2016年04月24日

台高の奥深き峰に登る

奈良県と三重県の県境を走る台高山脈にある山の神の頭に登った。自然林の美しい名山である。落葉樹が芽吹き始めたばかりの時期で、山全体の見通しがよいうえに、ちょうどヤマザクラやツツジの季節を迎え、彩りを添えている。眺望もそこそこあり、場所さえ選べば、大峰や大台の大展望にも恵まれる。ほのぼのとした明るさのある、なんとも幸せな山歩きであった。
とはいえ、尾根に達するまでの傾斜は半端ではない。最初の取り付きからして急傾斜で、尾根上に出てからも部分的に一気に高度を稼ぐところがある。地形も複雑で、痩尾根があるかと思えば、だたっぴろくて方向がわからなくなりそうな所もある。明るいけれども山そのもののもっている風格には、台高の山のもつ奥深さがあり、逆に奥深いけれども訪れる者を迎え入れてくれる自然な暖かさ、包容力に溢れた山との印象がある。台高の山が元々もっている特徴に、春ならではの魅力が加わった結果なのかも知れない。

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登山口は三之公という。地図にはほんの小さな集落が描かれているが、通りがかった限りでは朽ち果てた建物が見られるだけで、山作業の基地になっているのかも知れないが、住人がおられるような気配はあまりない。
それにしても三之公とは聞き慣れない名である。「さんのこ」と読むらしいが、後南朝の歴史を秘めた名で、北へ明神谷に入った先にはカクシ平と呼ぶ行宮跡があるのだという。南朝最後の後亀山天皇の末裔の三人の貴公子が隠棲した場所だというのだが、なぜか三之公の本谷は、三之公集落から南に延びる方の谷であり、行宮の方ある谷は明神谷と呼ばれている。
山の神の頭という山名は、山の神の谷を登り詰めたどんつきの峰ということであろうから、「山の神」という地名があっておかしくない訣だが、そうすると気になるのは、全くの思い付きであるけれども、山の神を音読みすると、山=サン、神=コウ、であるから、山の神=サンノコウ、になることである。音読みから訓読みが派生するのは考えにくいので、ヤマノカミという地名がまずあって、その音に当てていた漢字「山の神」を音読みして「サンノコウ」が生まれ、そこに今度は同じ音の漢字を当てて「三之公」の表記が生まれた、そんなことを当てずっぽうかも知れないが考えてみたくなる。後南朝説話のある土地柄ということが、その背景にはあるのかも知れない。

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さて、下界のサクラはもう葉桜になってしまっていたが、500mから1000mに及ぶこの近辺の山はまだサクラが盛りで、遠望すると新緑がまだ芽吹き始めたばかりの山が、ところどころほんわりと明かりを灯したようになっている。はっきりとではなく、ほんとうにやわらかい感じで色の違う部分が点在する。自己主張している感じはなく、なんだか申し訳なさそうに咲いている可憐な風情である。
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〔三之公源流の山々に点るヤマザクラ〕
実際に歩いてみると、そうしたサクラの木は意外に背が高く、近付くと花はあまりよくわからない。谷向こうの山の花景色を楽しむという感じである。花のない季節だったらほとんど気付かずに通り過ぎてしまうだろう。
逆に歩いていて山径で目に付くのは、濃い紫から淡いピンクまでさまざまな色のツツジ、小振りの白木蓮という風情で咲くタムシバ、タップリとした房をたらして咲くアセビなどであり、ことにツツジの鮮やかさは青空と芽吹き始めた新緑に映えて殊の外美しい。また、尾根上にはシャクナゲも多く、シャクナゲ林の様相を呈するところさえあって、これらが咲き揃ったらどんなにか見事だろうと思われる。ただ、残念ながら莟はあまりなく、去年の花の名残を残した株が目立った。
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〔ツツジとタムシバのハーモニー〕

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〔ツツジとヒメシャラ〕

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約1時間の急登で尾根に出たあと、時折急登も交えて自然林の美しい尾根道を、花々の応接を受けながら少しずつ登り詰めて行く。池状の地形が連なる不思議な部分を左手に見て、風がビュービューと吹き抜けるコル状の箇所を部分を過ぎ、大きな木が散在するが不思議に明るい広場状の場所で食事を取る。
充分腹ごしらえをしたあと、いよいよ台高の主脈に向けた最後の長い登りに取り付く。約40分ほど登り詰めると、最後は思っていたよりもあっけなく、山の神の頭の広い山頂に飛び出した。
山の神の頭の頂にて.JPG
〔山の神の頭の頂にて〕
冬枯れの木々の間から僅かだが眺望が得られ、大普賢岳や日出ヶ岳方面が望める。大普賢岳は山頂直下にすっぽりと遮る木々のない部分があって、展望を満喫できる。大パノラマという訣でもなく、特に顕著な特徴があるのでもない。しかし、いつまでも佇んでいたくなるそんな雰囲気の優しいところ、それが山の神の頭の頂きであった。放っておいたらみんないつまでもそこにいてしまうのではないか。文字通り山の神様の懐に飛び込んで抱かれているような、そんななつかしい場所である。
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〔弥山・大普賢岳方面を望む〕

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〔白鬚岳を望む─山頂に向かう道から〕

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帰路は往路を忠実に辿る。しかし、いつものことだが、方角が180度変わるだけで景色は全く変化する。ああ、この木さっき見たという見覚えの歩きがあるかと思えば、あれ、こんな所あったっけという景色にも遭遇する。見覚えがあっても出てくる順序記憶の中で逆転している箇所もある。往復の径であればこそ、なつかしい場所の記憶を確かめることもできるし、新しい発見もある。むしろ行ったきりの行程よりは、往復の行程の方がぼくは最近楽しみが多くもてるようになった気がする。
なお、今回のような快適でかつしみじみとした味わいのある山旅を経験してしまうとあまり想像がつかないことではあるけれど、山の神の頭から稜線沿いに一つ北にある馬の鞍峰にかけて、この付近の台高の山々にはヤマビルが多いのだという。今回の尾根筋を登り詰めるコースはまだマシかも知れないが、5月半ばくらいまでが限度とも聞いた。風呂に入るのに裸になって初めて流血の事態になっているのに気付き、10匹以上ものヤマビルに吸い付かれていたりすることもあるらしい。ヤマビルのすさまじさは泉鏡花の『高野聖』の描写が焼き付いていて、正直言って今回も内心ビクビクしていたのだが、事なきを得てホッとしている。
考えてみれば、山の神という地名も、あるいはそんなこの地の奥深さを象徴する地名なのかも知れない。
ラベル: 季節 奈良
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2016年04月17日

桜もちに魅かれて墨東を歩く

3月初め、墨東を訪れた。まずは都営浅草線の押上へ。ここで降りるのは今度が初めてである。目指したのは長命寺の桜もち屋である。一度ここの桜もちを味わってみたかったのである。浅草方面からではなく押上から歩くことにしたのは、一度降りてみたかったというだけの理由に過ぎない。
東京に住んでいた時分にはわからなかったが、関西の桜もちというと、ほとんどがいわゆる道明寺、つまりつぶつぶのあるのが普通だが、関東にはこれがなく、だからこそ道明寺などと言う特別の名前も付くわけである。あのつるっとした桜もちがなつかしく(逆に関西の人にはそれが異様らしいのだが)、そう思うと、次第に名高い長命寺の桜もちはぼくの憧れの的となっていったのである。
押上から北西へ本所高校の前を通って隅田川に向かう。隅田川の左岸、首都高向島線の真下に桜もち屋はあった。普段は店でもお茶付きで食べられるらしいが、この日は花の季節にはまだ早いものの、お客が多いことを見越してか、店内での振る舞いは中止で、持ち帰りのみであるという。ここでできたてを食べてこその桜もちなのに……と残念がる御仁もいらした。註文して待つこと暫し。○個入りの方、とお呼びがかかって、めでたく入手となった。
桜もち屋の佇まい.JPG
〔長命寺の桜もち 山本やの佇まい〕

いわゆる桜もちと違い、もち皮は淡泊な白色、サクラの葉は2、3枚タップリと巻いてある。西伊豆の松崎の産といい、ほとんど全国的シェアをもつ日本有数の産地だという。桜もちの葉は一緒に食べるのがよいと思っていたら、好き好きではあるが、ここの店では桜もちは葉を剥がして食べることを勧めているという。写真を撮っておけばよかったのだが、念願の品にありつけた興奮からか食べるのに忙しくて、すっかり失念してしまった。包み紙とお店の佇まいしか紹介できないのが残念である。
長命寺の桜餅.JPG
〔長命寺の桜もちの包み紙〕

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なぜ、かくまで長命寺の桜もちにこだわったのか。勿論、それが直接の目的だったに違いはないのだが、この地域がぼく自身の記憶と結び付く特別の場所になっていたこととも関係しているようだ。
ぼくにとって墨東の地は、元々愛着のある土地というわけでは必ずしもなかった。しかし、永井荷風が住み、堀辰雄が幼少時を過ごしたこの地は、東京を離れてから逆にやむにやまれぬ愛惜を感じる土地になった。学生時代、浅草橋で都営浅草線に乗り換え、そのまま京成に乗って東四つ木まで家庭教師に通ったことがある。押上、曳舟などの駅名に懐かしさを覚えながら、結局一度も下車することはなかった。向島がどんなところか、この眼で見る機会を逸してしまっていたのである。
こうした思いの背景には、50年前の記憶が影響しているようだ。小学校に上がった年か、その翌年かの4月末の日曜日だったか、両親と下町に出かけたことがある。浅草の葵丸新という天麩羅屋で昼食のあと、恐らく吾妻橋を墨東に渡ったのだと思う。隅田公園を散策してシロツメクサ(要はクローバーだが、シロツメクサといった方が思い出にしっくりとくる)を摘み、花輪を作った。土手のような所を歩いた記憶があるが、その頃首都高はあったのかどうか。空が随分広かったような印象がある。
七福神めぐりをしたのかどうかも記憶が定かではないが、白鬚神社や向島百花園も微かに覚えているから。言問橋の方まで歩いたのかも知れない。七福神めぐりなら正月なのかも知れないけれど、シロツメクサの花飾りの記憶とは齟齬を来してしまう。あるいは2回の記憶がごっちゃになってしまっているのだろうか。
言問橋を渡ったところにある牛島神社の撫牛も記憶にはあるのだが、実はこの時の記憶なのか、後年堀辰雄の小説を読むようになって、堀の少年の日の思い出と結び付くこの黒光りする牛のことを作品解説で見て刻まれた記憶なのか、記憶の分離ができない。
花飾りを翌日学校に持っていこうとしたような気がするが、本当に持って行ったのだったか、萎れてやめにしたのだったか、これまた記憶が混沌としている。葵丸新の天麩羅がどんなだったかも、全く覚えていない。ただ、広間のようなところに座って食べたような気がする。なぜか、葵丸新の名だけが鮮明だ。この日に出かけるよりも前から、店の名前だけは知っていたような気がする。ラジオのコマーシャルのせいだろうか。もう半世紀も前のことなのである。そう思うと無理もないことなのかも知れない。

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という訣で、桜もちをぶら提げて、向島百花園から白鬚神社、そした再び桜もち屋の前を通り、傾いた日射しにきらめく隅田川の河畔を言問橋まで下って撫牛のいる牛島神社へ。そして堀辰雄旧居の看板を見たあと、言問橋を渡って浅草へ抜ける。50年前とは恐らく逆コースを辿って帰途に就いたのだった。まだサクラの季節には三週間早く、向島百花園はちょうどウメが見頃だったが、墨東ははや春の気配が漂っていた。向島百花園とスカイツリー.JPG
〔向島百花園とスカイツリー〕

隅田川の風景.JPG
〔隅田川の風景〕

牛島神社の撫牛.JPG
〔牛島神社の撫牛〕

隅田公園堀辰雄旧居の案内板.JPG
〔隅田公園堀辰雄旧居の案内板〕

言問橋からのスカイツリー.JPG
〔言問橋からのスカイツリーを振り返る〕

今回の行程は、桜もちをだしにしながら、50年前の思い出に耽る旅だったと言えなくもないけれど、なぜ桜もちなのか、充分には説明が付かない。考えてみれば、両親と墨東を訪れたとき、桜もち屋に行かなかったはずはないと思うのである。父は東京育ちだったが、下町とはあまり縁がない。父にとっても下町は探検ワールドだったはずである。まして、10年近い東京生活を経験していたとはいえ、山形育ちの母にとってはなおさらだっただろう。
もしかしたら、そんな微かな記憶の片鱗が、今回のぼくの行程を導いてくれたのかも知れない。そして、当時当たり前のようにして出かけた記憶も、けっして日常茶飯事ではなかったらしいことが見えてきて愕然とする。
ラベル:東京 記憶 季節
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2016年04月11日

サクラと犬の大仕事

今日は犬たちの年に一度の大仕事の日。体重測定、狂犬病の予防接種、フィラリアの検査のための採血、そして爪切りというコースで、半年分のフィラリア予防の薬をもらって帰る。
去年は連休中の5月3日に行っているから今年は随分早い。毎年動物病院から案内が届いても、ぐずぐずしているうちに連休にかかってしまうことが多い。いつ頃届くか気にしたこともなかったけれど、万事進みの早い今年の春のこと、まだ届かないねえと言っていたら、月が替わってすぐハガキを受け取った。
半日かかる大仕事であるうえ、行けなかったでは済まされない。予定の合う時に行っておこうということで、今年は4月早々の決行と相成った。決行とはまた大袈裟な物言いではあるけれど、まさにその通りであることを昨年詳しく書いた通りである。
今年はPP、AC、AGの順に3往復した。今年はまだ時期が早いせいか、それほどの混みではなかったけれど、それでもお昼までかかった。新緑の季節だった去年と違い、今年はサクラがまだ咲き残る時期。普段気付かないところに実は結構たくさんのサクラがある。道々花見をしながらの3往復はなかなかであった。
動物病院の入口にもサクラの木があって、順番を待つ間花見を兼ねて犬たちを散歩させていた。かなり高さのある老木だが、手の届くところにひょんと出た細い枝にも、律儀に立派な花が咲いている。
犬たちにはありがた迷惑かも知れないけれど、花見の頃に大仕事をすませてしまうのは正解であった。大仕事を終えて身も心も軽くなり、AGには少し待っていてもらうことになったが、去年飲んで気に入ったサクラブレンドというコーヒーを、ちょっと寄り道をして今年も仕入れて家路に就いたのだった。
それにしても最近サクラに関する記事ばかりが続く。今年はどうしてこんなにサクラが気になるのだろう……
動物病院入口のサクラ.JPG
〔動物病院入り口のサクラ〕

オランダやのサクラブレンド.JPG
〔オランダ屋のサクラブレンド〕
ラベル: 日常 季節
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2016年04月10日

バス停に散り敷くサクラ

長かった今年のサクラの季節もそろそろ終わりを迎えている。若い頃はサクラに関しては意識的にそっぽを向いていたのだが、年齢を重ねるにつれ素直に美しいと思えるようになった。震災を経てそれは確信に変わった。
満開のサクラは勿論のこと、咲き初めから葉桜になるまで、サクラは日々それぞれにみな美しい。中でも最近特にいいと思うようになったのは、散り始めたサクラが根方に散り敷く風情である。紹介したことのあるバス停のサクラは、ちょうど道路脇に雪を掃き寄せた感じで、しかもふんわりと文字通り薄衣をかけたように見える。昨日も通勤途上のバスの中から、溜息が出んばかりに見惚れてしまった。歩道上と道路脇に沿って縦に長く「サクラ化粧」しているのを、前を向いて座った座席からその方向に見る訣で、サクラの絨毯の奥行き感を実感できるのである。
風が吹けば飛んで行ってしまうし、雨に当たれば台無しになってしまうから、この光景は毎年数日ともつことはない。一昨日の花散らしの雨は夜中には上がり、朝乾きかけたところに花びらが散り敷いたのだろうか、昨日の朝見たサクラの絨毯は、ほとんど湿り気なく乾いた感じに見えた。ああ、この光景は是非記憶に留めたい、心底そう思ったものの、座席からカメラを構える勇気はない。もっとも、勇気があったとしても、バスの窓など障害物も多すぎて、目に焼き付いたようなアングルで写真を残すのはほぼ無理だろう。昨日はだから、そのまま駅までバスに乗っていったのだった。しかし、あの光景をなんとか残せないか。昨晩寝る前にも気になり、散り具合からいって、写真を撮るならもう明日しかない、と思って寝たのだった。
今朝、予定の時刻より10分早く家を出て、バス停に向かった。写真を残すなら今しかないという思いからである。実は普段乗るバス停からこのバス停までの所要時間は、バスでも徒歩でも5分ほどで、ほとんど変わらないのである。バスがかなり迂回していくからで、こんな事も可能という訣である。
バス停には既に数名の方が待っておられ、ちょうどバスが差し掛かりつつあった。人を入れて撮るのは避けたいし、勿論今バスに乗る訣にはいかない。そこで、一旦バス停を通り越してサクラを眺め、バスをやり過ごすことにした。端から見たら随分怪しかったに違いないけれど、そこは割り切ることとする。
結構交通量がある場所だが、両方向とも途切れる時間がそこそこあって、それなりに写真に収めることができた。幸いなことに、この間他のお客さんは一人も現れず、次のバスが来るまで余裕もあって、光景を脳裏に焼き付けることができたのだった。
まもなくバスが現れた。いつも座る場所には座れなかったけれど、それはいつもの停留所でいつもの時間に乗るバスだった。
バス停に散り敷くサクラ1.JPG
バス停に散り敷くサクラ2.JPG
バス停に散り敷くサクラ3.JPG
〔バス停に散り敷くサクラ。一番上の写真がちょうどバスの中から見るアングルに近い。歩道上はびっちりではないけれど、逆に一部舗装の色が見えて、サクラとの対比が美しい。〕
ラベル:奈良 季節
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2016年04月06日

バスでオジサンが演じた失態の話

帰宅時、駅でバスカードでバスに乗ろうとしたら、料金不足だという。そろそろかなと思っていたのだから、チャージするなり、残高を確認するなりしておけばよかったものを、大丈夫だろうと高を括っていて、いつも痛い目に遭う。でも、あまり痛い目だと思っていないのも確かで、その時はその時という開き直りの気持ちが心のどこかにあるのも確かだ。年のせいというべきか、年々図々しくなってきている、要はオジサン化しているという訣である。書くのも恥ずかしいが(といいながら書いている訣だからそんなに恥ずかしがっているとも思えない。これもオジサン化の現れの一つ)、今日は我ながら呆れてしまった。

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仕方なく小銭を用意すべく、あとから乗る人に通路をあけた上で、バスカードを財布にしまい小銭を取り出そうとする。カバンがそこそこ重くてがさばるものだから、避けているつもりでも、あとから乗る人が通り抜けにくそうにしておられる。それで、さらに通路の横に寄ろうとすると、ノンステップバスで座席がかなり高くなっていて、運転手さんの後ろの座席に座っている人が見上げる高さにいるのだけれど、その人にぶつかってますます慌ててしまう(最初に避けた段階で、この座席の方─女性であるからなおさら─との距離をどこまで保てばよいかはそれなりに気になった)。
不足額は120円。ようやく財布を見つけて小銭入れを開けると、今度は小銭がなかなか出て来ない。こうなるのはわかっているのに、レシートが詰まっていて小銭が見えてこないのである。やっと10円玉はありそうだということがわかるが、最近1枚だけギザ10が入っていたのが気になって、こういうときは慌てると使ってしまうから注意せねばと、この際には全くもって余計な心配を思い出したりして、かえって時間がかかってしまう(だったら、さっさと小銭入れから抜いておけばいいのにと思うのだが、そこまではしないのである)。なんとか普通の10円玉が2枚見つかったものの、今度は100円玉がどうしても出て来ない。そう、さっき100円玉をまとめて使ってしまっていたのを思い出した。
1000円札は見えていたので、さっさとそれを両替すればよかったものを、お札の両替は一度でうまくいった例がなく、向きを変えたりひっくり返したりと、かえってややこしくなるので(そんな無様なことはできればしたくない)、できれば小銭をと粘るのだが、こういうときは目的の物が逃げていくのではないかといぶかられるくらい見つからないものである。焦ると本当にダメである。
そのうちやっと500円玉が1枚見つかり、結局両替をする羽目になる。この両替がまた手が込んでいて、100円玉5枚ではなく、100円4枚・50円玉1枚・10円玉5枚(多分)という組み合わせで出てくるので、じゃらじゃらとややこしい。取り敢えず両替用の小銭受けから100円玉を1枚選び取って、小銭入れの10円2枚と併せて料金箱に放り込んだ。よくよく考えてみると、一連の工程でうまくいったのはこれだけである。焦っていた中でとにもかくにも料金を払えてやれやれということで安心したのだが、これが逆によくなかった……
もうその頃には後ろに並んでいた他のお客さんはみんな乗り終わっていて、あとはこのどんくさいオジサンが座るのを待つばかりの状態になっていたのだが、両替受けに残っている小銭をガバッと受け取って財布に入れる段になって、レシートが無造作に詰め込んであったせいか、中に入れたはずの何枚かが、まことに派手な音を立てて(幸いぼく自身には、あとで書くような事情で聞こえなかったのが幸いであったのだが)床に転がっていってしまったのである。
全部で9枚あったはずで(その時は何枚あるかなど考えている余裕はなかった)、しゃがんで見える限りをかき集めて(あまり明るくない車内では、これが老眼の身には結構辛かった)、さて座席にと腰を上げたとき、近くに座っておられる方からトントンと肩を叩かれる。足下を指さしてくださっていて、そこにまだ1枚残っていたのである。平然をよそおってお礼を言い、多分10円玉だったと思うがそれを拾い、今度こそ確実に財布に入れ、座席に向かう。
いやはや、全部併せても多分1分に満たない間の出来事なのだが、全くもってなんともはや、である。考えてみれば、慌てる伏線が実はもうひとつあったのである。それというのは、バスが来る直前まで本を読んでいた。しかも、本を手に持つ一方で、スマホも出していた。それでバスが来たのがわかったとき、急遽右手をあけるために本とスマホを左手に持ち代えて、カバンの脇のポケットを開けて財布を取り出そうとしたのだった。しかも、耳にはスマホからイヤホンがはまっている(今日聴いていたのは、BWV42)…… 全くお話にならないような光景である。
全部終わって座席に着いて、何事もなかったようにスマホをしまい本を読み出す。その図々しさに我ながら呆れ返るばかり。顔を真っ赤にしてとかいうならまだ可愛げもあるというものを、このオジサンはなぜか顔色一つ代えずに平然としていたのだから、いったい乗り合わせた方々にどんな目で見られていたものやら。そんな危惧とともに、でも何も悪いことをしたわけではないのだからという開き直りに似た気持ちも一方にあって、そんな両極端の気持ちが平気で混在、両立している自分にますます嫌気がさすのである。

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バスカードの残高不足という光景はよく見かけるものである(但し、小銭をこうも派手にばらまく人はそうはいない)。乗る前に残高を確認してチャージしておけばよいのにと思うのだが、結局自分で同じ事をやってしまった。ご迷惑をおかけしてほんとうに申し訣なく思う。直前のバスとの間隔が比較的狭く、さほど多くのお客さんがいなかったのが、せめてもの幸いであった。
今回のような場合、そこで即チャージというのもありだろう。どちらがいいのかよくわからないが、今回のぼくのような失態を演じるくらいなら、むしろチャージしてもらう方がむしろスマートだったかなとも思えてくる。でも車内のチャージは、見ていると運転手さんにかなりの面倒をかけてしまうことになるようで、申し訣ないように思う。車内でのチャージは初めからそうするつもりでお願いするのも含めて、ちょっと気が引ける。やはり事前に自分で充分な残高を確保しておくのが、当たり前のことだが、最善ということになるだろう。
ラベル:日常
posted by あきちゃん at 03:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする