が積もったり、湿って凍り付いたりしたら、下りには特に難渋しそうな道だ。できるだけ舗装のない端っこをねらって歩こうとするものの、それでも時折ズズッと滑ってヒヤリとさせられ、意外と足腰と神経に負担のかかる下りだった。土の軟らかさがいかにありがたいものなのか、今さらのように実感させられる。
下り着いた夏明集落には、深野棚田(だんだん田)として売り出している石積の棚田の独特の景観が展開する。田畑のみならず、家の外構にもきちんと大きさの揃った玉石が何段にも積まれていて、圧巻だった。
深野棚田の景観.jpg
〔深野棚田の景観〕

ここまで降りてくると、再び初春の陽だまりの世界。休憩含めて4時間ほどの比較的軽めの山旅だったが、新春の登り初めにはこのくらいの行程がちょうどよい。
帰路は道の駅飯高駅に寄り、いいたかの湯で汗を流す。ここの設備はたいへん充実しており、露天風呂やサウナのほか、蒸し湯、釜風呂、薬草風呂など多彩な温泉が楽しめ、思わず長湯をしてしまう。伊勢まで足を伸ばすのは、今回が高鉢山に続いて2度め。奥深さはないけれど、味わいのある里山歩きのできる魅力的な山域である。
飯高駅から望む局ヶ岳.jpg
〔飯高駅から望む局ヶ岳。朝往路に撮影。この付近は航路にあたっているようで、右上に飛行機が写っている。このあとも撮影時に何度か見かけた。〕

          §           §           §

おまけを一つ。大和盆地を近鉄橿原線で南下する道すがら、ちょうど朝焼けの時刻にあたった。前にも書いたけれど、郡山から筒井にかけて(特に筒井の高架の辺り)、大和盆地の東を限る山並みがそこだけ低くなったちょうど向こうに、特徴のある山塊が一時的だが顔を出す。それをともかくも写真に収めることができた。
実は今回、朝、西大寺で乗り換えにしくじってしまった。5番線側に降りてすぐ6番線にに乗り換えればよかったものを、そこに各駅停車が停まっているのを見ていながら、急行がすぐあと出るものと思い込んで1・2番ホームに行ってしまった。あの各駅に乗るんだったと気付いて6番ホームに駈け込んだときには、既に電車が出て行くところだった。次の急行は20分以上あと。それでしかたなく特急に乗らねばならないはめに陥って内心忸怩としていたのだが、この景色を眺め写真を撮れたことで、何とか気持ちの整理を付けることができたのだった。510円は高いかも知れないけれど……。
大和青垣の朝焼け1(筒井付近から).jpg
〔大和青垣の朝焼け1(筒井付近から)〕

大和青垣の朝焼け2(田原本付近から).jpg
〔大和青垣の朝焼け2(田原本付近から)。右端の三輪山と音羽山の間に見えているのは、高見山や三峰山の方向か〕
ラベル:鉄道 奈良 季節
posted by あきちゃん at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

穏やかな年越しと取り留めのない初夢─夢の記憶32

あけましておめでとうございます。
穏やかな新年である。昨年はどんなだったか俄には思い出せないのだけれど、自分の記事を読み返すと、かなり寒かったと書いてある。昨年は暖冬予報にもかかわらず寒冬で、日本海側の雪もかなり多かったという記憶が甦ってきた。それに比べると、今年は予報通りの暖冬傾向が続いている。辛うじて単発的な寒波はやってきているが、今ひとつパンチ不足なので、雪不足に泣かされているスキー場も多いらしい。年末に1泊+車中2泊というハードスケジュールでスキーに出かけた末娘から届いた写真にはそれなりに雪が写っていたけれど、コースを外れると土が見えている部分も多かったという。
その末娘はスキーから戻ってすぐ、今度は東京の母のところに正月を過ごしに出かけ、入れ替わりに上の娘がやって来た。犬たちの顔を眺めながら、正月用に買い込んでいた文庫本を読むのんびりとした日々を過ごしている。普段留守番ばかりの犬たちにとって、それこそ盆暮れ正月はかまってもらえる絶好の機会。しかも長女が居てくれるとあって大はしゃぎの毎日だ。日頃は暗くなってからの散歩が多いので、せめて正月だけでもと日中明るいうちに散歩に連れ出してやる。すると、いつも家の傍まで来ると帰りたくないと座り込んでしまうPPでさえ、喜んで家まで歩いてくれる。家に帰っても楽しいことが待っているのがわかるのだ。
今年は年賀状を30日の1日で書いた。例によって一言だけ何かしら書き添えていく。書き悩んで数日かかる年も多いが、今年は書き出したら案外楽にかつ楽しく書くことができ、日中をフルに使って200枚と少しをほぼ何とか書き終えた。その夜に近所のポストに投函したから元旦に届くのは難しかっただろうが、ともかくホッとする。
本当は、時間に追われたりせずに、じっくり相手の顔を思い浮かべて書きたい、そういう思いはある。1日10枚ずつくらいにして、12月に入ったら少しずつ書きためていく、そんなのが理想ではある。しかし、現実にはそんなことはおよそ不可能で、いつも年末押し詰まってからになる。開き直って、年が改まってから書き始めたこともある。
そうはいっても、実際、元旦に届くように年賀状を送って下さる方が結構多いのである。それで申し訣ない気持ちでいっぱいにはなるのだけれども、強迫観念に駆られて書くのはいやだし、第一そうして書いてもろくなものは書けない。心に余裕がないと年賀はがきの僅かの一文でもまとまらないものである。そんなこんなでいつも書く気になるまで葛藤が続くことになる。
年賀状を書く習慣がいつまで残るか、というようなことも言われ始めている。書かずに済むなら確かにそれはそれで楽にはなるだろう。しかし、それと引き替えに失うものは計り知れない。普段顔を合わせている人もいれば、1年にたった1度年賀状だけのつながりという人もいる。その度合いはまちまちにせよ、それぞれの相手との絆が保たれているという安心感、そんなものをといわれてしまえばそれまでかも知れないけれど、ぼくにはまだそれがかけがえのないものに思えるのである。わずか50円かそこらで、全国津々浦々どこへでも自筆のメッセージを届けてもらえる郵便というサービスは、やっぱり貴重である。

年越し蕎麦(吟松高畑本店).jpg
〔年越し蕎麦(吟松高畑本店)〕
大晦日、昨年は趣向を変えて昼に蕎麦を食べに出かけた。例年年越し蕎麦も形ばかりで、年越し「どんべえ」ですましてしまうことも多かったが(最近のカップ麺はバカにならない)、11時開店ですがお早めにお越しくださいとのこと。いそいそと出かけたものの、家を出た時にはもう11時を過ぎていた。既に店の前には長蛇、ではないけれども結構な列。車も少し離れた有料Pに駐めて、日だまりで待つこと小一時間。期待に違わぬ天せいろで幸せなひとときを過ごしたのだった。1枚追加して家内と分け合うおまけまで付いて。蕎麦は調子に乗って食べるとあとでしんどい目に遭うことが多いのでほどほどが一番なのだが、ついつい蕎麦湯のおかわりまでして、最後までつゆを飲み干してしまった。

          §           §           §

閑話休題。肝心の初夢の話である。
最近は、国内の場合、飛行機で行かねばならないような遠路の出張があまりない。選択の余地があるのなら、飛行機よりはまだ新幹線の方がマシだ。時間の節約という点では、昼間の飛行機よりは、むしろ夜行バスの方が経済性も含め、メリットが大きい。時間に縛られるくせに、あまり時間があてにならない飛行機はストレスを生むのだ。しかも座席に着いたらほぼ身動きができないあの狭さは致命的だ。
それが今回は珍しく往路に限ってだが、飛行機を使ったようだ。ようだ、と曖昧なことをいうのは、復路から始まる夢だったのだから仕方がない。せめて復路は別の手段で、と考えたものらしく、バスに乗っている。観光バスではなく、まして3列シートの夜行バスでもない。どうもごく普通の乗り合いバスのようだが、運転席の後ろが大きな荷物置き場になっていて、ぼくはそこに横になっている。他のお客が乗っていたのかどうかはわからないが、この一郭を除くと、あとは普通の路線バス仕様だったと思う。
ぼくはそこに運転席側を頭にして横になり、目を瞑っているのだが眠っているわけではなく、外光の明るさを感じている。いくつもの停留所に停車しながら進むのは、ごく普通の路線バスだ。そのうち運転手がまもなく終点に着くことを車内アナウンスで知らせた。その声はどうも職場の同僚らしい。そのくらいは顔を見なくてもわかるが、そう確信している。
アナウンスによると、運転手の都合でバスは暫くそこに停まるらしい。どうも彼がそこで家族と待ち合わせか何かをしているらしく、発車は暫くあとになるという。しかし、ぼくは降りようとするでもなく、そのまま目を瞑っている。ふと気が付いて目を開けると、運転手がぼくをのぞき込んでいる。顔のちょうど真ん中、縦三分の一だけが見える。やっぱり彼だ。ちょうど窓の隙間からのぞいているような感じで、顔の左右は直線的に影に入っていて見えない。互いに挨拶したような気がする。
バスが動き出す。今度は足下の方に向かって動いている。バスなのだから進行方向は変わらないはずなのに、そこは列車のノリである。運転手はいつの間にか同僚の彼から別の人に交替している。ぼくは相変わらず目を瞑ったまま。眠っているらしいが、頭は覚醒している。
そのうち、いよいよぼくの降りる時が近づいてきた。今度の終点は鉄道の駅で(このバスはさっきの終点とこの駅との間を往復している路線バスのようだ)、そこから新幹線に乗り換えれば家に帰れることがわかっているのに、なぜかそこまで行かずに途中で降りて歩いて行こうかと思案している。そのために降りるバス停が見えてくる。しかし、このバスはあのバス停に行くのだろうかと不安になる。あそこに停まらないならまっすぐ駅まで行くしかない、そんなことも覚悟し始めている。
案の定バスは左手にハンドルを切る。そこは歩道で、バスは歩道に乗り上げたまま進む。どうなるのだろうと、あまり心配はしていなかったものの、固唾を飲んで行方を見守っていると(ぼくは寝ているはずなのに、なぜか景色がよく見える)、バスはさっき見えていた停留所の手前で急カーブして車道に戻った。
いつのまにか、駅に着いている。何時に列車に乗れるか考えているらしい。バスに乗ったのは16時頃だったっけ、と今日の行程を振り返っている。それがこれから乗る列車の時刻に何の関係があったというのだろうか。夢の中ではそれが大事なことに思えて、それを反芻していたのだけれど、今となっては論理の脈絡が何もつかめなくなってしまっている。
これがぼくの今年の初夢。寝入ってすぐに見た夢で、その後、夜中に一度目覚めた記憶がある。その時に夢を後追いしてみたら、結構よく覚えていた。安心してまた眠りに落ちていったらしい。明け方もう一度、今度はお手洗いに行く。この時も朦朧としつつも夢は比較的鮮明に脳裏に焼き付いていた。
起床後早速メモを取ったが、もうこの段になると、ところどころ記憶の糸がたどれなくなっていることに気付く。あたりまえだった論理がつながらない。単に記憶が飛んでつながらなくなったのか、当たり前だと思っていたこと自体がおかしくて元々論理に飛躍があったのか、本当のところは全くわからない。でも、今メモをほとんど見ずにこれだけ書いて来られたことからするなら、ぼくの夢にしては結構鮮明な方だといえそうだ。何とも取り留めのない話ではあるが、初夢ではある。とにもかくにも書きとめておく。2016年が平和な1年であることを切に祈りながら。
ラベル:日常 季節 奈良
posted by あきちゃん at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする