2016年02月28日

夢を書きとめること─夢の記憶33

何か大事なものをもって倉庫のような所に入っている。多分それを返しに来ているものらしい。ただ、それは元々そこに収めてあったものではなくて、そこは仮置きの場所で、本来しまう場所は別だということが夢の中の自分にはわかっている。
その仮置き場所は、建物の中に二重に設けられた空調の効く木製の部屋で、そこに引き出しが10段くらいある箪笥がしつらえてある。そう、高さは1mくらいあるだろうか。さて、そこに品物を返そうとすると、なんだか箪笥の位置がおかしい。前にそこから取り出した時とは明らかに位置が違う。確かに動いている。誰かがその間にそこに入ったのだろうか。
そうこうするうちに、入口が開く音がする。ここは二重扉になっていて、その内側の方が半開きになっていたので、それをそっと閉める。ああ、まにあった。これで暫くは気付かれないだろう。その間にしまってしまおう。
ぼくはそこからさらに奥、夢の中では左手にあるさらに別の部屋に入って行く。そこはいったいどういう場所なのか、本来の収納スペースなのか。そこがどんな部屋だったかは思い出せないけれど、そこに入って、何だかホッとしている。
ただ、それだけしか覚えていない。あとからその箪笥のある部屋に入ってきたのは一人ではない。数人で、しかもぼくのよく知っている人たちだ。彼らもここから何かを取り出していったのかも知れない。それを返しに来たのだろうか。つまりぼくと同じ目的でやって来ている訣だ。ああ、そうか、彼らが箪笥を動かしたのに違いない。これで謎は解けた、と安心している自分がいた。

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こんな夢を聞かされたところで、あまりに個人的な夢で、しかも夢を見ている当の本人でさえ訣がわからないでいるくらいだから、どうしようもないかも知れない。もしこれをお読みくださっている方がいらっしゃるなら、お付き合いいただくのは本当に申し訣ないことだと思う。
ところで、梨木香歩さんのエッセイを読んでいたら、夢の効用についての記述に遭遇した。梨木さんはある人から、夢をむやみに他人に話したりしてはいけない、と言われたという。そして、夢は独り歩きして、まったく違ったものとして傷ついて帰ってくるからだというその人の説明に、真実だと直感したという。
けれど、と梨木さんは言う、最近、夢の中には、ある種の公共性をもって現れてくる夢というものがあるのではないかと思うようになった、と。心の深層から生まれ、その人の中でいい働きをする夢であるなら、もしその夢に普遍性といったものが少しでもあるなら、誰かほかの人にもその夢はいい働きをしてくれるのではないか。
今すぐに現実にどういう意味をもつのかわからないような夢でも、何が何だかわからないような夢でも、心にずしんと響く夢を見たという実感があるなら、それは自分の心の深い層が自分に伝えたかったことなのであって、長く意識のどこかに置いておく方が、「効く」ような気がする。そしていつかそれは生活に溶け込んでいき、また消えて行く、と。梨木さんは言う、「訳が分からないながらも。その分からなさを味わうのが、夢見の醍醐味だろう。」いつかその夢との間に親和感が生まれ、危機的状況になったとき、こちらにわかるだろうカードを投げてくれる、というのである。
そして自分の心にずしんと響きいつかそうした効用をもたらすかも知れない夢であるなら、その夢はほかの人にとっても効くことがあるのではないか。梨木さんがある種の公共性と言われるのは、その点である。心にずしんと響いたと感じる夢は、当座はそれがどういう意味だかわからない夢であっても、他者と深いところで共感したことを示すものであって、群れの動物である人に、それは思いもよらぬエネルギーをもたらす。そしてその効用は、さらに人が群れの動物であるそのことによって、人全体にあてはまるのではないかというのである。人は群れの動物であり、そして共感がエネルギーの源となるという、梨木さんの作品に滔々と流れる理解が、ここでは夢のはたらきの説明の中でわかりやすい形で語られているといってよい。

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梨木さんのエッセイは、総じて行間にものをいわせる感じの小説と違い、かなり書き込んだ言わば中味の濃いものが多い。その思考の過程が、微妙な揺れも含めて何物にも代えがたい深い共感を誘う。ところが、「夢と付き合う」を収めた『不思議な羅針盤』(新潮文庫)は、梨木さんのエッセイの中では例外的に、いい意味で肩に力の入らない作品にしあがっていて、軽いというのとは違うけれど、たいへん読みやすい。梨木さん自身もあとがきで書いていられるように、同年代の女性とのおしゃべりの続きのような、今までにない感覚で書いた作品だという。身近な話題に題材を取ったものが多いのもその一因であろうか。ただ、梨木さんらしい視点に溢れているのはさすがで、夢の話の他に一例を挙げれば、なぜ人混みに入ると疲れるかをさりげなく語る「プラスチック膜を破って」など、目からウロコの思いを味わった。『不思議な羅針盤』では、ある意味梨木さんの人となりが、フランクな形でストレートに語られているように思う。小説に書けなかったことや、小説の種明かしを読んでいるような、文字通り不思議な気分を味わえる作品である。
話を「夢と付き合う」に戻すと、夢についてのこの梨木さんのエッセイは、夢の記憶をあれこれと書きとめてきたぼくにとっては、たいへん心強い味方を得た気がする。自己満足と言ってしまえばそれまでなのだけれど、梨木さんの言われるように、もしかしたら、ひょっとして ぼくの夢にも誰かわからないどなたかのお役に立てる情報が含まれている可能性が全くないとはいえない(かも知れない)。
もやもやと感じてはいながらも今まで言葉にできなかったものを、梨木さんの手を借りて初めて言葉にできた、なにかホッとする、そんな思いを味わっている。梨木さんの作品に魅かれてきたわけ、それが梨木さんの思考に対する共感だったということを、改めて感じている次第である。
それにしても、人間存在の深層からのメッセンジャーの役割を果たす夢がある一方で、「意識のがらくたが、何かの微調整のために浮かんで来たのだろう、としか思えないような夢もある。」という指摘には、思わずうならされてしまった。まさにそうとしかいいようがない。こういう共感は、本当に癖になるのである。
梨木香歩さんの作品の読後感を書きたいと思いながら、(書きたいことがあり過ぎて)さてどこから手を付けてよいか思い悩んでいたところだったので、まさかエッセイから、しかもある意味一番梨木さんらしくない(と言ったら語弊があるかも知れないが、考え抜かれ完成された梨木さんの作品に慣れてしまうと、何とも無防備に梨木さんの人となりに触れた気になる〈そこまで仕組まれているとは思いたくない〉この作品は、梨木さんの人間性の吐露という点では、最も梨木さんらしいといえるのかもしれない。完成度の高い小説からはあまり窺い知ることのできない素顔の梨木さんに会えた気にさせるところに、『不思議な羅針盤』の魅力はある、とまとめることができるのかも知れない)作品から先に取り上げるという意外な成り行きに、ぼく自身ちょっととまどっている。
タグ:読書
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2016年02月21日

釈迦ヶ岳を望む山旅2─ヒバンダーラ

大峰の秀峰釈迦ヶ岳の西を源流とし、旭ダムを経て十津川に向けて西流する旭川という十津川の支流がある。その合流地点を扼して旭川の南北両側に向かい合うように聳えるのが、北のホウソ砂と、南のヒバンダーラ(大砂)。何とも不思議な名まえの山々である。
1000mほどの高さだが(ヒバンダーラは989.5mで、わずかに1000mに満たない)、どちらも西に十津川に向かって700m近くもストンと落ちるから、下から見上げたら結構なボリュームの山塊に違いない。
砂(サコ)は山塊の成り立ちに由来するようで、現にホウソ砂には崩壊の兆候を示す地点もあるという。一方、ヒバンダーラはアイヌ語に由来するといい、十津川村から多くの村民が北海道に移住し新十津川村を作ったことと関係するらしいが、具体的な言葉の意味はまだ調べてなくてよくわからない。ガンダーラを彷彿とさせるエキゾチックな名にはどこか魅かれるものがある。

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登って登ってただひたすら登ってですよ、合流地点から少し遡った中谷集落からヒバンダーラを目指すにあたってリーダーから聞いたのは、そんな過酷な登りの様子だった。比高700mほどとはいえ、地図を見ただけでも、これは結構登りがいがありそうだとは思っていたものの、改めてそういわれると、大丈夫かなあと心配になる。ひたすら連続する直登に顎を出してしまった数年前の小峠山の経験が思い浮かぶ。
しかし、実際に登ってみたヒバンダーラは、直登もあったけれども、傾斜の割にジグザクに道が切ってあったり、傾斜の緩む箇所が適当に案配されていたりして、いってみればメリハリに富んだ登りが楽しめた。植林と自然林が適度に入り交じった気持ちのよい山道で、展望がほとんどきかないのもさほど苦にはならない。
ヒバンダーラから東に釈迦ヶ岳まで伸びる尾根が近づくにつれ、右手前方にめざすヒバンダーラの円頂が見えるようになり、対岸のホウソ砂の展望とともに、疲れの出始めた身体を適当に鼓舞してくれる。あと少しで尾根だ。道は一旦ほとんど平坦になるが、これは実は最後の直登の前触れだったのである。登るにつれてさらに傾斜を増してゆく滑りやすい斜面を、木の根につかまりながら両手両足を使って文字通りよじ登ることしばし。やっとこさで稜線に飛び出した。急は急だがそれほど高度感は覚えないので、この日の山のメインイベントといってもよい印象的な急登で、思ったよりも余裕をもって楽しめた。
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〔ヒバンダーラを目指す〕

ここから山頂までは、一旦50mほど下って登り返す。この間、冬枯れの稜線からは、木立の間からあまり予期していなかった大峰が望まれ、心が弾む。初めは弥山・八経方面、さらに進むと、南に続く尾根が顔を出し、この尾根が派生する大元である釈迦ヶ岳がその三角錐の姿を見せ始めた。去年の夏にここから十津川を挟んで対岸にある清水ヶ峰に登ったときには、釈迦は山頂部を雲に隠していたので、こちら側から意識して釈迦ヶ岳を望むは初めてだ。小峠山の西の展望台から前鬼の谷を隔てて見た、その南北に続く大峰山塊を従えた神々しいばかりの雪を頂く釈迦。涅槃岳から縦方向に見た、北に続く大峰奥駈道の先に屹立する釈迦。そして今回のこの小峠山からとは正反対の西側から望む釈迦。どの釈迦もみな印象的な三角錐をキリリと天空に突き出していた。こうしていろんな方角から眺めるのも不思議な縁だ。いつかあの山頂をきわめたい、切にそう思った。
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〔大峰山系を望む〕

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〔釈迦ヶ岳を遠望する〕

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〔清水ヶ峰を望む〕

ヒバンダーラの山頂は平坦面が広く、どこが山頂だろうと思うようなところだったが、展望が利かないものの、三角点と山名板がひっそりと佇み、静かで気持ちよかった(同じ山名板にヒバンダーラとヒバンラーダが同居していたのはご愛嬌!?)。
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〔ヒバンダーラ山頂と三角点〕

帰路は忠実に往路を戻る。往きには振り返り気味に望んだ釈迦を、今度は行く手前方に望める。ほんのちょっとの展望も逃さないように、そんな思いで立ち止まってシャッターを切る。復路は往きに稜線に飛び出した地点から先に200mばかり行ったところから、やや巻き気味に下る道を辿る。かなり迂回することになるので、登りは直登で正解だったが、下りはなるほどこの方が楽だ(実はこの日の最高点はこの迂回路の稜線からの下降点で、ここは1001m、ヒバンダーラ山頂よりも高いのである)。とはいえ急傾斜の下りが続くので、ブレーキをかけながら下ったせいかも知れないが、めずらしく膝が笑う感じを味わう。高度を下げるにつれ、弥山・八経方面の展望も、ホウソ砂から下辻山・七面山へと伸びる尾根に隠れ、あとはひたすら下り下って、箱庭のような中谷集落に戻ったのだった。
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〔対岸に聳えるホウソ砂〕
タグ: 奈良
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2016年02月14日

春と冬の狭間のとりとめのない休日

大陸の高気圧の一部ががちぎれて移動してくるのではなく、大陸の高気圧そのものが動いてくると言った方がよいくらい大きな高気圧が東に抜け、そのうしろから深い気圧の谷が近づいてくる。しかも高気圧は南に勢力を残していて、南風が吹き上がる。気温が上昇し、コートを着なくても犬の散歩に出かけられるほどだった。低気圧の発達の仕方によっては、春一番になるかも知れない。低気圧が日本海に入ると、太平洋側は風ばかりで降らないことも多いものだが、前線の伸び方によるのだろうか、今回は早々に雨が降り出した。
元々昼頃から雨という予報が出ていて、明日は早起きして犬の散歩かなと思っていたが、あいにくと寝坊し、しまったと思って起きると(とはいうものの、何度もスヌーズボタンを押している確信犯ではある!)、意外と外が明るい。犬たちの朝ごはん、自分たちの朝食、そして洗濯を済ませると、PPを庭に出し、久しぶりにACを連れて散歩に出かけた。ACはなんともお茶目な犬なのだが、すぐはしゃいで飛んで歩くので、注意していないとすぐ腰を痛めてしまう。それで、散歩はどうしても控えめになるから、随分と久しぶりの散歩で、大はしゃぎの風情で普通には歩かない。初めなど、うれしくてだかなんだか、ウサギのように、後ろ足ではねてばかりいる。予想外に青空さえのぞいてきて、しかも暖かく風もない。散歩には打って付けの陽気となった。そのうち、普通に左右交互に足を運ぶようになっても、全身からうれしさを発散させるような歩き方なので、連れている方までうれしくなってしまう、なんとまあ人徳、ならぬ犬徳のある犬なのだろう。こんなに喜ぶなら、もっと散歩に連れ出してやればよかった。無理せずのんびりという当初の目的を果たして無事帰還する。
お次はAG、こちらはいつもの長距離コース。この子はうれしくてもうれしそうにはしない。でも散歩は3匹の中では一番うまい。バス道路を横断する際にはちゃんとおすわりをして車が行き過ぎるのを待っている。犬にしておくのが勿体ないくらいの(?)犬なのだが、欠点はあまりにも潔癖なことで、自分の基準を他の犬にも押し付けてしまう。自分と違うのを認めてやることができないのである。自分の規範に当てはまらないことをやっている犬があるともう気に入らない。そうすると、弱いくせに相手に攻撃を加えてしまうのである。だから、一人でいさえすればお利口にしていられるのに、誰かと一緒だと全然仲良くできない。
そんなAGの性格を反映してなのか、散歩中に雨に降られることが3匹の中では一番多い。今日もそうだった。晴れ間が見えて暖かそうだったのに、彼女の散歩の頃には、いつのまにか青空が雲で埋まって、ああこれは午後からは降り出すかなと思いながら歩みを進めると、地面にポツポツ黒いものが……。身体には全然感じていないのに、もう最初の雨滴が落ち始めていたのだった。何とか家まで早足で戻り、たいして濡れずにすんだけれど、雨の降り出し方もどこかおかしい。
急いだのにはもう一つ理由がある。晴れ間と暖かさにつられて庭に出してきた洗濯物を取り込まねばならない。折角乾きかけていたのに……。とはいえ、庭にはPPがいるから、家に着いてもすぐには庭に回れない。AGをまず洗ってやらなくてはならない。AGの足を洗ってやってへやに戻し、やっと洗濯物を取りに行き、そしてPPも洗ってやり、洗濯物を風呂場に入れて乾燥機をかけて、とまあいったい何ををしているのやら次から次へとやるべき事があって、それらが全部片付いてホッとしたら、もう一日の仕事が終わったような気分になってしまった。
昨晩は随分といろんな夢を見た。でもほとんど覚えていない。辛うじて記憶にとどめていたのは、大勢で集まっていた何かの会場から抜け出して、ホテルの自分のへやに向かっている。所定の階で降りて、絨毯の敷かれた広い廊下を歩いている。この絨毯でもう何十年もこのままなのに、随分と塵も積もっているはずなのに、どうしてきれいに見えるんだろう、などと思いながら、自分のへや101号室を探している。ああこっちの方だと思ったところまでしか覚えていない。その前には、亡くなった祖父や父とも話していた、さらに、どうしてだろう、祖父の生まれた県の、かつては王国を築いてもいたが今はもう落ち目になってしまった某政治家と親しく話している(勿論ぼくは面識などない)。かなりシビアな会話もしていた記憶があるが、具体的な中味はさっぱりである。

          §           §           §

と、ここまで書いてそのまま一夜が明け、雨も上がっていた。一日おいて続きを書いている。昨晩は雷さえ鳴っていたが、風の方はどうということもなく、各地で強風が吹き荒れたのがニュースなっていたが、近畿だけは春一番からも置いてけぼりを食ってしまったらしい。明日はまた冬に逆戻りのようで、これだけ寒暖の変化が激しいと、なかなか身体の方もついて行けそうにない。
今日は昨日庭で遊んだだけのPPを連れて散歩に出かけた。昨日みたいにコートなしという訣にはいかなかったが、それでもまだ暖かさの残る夕暮れどきの散歩は、連れて歩く方も気持ちよかった。相も変わらず家に近づくとストライキを起こして歩かなくなってしまういつものPPではあったけれど、しょうがないなあと思いながら、ずっしりと重いPPをだっこして家路に就いたのだった。春と冬、もう少し仲良くしてくれるとよいのだけれど……。
posted by あきちゃん at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年02月09日

奥高野・天狗岳の静かな一日

天狗岳といって思い浮かべるのは、一般には八ヶ岳の双耳峰であろう。南八ヶ岳と北八ヶ岳のちょうど境目の位置にあり、両方の特徴を兼ね備えた豪快かつ優美で静かな秀峰である。北八ヶ岳を縦走したときに山頂を踏み、また10年くらい前には、真夏の晴天の日に麦草峠に車を駐めて、家族で往復するという身軽な登山を試みたこともあった。それ以来八ヶ岳は訪れていないので、記憶に残る山旅ではある。
同じ天狗岳でも、今回登った天狗岳は和歌山県の高野山の西方、紀ノ川の南に聳える標高968mの山である。紀ノ川沿いは五条までしか行ったことがなく、高野山も訪れたことがない。ぼくにとって全く未知だった地域である。JR和歌山線が通っているものの奈良からの交通の便があまりよくなかったのだが、最近になって京奈和道がどんどん延伸して、奈良との距離もぐっと近くなった。

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国道370号線沿いの下新城の集落の少し先、内ノ峠集落の手前からの上りは、初めからいきなり尾根に取り付く急登で、ただひたすら高度を稼ぐ。急登と平らな肩の部分のメリハリが利いていて、その僅かな肩の部分に出ると本当にホッとする。ただ、展望はほとんど利かない。
植生が奈良の山々とはだいぶん違う。マツを基本とする自然林で、傾斜がきついせいかあまり植林もされていない。ただ、手入れは行き届いていて、冬枯れの林はことのほか美しい。茶色い松葉が散り敷かれた道に、ほんの僅かの緑色の松葉が彩りを添える。
真東に向かっていた尾根が次第に南東方向に曲がるようになると傾斜も少し緩み始め、853mのピークからは一旦下りになる。そしていよいよ天狗岳への最後の登りとなる。間に2度ほど平らな部分を挟んで3回急登を重ねると、待望の天狗岳山頂である。三角点は足下に埋もれかかっていて、小さな山名板がいくつかかけられているだけの静かな山頂である。中には、10年前に登ったという中学生が残していったいったプレートがある。色とりどりの文字が鮮やかだが、プレート本体の一部が裏側から腐りかけてきているのが、時間の経過を印象づける。
展望は、南側のみ木々の間からほんの僅かに山々が望める程度で、この時期でもほとんど利かない。風はなく、時折冬枯れの木立をもれてくる木洩れ日が優しい。しかし、そうはいってもさすがにまだ立春直後だけのことはあり、食事を終える頃には、手袋を外していた手がかじかんで、いうことをきかなくなってきている。
天狗岳山頂にて.JPG
〔天狗岳山頂にて〕
帰路は一旦東へ尾根を辿って前岳へ。途中露岩が目立ち、結構大きな岩を回り込んだりもする。特徴的な傾斜を登り詰めると程なく前岳に着く。でも、ここも小さな山名板があるきりで、うっかりするとそのまま通り過ぎてしまいそうなひっそりとしたたたずまいのピーク。天狗岳に比べると、こちらの方が北側のみだが、まだ少しだけ展望が利く。
前岳から北方を望む.JPG
〔前岳から北方を望む〕
天狗岳─前岳と並べてしまったが、天狗岳本峰を後岳ともいうらしい。ということは、天狗岳というのは本来、前岳と後岳を併せた呼称なのかも知れない。確かに下山してから振り返った天狗岳は二つの峰が重なって見え、その趣があった。
さて、再び尾根を天狗岳本峰(後岳)まで西に辿る。こうやって尾根伝いにやって来ると、天狗岳もいつの間にか、という感じで、あまり山頂に到達したという感じがせず、前岳に着いたときと同じような印象。言われてみて、さっき食事をした山頂に着いていたんだということに気付く。

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今度は先程登ってきた急坂の尾根を北に下り、853mのピークとの鞍部から東へ沢伝いの道に入る。水のない涸れ沢沿いに細い道を慎重に下る。そのうちに気が付くと沢音がしていたり、また消えていたりを繰り返しつつ、時折脇から流れ込む深い沢を越えたりもする。左岸から右岸へ渡り、再び左岸に戻るうちに、ほんの少しの沢沿いの平らな部分に段々に石垣を積んだ部分が現れる。聞けば田圃の痕跡だという。こんな山奥にまで、これほどの努力までして水田を設けていたのか、と気の遠くなるような思いを味わう。
そのうちに前方に林道の舗装道が現れ、そこへちょっといやな滑りやすい部分で沢を渡ると、暫くまるで苔で舗装したような道。舗装の上を一面に苔が覆っているのである。この谷は天狗谷というのだそうだ。もちろん天狗岳に因んだ名であろう。林道を少し辿れば程なく神森の集落。天狗谷が湯子川に合流する地点である。ここから湯子川をさらに遡った地点にもまだ、湯川、上湯川、宮垣内などの集落があるという。集落といっても家々は比較的疎らに分布していて独立性を保っており、狭い範囲に集住している感じではない。
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〔天狗谷と湯子川の合流点の清流〕
バスに乗って湯子川沿いに下ると、左手後方に今日登ってきた天狗岳の特徴的な山容(前岳と後岳が重なって見える)が望めた。なるほどあれなら天狗様がいる風情だ。尾根を回り込むとまもなくその天狗様も見えなくなり、別荘風のログハウスが点在する地域を通り抜け、ようやく国道に出る。今降りて来たこの道、到底奥にいくつも集落がある道の入口のようには見えない。気を付けていないと見落としてしまいそうなくらいだ。
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〔湯子川沿いの道から天狗岳を振り返る〕

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このあたりは山域としては奥高野ということになるのだろうか。紀ノ川の南岸に少し入っただけであるから、さほど山深い訣ではないのに、奥深さを感じさせる。けっして展望に優れている訣でもなく、至って地味ではあるけれども、不思議な魅力を醸し出す山々で、静かな山歩きが存分に楽しめる。ただ、天狗岳についていえば、今回の西側からのコースは、直登が多いこともあって、登りのきつさは一級品だ。
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〔早春の菜の花─往路、紀ノ川沿いの道の駅にて─〕
途中ひと休みした道の駅にはもう菜の花が咲いていた。大寒ととともにやって来た寒さは一応まだ残ってはいるが、今度の週末には20℃まで上がる予報も出ていて、もう雪解けモードを思わせる。一応持参したアイゼンも、結局無用の長物となった、往復の道で眺める葛城山も金剛山も全く白くない。雪道を歩けないのは少々残念ではあったが、冬枯れの山々を存分に楽しめた一日だった。
タグ: 季節
posted by あきちゃん at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする