2016年03月31日

復活節とサクラの季節を迎えて

サクラの開花とともに復活節がやって来た。今年は春の気配が漂い始めてからが長くて、こんな陽気をもうひと月以上は繰り返しているような気がする。どうしてこんなに風が冷たいのにサクラが咲くのだろう、と思わないではいられないくらい。でも、日脚は確実に延びてきており、それに呼応するかのような生命の息吹。そして復活節の到来。気温とは裏腹に、いよいよ春本番を迎える準備は整ったようだ。
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〔ほころび始めたサクラ(秋篠川沿いにて)2016/3/30撮影〕

調べてみると復活節が3月中にめぐってくるのは5年に1度くらいの割合で、今年の3月27日というのは、この前後20年くらいの間では、2008年と並んで、2005年の3月23日についで2番目に早い。逆に遅い年だと4月下旬ということもあるから、これまであまりそういう感覚で味わったことはなかったけれど、季節との結びつきという点では年によって随分違いがあることになる。

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久しぶりにBWV66を聴いた。ロッチュの演奏である。最初にこの演奏に心引かれたのは季節外れの時期のことであったが、こうして今まさに復活節に聴き直してみると、その味わいはまた格別のものがある。冬の寒さで凍えて縮こまっていた神経の隅々にまでに、暖かなものが行き渡っていく。ことに第1曲のゆったりとした真摯とさえいってよい歩みには、思わず目頭の熱くなる。ロッチュは、この季節というか、バッハのカンタータの中でも指折りの名曲BWV1でもかけがえのない名演を聴かせてくれる。春─復活に対する心からの歓びを自然に歌い上げた、まことに比類のない演奏である。
受難節の間はまとまったカンタータがないので、教会暦に従ったカンタータの旅はひとまずお休みとなる。それで季節に関係なく、季節外れのものも含めて心の赴くままに聴いていたが、そういう聴き方をするには、教会暦に従ったガーディナーのカンタータ巡礼よりも、むしろBWV順のリリングの方が面白いかも知れない。前にもBWV162とBWV163とか、番号順にお気に入りを見つけたことがあったが、今回も同様に心に残った曲がある。BWV182とBWV184である。
BWV182「天の王よ、汝を迎えまつらん」は、棕櫚の日曜日用のカンタータで、ごく初期の1714年の作。ヴァイオリンの独奏がリコーダーを導き会話しながら進むどこか素朴でなつかしいシンフォニア。そのリコーダーを交えつつたゆたいながら歌われる合唱。短いレティタティーボを挟んで、バス、アルト、テノールと3曲も続くアリア! 中でもバスのアリアは、3つの中では一番短い3分足らずの曲だか、ヴァイオリンの華麗なオブリガードのなつかしさといったらない。短調に転じるアルトのアリアでは再びリコーダーが大活躍し、しっとりと歌い上げる。テノールのアリアと荘重な合唱を経て、これまたこの温かな曲に相応しい素朴だが、どこか決然としたところも感じさせる終曲。名曲である。
同じCDの最後に入っていたのが、BWV184「待ちこがれし喜びの光」。聖霊降誕節第3日のカンタータで、第1年巻1724年の作。雰囲気的にはBWV182とよく似たものをもっているが、ヴァイオリンの囀りにハッとさせられるまもなくテノールが飛び込んで来る絶妙さ。そしていきなりこの曲の高みであるソプラノとアルトの二重唱が始まる。ゆったりたゆたうリリング版はしっとりと心に滲みいってくる。それにチェンバロが絶妙に絡んできてコロコロと玉のように美しい。一方、鈴木雅明さんのBCJ版の演奏は、リリングと違って颯爽と進むのだが、この曲の要である2人の女声の美しさは、リリング版に勝るだろう。8'55"のリリングに対し、7'6"のBCJ。2分の違いは大きい。別の曲のようだが、それぞれに個性的な美しさで、ありきたりないい方ではあるが、本当に甲乙つけがたい。
二重唱に続くテノールのレティタティーボ、そしてヴァイオリンのオブリガードで歌われる短調のポロネーズのアリア。第5曲の4声のコラールO Herre Gott, dein göttlich Wortを経て、終曲はなんとガヴォット。歓びに満ちあふれた舞曲で閉じられるのである。こんなカンタータもあるのである。

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帰宅時、駅の階段を上がると、花束と思しき包みを抱えたスーツの男性とすれ違った。今日は2015年度最後の日なのだ。定年か異動かで職場を去られ方なのだろう。この季節とはまたそういう季節なのである。
小5の時、ほころび始めたサクラの下を卒業して行く6年生を送り出しながら、来年は自分たちの番だということを憂えた。それに比べれば今はまだ間があるように客観的には見える。でも子ども頃の1年に比べたら、今の数年など何ほどのこともあろうか。
自分にもまたその日が近づいている。散り際を考えなければならない年齢に達していることを、サクラの季節が回ってくるたびに少しずつ深く心に刻み始めている自身を思うのである。
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2016年03月21日

ソウルの地下鉄に乗る

ここ10年ほど海外出張の機会が増えた。今のパスポートになってから14回海外渡航をしているが、中国が3回、台湾が1回、あとの10回が韓国。私費渡航は韓国に1度あるだけで、あとは全て仕事である。その前は学生時代に韓国に1度、職に就いてから中国に2度行っただけだったから、40代後半になってからいったいどうしたのかというくらいの頻度だ。それが今年度はさらに集中していて、気が付いてみたら1年で渡航が5度に及んでいだ。2週間は海外で過ごしたことになる。
ほとんどが仕事での渡航なので、現地では関係者と車で動くことが多い。北京でもソウルでも自分がどこにいるのかよくわからぬまま移動していることが多いのだが、先日のソウルは珍しく地下鉄を使った移動ができて、地に着いた感じを味わうことができた。前にも少し書いたことがあるが、自分がどこにいてどう動いているのかの位置情報がないというのは、本当に不安なものである。地図上で自分の位置を確認できたからといって、特に何がどう変わるという訣ではないのだけれど、それでも自分の位置がわかるというのはなにものにも代えがたい安心感がある。

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ソウルの地下鉄網は便利だ。町自体が比較的コンパクトなところへ、網の目のように路線張り巡らされているので、多少歩く覚悟さえしていれば、たいていの所には地下鉄で行くことができる。しかも、日本の地下鉄、ことに東京のそれに比べると、格段に案内表示が行き届いていて、ハングルが読めなくても、路線の色分けと駅の番号さえ見当を付けておけば、ほとんど迷うことはない。乗り換え誘導の表示もほぼ完璧だ。駅で降りてからの案内地図も完備していてありがたかった。
さらに便利なのは運賃が安いこと。しかもT-moneyという交通カードがあって、数日の滞在なら10,000ウォン(1,000円弱)もチャージすれば充分間に合う。チャージもできる自動券売機は日本語表示も可能で至れり尽くせり。コインロッカーもこれが使える(日本でもスイカがいろいろ使えるなど似たようなことがあるのだけれど、悲しいかな田舎に住んでいるとそんな恩恵を蒙ったことがない。これは蛇足)。
ややこしい点があるとすれば、右側通行で日本の鉄道と逆であるため、ついつい方向の錯覚を起こしてしまうことである。しかもKORAIL系の地下鉄は、かつての日本の植民地時代の名残を引きずっていて日本と同じ左側通行のままなので、注意しないとそれこそ全く裏をかかれてしまうことになる。来た電車に飛び乗ったりすると、幸いこれまでそういうことは起きなかったものの、うっかり反対方向に連れて行かれるということにもなりかねない。
もっとも、島式のホームではなくて、どちらかといえば相対式のホームの方が多いようで、改札を通過する時点までに、どちら方向かを判断しておく必要がある。一度どうも反対方向のホームに降りたようだと気付いたものの、反対側のホームに行く階段などが見当たらなかったので、仕方なく一旦改札を出て、反対側の改札に入り直したことがあった。なお、ホームにはホームドアが完備している。
という訣で、目的の方面へ向かう電車に乗ってしまいさえすれば、あとは降りる駅さえ見失わなければいい訣だが、実はこれが結構ややこしい。自ずと駅に着くたびに看板などに注意することになる訣だが、車内が結構混んでいるのである。まして座ったりしてしまうと、なかなか外が眺められない。駅名表示には漢字表記もあるし、車内放送も外国人の乗降の多い駅については、英語と日本語のアナウンスが付く。それでも7割方の駅についての車内アナウンスは韓国語のみだから、瞬間的には自分の位置がつかめないということが起きる。
事前に降車駅の番号を覚え込んでおいたとしても、残念ながら停まる駅ごとに速度を落とす電車の中から駅の看板を見つけて番号を確認するのは、動体視力の落ちている身には、なかなか容易ではない。とはいえ、駅のあちこちに、例えばホームドアの合間合間にさえ前後の駅を含む駅名の表示があったりするので、だいたいいくつめの駅かということのアタリさえつけておけば、あとはなんとかなるというのが、何回か乗ってみてわかったことだった。無事目的に着けたときの満足感は、まあこれこそが知らない土地を行く醍醐味でもある。
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〔地下鉄の位置表示(2号線落星台駅にて)〕

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車内の雰囲気は日本の地下鉄とそう大差はないが、ハードの面でいうとシートが日本のようにやわらかくない。プラスチック整形のそのままという感じの場合が多かった。座ってみると、向こうの座席との距離が、日本の普通の電車よりは少しあるような気がする。つまり幅が少し広いような気がする。銀座線に乗ったときに感じる狭さとちょうど正反対のニュアンスである。
でも、日本の地下鉄では経験できないようなことにいくつか出会った。
結構混んでいるけれど、左右の人を気にせず普通に吊革につかまっていられる程度の車内で、目の前に坐っていた比較的高齢の女性に手で合図された。向こう側の席が空いたから座るといいよということらしい。ぼくが日本人だというこがわかるらしく、言葉ではなく身振りだけなのだが、荷物が重くてたいへんでしょう?、という思いまで付いて好意が伝わってくるのである。親の世代とまではいかないが結構高齢の女性である。重たそうにカバンを肩から掛けていたから同情を引いたのかも知れない。日本だったら多分そこまでしてくださる方はあまりいないだろう。
本当はお礼を言って、っしてその席に座ればよかったのだけれど、その時は乗り換えの駅がもう次だった。それで、笑顔を返すのがやっとだった。日常ごく自然に回りに目配せしている、そういう習慣がなければできない行為だろう。身についているものがぼくなどとは格段に違うのである。ありがたいと同時にほんとうに恥ずかしかった。
もう一つも席に関することである。ある駅でぼくの隣が空いて、若い女の子がああ空いてて好かった、といった趣で座った。よかったねと、こちらもちょっとうれしくなっていると、その子が急に席を立つではないか。ぼくの隣で何か不都合でも、と思って戸惑っていると、あとから遅れて乗ってきたあまり身なりのよくない高齢の女性が代わりに席に着いた。つまり、女の子は女性に席を譲ったのである。これがまた何の躊躇いもなく、初めからそうなるのが暗黙の諒解ででもあったかのように、譲る方も譲られる方も、ごく当たり前に瞬時に行われる。儒教の伝統の根付いた年齢の序列のはっきりした風土なのである。
そういう目で改めて見ていると、くつろいで座席に座っている若者は確かにあまりいない。いってみればいつでも席を立てるような心の準備をした上でなければ席に着かない、そんな風にさえ見えてくる。ぼくもうっかり座ってばかりもいられない。いや待てよ、席に着くように言われたくらいだから、ぼくはもうそういう年齢なのかも知れない、と思い返す。もっともこれもその場その場の年齢構成の中での話だから、一概にはいえないのかも知れない。でもそういう観察がごく自然にできるというのは、やはり文化なのだろう。
ただ、そうした中でも意外だったのは、携帯電話の通話には至って寛容なことである。着信音ががこれまたヴァラエティーに富んでいて、しかもまた音量をかなり大きく設定している人が多い。地下鉄の車内で普通に着信音が鳴り、誰もが普通にそれに受け答えしている。車内での通話はご遠慮ください、というのが当然と思っている者としてはいささかショックだった。これは中国でも同じだった。善し悪しは別として、どうして日本だけこういう文化が育ったのだろう。そもそも実態のある人どうしの会話ならさほどうるさく感じないのに、実態のない電話の向こうの相手のとの会話に大きな違和感を覚えるのはどうしなのだろう。音量としてはむしろ小さいはずなのに……。相手の反応が聞こえないと、それは単なる独り言に過ぎないのだろうか。

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ソウル市内はバスも便利で、地下鉄との乗り継ぎ割引なども充実している。今回は乗る機会はなかったけれど、バスを乗りこなせればほぼ完璧である。ただ、降車地の見極めが、初めて行くところの場合は特に、地下鉄以上に難しそうなのはいうまでもない。次回は何とか挑戦できたらと思う。
今回、金浦(キンポ)空港までも地下鉄を利用した。5号線に乗ったら中心部から30分程度である。終点ではないので気を付けなければならないが、地下鉄でそのまま空港に行けるのはありがたい。ソウルには何度も行っているのに、なぜか仁川(インチョン)は帰路に1度使ったことがあるだけで、あとはソウルは全て金浦である。国際空港とはいえ、本当にこじんまりとした空港なのだが、あのアットホームな雰囲気が好きだった。ただ、気のせいか金浦は行くたびに寂れていっているような気がする。検査場に入る入口のある2階にあった店舗が全てなくなってスッキリしてしまい、免税店は中に本当に申し訣程度にあるだけだし、いつも帰国時に仕入れていたお気に入りのパン屋もなくなってしまった。検査場手前の広場にあった、2018ピョンチャン冬季五輪の大きなモニュメントも、まだこれからだというのにいつのまにかなくなっている。
パンは代わりに1階にパリ・バケット(PARIS BAGUETTE)ができたので、こちらで買ってこれるが、品揃えは以前のトレジュール(TOUS les JOURS)ほどではない。ちなみに韓国のパンのおいしさは、2011年に行ったときの意外な発見だった。食べ比べた訣ではないが、パリ・バケットもトレジュールも市内の至る所にあり、あちらでどういう評価を受けているのかは知らないけれど、どちらもおいしい。今回も、パリ・バケのパンを紙袋にいっぱいになるくらい買い込んで来て(たまたま初めて紙袋に入れてくれただけなのだが)、一週間食べ続けたのであった。
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〔金浦空港にて(パリ・バケットの店が見える)〕
タグ: 鉄道
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2016年03月19日

釈迦ヶ岳を望む山旅3─小橡山

小橡山と聞いても、初め何処にある山なのか全くピンとこなかった。上北山村の道の駅の少し下流、村役場のある河合の集落の辺りの北山川に、東から合流する小橡川という支流があり、それを少し遡った地点に小橡という集落がある。小橡集落を流れる川が小橡川、小橡集落を扼して聳える峰が小橡山ということで、これらはセットになる名称なのだろう。
地形的に見ると、小橡山は大台ヶ原の尾根から辻堂山を経て南に延びる尾根の突端部分に位置する843.2mの標高をもつピークで、この尾根はその先はそのまま合流点の河合の集落に向かってストンと落ちて行く。2万5千分の1地形図には、残念ながら三角点と標高の表示のみで山名の記載はなく、道を示す破線記載もない。地形図だけで見ていると、ちょうど上北山温泉の裏山のような感じで、人里に近い藪山のイメージをもった。当然普通にはあまり登る山ではないだろう。奈良の山の案内書にも、この山を取り上げたものはなさそうだ。

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というわけで、いろんな意味でさほど期待して登った訣では必ずしもなかったというのが本当のところだった。
しかし、これが大正解であった。格別に味わい深い山旅を愉しむことができたのだった。まず起点の上北山温泉からすぐ歩き出せ、最後まで山道を歩けるのはありがたい。最初は、元は散策路だったと思われる道から始まる。多分上北山温泉が営業していた時に、その裏山として整備された道だったのだろう。それが休業以後管理が行き届かず、まもなく枯葉や枯れ枝が分厚く堆積し、路肩は崩れ、とかなりいい感じの荒れ方になっている。
そのうちに、あれ、反対側からも道が登ってきていると思ったところが、小橡山から伸びてきた尾根の基部でだった。ここからは散策道と分かれて、いきなり痩せ尾根の急斜面を直登するようになる。傾斜がきついせいかほとんどが自然林で、ときおりシャクナゲを交えた明るい雑木林が続く。歩いていてなんだかこうとても懐かしい感じのする森だ。アセビの巨木やブナやマツの間を両手を使いながらグングン高度を上げてゆく。見晴らしはあまり利かないが、ふと下界や遠くの山々の遠望に恵まれる場所があり、山名の由来でもある小橡の集落が望めたりする。
直登が終わって尾根上を行くようになると、行く手に目指す小橡山のピークが見え隠れするようになる。そして左手にはどことは名指しできないものの、雪をいただく大峰の山々が望めるようになり、程なく山頂に着く。展望はないけれど、自然林の気持ちのよいピークで、木洩れ日が優しく、心も身体も休まる。
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〔小橡山を目指す〕

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〔小橡山の山頂〕

たとえ展望がなくても、こんなに心地よい山旅があるのだと思っていたら、ピークの先で急に開けた部分に飛び出して、行く手左側に、先程とは随分印象が異なる雄大なピークの連なりが望まれるではないか! あれはいったい……、そう、大普賢岳に違いない。見慣れた特異な風貌とは少し違うけれど、紛れもない大普賢の偉容だった。手前のパッチワークのような山肌が、なにか冗談のような不思議な景色を醸し出している。
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〔大普賢岳を望む〕

左手の目を移して行くと、一旦大峰山系を隠している手前の山並みが再び下がり始める辺りから、弥山のどっしりと構えた落ち着きある姿を認めることができた。時々刻々雲が動いているようだが、その先には、鮮やかな三角錐がすっくと立ち上がっている。待望の釈迦ヶ岳である。諦めかけていた眺望に恵まれただけでもありがたいことなのに、釈迦ヶ岳まで拝めるとは、まさしく感無量、これぞまさに山の醍醐味というに尽きる。振り返れば、越えてきた小橡山が、何気ない姿を見せてくれている。
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〔弥山・八経ヶ岳方面を望む〕

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〔釈迦ヶ岳を望む〕

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〔小橡山を振り返る〕

尾根筋から西へ急斜面を一気に駈け降りたあとは、緩やかに傾斜のついた山腹の道を戻るように辿る。往路と違いあたりはスギの植林帯で、この道も元々は山作業用の道らしい。尾根筋からさほど離れてはいないだろうに、往路と同じ山とは思えない雰囲気だが、これはこれでまた悪くない。荷物運搬用のモノレールが現れると、まもなく道はジクザクに一気に下るようになる。これを登るのは相当にしんどいだろう。
最後は、モノレールのスタート地点に設けられた雨の当たらない小屋がけ部分を通り抜け、川沿いに出る。小橡山から流れ出る小さな滝をいくつか左手に見ながら行くと、まもなく上北山温泉に着く。そうそう、降り着いた地点は温泉の源泉に近かったはずだが、うっかり見落としてきてしまった。行程のラストが即温泉というのはややあっけない気もするが、まあ贅沢は言うまい。逆に言えば、ここならば路線バスを利用して来ることも可能かも知れない。夏は暑いだろうが、またふらりとやって来てみたい、小橡山はそんな気にさせる独特の雰囲気をもつ山だった。それにしてもこの時もまたアイゼンは無用の長物。今年の冬はいったいどうなっているのだろう。

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今回書いたのは、もうかれこれひと月も前の山旅の記録である。今年はほんとうに余裕がない。天気が周期変化になって久しいが、普通ならひと雨ごとに暖かさが増してゆくのに、今年は天気が崩れるたびに寒気が追いかけてきて、一向に暖かくならない。一度20℃近い気温を経験してしまった身には、真冬への逆戻りは心底こたえる。サクラのたよりも届き始めた。もうお彼岸である。庭では今年もスイセンとクリスマス・ローズが花盛りを迎えている。行きつ戻りつしてはいるけれど、季節の足取りをしっかりしているということなのだろう。
posted by あきちゃん at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする