2016年10月30日

京都への寄り道

28年前に奈良に住むようになったにもかかわらず、京都とはかえって疎遠になってしまった感がある。以前も書いたことだが、東京にいた学生時代は、年度末の試験を終えた2月、3月の春休みに、冬の旅に欠かさず出かけてきていたし、秋にも公開寺院のラインナップを見た上でこれはどうしてもというところがあれば、無理に時間を作ってでも足を運んだものだった。
ところが、電車で1時間もかからぬ距離になった途端、逆にいつでも行かれるという気にもなり、また仕事にかまけて小まめに訪う余裕、ことに気持ちの余裕がなくなってしまった。これは何も京都だけではない。奈良自体だって同じことである。奈良の寺社を回ることは、奈良に住むようになってからほとんどなくなってしまった。一番甚だしいのは今年も始まっている正倉院展だろう。一年に一度の貴重な機会だから是非見に行くようにと人には勧めているにもかかわらず、勧めている本人は結局行けずじまいという年がいったい何年続いていることか。来寧この方28年、行けた年を数えた方がむしろ早いだろう。
しかし、50代半ばを過ぎていつまで奈良にいられるかもわからない状況が見え始めてくると、今のうちにという気にもなってくる。奈良については大きな変化はないのだけれども、こと京都に関しては思い立って行かないと行けないということもあって、行ったときには寄り道をしてでも、という気が起きるようになってきた。
以前もそうだったのかも知れないが、最近は公開される非公開施設の一覧がかなり前から公表されるようになっているので、事前にあたりを付けておくことできるようになってきた。加えて個別の報道もされるようになっていて、昔だったら公開が始まってから気付くようなことも多かったが、こちらに心の余裕がありさえすれば、いついつからと心構えしておくことも可能になった。
今年の秋の公開の場合、寺社以外としての初めての教会施設の公開される、京都ハリストス正教会の名がネットを賑わせていた。ハリストス正教会というのは、ロシア正教会のことで、その名を聞くと、日本にロシア正教を伝えた聖ニコライが建てたという神田のニコライ堂がまず頭に浮かぶ。多分それは、父に連れられて神田を歩き、初めてニコライ堂を見た時の強烈な印象が今も心を離れずにいるからだろう。緑色の屋根の巨大なドームが脳裏に刻印されているのである。後年ニコライ堂を遠望して、あれこんな大きさだったか知らんと、幼時の印象との違いに唖然としたことはあったが、ぼくにとってニコライ堂と言えば、父と見たあのニコライ堂なのである。その時撮った古いモノクロ写真が、まだ実家のアルバムには残っているはずだ(見るのはちょっと怖い気もするけれど)。

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そんなわけで、京都ハリストス正教会─正式には、京都正ハリストス正教会京都生神女福音大聖堂─だけは今度の公開中で是非拝観したいと思っていた。ちょうど昨日京都を通る機会があったので、ちょっと寄り道することにした。地下鉄東西線を市役所前で降り、市役所の西で寺町通りを右折する。市役所も間近で見るのは初めてで、今改装中のようだが、その壮大な建築には眼を瞠らされるものがあった。これもまた機会を改めてじっくり見に来たいと思わせるに充分なものがあった。
一応道筋は確認してきたものの途中でわからなくなって(地図に書いてある通りの名が、現地ではほとんど確認できないため。せめて○○通りの表示をしてほしい)、まあ碁盤目だから当てずっぽうでも行けるだろうとそれらしい方向を目指していくと、グランドの向こうにそれらしいドームが見えてきた。
京都ハリストス大聖堂(グランド越しに東から望む).jpg
〔京都ハリストス大聖堂(グランド越しに東から望む)〕
見えて来てから少し手こずったが、南側の公園を西に抜けて、何とか西の通りに面した京都ハリストス正教会に行き着くことができた。駐車場が確保してあるので少し開けてはいるものの、ほんとに周囲は普通の町中で、大聖堂はその中にこじんまりと鎮座していた。ニコライ堂のイメージとよく似た建築ではあるものの、そのミニチュアのようで本当にかわいらしいというのが最初の印象だった。
ただ、唖然としたのは拝観者の列。聖堂入口からまっすぐ道路まで延び、さらに敷地内を南に折れる。50mくらいはあるだろうか。駐車場の一角だが、拝観を終えて余韻に浸りつつ建物の写真を撮っている人も結構いる。まあ自分のその一員であるのだから、人の多さをとやかく言う資格はない。列に並んで、大勢の中の一人としてあとはちまっと自分の世界に浸るしかない。
中は撮影禁止との表示が見えたので、列が動くたびに新しい位置から建物の概観を撮る。別に入場制限をしている訣ではなく、要は受付の拝観料徴収の列で、思ったよりも早く中に入れる。土足禁止で、ビニール袋に靴を入れて上がるのは、いつも他の施設で経験している通りだ。
鐘楼のある玄関と、聖堂、そして奥の聖所をつなぐ構造になっていて、建物概観から想像していたよりは遙かに広がりがあり、多くの拝観者でごった返しているのをよそに、清澄な空間が展開していた。ふとここが京都であることを忘れて空間に浸ってしまう。
ここに足を踏み入れたとき既に視界に入っていたはずで、あまりにあたりまえにそこにあるので意識することがなかったのだと思うけれど、ふと見上げると、聖所東壁に設置されているイコノスタス(聖障)が、この部分だけ切り出す形で報道されていた通りの様子で、目に飛び込んできた。聖障の名の通り、聖造のはめ込まれた文字通りの障子状の構造物で、ロシアから運んできたものが大き過ぎて、両脇は折り込んで壁に沿わせてあるのだという。運搬の際の破損部分の補修は日本人が手がけて無事完了し、成聖式を1903年に行ったとのこと、100年を経過していることになる。
聖障から離れた所に、パイプ椅子がいくつか置いてあり、しばしここに座って聖堂の雰囲気に浸る。拝観者が多過ぎてここからだと聖障はかなり隠れてしまうけれども、そんなことはどうでもいい。聖障そのものも勿論大事なのだが、それを含み込んだ空間そのものに浸ることが、建物を味わうことなのだと思う。信仰者としてこの建物に入る人々の気持ちに少しでも近付けたらと考えて、暫しの時を過ごす。
帰途は烏丸線の丸太町駅まで歩く。こちらも西に行けば烏丸通りに行き当たるだろうという行き当たりばったりの歩き方で充分。何本か横切る南北の通りの右手を見晴るかすと、そこには御所の濃い緑が鮮やかだ。ほどなく烏丸通りにでて、わけなく丸太町駅に辿り着いた。

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ところで、拝観する方にとってはどうでもいいことだが、京都の非公開寺院の公開が季節を問わず行われているなとは思っていたが、主催団体が異なるようだ。今回の京都ハリストス正教会を含む11月の文化の日を中心とする秋の公開は、京都古文化保存協会というところが主体で、今年で52回め。5月の連休を中心とする春の公開もここが行っているらしい。一方、京の冬の旅と銘打つ冬の公開は、京都市観光協会が中心になって動いていて、来年2017年で51回めだという。夏の旅も担当しているようだ。
見る方にとっては見られさえすればよいことなのだとは思うが、両者の関係はてんでんバラバラで、もう少し何とかならぬものかとは思う。非公開の程度もさまざまで、これまで全く公開されことがなかったところが文字通り初公開される場合があるかと思えば、非公開寺院の公開とは別に特別公開と銘打って公開されることが比較的多い施設が、非公開寺院特別公開にも加わって公開されることもある。非公開寺院の公開の常連さんもあるように思う。
どこが公開されるかは開けてみなければわからず、全く当たり外れの世界に等しい。もちろん、信仰の対象がほとんどであって、参拝者の言い分を押し付けるのはどうかとは思うけれど、文化財としてみたときに、保存という観点を大前提として上で、いわばある程度需要に応える必要もあるだろう。例えば拝観したい非公開施設のアンケートなどは行われたことがあるのだろうか。本当に拝観したいと思っている寺社で、未だ一度も非公開寺院の公開対象になっていないところは山ほどある。これまで50回以上に及ぶ公開の中で、どこがいつ公開されたかのリストのようなものはあるのだろうか。

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そんなことを考えつつ、木枯らし1号の吹くどんよりとした京都をあとにして奈良に戻ったのだった。途中、くたびれて特急で帰ろうと思い京都駅で切符を求めようとした。以前だったら、00分、30分にあった奈良行きの特急が間引かれて、急行(奈良行き急行が減って橿原神宮前か天理行きばかりの時間帯がある)だけでなく特急までもが奈良への便がひどく不便になったことを知って唖然。15分刻みのダイヤが20分を単位とするようになったことによるものだが、奈良への便を軽視したダイヤに、今さらのように近鉄の無神経さに呆れたことであった。
ついでに思い出したが、先日も京都から特急に戻ろうとして、橿原神宮前行きに乗り西大寺まで来たものの、難波から来る奈良行きの乗り換えの接続が全くダメで、あとから来る急行で来ても乗れる奈良行きまで待たされる羽目になったことがあった。いったい何のための特急なのだか……。
もう一つ。西大寺から奈良に向かおうとすると、たいては5分も待てば電車が来るのだが、時折、10分以上待たされる時間帯がある。難波から来る電車がみな西大寺止まりで、一方京都や難波からの奈良行き特急が続けてやって来る。これも精神的に良くない。平面で主要幹線が交差する西大寺駅の電車の捌き方はまさに神業だとは思うが、もう少し均等にはならないものだろうか。
あと最後にもう一つ。これは車を運転する側からの言い分なのだが、西大寺・新大宮間の踏切にはいつもイライラさせられる。ことに奈良行き特急が回送で戻ってくる時。特急通過の際にはどうもはやめに踏切を降ろすようだが、挙句回送特急が悠然と(むしろノウノウと)通り過ぎるのはまことに腹立たしい(その分逆方向の奈良始発特急の回送が必要になるのだ)。ダイヤの都合もあるのだろうが、奈良には4本もホームがあるのだから、無駄な回送で踏切を塞ぐのはやめてほしい。
偽禁煙車に比べたら些細なことではあるけれども、折角の京都行きに後味の悪い思いが残り、ついつい余計な独り言まで書いてしまった。お聞き流しいただければと思う。
キンモクセイが散ってまだ一週間も経たないというのにもう10月末、家のモミジはもう色付き始めている。早いものあり遅いものありで、今年は季節の進みが滅茶苦茶な気がするけれど、今度の冬は寒くなりそうだという。まあ、当たらも予報、当たらぬも予報、くらいのつもりでいればどうということはないのだろうな。散り敷くキンモクセイ.jpg
〔散り敷くキンモクセイ、2016/10/26撮影〕
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2016年10月24日

夢の啓示─夢の記憶38

ぼくは元々あまり勘の鋭い方ではないし、まして霊感のようなものとは無関係な人間だと思う。むしろ感性的には鈍い方の口だろう。ところが、最近どうしたことかこれまであまり経験したことのなかったことが続いている。 どうということではないといってしまえばそれまでのことなのだが、ぼくにとっては少しばかりの事件ではあった。

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ある日、知り合いのIさんからあることを頼まれた。自分で対応できることならすぐさま動くのだが、ぼくでは如何ともし難いことで、誰か適切な人を選んでお願いしないといけない。Iさんとは特別親しいという訣ではないが、仕事上だけではないお付き合いをしてきたつもりなので、無下にはできない。でも、かと言って今回の依頼事に関しては、そう気軽に頼める相手が俄には思い付かなかった。
仕事のつながりで頼むなら、心当たりがない訣ではない。多分気軽に引き受けてはくれるだろう。でも、仕事の一環として用事を押し付けたことになってしまいかねない。それで、このルートはできるなら避けたかった。
そこで思いついたのは、ぼくより年上のHさんだった。何か一言はあるかも知れないけれど、堅苦しい事を言う方ではないし、多分気軽に引き受けてくれるのではないか。もし断わられたとしても、目上の方だしそれはそれで諦めもつく。ダメもとで頼んでみたらどうだろう。
Iさんから電話で頼まれて引き受ける際、こうしてHさんのことまであれこれと考えた上で、あまり期待しないで待っててくださいねと逃げを打っているのだから、我ながらそのセコさには嫌気がさす。
さて、そんな訣で気安く引き受けてしまってはみたものの、Hさんにお願いしに行く腰がなかなか上がらない。歳上の方であるからそれなりの礼は尽くして頼まねばと思うと、ますます気が進まなくなる。Hさんが難しい人ならば、いっそ逃げを打ってあるのをいいことに、早々に諦めていたかも知れない。
しかし、そこが難しいところで、Hさんは飾らない至って話はしやすい方なのである。だからこそ気安く引き受けてしまった訣なのだが、さあもうここまできては後には引けない。かと言って前に進むも思うに任せない。
そんなこんなで、鬱々と数日を過ごし、さらに出張があったりして先延ばしの口実ができ(それはただ自分を納得させるための言い訣に過ぎない)、いつしか約束したこと自体を忘れる余裕(?)さえ生まれるに至ったある日のことである。こんな夢を見た。

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夢の中で、ぼくは楽器を習いに行くことになっていた。さっきから、その先生を待っていた。正面がガラス張りになった明るいへや。その窓と平行に細長く、比較的狭いところだが、その窓に向かって止まり木のような椅子に座っていた。後ろに人影が見えるが、一応仕切りがあるようだ。ちょうどスタジアムの放送席のような感じだ。
習う楽器はフルート。ぼくは聴くのは好きだか、楽器はからきしだし、歌うのは好きだが自分の音程が怪しいとわかってからはもう人前では歌えなくなった。ピアノが弾けたらという思いはあるが、遠い昔にバイエルでさえ挫折した口である。
それがフルートである。何がどうしちゃったのだろう。全く考えられないシチュエーションではなかったが、その夢にはどう考えても無理があった。というのは、そこへ来ることになっているフルートの先生は、誰あろうHさんだったからである。
こんなことを言ったらたいへん失礼なことだが、少なくとも見た目には(いやいやますます失礼だ。もう止めよう)Hさんとフルートはどう考えても結びつかないのだ。
暫くしてHさんが現れた。どうやって教えてくれるのだろうと思っていると、至って普通に手ほどきをしてくださる。いつもの朴訥とした喋りとは全然違い、たいへんわかりやすく流暢に教えてくれるので、面白いようにコツが飲み込めてゆく。
残念ながら、音が出たのかどうかは記憶がない。フルートは素人が吹いても初めはなかなか音が出ないのは知っていたが、夢の中で音が出なくて苦労した覚えはないから、うまく言っていたのかも知れない。
夢はただそれだけである。なんでそんな夢を見たのかも理解しないまま目覚めたのであった。

          §           §           §

それから数日後の朝のこと、駅から勤務先に向かう道すがら、ふと前を見ると、Hさんが歩いている。出勤時間が重なることはあまりないが、偶に会うことがない訣ではない。しかし、たいへん申し訣ないことだが、Hさんを見かけると、できるだけ避けるのが常だった。というのも、駅から勤務先に向かう10分足らずの時間が、Hさんにとっては煙草を喫む至福の時間(なのだと思う)だったからである。
つまりHさんの後を歩くと紫煙をまともに吸わされることになる。これは相手がHさんであるかどうか以前の問題なのである。タバコの煙を吸うと、頭痛が始まって、ほとんど半日無駄にしかねない身なのである。
しかし、この日はもうそんなことはどうでもよかった。フルートを習う夢を見た理由がたちどころに飲み込めたからである。まさに天恵であろう。これをそう言わずして何が天恵だろう、そこまで考えた。
早速、たな引く紫煙を潜ってHさんに近づき、事情を説明して、何とか引き受けていただけないか、お願いしてみた。何をどう説明したかよく覚えていないが、必死の願いが通じたのだろうか、Hさんは案外簡単に引き受けてくださった。一応ぼくが最初に思いついたルートがあるのにどうして?という前置きはあったが、でも必要なら別に構いませんよ。
同じことを言われても、それなら頼まないと思ってしまう相手もあるものだが、Hさんに言われるとそれが全然嫌味に聞こえない。むしろHさんのはにかみに聞こえる。本当にありがたいことだった。
結局、Hさんはその日のうちに、全ての対応を済ませてくださった。思いも及ばなかったことで、何と言ってお礼を申し上げてよいやら。ただただ感謝。見かけの鷹揚さに比べてその行動のスピーディさといったら、まさにあのフルートの先生そのものだった。
翌日朝、Iさんから早速お礼の電話をいただいた。もしもあの夢を見ていなかったら……。Iさんからの依頼事が気になっていたからこそみた夢には違いないけれど、Hさんの方が夢に出てくるというのはこれはいったいどういうことなのだろう。きっと引き受けてくれるから早くHさんに頼んでごらん、という啓示だったのだろうか。

          §           §           §

こんなことがあってから、ちょっと筋は違うのだが、偶然にしてはちょっと気持ちの悪いというか、ある意味冴えてると言えなくもないことが続いている。
やはり頼まれごとでなかなか行動に移せず気になっていたことがあった。もうそろそろ何とかせねばと、相手の顔を思い浮かべ始めて動き始めた矢先、その方から状況確認の電話をいただき、満足していただける返事を申し上げることができた。似たようなことで、そろそろ連絡を取らなければと思っていると、その相手の方から電話をいただくというようなことも続いた。
虫の知らせというのは、よくない知らせに使うのかも知れないけれど、事前にもし気に掛ける機会がないまま電話をいただいていたならば、きっと相手の満足のゆく返事は出来なかった違いない。最悪、相手を怒らせてしまう結果になっていたかも知れない。そこまでうっちゃっていたのがいけないには違いないのだけれど、最悪の事態を回避するための勘のようなものが働いたとすれば、本当にありがたいことである。いやむしろ、これは人事で割り切れる類いのものではないのかも知れない。ぼくにそんな力が備わっているはずもない。まさに何かの導きとしか言いようがないものを感じるのである。
そうだった、Iさんからお礼の電話をもらった後、Hさんに改めてお礼を言うのを忘れていた。何とまあ迂闊なことか……。
タグ: 日常
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2016年10月18日

待ち侘びた金木犀とBWV109

今日はもう18日、10月も下旬を迎えようとしている。一体どうしちゃったのだろうと思っていた金木犀がようやくいつもの香りを漂わせ始めている。普通の年に比べてほぼ半月遅れだ。9月末にほんの一瞬だったが香り始めたかなという時があって、夏が暑くても金木犀だけは10月1日の開花日を忘れずにいるのかしらんと感心したのも束の間、いつまでたっても花が見えて来ない。そのうちに香りもしなくなっていつのまにやら10月も日にちが積み重なってここまで来てしまった。
最近の金木犀は、香りは従来通りだが、花の色がどうも薄くなってきているような気がする。金木犀と言えば、鮮やかとまではいかないけれど、明るいオレンジ色と相場が決まっていた。ところが最近の金木犀は、色が焼けて抜けたようになっていることが多く、オレンジというよりはむしろちょっとしらっちゃけた黄色に近い。心なしか、香りも弱くなってきているような、そんな気さえする。

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さて、10月16日は三位一体節後第21日曜日で、この日のカンタータを聴き始めている。今週は盛りだくさんに4曲あって、BWV188をはじめ名曲揃いなのだが、その中にあってBWV109という第1年巻のカンタータは、ちょっと気の毒な印象である。かなり地味な曲であるのは確かかも知れないけれど、聴き込んでみるとなかなかどうして、さすがセバスチャン・バッハのカンタータである。紛れもない名曲である。
例によってガーディナーのカンタータ巡礼でまずは聴き始める訣だが、一聴するとうーん、やはりかなり地味めという印象がまずは残った。しかし、やはりこれまた例によってリリングで聴いてみると、第1曲の印象からしてまるで違い、グイグイと引き込まれてしまった。その一方で、あとの方の曲はタップリと歌う。
つい最近もこうした経験をしたばかりのような気がする。そう、BWV48である。多くの指揮者が纏綿と歌う第1曲を、リリングが快速でグイグイと引っ張ってゆく。BWV109もまさにそうだった。BWV48の時と同じように、ガーディナー、鈴木雅明、リリングに演奏時間を比較してみた。
ガーディナー 1:8:43、2:1:25、3:6:02、4:0:34、5:5:13、6:3:21
鈴木雅明   1:7:50、2:1:27、3:6:54、4:0:30、5:4:47、6:3:21
リリング   1:6:53、2:1:52、3:5:33、4:0:50、5:5:43、6:4:30
第1曲の合唱と第3曲のテノールのアリアは、リリングがダントツで速い。第1曲はガーディナーが、第3曲は鈴木雅明さんがそれぞれ纏綿と歌わせる。それに対し、第5曲のアルトのアリアと最後のコラールは、逆にリリングがタップリと歌う。初めの快速があってこそ、結末の歌が生きてくるのである。リリングで聴くこのコラールは本当に聴き応えがある。しらないで聴いていると、次のカンタータが始まったのではないかという錯覚さえ覚えてしまった。一方、ガーディナーと鈴木雅明さんとがコラールの演奏時間が全く同じというのもなかなか面白い(但し、聴いた印象は全く違う)が、いずれにしても初め遅くて最後を飛ばすというのは、極端な言い方かも知れないけれど、悲しみの押し売りとでも言おうか、変な押しつけがましさを覚えてしまうのである。
BWV48もこのBWV109もともに1723年の第1年巻の作品である。ともに短調の重たい曲との印象が強いが、どうもぼくはこういう曲に滅法弱いようだ。とくに、リリングのようにグイグイ引っ張られると、ジクジク、メソメソとお涙頂戴式にやられるよりも、なお一層心に響くものが大きいのである。
この辺りの曲たちは、昨年聴いたときにはどんなだったのだろうか。BWV162・163のように、昨年同様の感銘を受ける曲があるかと思えば(ガーディナー版でBWV163のソプラノを歌っているスーザン・ハミルトンのとの出会いは、自分で読んでもスリリングであった)、こんな素晴らしい曲があったのかと初めて気付く曲もある。一期一会の出会いはどこにでも転がっているとの思いを深くする。
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2016年10月13日

梨木香歩さんの冬虫夏草を読む

梨木香歩さんの冬虫夏草は、学士綿貫征四郎が自らの体験に基づいて語る体の奇譚である。2006年から2013年まで途中掲載誌を変えて断続的に執筆されたものに加筆の上、2013年10月に新潮社から刊行したものである。まだ文庫本にはなっておらず、単行本でのみ読むことができる作品である。
梨木香歩『冬虫夏草』(新潮社刊)のカヴァー・帯.JPG
〔梨木香歩『冬虫夏草』(新潮社刊)のカヴァー・帯〕
梨木さんには既に名作、家守奇譚があるし、村田エフェンディ滞土録は、家守奇譚にも登場する人物の外遊記で、家守奇譚の読者には親しい作品だろう。また、f植物園の巣穴は、登場する人物こそこれらの作品とはかぶらないが、同じテイストをもつ作品で、どこかなつかしい。
冬虫夏草は、これらの系列に連なる作品で、気宇壮大さという点でそれらを遥かに凌駕している。初めは、他愛ないといえばまことに他愛ない、綿貫の日常が語られ、言わば家守奇譚の延長と言ってよい風情で始まる。奇想天外ではあるが、どこかとぼけた味わいの、諧謔味といってもいい世界である。
語り手の綿貫征四郎がまた、文士然としていながら、明らかに俗人なのがいい。常に読み手の気持ちを代弁してくれるようにところがくすぐったいくらいだ。
なつかしい人たちが、いつものいでたちでいつものように、さりげなく登場する。いつも床の間の掛け軸の方からガタガタと音を立ててやって来る親友の高堂、庭に現れたこれまでみた中で一番落ち着いた蝦蟇を綿貫と一緒に眺めるイヌのゴロー、白い花の咲く草地でソプラノの歌声を奏でる清楚な花の精のようなダァリヤの君、冬虫夏草として売るためにサナギタケを探す長虫屋、毘沙門さんに来ていたムジナについて、ムジナはタヌキと違い教養がないと断じる隣のおかみさん、法話までやるそうなと自分に化けるタヌキの話をするタヌキのような寺の和尚。いったい誰がタヌキなのやらムジナなのやら訣がわからなくなるような話である。

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話は、積んである本の中から竜について書いた和綴じの本を探していて、山がなだれを起こすところから始まる。しょうがないなぁと思いつつ、自身の日常を省みて、ついつい綿貫に同情してしまう。もう梨木さんの術中にはまっている。
日常茶飯事なのだが、実はここにもう、話の確信になるキーワードが隠されている。綿貫は竜の一族に関する大作を執筆中なのである。やって来た高堂は、探している書物は容易に見つからないだろうが、読むときは赤竜の記述がないか注意して読むようにと謎のようなことを言い置いて帰ってゆく。
竜の物語はなかなか進まない。それどころか、同じく学生時代の親友の菌類を研究している南川から冬虫夏草の話を聞き、糸状菌悲劇的な恋愛の話を書こうと決心したりする。挙句両方の話を混ぜてみようかと思うが、自分の趣味ではないとあっさりと諦めてしまう。そうかと思えば、綿貫自身はモリアオガエルの生まれ落ちるとからに月光を浴びながらイモリの口中に落下する姿に、果たして一瞬が一生のすべてというのが不幸とばかりいえるのかと本気で自問する。実はその日、隣町の本屋に行き初めて電気鉄道に乗った帰途の汽車で、ヤマユリの香りを漂わせる洋装の婦人と相席になった綿貫は、彼女のもつヤマユリの象嵌の小箱に見入るうち、口に飴を放り込まれたのだった。その恍惚となった経験を綿貫は、イモリの立場から解釈してモリアオガエルにとってもそれは、と勝手に解釈するのである。
まあしかし、それを思いつく過程にケチの付けどころはあるものの、結論自体は肯かせるものがある。時間軸を超越した物語、それこそ一切は空なのである。その中で動き回るヒトの風態をした者たち。そこから生まれるほのかな諧謔味はまことに味わい深い。

          §           §           §

さて、その後ゴローが二ヶ月も不在になって、愛知川を遡って近江側から鈴鹿の山に分け入って探しに行くのが話の本筋で、まさに手に汗握る、しかし綿貫自身は至って暢気な旅が始まる。梨木さん思い入れもあって、100年前のこの地域が克明に描かれる。まさに圧巻である。
その辺はネタバレになることでもあり、ここでは深入りせねこととし、一つだけ書き止めておくと、それは綿貫が鈴鹿の山に分け入る最終的に決心した経緯である。それは愛知川の奥にイワナの夫婦が営む宿屋があるという情報だった。それまで至って気楽にゴローの行方の情報収集に勤しんでいた綿貫は、矢も盾もたまらず彼岸花に出立を急かされるかのように鈴鹿に向かうのである。イワナの夫婦の宿屋を見たいという願望が、彼をゴロー探しの旅に愛知川上流へと導くのである。なんたる俗物! しかしいったい誰が綿貫の俗物ぶりを責められようか!

          §           §           §

能登川駅から鯰江、御河辺神社、蒲生野に立ち戻って太郎坊山に登り、如来、山上、高野、相谷、佐目、九居瀬、萱尾と、それぞれの土地でそれぞれの土地の人々と触れ合いながら、それぞれの土地に根差したかけがえのない体験を積み重ねてゆく。そして、いよいよ政所、君畑と、御池川を遡り、治田峠の手前の、イワナの夫婦の宿屋に辿り着く。
イワナの宿で滋味溢れる歓待を受けた翌朝、茨川の滝の裏にあるという竜王の洞を目指す途次、向こう側の斜面で動くものがある。振り切れんばかりに尾を振って、満面の笑みを浮かべて綿貫に向かって斜面を駈け降りてくるゴロー! 
こうして綿貫は、イワナの宿を訪れるという宿願を果たし、ゴローとも出会い、めでたしめでたしの結末を迎えることになる。理詰めに考えたら理屈に合わないところがあっても、そんなことはどうでもよくなるまことにスケールの大きな物語である。荒唐無稽といえばまさにそうなのだが、こんなに愛おしい物語はは滅多にない。愛知川上流の自然はそれこそキラキラと輝くほどに美しい。そこで繰り広げられる儚いばかりの人間の営為。生きるとはいったいなんなのか。
愛知川に戻って来た赤竜が言う。齢を重ねた生き物はなんでも変態して別の形状を生きねばならぬ。先の形状に未練をもたず、今の形状を誠心誠意生きるのが生き物の本道だ。まさに冬虫夏草である。人であろうとなかろうとそれに違いはないのだ。

          §           §           §

竜の物語は、ゴローの帰還とともに断ち切られる。しかし、高堂の言ではないが、結局は虚ろなのだ。相谷・佐目・九居瀬・萱尾の四村を全て飲み込んで巨大な河桁ができるというのは、永源寺ダムのことらしい。結局は虚ろなのだとは、そのようなことがあっていいとは到底思えぬと綿貫が言ったのに対し、高堂が発した言葉である。
各章には、家守奇譚と同じように、植物の名が付けられている。それが儚くもまた美しい。鈴鹿の山に登ってみたくなった。竜のいる山!
鈴鹿といえば、御在所岳を中心とする三重の山、しかもロープウェイで登れる山という印象しかぼくにはなかったが、調べてみて自分の無知に唖然とした。反対側は琵琶湖に面した東近江なのである。つまり、鈴鹿の山は近江の山でもあるのだ。名古屋から京都に向かう新幹線が大きく迂回するあの巨大な山塊こそが鈴鹿なのである。
綿貫は竜の物語を書こうとしてまだ果たせずにいる。梨木さんには竜の物語の続きを、是非綿貫に書かせてほしい。ぼくも是非鈴鹿の山に登ろう。
posted by あきちゃん at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

魔法の拍子─BWV48のテノールのアリア

もう何度か書いて来たことだが、ガーディナーのカンタータ巡礼で教会暦順にバッハのカンタータ群を聴いていて、時折リリングと聴き比べてみて、あれっ、と思うことがある。
今回も、まさにそうだった。
三位一体節後第19日曜日(10月2日)のカンタータは、BWV48、BWV5、BWV56で、BWV56はあまりに著名でちょっと敬遠気味。他は比較的地味に思えるカンタータばかりという印象で、あまり繰り返し聴くこともなかったのだが、iPhoneに入れてなくて聴けなかったリリングのBWV48を聴いてみて驚いた。こんな曲、今週あったかしら、というくらいすごく新鮮だった。
リリング・バッハカンタータ集BWV46・47・48のジャケット.jpg
〔リリング・バッハカンタータ集BWV46・47・48のジャケット〕
何が違うのか?調べてみて驚いた。まずはタイムが全然違うのである。
第1曲 リリング 4:09、ガーディナー 6:13
第2曲 リリング 1:41、ガーディナー 1:22
第3曲 リリング 0:46、ガーディナー 0:49
第4曲 リリング 2:47、ガーディナー 2:42
第5曲 リリング 0:57、ガーディナー 0:41
第6曲 リリング 3:34、ガーディナー 3:08
第7曲 リリング 1:09、ガーディナー 1:10
全体としてはほぼ似たようなタイムで、リリングの方がややゆったりめなのだが、初っ端の第1曲に限っては、リリングが断然快速なのである。というよりはむしろガーディナーが極端に遅いという方が当たっているのかも知れない。
以前にもこういうことがあったような気がする。ガーディナーに比べればリリングは分厚いハーモニーでたっぷりと歌わせる傾向がある。逆に言えば、ガーディナーはリリングよりテンポ感があり、軽やかに前進する傾向があると言える訣だが、そのガーディナーが突如纏綿と歌わせて粘り始める時があるのである。
どういう曲でそうなるのかは一定の法則性があるような気がするが、なかなか系統だっては説明し難い。ガーディナーの感性は独特である。多分、それこそが新しい時代のバッハとしてガーディナーが迎え入れられた要因に違いない。しかし、BWV48に関する限りは、その独特のガーディナーよりも、ぼくはリリングをとりたい。軽やかな粘りが必ずしも曲を際立たせているとは思われないのである。

          §           §           §

試みに他に指揮者がどんな演奏をしているか、例によってナクソスのライブラリーで調べてみよう。もちろん、演奏の印象は単純なタイムだけで決まるものではなく、テンポの動きやリズムによっても変わってくるだろうし、バランスやアクセントなど、さまざまな要素が総合的に作用した結果ではあるだろう。しかし、取り敢えずは全体の演奏時間で比較してみるのが数字で比較できて手っ取り早い。
第1曲  リリング    4:09
    ガーディナー  6:13
    鈴木雅明・BCJ  5:58
    ヘレヴェッへ  4:57
    コープマン   5:10
    アーノンクール 5:33
    ルーシンク   5:16
第2曲  リリング    1:41
    ガーディナー  1:22
    鈴木雅明・BCJ  1:16
    ヘレヴェッへ  1:11
    コープマン   1:23
    アーノンクール 1:17
    ルーシンク   1:17
第3曲  リリング    0:46
    ガーディナー  0:49
    鈴木雅明・BCJ  0:44
    ヘレヴェッへ  0:39
    コープマン   0:37
    アーノンクール 0:42
    ルーシンク   0:39
第4曲  リリング    2:47
    ガーディナー  2:42
    鈴木雅明・BCJ  2:07
    ヘレヴェッへ  2;21
    コープマン   2:27
    アーノンクール 3:01
    ルーシンク   2:45
第5曲  リリング    0:57
    ガーディナー  0:41
    鈴木雅明・BCJ  0:43
    ヘレヴェッへ  0:41
    コープマン   0:41
    アーノンクール 0:39
    ルーシンク   0:43
第6曲  リリング    3:34
    ガーディナー  3:08
    鈴木雅明・BCJ  2:49
    ヘレヴェッへ  2:39
    コープマン   3:11
    アーノンクール 3:48
    ルーシンク   3:16
第7曲  リリング    1:09
    ガーディナー  1:10
    鈴木雅明・BCJ  1:14
    ヘレヴェッへ  1:02
    コープマン   1:10
    アーノンクール 1:04
    ルーシンク   1:04
第1曲についていうと、リリングが速くガーディナーが遅いということがよくわかる。ヘレヴェッヘも比較的速いけれども、やはり全然違う。ヘレヴェッへ・コープマン・ルーシンクが中庸、アーノンクールがやや独自路線で少し離れ、鈴木雅明・ガーディナーが特に遅い。鈴木・BCJの演奏が遅いのは意外だった。
一方、第 6曲は遅さという点ではリリングよりも勝るアーノンクールがあり、ガーディナーはコープマン・ルーシンクと並んでむしろ中庸、さらに快速のBCJ・ヘレヴェッヘがあるという具合で、とてもとても一筋縄ではいかない。アーノンクールは確かに時間的には遅いのだけれども、リズムをカッキリと刻んでいくのでリリングのように流れず、曲に身を浸していく気にあまりなれない。何だかぎこちなく聞こえるのである。
モダン楽器によるリリングの演奏は、だからといってけっして古色蒼然としたものではなくて、新しいバッハ演奏の流れを巧みに取り入れて再構築して、全集の収録の過程でも微妙な変化があるのだという。その辺りのことをどうこういえる耳でもないし、漠然とした言い方ではあるけれども、リリングを聴いていると聴き手を優しく包み込んでくれるもの、心に訴えかけてくるものを感じるのである。
ガーディナーだけで済ませていたら来年までスルーしてしまったかも知れないBWV48に、ここまで止まらせてくれたリリングの演奏の秘密はいったいどこにあるのか。けっしてガーディナーの演奏がどうこういうのではなく、振り返って聞くならガーディナーの演奏も絶対的に素晴らしいのだけれども、リリングはそれをはるかに突き抜けてしまっているとしかいいようがないのである。

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そんなこんなでBWV48にのめり込んでしまった訣だが、譜面を見ながら聴いていると、第6曲のテノールのアリアが複雑な構造の曲であることがわかってきた。メロディーだけ聴いていると全然気にもしなかったことだが、この曲はいったい何拍子なのだろう。譜面上は4分の3拍子で記譜されているけれど、聴いていると、全然3拍子のように聞こえない。弱起の曲だし、小節の頭に必ずしも強い拍が来るわけではないからだろう。むしろ2拍子を主体とし、同じメロディーが帰って来るときに、弱起部分の1拍が追加されたときだけ一時的に3拍子になっているように感じる。だから、譜面を見て3拍子であることを知ったときには愕然とした。
似たようなことを以前ラヴェルのト長調のピアノ・コンチェルトの第2楽章で経験したことがある。ラヴェルの場合は、漫然と聴いているとどうしても3拍子に聞こえる。それは最初の前奏部分が3つずつ刻んでピアノを導くからだと思うが、実は2拍子なのだった。BWV48のテノールのアリアの場合はちょうどその逆である訣だが、それだけではなく拍子が変化しているようにさえ聞こえる。ラヴェルのウィットと感じたのと同じようなことを、セバスチャン・バッハはさりげなくもう既に書いているのである。
このようなことは、専門家にとってはきっと当たり前のことなのかも知れないが、ぼくのような素人にはなんとも衝撃的な発見だった。メロディーを記譜すると偶々そうなったということなのか、それともわざとこう言う記譜を行ったのだろうか。魔法の拍子としかいいようがない。

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先週久し振りに当麻寺を訪れる機会があった。二上山には長女が大学に入って奈良を離れる直前に、その頃はまだ元気だったBを連れて登ったことがあるが、当麻寺は学生時代以来行った記憶がないから、もう彼此30年にはなるだろう。
参道から当麻寺の塔を望む.jpg
〔参道から当麻寺の塔を望む〕
帰途長い参道を当麻寺駅まで降り、電車を待つまでの間、思わず駅前の中将餅屋に入ってしまった。なつかしいヨモギのあんころ餅だが、言わずと知れた絶品である。家内の分と2つだけ求めて帰った。
なつかしの中将餅.jpg
〔なつかしの中将餅〕
posted by あきちゃん at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする