2016年09月29日

ロンドンヘロンドンから─時差体験記(復路)

今回のロンドン行きは、中三日の滞在でもう帰国の日を迎えた。
3:30起床。昨日は昼間の報告の準備で明け方まで起きていたから、今朝の起床時刻は前日の就寝時間と同じ。時差の超越したような不規則な生活。今朝は寝坊もできないし、飛行機の中でぐっすり寝るためにも早起きはまさに三文以上の得。
雨予報だったが、昨晩少しぱらついたものの今朝は曇り。まだ暗い。タクシーでパディントン駅へ。お客さんはまだほとんどいない。チップ含め10£。近代的な駅に近代的な列車。駅を探検している余裕はなかったけれど、あのパディントン駅に来られただけでも満足。
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〔早朝のパディントン駅とヒースロー・エクスプレス〕

5:40発。車内アナウンスはあるが至って静かにドアが閉まりスルスルッと発車する。途中、少しずつ明るくなり始める。車内はWi-fiがあり、ラインも入る。ホテルはWi-fiはあったがラインはダメだった。久しぶりにラインする。日本は午後、娘は掃除中とのこと。急に日本が近くなる。
ヒースローまで所要15分。22£。5:55、2•3ターミナル着。往路の地下鉄に比べたら、本当にあっという間。第5ターミナル行きのため、乗り換え10分弱待ち。第4ターミナル6:15着。同じパディントンから来る途中多くの駅に止まってきた列車らしい。

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カウンターはFとのことで、ずっと待っていたが開か気配がない。横に小さく註記の電光掲示が出ており、それで確認したらHとのこと。大慌てて並ぶが既に長蛇の列。ことに引越しかと見紛う黒人の家族が多数占領していて遅々として列が進まない。順番が来たのは7:39。いったい何分待たされたことやら……。番が来たらあとは早く、荷物検査迄含めて6分! 座席指定は搭乗口でという不思議なシステム。
7:50には搭乗口に着き、そこの担当のお姉さんに座席の指定を頼むが、座って待てという。しかたなく、8:10の搭乗開始までの間におみやげを買いに行く。
搭乗口に戻ると、もう搭乗は始まっているのに、かのお姉さんはまだ何もやってくれていない。催促すると、おもむろに重い腰を上げて漸く仕事を始める。私だって忙しいのよ、といった風情。
空港内もWi-fiがある。記名とメールアドレスの入力が必要。特別な出国手続きはなく、荷物検査だけ。日本ほど厳しいとは感じない。但し、ベルトは必ず外せと言われる。あるいはアムステルダムでEUの外に出る時に出国手続きとなるのだろうか。
8:40発KL1002 。22A。 雲がとれ、ほぼ快晴。飛行機雲が鮮やか。
9:42漸く動き出す。お客さんが揃わなかったとかで、1時間近く待ったことになる。

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10:04ヒースロー離陸。田園地帯を抜け、じきに海岸。サンドウィッチとサンドクッキー。あとからコーヒー。陸が見え始めて10:36にはもう着陸態勢というアナウンス。
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〔ヒースローを飛び立つ〕

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〔イギリスを離れる〕


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〔アムステルダムに向けて下降する〕

アムステルダムに、アムステルダム時間で12時前に着く。ここで時差1時間を消化。
トランジットE20へ。往路と同様そのまま搭乗口に行ける。要するにEUに入る方は入国審査があるが、出る方は勝手に出て行けというスタンス。当然パスポートにも何も記録が残らないことになる。これはこれまでのアジアしか知らないものにとってはかなりショッキングな感覚である。今後イギリスがEUを抜けたら、このへんの手続きはどうなるのだろうか。
時間が結構あるので、あちこち歩き回るも、何も買わず、13:45に搭乗口に戻る。14時前に搭乗。41A窓側に座る。いつもの飛行機の感覚で窓側ラッキーと思ったが、これはとんでもない間違いだった。BCは初老の夫婦。荷物の積み込みに手間取り、動き出しは15:09。10時間45 分の予定とのこと。
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〔アムステルダムから関空に向けて〕

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15:21アムステルダム離陸。
16時頃まずは紙のおしぼり、往路と同じアップルジュースとナッツ。
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〔オランダの北海沿岸を飛ぶ〕

16:45ごはん。洋食はチキンのマスタード。サラダ、デザート、パン、お菓子。ちなみに和食はカツ丼。
17:00ヘルシンキ上空。その後、いつの間にか眠りに落ちる。
21:20目を覚ます。まもなくアイスクリームが出る。iphoneでゴルドベルク変奏曲をリピートで聴くことにする。
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〔復路機内の夕食〕

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〔サンクトペテロブルクを望む〕

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そのまままた眠ったらしく、次の目覚めは、23:12、日本時間で6:12、関空までもうあと3時間ほど。距離で2500キロと出る。
帰路はかなり南回りで、バイカル湖の南からモンゴルを横切り、北京の北、遼東半島、平壌というコースを飛んでいる。かなり明るくなってきているが夜明けはまだ。下界は厚い雲に覆われている。
6:40、そうこうしてるうちに太陽が上がってきつつある。到着は9:05とのこと。カンタータ巡礼のvol.41を聴く。BWV138も99もあまり聴いた記憶のない曲。頭痛がひどくなる(実際には両方とも昨年それなりに耳になじんだ曲だったはず。久し振りにiphoneに耳を傾けたからだろうか)。
音といい、窮屈さといい、時間といい、夜行バスとぽとんど同じだが、バスの方が充分なリクライニングがある分まだマシか。
6:49完全な夜明け。窓を閉める。隣の方が初めて席を立つ。その後、トイレを勧めてくださる。ありがたいことだ。お言葉に甘えて一番後ろのトイレに行く。そんなに差し迫ってはいなかったが、助かる。戻る時、お隣の方がいらしたので自分の席がわかったが、そうでないとこの明るさでは席を見つけるのは容易ではないだろう。
普段だと景色が見られる窓側がよいけれども、長丁場の国際線、しかも復路のような夜行に近い便の場合は、むしろ気楽に席を立てる通路側がよかったことに気付く。もっとも通路側に座ったところで。今度は窓側の人に気を使わねばならないから、結局どちらでも同じかとも考えたが、それでもやはり自分の生理的要求にすぐ対応できるない方がはるかに辛いだろうと考えを改める。
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〔夜明け〕

6:59少し揺れ出す。台風12号はどうなっているだろう。それにしてもこの頭痛! あと1800㎞。iphoneの電池はまだ58%ある。
北京の北で急角度で南に旋回し、北京、天津、仁川というコースになっている。黄海に出た。北朝鮮を避けた?

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7:12、機内の明かりが灯く。到着予定時刻が9:04と、少し早まっている。
7:20おしぼりが配られる。往路と同様はだかのおしぼりをピンセットに挟んで配るのがなんとも微笑ましい。今回はかなり水気があり助かる。カンタータ巡礼のvol.40のBWV25に。頭痛ひどく生あくびばかり出る。
7:30揺れ始める。なかなか食事が来ない。到着予定9:02。さらに早まる。またさらに南のコースに曲がる。韓国をさらに南で横切りそう。外は上空まで完全に雲になっている。7:5待望の朝ごはん! あと1時間と15分。結構ギリギリのタイミングだ。食事を終える。最後のヨーグルトがフルーティで特に美味。ハッシュドポテト、スクランブル、ミートソース、パイナップル、スイカ、リンゴ、パン1個、飲み物はオレンジジュース。あまりコーヒーという気分ではない。これはぼくとしてはかなり異常。食事前に頭痛薬2錠。痛みは少し和らいだが、気持ち悪さがある。
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〔帰路の航路〕

日本海に出ている。韓国から帰る時のいつも辿る、隠岐を左に見て出雲上空から入るコースのようだ。もうあと40分を切った。ケンプのMozartのPisno Concert8 9。不快感著しい。関空は曇り時々雨というが、直に淡路島がよく見える。不快感は幸い少し収まってきた。
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〔淡路島を望む〕

8:58着陸。9:07駐機場着。入国手続きは早かったが、荷物がなかなか出て来ず、出られたのは9:45。10:40のリムジンの時刻まで、例のごとくスタバで時間を潰す。帰国の連絡を諸方へ。
12:00頃近鉄奈良着。家内が迎えに来てくれる。

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というわけで、アムステルダムから関空まで10時間37分ほどの飛行のうち、都合6時間近く眠っていたことになり、家に戻ったあとの午後半日に、さほどの支障が残ることもなく過ごすことができた。飛んだ時間帯が、離陸後まもなく夜になり着陸の少し前に夜が明けるという、睡眠には理想的な時間帯だったことも幸いだった。
先程も書いたように、ちょうど夜行バスのようなもので、関西からだと京都から仙台までが11時間弱くらいで時間も似たりよったりである。ぼく自身夜行バスを苦にせず結構愛用している方なので、ほとんど違和感もなく過ごすことができた。
夜行バスだと眠れたとしても(眠れないことはまずないが)降りてからの眠さは結構切実なもので(ことに朝着いて暫くしてからの午前中の時間帯、9時、10時頃)、むしろ夜行バスよりも帰路の飛行機の方があとの眠さは少なかった。起床時間こそ夜行バスと同じで結構はやかったが、そのあと9時近くまでゆっくりできたせいもあるだろう。
ただ、違っていたとすれば、起きた直後の猛烈な頭痛だろう。結局頭痛薬の服用でことなきを得たものの、あの頭痛はただものではない。夜行と同じとはいえ、そこに7時間分の時間が凝縮されていることが関係しているのかも知れない。つまり、あの頭痛と不快感こそが、時差の体験そのものだったかも知れない。
半日ゆっくり(でもなかったけれど)休み、翌日はもう朝からずっと会議づくしの一日だったが、さほどの違和感なく過ごすことができ、特段の時差の影響を感じることもなかったから、もし時差の体験と呼べるものがあったとしたら、やはりあの頭痛と不快感がそうだったといわざるを得ない。往路の退屈さに比べたら、ずいぶんとマシだったといってよいだろう。

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今回往路は寝ていく事を考えて、睡眠不足気味で搭乗したが、昼間の便で夕方着だと、あまり寝ていくと着いた直後の晩に眠れなくなる可能性がある。むしろタップリ睡眠を取った上で搭乗し、機上の昼間の時間を有効に活用することを考えた方がよかったかも知れない。一方復路は、睡眠不足状態で乗り、夜間飛行の便を夜行便として寝て過ごせたのは正解だった。もしも充分睡眠を取って乗っていたなら、きっと暗い機中で眠れないほど退屈なことはなかったに違いない。そうであるなら、降り立ったあとも睡眠不足が影響して、さらにあとあとまで時差の影響が尾を引くことになっていただろう。
そんなわけで、今回のロンドン行き、初めての長時間の時差体験だったにもかかわらず、さほどの困難もなく過ごすことできて幸いだった。何かの参考にしていただければと思い、きわめて個人的なお恥ずかしい記録ではあるけれども、書き止めておくことにした。ぼく自身も次回(がもしあるとしたら)にこの経験を生かすことができればと思う。
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〔テムズ川〕
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2016年09月27日

ロンドンへロンドンから─時差体験記(往路)

お恥ずかしい話ではあるけれども、この年になるまで東アジア世界から出ることなく過ごしてきてしまった。それが先月末から今月にかけて、短期間ではあるがロンドンに出かけることになり、生まれて初めて時差というものをまともに経験する機会を得た。
関空発が10:25。奈良を7時のリムジンに乗るためには、朝は結構な早起きを余儀なくされる。KLM868、アムステルダム行きエール・フランスとのコードシェア便で、アムステルダムで乗り継ぎとなる。アムステルダムまでの時差は7時間、ロンドンはさらに1時間、計8時間の時差となる(サマータイム中で、通常よりも時差が1時間短くなっている)。ロンドンはまだ未明である。
東アジア世界にいる限り、時差はあっても1時間である。これはほとんどないに等しく、これで何か支障が起きたためしはない。せいぜい時計を直すのを忘れて慌てたくらいである。そうであるから、7時間の時差といわれても、それがいったいどういうものなのか、どのように対処すべきなのか、皆目見当が付かなかった。どうせ早起きせねばならないのだから、機内では無理なく寝ていけるだろうくらいにしか考えが及ばなかった。
搭乗してまず思ったのは、実にいろんな人が乗っているなあということ。国際色豊かで、アジア人ばかりを見慣れている目にはとても新鮮だった。

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10:45離陸。上越あたりで日本海に抜けたあと、気流が悪く15分ほどひどく揺れる。ここまでの揺れはあまり記憶にないくらいの揺れだ。関東をかすめて東北に向かっている台風の影響だろうか。ただ、飛行機の揺れは、どんなに揺れても、なんといったらよいのだろうか、強いていうなら安心感がある。元々地に足が着いていないからだろうか、地震の揺れの怖さは感じない。
12:00まもなく日本海を渡り終える。冷たい飲み物とおつまみが出る。アップルジュースをもらう。
12:15ロシア上空にさしかかる。ハバロフスクの南を抜けるようだ。中国の出っ張ったところも横切るらしい。その後はずっとロシア。航路表示を見ると、モスクワの北を抜けるルートが出ている。
そろそろ退屈になり、機内で聴けるCDを探し、バッハのモテットを見つけ、続いて、アーノンクールのミサ・ソレムニスも聴く。まだあと9時間21分かかるとのこと。まだ1時間半しか経っていない……。アーノンクールはクレンペラーに聴き慣れた耳が受け付けなかった。
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〔前途の航路の全容〕

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12:26食事のアナウンスがある。チキンのブラウンソース温野菜添えか、鯖のソテーとカレーピラフとのこと。数に限りがあり、希望の添えない場合は諒解願いたい旨放送がある。日本からの便の故か、日本語の放送も入るので助かる。放送はオランダ語、英語、日本語。日本人パーサー2人が乗務。オランダ人も半数は男性で、しかもかなりイカツイ人が多い印象。機内はかなり涼しく、ずっと毛布の厄介になる。
13:15食事了。サラダ、チェダーチーズが付き、デザートはあんみつ。みんな美味しい。鯖が先になくなったらしく、隣の人はチキンでいいですかと聞かれていた。チーズはドレッシングやバターと一緒に箱に入っている。もし食べなくても捨てないで、隣の人が二つ食べるかも知れないから、と英語で書いてある。なるほどね。
まだ2時間半だ。シベリウスの5番・7番を見つける。最後まで聞くかどうか。まだあと7300㎞! 中国との国境に沿って進む。これってかなりすごいことだと思う。
13:30ようやく暖かいコーヒーにありつける! アムステルダムはそろそろ夜明けのはず。あまりこれから寝るわけにはいかないな。あと8時間8分。
14:50文庫本を読んで(永井龍男『へっぽこ先生 その他』〈講談社学芸文庫〉)を読んで少し眠くなったところで飲み物が来る。オレンジジュースをもらう。耳にはまだシベリウス。シンフォニーの余白のエンサガまで終わっていたはずだが。これは5番だ。リピートになっている!
アムステルダムはまもなく朝の8時。あと7時間弱か。まだ4時間にしかならない。これまでの最長飛行は関空─北京だから、時間的にもこれから先はまさに未知の領域。地図ではモンゴルの北のロシア上空、バイカル湖の北あたり。まだ半分にもならないように見えるが? ヤンソンスのマーラーの第8というのがあったがダメ、飽きる。バッハのモテットに戻る。

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16:05アイスクリームのウエハスサンドと水。少し寝た。歯が立たないくらい硬く凍っているがおいしい。地図では大きな川を渡るあたり。あと5時間40分。投影方法を変えると確かに半分だ。ずっとモテットを聴き続ける。庭の桜の花が咲き初めると、毎朝ありがとう、ありがとうと礼を言って回る(「花十日」)という永井龍男さんに感動。
17:00永井龍男さんの恩師ともいえる、菊池寛死去のくだりを読み終える(「三月七日」)。
17:49佐々木茂策氏の話を読む(「佐々木茂策氏のこと」)。この巻で最長の部類に属する愛情溢るる佳編である。モテットからiPhoneの平均律に乗り換え。大きな山脈を越え、バランツ海に近いところを飛ぶ。
18:23久保田万太郎の話(「止まっている時計」)は長そうなので一休み。日本はもう夕方。地図にフィンランドが近づいてきた。斜め図に出てきている。でもあとまだ2800㎞!
18:30お手洗いに立つ。臨席の方には申し訳ないが、あとまだ3時間20分もあり、まだ北京に行けるくらいの時間がある。
18:43モスクワの北あたり。平面図にレニングラードが見えてきた。アムステルダムはあと15分で12時。時刻に合わせてお昼が出るのだろうか。

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〔もうすぐフィンランド〕
19:23食事の準備が始まっている。まもなくフィンランドに入る。いよいよ初めてのヨーロッパ。あと2000㎞を切った。久保田万太郎の話は奥が深い。何よりも永井龍男という人を知る上で。人間としての奥の深さと言おうか、酸いも甘いも噛み分けたと言おうか、そのやや斜に構えた文士気質の本質が滲み出てきているのを感じる。
19:45いよいよ昼食。チキンピラフ(紅生薑付き)。サラダ、フルーツ。飲み物はまたアップルジュース。ヘルシンキ上空を通過。
20:03食事了、ヘルシンキを過ぎ、ストッホルムも近い。平均律2巻にはいる。
20:18引き続きコーヒー。おいしいが、いかにせん食べてばかりでおなかがパンパン!アムステルダムは13:18。以下、アムステルダム時間に切り替える。コーヒーを飲み始めたらかなり揺れ始めた。
13:33揺れ収まる。あと1時間10分のアナウンス。あとコペンハーゲンで半分、そしてアムステルダム。

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14:50アムステルダム着陸。荷物検査、身体検査あり。手を上げて3秒止まる。ボディチェックも。D7にトランジット。45分ほど待つ。エアポートWi-Fiが入る。但し4時間だけ。日本からのラインが入る。娘から羨ましいとの反応。
16:44KL1029に搭乗。左右3席ずつの最近よく乗る大きさの飛行機。
18:05ヒースロー空港に着陸。ロンドン時間で17:05。上空から見ても整然としたきれいな印象強い。ぼくは内側の席なので見えなかったが、ロンドンの町がたいへんよく見渡せたという。
Undergroundといいつつ、初めはずっと地上を走る地下鉄で市内に向かう。広い芝地や森が広がり瀟洒な街並みがこれに混じる。Piccadilly Line(ピカデリー線) という路線。ひどくコンパクトな車体。屋根も低い。地下に入るとかなり暑い。混雑はなし。目的駅Russell Square(ラッセル・スクエア)に着く。20世紀の初めに開通した路線ということで、駅自体も文化財のような建物。
ホテルに18:20に着く。18:40自室へ。今晩は食事はもういいだろう。明日の朝食は7時から。ミネラルウォーターを買いに行くが見当たらず、仕方なくスパークリングウォーター1.30£のを2本求める。これを沸かして紅茶を飲もうというのだから、いったいなんのこっちゃ。

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朝日本を発って、夕方に着けるというのは効率的というか、時間に無駄がない。退屈には参ったけれど(だからこそiPhoneのメモ帳でこんな記録も残せたというものである)、ロンドンに着いて23時に寝たとして、日本時間の朝7時まで徹夜したことになるのだから、眠れない訣がない。
というような次第で、元々昼夜逆転というかかなりいい加減な睡眠を取っていることが幸いしてか、往路についていうなら、取り立てて時差を実感せずに到着できたという訣であった。
まあしかし、時差が利いてくるのはこれからかも、という覚悟はあった。(復路につづく)
タグ: 読書
posted by あきちゃん at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

居眠りしながら見た夢─夢の記憶37

こんな夢を見た。
27歳まで過ごした都心の古い家の2階で、電気工事があった。若い職人が2人来て作業をしている。その前にも何かの場面があったはずで、そこにはなぜ工事になったかの脈絡もあったはずである。しかし、思い出せない。
暫くしてほぼ工事が終わったようなので、様子をのぞきに行く。うまくつながって回線は復旧したようだが、元々隣家のどちらの家と回線がつながっていたかわかりますか、と作業員に聞かれる。確かに2軒(現実にはそんな事実はない。隣家はこのあとで出てくる店だけだった)あるうちのどちらかと回線は共通だったように思う。停電の時に一緒に暗くなったような記憶がある。でも、さあどちらとだったか、と考えていると、それはどちらでもいいらしく、聞いた方はさっさと片付けを始めている。まあまた切れたらわかるし、どちらでも別に支障はないと納得している。
ご苦労さまと、把手のついたガラスのコップ(なぜか一つ。把手のガラスの透き通る美しさが脳裏に焼き付いている)に浄水を汲んで持っていく。こんなものですみません。飲むところは見なかったが、美味しそうに飲んでいたと思った記憶がある。お代わりを持っていく。せめてコーラとかの方がよかったか。さっきまでいたはずの母に相談しようと思ったが、見当たらない。
階下に降りていくと、母は庭で池の掃除をしていた。妙に深い、井戸のような池である。事情を話し、家の前のパン屋に財布だけ持って飲み物を調達に行く。わが家は通りから20m程引っ込んでいて、表の通りに出るまで細く長い通路を通る。雑多な植物が植わっているのだが、そこらじゅうが掘り返されているのに気付く。庭だけでなく、母はこっちもきれいにしようとしていたんだと、暫く姿が見えなかったことのわけがわかる。
パン屋の冷凍ケースにはいろいろの種類のアイスがある(いつのまにか飲み物ではなくアイスを探すことになっている)が、箱入りが多い(ケースの回りにもたくさんの紙箱が積んであり、とても営業しているパン屋には見えない)。でもなぜか箱入りのは一箱の個数が多過ぎてダメ。バラのは5種類あり(夢の中では一つずつ種類を確認していたが、もう忘れた)、一つずつ選ぶ。でもこれだと彼らには甘過ぎて気に入ってもらえないかな、などと心配している。レモンケーキアイスというのがあって、これならいいか、とこれを余分に買う。でも彼らが2人ともこれを選んだらぼくの分がなくなるなんていう姑息な心配もしている。買ったアイスを持って帰る。
この先のことは思い出せない。この夢の中のぼくは、中学生くらいだったような気がする。

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この場面の前に見ていた場面を思い出してきた。
お風呂に入りに行くようである。温泉らしい。汗を流してから帰途に就くらしい。道すがらJさん(同僚の女性)を見かける。さっきお風呂に行った時も道連れになったな、毎度ではすまないと思い少し時間を稼いで行きタイミングをずらす。脱衣場に入ると、Jさんはもうおらずホッとする(混浴ではないのだから、そこに女性がいる訣はないのに、なぜそんなことを気にしていたのだろう)。
洗い場に入る。ここは混んでいて、さっきは空いていたのに。右側の通路壁側の真ん中が空いている。なぜかシャワーが出っ放し。誰かが使ってるのかといぶかしがりながらも構わず座る。手前隣にOさん(元上司)がいるのが声でわかる。これはまずい。さっと洗って外へ行く。いつの間にか湯船にいて、手ぬぐいをひいて浸かっしまっていた。これはまずいと隠し持って外へ出る。今度は手ぬぐいを頭に乗せて、少し離れた露天風呂に浸かりに行った。その先の記憶はまた、もやもやと曖昧に消えてゆく。
これと家の電気工事はいったいどうつながっていたんだろう。つながらなかったからの工事だったのだろうか?この場面のぼくは、中学生ではあり得ない。意識はないけれど、登場人物から考えると、今の年齢だったはずである。

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以上は先週土曜日の晩、床に就く前に見た夢である。というのは、机に向かっていて睡魔に襲われ、椅子に座ったまま夜中まで居眠りをしてしまった、その間の夢だからである。しまったと思って、我に返り、着替えて横になった。しかし、今見ていた夢があまりにも鮮明なので、このまま記憶から去らせてしまうのが勿体なくて、一端は横になったものの、聴きながら寝ようと思っていた音楽の入っているIphoneのメモ帳に横になったまま寝ぼけ眼で書き止めた、その文章を(変換ミスや誤植だらけだったので)日曜の朝、再度整えたものである。放っておけば、二度と日の目を見ることのなかったはずの夢である。
タグ: 日常
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2016年09月10日

風立ちて夏の異常を思う

一昨日だったか、家路に就こうとバスを降りて、おや、と思うほどの心地よい風が吹いてきて、ああもう9月も半ばにかかろうとしているんだと、季節の営みを実感した。今年は暑さを厭うている余裕もないままに夏を過ごしてきてしまった感があり、気付いたらいつのまにか秋風が立つ季節を迎えていた。

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今年の夏は確かに暑かったが、自分自身としては暑さでバテたという印象はない。それよりも、天気図を見ていて今まで見たことのないような様子に遭遇して唖然とすることが多かった。中でも30°Nを越える伊豆諸島の近海で発生して南西に進み、沖縄の南東海上でもたもたしてから北東進し、今度は北西に向きを変えて岩手に上陸して日本海に抜けるという前代未聞のコースを辿った台風10号は、異例ずくめだった。当初の予想では、関東に上陸し本州を横切って日本海に抜ける予報で、日本海のど真ん中に台風が陣取っている予想図を見たときには、ほとんど目を疑ってしまった。正直言って、鳥肌が立った。日本海に降りてきた寒冷渦に引きずり込まれたのだというのだけれども、こんなことはこれまでの、少なくともぼくの常識ではほとんど考えがたいことだった。
その後も10号ほど異常なコースではないにせよ、次々と台風が北上しており、大型台風の発生・上陸が多いこれから10月初めにかけての動向は目が離せない。来週にかけても熱帯性の擾乱がやってきそうで、秋雨前線もからんできそうなので、既に発生している台風14号がどの程度の規模のものになるのか、かなり心配なところである。
大規模なエル・ニーニョが終息し、今度はラ・ニーニャが発生していて、冬は寒冬との予測もある。個人的には冬は寒いのがよいが、何事もほどほどにしてもらいたいものだ。
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〔2016年台風10号(1610)の経路図(気象庁のHPより)〕

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来週後半から連休にかけて夏休みをとるつもりでいる。その前にやっておかねばならないことも多くて、いったいなんのための夏休みか、と思わないでもない。じっくり自分の立ち位置を見定めている心のゆとりがない。
先月末から今月初めにかけて、初めてのヨーロッパ(ロンドンのみ)も経験した。そんなことも書いてみたい気もするが、いずれ機会も改めてということにしたい。とはいっても、これから年末にかけて諸事徐々に加速していくのが例年のペースである。このまま気が付いたら定年を迎え呆然とする、というような図が描けてしまうのが怖い。
ひとまずは、初めてのヨーロッパで、こんなきれいな光景に出会えたことを喜びたい。きれいだなと思って、少し逆光の工夫をしてシャッターを切り、思っていた通りの絵が撮れた。会心の作(?)である。
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〔無題〕

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異常気象という言葉は好きではない。なにをもって異常とするか、規準の取り方によっては、ブレの範囲に収まってしまうのである。でも、今まで見たことのないような天気図が現れるのを見ると、思わず異常気象を口走ってしまいたくなる。
秋といえば、高気圧と低気圧とが交互にやって来るという、ごく当たり前の周期変化が普通だった。気圧の谷の通過とタイミングが合うと、たまに台風が北上することもある。タイミングが合わない、つまり気圧の谷に乗り遅れた台風は、そのままフィリピンか、せいぜい北上しても台湾を経て大陸南部に向かう。そんな普通の天気変化だった頃が懐かしい。この時期はまだ偏西風が弱いので、北上した台風が九州の南西で二進も三進もいかなくなって長雨が続いたこともあったけれど、それでさえ最近の「異常」に比べればまだたわいのないものだった、そんな気さえする。
とにもかくにもここひと月ほどの超大型台風の北上しやすい時期を、なんとか無事に過ごしたいものである。そんな短いタームでしか考えられなくなっているのも気持ちの余裕のなさではあろうが、それでも今のぼくには長過ぎる気がする。先のことは誰にもわからない。今を生きるしかない。せめても秋風が立ったのに気付けたのは幸いなことであった。
タグ:日常 天気 季節
posted by あきちゃん at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする