2018年11月30日

再び鈴鹿の山へ─宮指路岳に登る─

鈴鹿の山に引かれたきっかけは、梨木香歩さんの『冬虫夏草』を読んだことだった。滋賀県側から山深い竜ヶ岳訪れる道行きにすっかり魅せられてしまった。しかし、最初に訪れた鈴鹿の山は、主脈の南のはずれにある油日岳(「伊賀の静かな山へ─油日岳周遊─」)で、それはひとえに奈良からの行きやすさによる。いつか竜ヶ岳のある鈴鹿北部の山々に登りたいという思いは募るけれど、楽しみは取っておいてという感じで、これに続く鈴鹿南部の山塊を訪れる機会を得た。
その一つが宮指路岳(くしろだけ、946m)である。『三重県の山』で紹介されている鈴鹿の山々の中で、車で行ける周回コースが組め、しかも比較的手頃な時間で歩け、かつ手応えのある山という条件で候補に挙がったうちの一つである。
油日岳行きの際と同様に163号を上野まで走り、伊賀一宮インターで名阪国道に入り、油日岳を見ながら伊賀盆地を越えて亀山まで行く。国道1号に出て暫く東進したあと、左折して北上しつつ、西へ鈴鹿の山懐の小岐須渓谷をめざす。キャンプ場を過ぎ、思っていたよりも細い道をさらに上流へ辿ると、案内書にも写真が載っていた駐車場に着く。家から1時間50分ほどの行程である。

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駐車スペースから少し戻って左へ山に入る。林道はここから仙ヶ谷に入っていくが、こちらは帰路に使うこととし、まずはこの谷に北から合流する別の谷筋に沿って登ってゆく。仙ヶ谷の北を東西に伸びる尾根に裏側から取り付く感じである。
通報ポイント2番の看板のところで、今は通行が難しいというカワラコバコースへの分岐を右に見送り、結構な傾斜のある森林帯を、いくつもの谷を越えながらひたすら登り詰めてゆく。今度こそは尾根筋に出るかと思って期待していると、いつのまにかまた谷筋を歩いているという、不思議な感じの道だ。一部わかりにくい箇所もあるが、赤テープを忠実に辿れば迷うことはない。そのうちいつしか明るい自然林を行くようになり、南へひと登りしてようやく本当の尾根上に出ると、展望が開けるようになる。風の音が林を揺らしているのが聞こえる。
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〔1ヤケギ谷コースとカワラバコ-スの分岐〕

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〔2ヤケギ谷コースの上部(来た方を振り返る)〕
まもなく、右の宮指路岳へ直接向かう道と、左の東海展望経由の道との分岐。ここを左へ入るとまもなく東海展望。石の堆積もさることながら、これから向かう鈴鹿主脈の豪快に切れ落ちた稜線に圧倒される。一種殺伐とした印象さえもつ自然の容赦ない造形だ。足元はすぐにでも崩れてしまいそうなザラザラの花崗岩の砂利で、それがそのまま傾斜を強めて谷の下部まで続いている。花崗岩の堆積まで行って展望を満喫するが、時折突然吹き募る風に煽られそうになり、かなり神経を使う。
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〔3東海展望よりこれから歩く尾根筋を望む〕
行く手に不安さえ抱かせる鈴鹿稜線に比べると、その右手に大きな高まりとなっている宮指路岳の優しい雑木林、左に濃い緑の雄大な姿を見せる仙ヶ岳の双耳峰、それに続く丸っこく人なつこい感じで、鉄塔が立つ野登山、そしてさらにその左に展開する平野と伊勢湾。来て良かったと心から思うひと時であった。
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〔4東海展望より仙ヶ岳を望む〕
少し尾根を辿ると、左に三仏岩への道標があり、せっかくなので少し下りて行ってみる。ここも東海展望に勝るとも劣らない奇岩が並ぶが、足元が悪く、あまり深入りは避ける。なぜ三仏なのかは、あとでわかった。稜線は仏様の背中側なのである。
ここまで来れば宮指路岳まではあと少し。次第に冷たい風が増して来て、雲行きも少し怪しくなってきたが、開ける展望に勇気をもらって登っていくと、最後は意外とあっけなく山頂に飛び出した。稜線に出た地点、そこがもう宮指路岳の頂きだった。

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宮指路岳、946m。語呂合わせの命名なのだというが、いったいいつ頃つけられたのだろうか。こんな立派なピークにもったいないような名まえだ。でも知らなければまさかそんな安直な命名だとは思うまい。文字も語感もなかなか素敵だ。
さて、山頂は疎林が適当にあって風は案外避けられたので、ここでお昼にする。尾根筋に出てからは北から時雨雲が流れてきているらしく、ポツリと感じる時もあり、山頂も黒っぽい怪しげな雲が垂れ込めてはいたが、北から西半分が開けて抜群の展望をたっぷり楽しむことができた。
北にはまず三角錐の鎌ヶ岳、その西には山頂にロープウェイ駅をいただく御在所岳が巨大な図体で鎮座し、さらに左奥遠方には御池岳らしい山並みが微かに望める。いつかあれらの頂きも踏みたいと決意を新たにする。
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〔5宮指路岳山頂から鈴鹿縦走路を望む〕
稜線にはこの辺り特有の花崗岩の巨岩の塊が思い思いの格好で戯れている。その一つ、馬乗り岩まで足を伸ばさずに来てしまったことにあとで気付いたが、不思議に後悔はなかった。それだけこの日の山旅は充実していたのである。
さて、西側の山々は名まえは定かでないが、嫋々たる連なりが見事だ。そして南にはこれから辿る稜線が、来るのを拒むかのような
表情を見せていた。犬返しの嶮が間近に迫るが、パッと見た限りではいったいどこを通って行ったらよいのやら見当もつかない。辛うじて上部にトレイルが刻まれているのが見え、少しだけ安心する。でもあそこまではどうやって行くんだろうか?
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〔6犬返しの難所を望む〕

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昼食を終え、展望も満喫したあと、いよいよ稜線に取り掛かる。山頂から疎林の中を南へ少し下ると、まもなくザラザラの岩稜帯に出る。ここを木の根や岩角につかまりながら、滑らないように注意して急降下する。この辺りを犬返しといらしいが、地図にはこの部分の最下部、つまり峠を越える道が描かれている。この崩落ぶりではここを抜けるのはかなり困難だろう。
下りきった地点からは今度はまた急傾斜の登攀が始まる。岩に書かれた赤マルに導かれて左へ大きく迂回し、ロープにも助けられながら、さっき山頂からどこを登るんだろうと思った辺りをひたすら上を見ながら登ってゆく。岩角を回ったあたりで振り返ると、宮指路岳が左手に岩稜を伴って高く見える。あとから思うにあれが馬乗り岩だたのだろう。あたりは花崗岩崩れの砂の上に、崩れ損なったような趣の花崗岩が、思い思いの姿で傾きつつ林立している。
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〔7宮指路岳(犬返しから振り返る)〕
ようやく犬返しを越えた後も、似たような箇所を何度も通過するので全く気が抜けない。鈴鹿の稜線とはこんなところかと認識を新たにする。考えてみれば、油日岳の稜線も規模こそ違えそうだった。東に望んだ那須ヶ原山へのギザギザの尾根道もきっとそうなのだろう。
途中ピークをいくつも越えることになるが、一つ一つがみな骨のある登り降りを伴っていて、距離の割に時間を喰う。しかし、その分時間を忘れて稜線歩きに浸ることができたし、そのピークがそれぞれに雄大な展望を見せてくれるのだから申し分ない。左手には伊勢湾越しに知多半島や渥美半島まで望める。海を望みながらこれだけアルペン的風貌の山々を満喫できる所というのはそうそう多くはないだろう。
目を近くに戻せば、稜線に出るまで辿ってきた尾根が指呼の間で、東海展望と三仏岩の岩峰がそばからではわからなかったボリューム感で迫ってくる。三仏岩はまさにはその通りの神々しいくらいの姿をこちらに見せてくれていた。
振り返れば、宮指路岳から見た鎌ヶ岳と御在所岳が光を受けて明るく並ぶ。宮指路岳では雨さえ心配していた雲行きだったのに、稜線を南に歩む間に澄んだ青空がこれにとってかわってくれていた。東海展望からはあれだけ峻厳な姿を見せ、殺伐とした気配さえ漂わせていたこの稜線が、今こうして辿る者を暖かくその懐に迎え入れてくれている。本当にありがたいことである。
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〔8宮指路岳と鈴鹿北部の山々〕

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〔9鎌ヶ岳・御在所岳など鈴鹿中部の山々を望む〕

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〔10三仏岩・東海展望と伊勢湾〕


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予定の稜線歩きも終わりに近づき、行く手には仙ヶ岳がどっしりと構えて聳える。この分ならあの頂きも往復して来られるかも、などと欲張りなことも考えながら、小社峠へ充実した鈴鹿主脈の余韻に浸りながら足取りも軽く降っていった(一歩一歩が緊張感のある岩稜帯に比べれば、文字通り足も弾むのである)。だが、何せ日の短いこの季節のこと故、深入りは禁物。ここはぐっと我慢して予定通り、まっすぐ小岐須渓谷に降ることにする。
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〔11小社峠(ここで主脈とお別れ)〕
道はすぐ暗い森林帯の道に入る。夕方の薄暗さは視力の弱い身には殊の外きつい。1時間後なら随分往生したことだろう。やはり仙ヶ岳は諦めて正解だった。少し降ったところで、気のせいか鈴の音を聞いたような気がした。空耳かと思いきや、まもなく複数の人声が混じるようになった。どっちの方角からなのだろう。最初はよくわからなかったが、耳を澄ますと、どうも今降って来た小社峠の方から聞こえて来るらしい。ちょうど峠に着いて休憩しているところかも知れない。弾んだ声が響いて来る。あれは今朝登り口の駐車スペースで見かけ、その後この谷を登って行ったらしい団体ではないだろうか。仙ヶ岳を往復して来たのかも知れない。
小岐須へ降るこの道の通る谷筋を仙ヶ谷というのは、仙ヶ岳の裏、北側の谷であることによるらしい。宮指路岳への登りの結構なアルバイトからして、降りの行程も相応のものと覚悟していたので案外楽な道にちょっと拍子抜けの感もあったが、夕方の日差しが差し込む疎林は美しく、時折東海展望や三仏岩など今日の行程を振り返る景色にも恵まれて、じっくり晩秋の山を堪能しながら降ることができた。これも周回コースならではのことである。
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〔12帰路仙ヶ谷の道筋で〕

三重県側の鈴鹿の山々は、『冬虫夏草』に描かれた滋賀県側の山深い世界とは随分異質の、海までをも景色に取り込んでしまう、言ってみればずいぶんあっけらかんとした豪快な世界であった。地質も北半の石灰岩質の地域と南半の花崗岩質の地域に分かれるのだという。そうした異質な世界が混在しているのもまた鈴鹿の山々の魅力なのであろう。

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16時過ぎには車を出し帰路に着いたが、この日はもう一つおまけがあった。以前山の会で経ヶ峰に連れて行ってもらった時、どこでだったか買い求めた生の「ういろう」の美味しさに取り憑かれた家内のたっての所望である。伊勢に本店がある、「とらや」というお店の製品である。
亀山のドライブインにお店があるのはわかっていたがあろうことか通り過ぎてしまい、さてどうしたものか。上野の盆地への急坂を下りきったところにある伊賀ドライブインにも寄ってみたが、ここにはなく、それならばとネットで調べてみたら、すこし先の上野のドライブインに支店があることがわかり、ういろうを目指してもうひとっ走りすることになった。
伊賀のドライブインではもう一つ収穫があった。それは出発しようと車に向かう時に見た夕闇の油日岳である。この春登ったギザギザの稜線、我々にとっての初めての鈴鹿の山の見送りを受けることになろうとは。その後、無事にとらやのういろうを何種類も求め、意気揚々と家路に着くことができたのだった。
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〔13油日岳夕景〕
ラベル:鈴鹿 季節
posted by あきちゃん at 22:31| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年11月13日

正倉院展の閉幕とともに深まる秋

正倉院展もいよいよ終末を迎え奈良の秋も深まってきた。期間中は秋の深まりを言うのが憚られるくらい季節の足取りがゆっくりで、なかなか実体が伴わなかった。木々の色付きもまだまだで、各所のイチョウも完全な黄葉にはもう少し時間がかかりそうな気配だ。ところが昨日の閉幕を待っていたかのように、明けて今日は日中も冷えこみを感じる1日で、雪の遅れていた北海道でも初雪になりそうだとのこと。ここまで遅いのは1990年以来だが、130年ぶりくらいの新記録更新にはならないだろうという。ようやく季節が重い腰を上げた感がある。
懸案だった原稿をふた月以上も遅れてやっと仕上げ、ホッと一息といいたいところだが、いろいろ無理をして書いたものだから、書き上げたという達成感が今ひとつわかず、何だかあまり後味がすっきりしない。昨年の秋に比べると、仕事の詰み方はずいぶんマシという気がするのだけれど、何かに追われているという切迫感は今年の方が強く、何よりも時の経過が今年はまた一段とスピード感を増している。2020年3月のゴールに向けて、益々加速がかかりそうで、うかうかしているとこのまま大波に呑まれて運ばれてしまいかねない。
そんな日々が続くせいか、ただでさえそういう気分が横溢する季節なのに、ここのところ妙にまたブラームスが聴きたくてなってしかたがない、ホ短調の第4交響曲を筆頭に、つくづくブラームスは晩秋の音楽だと思う。第4交響曲を聴いていて無性に聴きたくなったこの季節にピッタリの曲がもう1曲ある。クラリネット五重奏曲である。何故かここ数日この曲が聴きたくなって、少し前に買ったはずのウラッハのCDを探したのだが、いくら探しても見当たらない。ジャケットまで鮮明に覚えているのに、どうして見つからないのか。初冬を迎える前に、季節に似合ううちに聴きたいと思う。
先日のニュースでは、エルニーニョの発生が確認され、今冬いっぱいは続く予想という。エルニーニョの発生した年の冬は寒気の南下が阻まれて暖冬になるのが普通で、早速ニュースになっていた。ここ2、3年予想外に寒冬傾向の年が続いていたので、過ごしやすいのはありがたいけれども、昨冬30年ぶりにスキーを再開した身にとっては、雪の量は早くも気にかかるところ。年末年始に出かけることはまずないものの、この時期に雪があるかないかはスキー場にとっては死活問題だろう。ドカ雪は必要ないけれども、暖冬もほどほどであってほしいと願うばかりだ。何事も極端に走りがちのこのご時世、どうにかならないものだろうか。普通に過ごすことがそんなに贅沢なことだとは思われないのだけれど。……
posted by あきちゃん at 21:27| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年11月11日

原田康子『挽歌』のあらすじ8─罪の意識のもつ意味─

原田康子『挽歌』のあらすじ7─愛の結末に向けた心の葛藤─よりつづく)
第13章 3月22日桂木家から帰ってから23日の夜まで
ただ終わったのだという思いだけに占められて、怖ろしい夜を過ごした怜子は、プロバリンを十粒ほどのみ、夕暮れ近い時刻になって目を覚ます。雪の消えた庭に海霧が薄く這い、夕陽がそれを鈍い桃色に染めていた。
後年原田さんの代表作となる小説のタイトルにもなった海霧。それが既に挽歌において効果的に使われているのである。それはきっと原田さんの身に染み付いた光景なのだろう。ガスというルビも見られるが、語感としてはむしろ、うみぎり、と読みたい。
怜子は珍しくスカートにかかとの高いパンプスで家を出てダフネに寄る。マスターから夕べ古瀬が怜子を探しに来たと聞き、今夜またダフネに古瀬が自分を探しに来たら面白いと考える。マスターに顔をしかめられつつも、古瀬を待つ怜子の胸に、もう終わりなのだという怖ろしい思いと一緒に、疼きが間歇的に走る。なにも眼に入らない、耳に届かない怜子が待っていたのは、本人も気付いていなかったようだが、終わりだという思いとは裏腹に、古瀬ではなく桂木さんだった。そう、疼き、痛みは愛の証なのである。
期待というか予感が的中し、8時近くになって桂木さんから電話で呼び出されると、ダフネの主人に一言の挨拶もせずに怜子は店を出た。

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次第に濃くなる海霧。風も出始めていた。渦巻くように流れる海霧の中を、住友ビルに向かう。行けば桂木さんに何を言われるか覚悟の上だったが、今呼ばれたことにやはり強い緊張と不安を感じずにはいられなかった。いつか呼びつけられる時が来ることはわかっていたのに、今がそれとは全く予期していなかった。でも、居ても立っても居られない怜子なのである。人の気配はあったが階段も廊下も暗い。靴音が廊下に不気味に跳ね返る。事務所の前で立ち止まる。この間来たのはクリスマス・イーヴが最後だったのを思い出す。軽く唇を噛み、ノックもせずにドアを引く。
桂木さんは相変わらず優しい。霧がひどいようだな、髪が濡れてるね、と怜子の髪をなでる。思いがけなく優しい仕草にまごつく怜子に、桂木さんは感情を抑えて(怜子はそう思うのだが、それは桂木さんのありのままの姿なのだ。怜子はそれに気付いていない)言う。あまり無茶されたら困るから、これからはぼくの言うことを聞きなさい、それから? それだけ。君は苦しかったんだろう? 札幌に行く前に君に何か言って行くべきだった。怜子はひどく愕く。桂木さんの顔に疲れと苦しさが僅かににじむ。怜子は、一晩中私のことを考え、その挙句に今の言葉が用意されたのを、桂木さんの本当の優しさを感じるのだった。
怜子の身体に再び痛みが急速に拡がった。確かに今ここに呼ばれる原因を作ったのはわたしの苦しさだった、苦しさからわたしは桂木夫人に近づいた、彼はそれを見抜いた。それもたった一晩で。わたしと話し合いもせずに。しかも彼は自分に非があるようなことを言っている。
しかし、そのときふいに怜子のうちに疑いがひらめいたのだった。この途方もない優しさ・寛容・包容力は彼のどこから来るのか? 彼は最初にわたしをを抱いたことを自分の過ちだとしているのだ。彼は罪の意識から、わたしを咎めず彼自身を責めている……。
怜子はこうして再び最初に捉えられた苦しさに再びしっかりと捉えられてしまうのである。痛みと苦しさの葛藤。痛みを塗りつぶしてしまう苦しさが怜子を昂らせる。好きじゃないんだわ、好きだったら絶対に怒るはずだわ。桂木さんが冷静に対応すればするほど、怜子の昂りは高じて行く。そしてにぶい疼きは怜子をさらに苛立たせ、苛立ちは怜子を黙らせなかった。疼きは愛の証のはずなのだが、昂ぶった怜子には、それがあることがかえって苛立ちの種になってしまうのである。そして、ムッシュがコキュだから好きになったのよ、と言ってはならないことを言わせてしまう。
怜子は無意識にそう言ってしまってから、自分の言葉に慄え上がる。言ったことへの悔いばかりではなく、それが悪態ではなく本音だったと気付いたからだと自分の意識を分析している。
ムッシュの傷にさわりたかったのよ、傷があるって事はすごい魅力だわ。そこには自分の傷を癒してほしいという気持ちの裏返しの部分も含みつつ、自分の悪態を肘の障害によるコンプレックスとして無意識のうちに正当化している面があったことは否めない。
そうであるからこそ、桂木さんの次の一言に対する自分の答えに、予期せぬ真実をあぶり出されて衝撃を受けるのである。きみがそう言うのはその腕のせいか? そうひどくゆっくりと桂木さんに問われた怜子は、正真正銘の私の趣味よ、とこれまたひどくゆっくりとこたえる。怜子の悪態は、傷そのものが原因なのではなかった。障害は治療によって療すことができる。しかし、療せないものがある。それは怜子のねじけた心。からだの傷とは関係のない、自分が元々もっている除去できない心の病巣、それが原因だったことに怜子は気付いたのだった。
いつもは冷静な桂木さんが激情に走るのは、川辺の場面でもそうだったが、コキュという言葉を怜子が発した時に限られている。怜子には自分の身体の傷と桂木さんのキズを同等のものと見なす意識があったのだ。だからそれに触れてもあいこなのだという理由で、自己の行為を理屈付けていた訣だった。
ところが、桂木さんの言葉で、そうでなかったことに気付いたのである。自分には桂木さんのキズに触れる資格はない。桂木さんの純粋さと怜子自身の卑劣さに気付いたといってもよいであろう。第12章で幼い日に父とその愛人の姿を見かけた記憶が甦った際に感じたものに通じるものであろう。
しかし、そんな怜子の胸の内を知らない桂木さんは、コキュの一言に表情を変え、冷ややかな眼で怜子を見守る。怜子は桂木さんを怒らせたのを感じる。彼を完璧に傷付けたのを感じる。視線を絡み合わせたまま、お互いの傷を傷で探り合うような凄絶な時刻が流れる。夜のビルの不気味な静けさ。物音は階下の喫茶室の音楽だけ。静止した固い空気で身体を圧され締め付けられるような気がする。
もう言うことないわ、アデュ・ムッシュ、と怜子が立ち上がって怖ろしくのろのろと歩き出すと、桂木さんの腕が怜子を捉える。帰るな、桂木さんは無感動な声でそう言うと、電話でタクシーを呼ぶ。怜子は急に怖ろしさを感じるが遅かった。桂木さんも感情を抑えられなくなり、怜子の身体を片手で抱きしめ片手で乱暴にねじむけると、その首筋に唇を押し当てるのだった。桂木さんの苦渋がにじむ。

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怜子は海霧に濡れて光った車に押し込められるように乗せられた。再び海霧の登場である。2人の向かう先は、桂木夫人と古瀬の逢いびきの場だったロッテ屋敷。あんなとこいやよ、蒼くなりおどおどした声で桂木さんに言う怜子だったが、桂木さんは返事をせずに海霧の深い街を見つめて、君にはお誂え向きの場所だろうと低い声で言い、怜子の腕を取る。怜子はこれまで桂木さんが一度も示さなかった性的な匂いのする強い暗い情熱のようなものの気配に脅かされる。そして夫人と古瀬を追いかけた夜の愉しさを思い出し、ひどく惨めな気持ちになる。怜子も桂木さんが彼の妻と恋人がここを逢い引きの場所としたことに気付いているのだ思い至り、その考えは怜子を一層脅かすのである。そして自分がこんなところに連れ込まれるのは不当だという今さらながらの思いから地団駄を踏む。理性を投げ出そうとしている桂木さんの気配に怖気づくのだった。桂木さんが含み笑いを漏らしながら言う。諦めるんだないい加減に。海の匂いのする風が吹き、梢から落ちた海霧の雫が怜子の頬や髪を濡らす。怜子はとうとう海霧に取り込まれてしまうのだった。
ほの暗くぞっとするようなロッテ屋敷。ロッテ屋敷全体の雰囲気は、確かに桂木さんのいうように自分好みでお誂え向きの環境に違いないと思うものの(その辺りは妙に素直な怜子だったが)、怜子は部屋の壁に不実な愛人達の睦言が熱く塗り込められているように感じる。そして、生身の自分がここに置かれ、肉声がこの部屋の壁に染みこんでいきそうになるのに怯えずにはいられなかった。しかし、それ以上に桂木さんがここにいるのは間違いだと怜子は思う。心に病巣をもつ自分にはここがお似合いかも知れないが、桂木さんの来る場所ではないという思いに苛まれるのである。
桂木さんは依然としてわずかな苦しさを底に秘めたような無表情な顔。怜子はお酒でごまかすなんてまっぴらだわと言いながら、一人でコップを口に運ぶ桂木さんに気圧され、コップを取って乱暴にウイスキーをあけかけた。桂木さんはその怜子の手首をふいにつかみ、きつく抱き寄せる。怜子は初めそれに抗うが、そうした抗いがかえって桂木さんの、そして怜子自身の快感を深めるのである。気遣いや優しさを捨てている桂木さんの思いのままにあしらわれる自分を怜子は感じ、苦痛と恥ずかしさに蒼ざめながらも、身体を変えずにおかないような鮮烈な歓びにふるえてしまうのである。
未明、桂木さんの腕の中に疲れきって抱かれている怜子は、芽吹かぬ木立が風にしなう音と海の騒ぐ重い音を聞く。今日から怜子はアミだ、満足したろうアミになれて。しかし、その言葉を裏切るように、桂木さんの手は怜子の髪を、頬を、背を、愛おしそうに愛撫し始める。悲しみさえこもっているような手の動き、このときになって怜子は、桂木さんが同情からでも後悔からでも義務感からでもなく、本当に怜子を愛していると感じる。怜子の言葉を借りれば、怜子が桂木さんに捉われているのと同じように、桂木さんは怜子に捉えられているのである。
その意味では要は2人は一応は対等なのである。怜子は腕の障害という引け目から離れられずにいた。相手にそういうつもりがなくても、可哀想だからという色目で見られれているのではないかという思いをいつも払拭できずに悩んできたのだった。桂木さんに対してもそうだった。桂木さんの事務所で、コキュという言葉を口に出してしまった時に覚えた戦慄が記憶に新しい。しかし、怜子は理性を外した桂木さんの姿を見て、ようやく桂木さんの本心に納得するのである。
怜子は頰に触れている桂木さんの指を噛んで泣き出す。桂木さんはその怜子の頭を胸に抱き寄せると目蓋の上に柔らかな接吻を繰り返す。2人の間に立ちはだかり始めていた心の障害が取り除かれた瞬間のように思う。ただ、怜子の涙には喜びとは異なるものが混じっていた。怜子と桂木さんは対等のようでそうでないものがあることに気付いていた。第14章冒頭にある、桂木さんを傷付けずにはいられなかった自分自身への怯え、という表現がそれを端的に示していよう。

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そうしたことを考えるならば、怜子は桂木さんが自分を愛し捉えられているというけれど、捉えられていることと愛していることとは、本当に同義なのだろうか。2人がお互いに捉えられていることは確かだろう。しかし、それが互いに愛し合っていることになるのだろうか?
愛は無償の奉仕である。きれいごとだと言われるかも知れない、しかし、捉えられるのは、他律的な行為であって、愛とは異質なものなのではないか。札幌での日々には愛があったと思う。しかし、ロッテ屋敷で逢引に、真実の愛は感じられないのである。
何が変わったのだろうか。怜子はずっと怜子だったと思う。変わったのはむしろ桂木さんではなかったか。桂木さんが怜子に捉えられているのは確かであろう。しかし、札幌での日々に比べると何がが違う。
もっとも、桂木さんを責めるのは酷であろう。桂木さんを変えたのは、他ならぬ怜子なのである。働きかけるのはいつも怜子だ。桂木さんはそれに応えるだけ。怜子にはそれが物足りなくて、桂木さんの心を捉えたくて、あれこれと思い悩み、時には突飛な行動に出る。桂木さんはいつもそんな怜子を穏やかに見つめていた。包容力があるともいえるし、主体性がないといえなくもない。2人ともあとほんの僅かだけ相手の立場に立って考えられたなら、少し先走る話になるが、少なくとも桂木夫人が犠牲になることだけは避けられたのではないか。
不倫なのだからといってしまえばそれまでなのであるが、挽歌はそれを忘れてしまうほど清潔な筆致で描かれた作品であり、挽歌を読んでいると、一人一人がみな愛すべきひとに思われてくる。登場人物のみなが愛おしくさえあって、このままそっとしておいてあげたかったという思いに駆られるのである。

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ところで、怜子は、桂木さんの優しさは、過ちに対する罪の意識からくるものではないかと気付き、苦しさに捉えられて昂ぶりを抑えられず言ってはならないことを口走ってしまうのだったが、この過ちに対する罪の意識からくる優しさという怜子の桂木さん評は、やはり少し先走ってしまうことになるが、第14章に見える古瀬達巳の桂木夫人に対する評価にも通じるものがある。
古瀬は言う。「あいつは過ちを恋にすり替えただけだ。」恋してくれていると思っていたら、過ちだったといって、曖昧な対応しかしてくれない夫人への苛立ちを示す言葉である。そうした態度を取る桂木夫人の心には、古瀬との関係をもったことへの後悔とともに、桂木さんへの思いがある。それなのに古瀬との関係を断てない夫人の弱さ、優柔不断さが古瀬には許せない。過ちであるから関係を続けられるということもできる。過ちであることを夫人は逃げ道にしているのだ。しかし、それは夫人の弱さでもあるけれど、夫人の優しさであるとも言える。
過ちに対する罪の意識から関係を続ける、これはまさに怜子の桂木さん評と同じである。古瀬から見た桂木夫人、怜子から見た桂木さん、奇しくも同じ思いなのである。桂木さんの優しさは、過ちに対する罪の意識からくる優しさではないか、そう思って苦しむ怜子の苦しさは古瀬のそれと同じなのである。
ただ、桂木夫妻に対する怜子と古瀬の評価があたっているかどうかとなると、話はまた別である。つまり、桂木夫人の古瀬に対する愛、桂木さんの怜子に対する愛情が、どこまで真実だったかということである。
夫妻それぞれの気持ちにいずれも嘘はないと思う。そして2人ともお互いを愛し続けている。だからこそ苦しむのである。その意味では2人とも罪の意識を持っていると言えばそうなのだ。でも、だから怜子や古瀬に優しいのかといえばそうではない。そこには真実があると思う。そこを疑ったら2人に対してあまりに酷というものだろう。
ただ、桂木さんと桂木夫人とで違うのは、桂木さんは夫人の恋を知っているが、夫人は桂木さんの恋を知らなかったことである。妻と古瀬のことを知ったことが、桂木さんが怜子を受け入れる契機になったと言えなくはないだろう。怜子が桂木さんに近付いた動機も、元はといえば、古瀬との関係をもつ桂木夫人の存在に興味をもったことにあるのだから、何という皮肉であろうか。
一方、桂木夫人は夫と怜子との関係を知らなかった。自分と古瀬とのことで精一杯で、夫を疑うことさえなかった。ましてや怜子が夫の相手であるなどとは考えてみたこともなかっただろう。それが次章で語られる悲劇の直接の引き金ではあるのだが、今書いたように、怜子が桂木さんに魅かれたきっかけが夫人と古瀬にあるのだとしたら、結局それは夫人自らが蒔いた種なのである。何という皮肉なことであろうか。

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ここまで考えて来たとき、一つ思い当たることがあった。それはなぜ原田さんがこの作品に『挽歌』というタイトルを付けたかということである。挽歌とは本来、死者に対する哀悼の意を表する歌の意味である。ただ、その語感の好さもあってか、これまでこのタイトルの意味するものをあまり深く考えずに、この作品を読んできてしまったきらいがあったことは否めない。せいぜい、怜子の恋に対する挽歌という比喩的な意味があるのかといった程度にしか考えてこなかった、というのが正直なところであるだろう。
しかし、翻って考えてみると、一体誰に対する挽歌なのか。そこのところは一度突き詰めて考えておく必要があった。この作品の主人公が、語り手である「わたし」、つまり兵藤怜子であるのは一応間違いないところであるだろう。しかし、「わたし」が紡いだのは自己の恋に対する挽歌である、などと曖昧に考えたままにしておいてよいのかどうか。そもそも怜子の桂木さんに対する愛は、けっして作品の結末においても断ち切られてしまっているとは思えないのである。
そこで、挽歌本来の意味に立ち返って考えてみるなら、この作品において、生を終える本来の意味における挽歌を送られる対象となり得る死者は、次章で多量の睡眠薬を飲んで服毒死を遂げる桂木夫人をおいてほかには見当たらないことに気付く。これは作品の読みとしては、本当に迂闊なことであったといわねばならない。桂木夫人の死に対して怜子が紡いだ挽歌として、この作品は読み直す必要があるのである。もちろん怜子にとって、桂木さんとの恋への挽歌という比喩的な意味合いが込められているのは事実であろう。しかし、比喩的な意味合いをいうならば、それと同様に、いやそれ以上に桂木夫人との恋への、ひいては桂木夫人その人への挽歌という意味合いも認めてしかるべきなのでなかろうか。
『挽歌』というタイトルのもつ意味は、それほどに深くかつ重いのである。懸命な読者にとっては既に当たり前のことであったかも知れないけれど、それにいまさらのように気付いたぼくは本当に迂闊であった。しかし、このあらすじの稿を書き始めて以来ずっと心のどこかに引っ掛かったままになっていた骨のような課題の答えが見えてきて、正直言ってホッとした思いを味わったことであった。(つづく)
ラベル:読書
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2018年11月07日

上北山村の錦秋の山々

今年はまさに錦秋と呼ぶに相応しい時期の山々に続けて登ることができた。夏の猛暑と9月の長雨・台風のせいで、モミジはあまり期待できないだろうと言われていた。実際、秋口に既に茶色く変色していたり、葉を落としていたりする木々もあって、モミジの時期の山旅はほとんど期待せずにいた。しかし、10月後半と11月初めの2度の山旅は、どちらもそんな前評判を見事に裏切るもので、自然の造形の美しさを満喫できる紅葉狩り三昧の山旅を楽しむことができた。
そもそもこの秋は天候不順で山歩きに出かけること自体が少なくて、この2回は随分久し振りの山歩きだった。いずれも上北山村である。川上村から伯母峰トンネルを越えて上北山村に入ると、風景が一変するのに気付く。伯母峰トンネルの手前は紀ノ川水系で水は北に流れる。一方南側は熊野川水系で水は南に流れる。ここが分水嶺になっている訣であるが、それだけではない。北側は深い谷が多くそこに大滝、大迫のダムが造られている。一方南側は谷が比較的浅く国道の直ぐ脇を流れ、しかもそのそばまで優しい自然林に覆われた山々が迫っている。手入れの行き届いた植林が多い川上村側の風景とは全く印象が違うのも肯けよう。

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最初の山旅は、行者還トンネル東口から一ノ垰まで登り、そこから奥駈道を少し弥山方面に辿ったところから左に派生する尾根を高塚山方面に向かい、途中から南に折れて、三本栂、大栂山と歩いて、小谷林道に降るコース。次の山旅は、大普賢岳の山懐を周回するコースで、和佐又山ヒュッテから笙の窟へ登ったあと、岩本新道を降って西へ底無し井戸まで足を延ばしてから、和佐又山のコルから和佐又山を経て和佐又山ヒュッテ前に戻るコースである。
どちらも空気の澄んだ好天に恵まれ、折しも赤に黄に見事に色づいた木々の間を通り抜ける、それこそ夢のような山行を楽しむことができた。
一ノ垰はクマザサに彩られた明るい風景が印象的な奥駈道の稜線の峠で、行者還の往復の際に最初に訪れた時、一度で魅せられてしまった場所である。今回の訪問は本当に久し振りで、ここに来られるというだけで充分山行の目的が果たせたと思えるくらい、是非来たかったところだ。一の垰のすばらしさは、峠としての風景の美しさとともに、周辺の眺望のよさにもある。今回もまことに期待に違わぬ展望を堪能させてもらうことができた。ここで山々を眺めながら昼寝でもできたら、それだけで幸せな1日が過ごせるだろう。
ただ、今回訪れてちょっと心配になったのは、一の垰への登山口にあたる行者還トンネル東口の想像を絶する荒れ方である。駐車場だった箇所がほとんど崩壊し跡方を留めないばかりか、林道そのものも歩行に支障が出るほどになっている。このままではここから少し林道を辿ったところにある一の垰への登り口まで行き着くことさえ困難になってしまうのではないか。そうしたら、尾根道を登り詰めて一の垰に飛び出すあの素晴らしい山道が荒れてしまうのも時間の問題かも知れない。一の垰は、もちろん奥駈道の通過点としてだけでも充分な魅力をもってはいるけれど、やはり奥駈道への合流点として、明るい奥駈道に到達するあの達成感を味わえてこそ、その魅力は何倍にも高まるのである。単なる奥駈道の通過点にしてしまってはならない場所だ。
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〔一の垰から八経ヶ岳(左)と弥山〕

一の垰から大普賢岳.jpeg
〔一の垰から大普賢岳〕

一の垰から鉄山と金剛山・葛城山(遠景).jpeg
〔一の垰から鉄山と金剛山・葛城山(遠景)〕

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さて、奥駈道から高塚山方面への尾根は、案内書によると踏み跡も定かではないと記してあったが、そこまでひどい状態ではなく、手入れもされているのか紅葉し始めた美しい自然林の中を行く気持ちの良い尾根だった。高塚山への尾根から右にそれて、南に三本栂への尾根に入ると、右手にそれまでにも見えていた弥山・八経から仏生・釈迦に至る奥駈道、左手に大台の山々という具合に、行く手の180度の視界に展開する紀伊山地を代表する山々を左右に展望しながらその間を降ってゆくという、なんとも贅沢な山道が続くようになる。この日のコースのハイライトといっていい地点である。三本栂と大栂山自体は展望はないけれども、ところどころに左に右に大展望の開ける地点があって、真っ盛りのモミジの美しさと相俟って、本当に幸せな山歩きが楽しめた。
奥駈道と高塚山・三本栂方面の分岐.jpeg
〔奥駈道と高塚山・三本栂方面の分岐〕

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〔モミジの尾根道を行く〕

日に映える黄葉.jpeg
〔日に映える黄葉〕

大栂山が近づくと、一部林道歩きをしなければならない場所もあり、また地名の由来でもある大きな栂の木の近くから小谷林道への植林帯の降りは、枝葉が厚く堆積した暗いじめじめした足下の悪い急な道で、たいへん歩きづらい。これら行程の後半は、前半に比べるとやや興趣に欠く面もあるが、それまでの行程の美しさがそれらを補って余りあろう。最後は、作業用のモノレールが現れて、それに沿って一気に降るようになる。この日は降りだったからいいようなものの、大栂山への逆コースはかなりわかりづらいし、相当にしんどいコースいってよいだろう。登り口を探すのにも結構苦労するように思う。
今回は行かなかったが、三本栂・大栂山方面へ右折せずに、高塚山へ直進する方向にも充実した尾根歩きが楽しめそうな道が続いていた(分岐のピークも面白そうなピークだったが、それを南に巻いたところに分岐点は位置している)。案内書にも紹介されている道であり、トンネル東口からであれば往復可能な距離であろう。機会があれば是非また訪れてみたいと思う。

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さて、もう一方のコースは、2年前に訪れたことがある無双洞から底無し井戸を廻って大普賢岳の足下を回る山旅と一部重複するコースである。無双洞へは今夏、七曜岳への道すがら再訪することができたが、偶然底無し井戸へも今回再度訪れる機会を与えられたことになる。
和佐又山ヒュッテから笙の窟までは、通常の大普賢岳への登山コースを辿る。和佐又山のコルまで上がり、そこからまずは大普賢岳から東に派生する例の小普賢・日本岳・ひ孫普賢の3つのコブコブが目立つ尾根を目指す。
歌碑付近から大普賢岳の三つコブ(小普賢・日本岳・ひ孫普賢).jpeg
〔歌碑付近から大普賢岳の三つコブ(小普賢・日本岳・ひ孫普賢)〕

そこそこの傾斜はあるものの、標高差200m弱の比較的歩きやすい尾根である。尾根の基部を水平に移動するようになると、日本岳の南の岩壁の下の指弾の窟、朝日の窟が顔を出し、続いて笙の窟へと辿って行く。自然林の美しい道で、ここは以前大普賢岳に登った初夏の緑も美しかったが、今回は季節も変わって一段と山々が映える。
笙の窟で昼食を取っていると、なにやら水滴が降ってくる。快晴に近い青空を薄い雲が速い速度で動いているのが見えるが、雨粒が落ちてくる訣はなく、どうもオーヴァーハング気味に頭上に展開する日本岳の岩峰の上部から落ちてくるらしい。木々の水滴か、あるいは岩肌の湧き水か、どちらだろうか。

          §           §           §

鷲の窟で再び岩峰を見上げたあと、大普賢に向かう道から分かれ、岩本新道を大普賢岳の足下へと降る。この道は今度が初めてで、エスケープルートのような急傾斜の歩きにくい道を予想していたけれど、季節がよかったこともあるだろうが、大正解の素晴らしいコースであった。
まずは歩きやすさ。250m程一気に降るジクザクの道で、結構な傾斜はあるが、ジグザクの一辺がかなり長く、うまく考えて付けられている。次に時折開ける展望。大普賢岳から国見岳・七曜岳へ、そしてその先の行者還、弥山・八経(行者還が弥山に重なって見える)、さらには仏生・孔雀・釈迦(釈迦はほんの僅かに見えるか見えないか程度)へと続く奥駈道が木の間越しに望める眺望に恵まれている。そして何よりも圧巻だったのは、この季節ならではの色付いた木々。黄色を中心に、時折赤色も交えて色付くモミジが、さまざまな色合いに残る緑色と、木々の間を埋める空の青さと相俟って、それこそ応接の暇もないほどに続くのである。モミジのトンネルの中を行く風情はまさに全山錦秋と言って好い光景なのだが、あでやかさよりも、むしろしっとりと優美で、瀟洒ともいえるやわらかな美しさに満ち溢れている。誰かが日本庭園のようだと言っていたが、点在する大岩にモミジが散り敷く様子などはまさに枯山水の趣であって、確かに言い得て妙だと思った。
導標が見えてきたので、あれっと思ったら、もうそこが無双洞・底無し井戸と和佐又山のコルを結ぶ道だった。一昨年ここを通ったとき、岩本新道の分岐は教えてもらった記憶があるが、まさかこんな形で飛び出すとは思わなかったので、ちょっと意外な感じがした。それにしても岩本新道をこの季節に歩けたのは、短時間ではあったが思わぬ収穫だった。葉のある季節にはあまり展望は期待できないかも知れないが、木の間越しに山々を望みながらのんびりと歩くにはちょうどよいコースだと思う。どの季節に訪れてもそれぞれに趣のある行程が楽しめるだろう。
岩本新道の秋.jpeg
〔岩本新道の秋〕

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〔岩本新道上部から南方の展望〕

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合流点から西へ、底無し井戸までの道は、一昨年逆向きに歩いたところだが、振り返れば小普賢・日本岳・ひ孫普賢の三つコブが望まれる地点もあり、岩本新道の続きのモミジも美しく、滑落注意の標識も立つ結構な道ではあるのだけれど、足取りも軽い。最後は慎重に底無し井戸のそばまで行って中を覗いてみる。このあたりは今でこそ自然林に覆われているが、元々は日本岳の岩壁に象徴されるように急峻な岩稜帯だったのかも知れない。
日本岳の岩壁を見上げる.jpeg
〔日本岳の岩壁を見上げる〕

底無し井戸からは来た道を戻り、岩本新道との合流点を過ぎて今度は和佐又山のコルへと向かう。岩本新道を降る際には風も収まって、南向き斜面と言うこともあってか、暖かさを感じるほどだったが、和佐又山のコルに到着したときには、もう気温の降下を感じるほどで、秋のつるべ落としを実感する。
和佐又山を望む.jpeg
〔和佐又山を望む〕

ここまで来たら和佐又山の大展望を見ずに帰る手はなく、ひと登りして大普賢岳の大展望を味わう。一昨年はややガスって大普賢は望めなかったが、今回はばっちりの展望を楽しめた。ここは本当にいつ来ても憩える山頂だ。名残は惜しいが再来を期し、帰路は和佐又山ヒュッテへ直接下る道を取り、この日の山旅のフィニッシュを迎えたのだった。
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〔和佐又山から大普賢岳を望む〕
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2018年11月04日

原田康子『挽歌』のあらすじ7─愛の結末に向けた心の葛藤─

(原田康子『挽歌』のあらすじ6─愛の行方─より続く)
第12章 3月22日とその前の数日
怜子の札幌行きを案じている人がいた。1人は怜子の父、もう1人は久田幹夫である。
久田は、怜子が愛人に会いに札幌に行ったことを薄々感付いている。怜子はそこに幼友達の苦しさを感じるが、癒してやることもできない。悪ぶってばかりいる怜子の優しさが垣間見える描写だ。こんな友人がいる怜子は幸せだなとふと思う。怜子自身はまだそれに気付いていない。あまりに身近な存在の久田を怜子はまだ友人としてしか見ていないけれど、久田が暖かく包み込んでくれている心地よさは感じている。
父はやはり父である。娘への負い目はあるのだけれど、そうであればなおのこと心底娘の身を案じている。久田に対するのと違い、怜子にはそれがわかっている。わかっているからこそ、悪態をつき、なおさらむごいことを口にしてしまう。言ってから始まる後悔が、吐瀉物のように心に絡まりついて離れない。父への怜子の思いがにじむ。父との関係が、実は怜子の男性観の基本なのだ。このことは、桂木さんが帰って来てから、桂木家でくみ子ちゃんを間に挟んでの場面で、怜子自身がのちに述懐する、その伏線でもある。

          §           §           §

桂木さんが札幌を発つ22日という日をけっして忘れることができず、怜子の心は千々に乱れた。桂木さんの優しさは札幌の旅でお終いなのだと決め付けてしまっている怜子は、血の気の引く思いを味わい、苦しさだけでなく、怯えを抱く。しかし、そんな中でも愉しみを求めようとするのがまた良くも悪しくも怜子なのであって、桂木さんが怜子と夫人との接近を先に知れば、夫人に桂木さんとの仲を知られずに済むかも知れないという期待を抱く。
怜子の思いは切ない。唇の上にいつまでも桂木さんの唇の感触が残っているような、肩や背に彼の腕の跡が残っているような、身体の全部が彼の匂いで包まれているような、そんな感触が懶く、恥ずかしく、悲しくさせると同時に、夫人に逢うのを躊躇わさせる。結局怜子は桂木さんの帰りの前日まで桂木家に行かれずにいるのだった。
しかし、桂木さんが札幌を発つ前日の21日の午後、怜子は意を決して桂木家へ向かう。その前に夫人の顔を見ておくのも悪くないし、札幌から帰った挨拶をしておくのも面白い。面白い、愉しい、それが怜子の行動の基本なのである。先に桂木夫人に声をかけられ、後ろめたさから怜子は軽い動悸を覚える。借りたお金を返すとき、怜子は自分と桂木さんのためにそのお金を使わなかったことに腹立たしくなる。腹立ちもまた怜子の個性だが、彼女のいいところは、それがいつまでもグズグズとあとを引かないことだ。もっとも、あとは引かないが、そのかわり間歇的に噴き出す。
愉しさを求める怜子はまた、桂木夫人の観察も怠らない。桂木さんの帰宅に関するくみ子ちゃんとの会話の折り、夫人の整った白い顔に、一瞬微かな痛みと悲しみが広がるのを見逃さない。この痛みと悲しみは、夫人が桂木さんを愛している証拠なのではないか。怜子の動悸は速くなる。それがまた怜子の好奇心、悪態を助長するのである。
桂木夫人に悲しみと痛みの影が消えてから、怜子は素知らぬ顔で夫のことを尋ねる。ママンのハズ、明日帰ってくるの? どんな人か教えて、優しくて真面目で静かな人なんでしょ? それはまさに怜子が感じている桂木さんその人の印象だ。ママン好きでないの? 夫人に波がひたひたと引き返してくるように、痛みと悲しみの影が戻ってくる。どっちが好き、古瀬さんとハズと? さらにそう畳み掛ける怜子は、夫人を問い詰めているつもりでいて、実は自分自身を追い詰めてしまっているのに気付かない。
そう質問した怜子の心に、夫人が古瀬達巳の方を強く愛しているはずがないという考えが稲妻のように貫くのである。桂木夫人は桂木さんを愛している。薔薇色の頬の娘とこの家を愛している。古瀬達巳を恋していても、恋が夫と娘と家とを引き離すことはできないに違いない。しかも隠れた恋のために夫人の夫に対する愛情は怖ろしいほどつつましくて従順なものかも知れない。しかし、その一方で、夫人が桂木さんを愛していてももう遅いという考えが、不思議なほど怜子の心をときめかせるのである。
この辺りの描写は、怜子による桂木夫人の心の分析なのだが、実は怜子の気持ちに寄り添っての怜子自身の心理分析でもある。怜子は、痛みが消え、明るさが蘇った夫人の美しさに、一旦ときめいていた胸を今度はおののかせるのだった。そして、おののきながらも、怜子は桂木夫人に見惚れ続け、突然夫人の膝にすがって自分が桂木さんの愛人であることを打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。怜子自身の心理のあやの描写はまことに鮮やかで一瞬の隙もなく、怜子が次にどんな行動に移るのか、それが必ずしもストレートでないだけに、変な言い方かも知れないけれど、まさに手に汗握る場面だ。
怜子を思考のループから救ったのは、くみ子ちゃんだった。思いがけない衝動に心の安定を失いかけた怜子は、くみ子ちゃんに髪を悪戯されてはっとわれに返る。夫人はもう落ち着いた笑顔に戻っている、怜子の危機も去った。しかし怜子にはかえって怯えがよみがえり、もう来られない、毎日でも来たいけどハズに内緒なんていや、と一番の心配を思わず口走ってしまう。
明日わたしがここにいたら桂木さんはどんなに愕くか。怒りや蔑みを受けるに違いない。でもどうせ自分がいなくても知るのだ、ならば自分ではっきりと告げた方がいい。そう考えると、とんでもないことを言ったと心の中で蒼くなった怜子だったが、ここは桂木夫人に救われれるのである。
遠慮をなさらなくていいのよ。言われてホッとした怜子だったが、爪先で軽く床を蹴りながら、だけどママンわたし遠慮すると、構わないと言われることを前提に、一応しおらしいことを言う。夫人は夫人で、ふた月ぶりの夫との出会いに、2人だけで面と向い会うのを避けたくて、怜子が居合わせるのを希っているのである。怜子にはそこの所の計算がある。くみ子ちゃんを間に、曖昧に笑い出す2人だった。2人の利害が一致するのである。何という微妙な瞬間であろうか。それにしても桂木夫人の人を疑うことを知らない純粋さは哀れで、また儚い。

          §           §           §

いよいよ桂木さんが札幌から戻る日、怜子は3時頃バス停へ向かう。昨日と同じように暖かく、舗装の敷石の間に雪解けの水が光る。何気ないが、心理の綾が続き、またこれから展開する前にあっては、たいへん印象的な風景描写である。お彼岸の花束を売る花売りの車がならぶ、桂木さんと初め逢ったのは去年の秋のお彼岸の日だったと怜子は涙ぐむ。一人で駅に迎えに行きたくなるのを我慢して、約束通り桂木家へ向かうべく、苦痛で心持ち蒼ざめて怜子はバスに乗る。
桂木家のなかは昨日よりもずっと美しく見えた。玄関にヒヤシンスの花、居間にもピアノの上にも花、桂木夫人は青味がかったグレイのワンピース、それは晩秋怜子が初めて訪ねたとき、片手に黒い手袋をはめたまま玄関に出てきたときと同じものだった。桂木さんを迎えるための、完璧な舞台装置である。
やっぱり止めれば良かった、帰ろうか。自分を軽く睨んだ夫人の顔にさしたかすかな赤みに怜子はうろたえる。桂木夫人を騙し続けなければという義務感と夫人への愛情。今夜夫に抱かれることを期待しているかも知れないという嫉妬も混じり、怜子は少し蒼くなり、意地悪な気持ちになる。
怜子はくみ子ちゃんを膝に乗せ絵本を読んでやる。父親を待ち焦がれる幼児、まだ描写されないが、それは怜子の幼い日の記憶を蘇らせる。怜子の研ぎ澄まされた神経が、台所から聞こえるあらゆる物音・匂い・夫人の衣擦れの気配までをも捉える。空が桃色に染まり、夕方が近づき、子どもの声が一際澄みわたり高く聞こえ出すと、怜子の胸に生理的な苦しさが拡がって来る…(素晴らしい描写だ!)。現実と夢の間を怜子は行き来している。
桂木さんの汽車は6時半に着く、5時半過ぎ、夫人が夕食の準備を始めると、怜子は食事は遠慮すると言い出す。桂木夫人の顔が翳りを見せる。怜子も胸の動悸が激しくなってむやみにくみ子ちゃんをからかい始めるのである。2人の思いが交錯する。
6時半過ぎ、恥ずかしくなったと断って怜子は一人で応接間に逃げ込む。狼狽した桂木さんを見たくない怜子は、自分がこの家にいることをそれとなく知らせようとしたのだ。誰よりも先に桂木さんの姿を見なければならない。動悸と疼きを感じながら、外套姿の桂木さんを見る。身じろぎもせず桂木さんを見つめるが、彼は細めにカーテンのあいた窓に気付かない。カーテンの握っている怜子の手が小刻みに震え出す。
怜子は応接間で、貧血を起こしそうな気分になりながら、椅子にじっと座り続ける。聞こえてくるのは、くみ子ちゃんの様子だけ。一秒ごとに命がすり減っていくような思いを怜子は味わうのだった。

          §           §           §

食事がすんだのだろう、3人が応接間へ向かって来る気配。まずくみ子ちゃん、そしてすぐあとから和服に着替え夕刊をもった桂木さん。桂木夫人が現れるまでのほんの一瞬だけだが、緊張感で空気が凝縮する。桂木さんの鋭さを潜ませた無表情な眼、掌を握りしめ見つめかえす怜子の眼。夫人の懶げな微笑に怜子はゆとりを取り戻す。桂木夫人が桂木さんに怜子を紹介する馬鹿げたお芝居に、桂木さんは挨拶を返さなかった。桂木夫人はそんな夫に困惑し、居間へ片付けに行く。
怜子は、落ち着いて新聞を読んでいる桂木さんとくみ子ちゃんを黙って見続ける。そして、父親らしく、妻のある男らしく、この家の主人らしく見えるそんな桂木さんを見てしまったことに苛立つ。パパよと繰り返すくみ子ちゃん、頷くたびに心臓の具合が変になりそうな気がする。ママン呼んで来ると言って、くみ子ちゃんが部屋を飛び出す。
2人になるとすばやく桂木さんの横に座った怜子は、息を殺し新聞を読んでいる桂木さんの横顔に視線を注ぐ。わかったでしょ、わたしはアミに決まってるわ。桂木さんの着物の防虫剤の匂いと、髭を剃った後の化粧石鹸の香が、かすかに怜子のからだを包む。
怜子はふいに桂木さんへの不思議な懐かしさで体が固くなるのを感じる。それは心情の懐かしさばかりでなく、怜子が今まで知らなかった感覚の上での懐かしさだった。そこには多分父親への憧憬が含まれていよう。
それでもなお、正確に活字を追っている桂木さんの様子に怜子は余計焦る。もう怜子は自分を忘れて、思いがけないことも口走り、そしてそんな自分に愕く。行き詰まる2人を救ったのは、やはりくみ子ちゃんだった。しかし、桂木さんはこの少女だけを愛おしく思っているに違いないとふいに思う、わたしのことも夫人のことも考えていないかも知れない。わたしを彼は今愛しいと思うはずがない……。怜子は危うくしゃくりあげそうになる。悪い方へ、悪い方へと自分の考えを導いて行ってしまう怜子だった。

          §           §           §

そうしながら、怜子はある遠い日に見たこれと似た一つの情景を思い出すのである。今は全く使われない支那緞子のカーテンのかかっている応接間で7歳の怜子が見た、父とその愛人の姿。人に伝えてはならない美しさを感じ、怜子はそのことを誰にも話せずにいた。その真夏の日々、怜子は砂場で腹這いになり、草の茎を銜え煙草を喫む真似をして過ごしたのだった。太陽が幼い怜子のこましゃくれた無邪気な肉体を灼く。庭には音の絶えたような時刻がだけが流れる。しかし草の茎を銜えるとき、おびやかすような蹄の音を聞く。遠くから自分を捉えに来る妖婆の馭す馬の蹄の音のように怜子は思った…、それはまだ幼なかった怜子が大人の女性に感じた性的な匂いのある夢だったに違いない。
怜子は、自分に刻み込まれたこの風景と同じ今の構図が、この少女にも刻み付けられて生涯残ることを願うのである。これはどういう心理なのか。同じ苦しみを味わうがいいという思いか、それともその逆で幼い日への憧れのような思いがあるのだろうか。同じように見えても、桂木さんは今、ただくみ子ちゃんだけを愛おしく思っている。それが怜子には貴重な瞬間に思われたのだろうか。それとも、桂木さんと自分の父を重ね、くみ子と怜子自身を重ね、回想に耽っているだけなのだろうか。ただ、いずれにせよそこには怜子の悲しみが見え隠れするような気がしてならない。
しかし、怜子はここでもまた突き放される思いを味わうことになる。心に潜んでいた幼い日の記憶と今のこの応接間の雰囲気が、異質のものであることに怜子は気付かされるのである。ここにはまだ清潔さがある。父と愛人の間にはなかった清潔さ、しかし若い自分だからそれがあるのではなく、それは桂木さんのものだと気付いたとき、怜子は彼から突き放されたような思いに愕然とする。自分というものの醜さ、あの日味わった物憂い雰囲気を作っているのが自分自身であることに玲子は思い至ったのである。自分から望んだこととはいえ、アミに過ぎない自分に気付いたのだった。

          §           §           §

桂木夫人が紅茶を用意してくると、夫人が引き留めるのも頑なに断って、わざと桂木さんに聞かせるように、怜子はすぐ暇を告げた。全て桂木さんへの当てつけである。もう桂木さんとはお終いだと怜子は震え、蒼ざめながら、古瀬達巳の電話番号を夫人に尋ねる。夫の前で愛人の電話番号を言わせるのである。
そこまで夫人をいたぶらなくても、と思うが、救いは、怜子自身、自分の行為をよく理解していなかったらしいことである。夫人の眼に涙が薄くにじむのを見て喜び、初めて怜子自身一切終わりかも知れないという怖れから、刺戟をほしがっていたことを漠然と感じるのである。かすかに表情を変えながらも、微笑みながら番号を教えてくれる桂木夫人、そして原田さんは敢えて描いてはいないけれども、それを素知らぬ顔で見、聞いていたであろう桂木さん。凄絶な場面である。
怜子の執念というべきか、彼女が桂木夫人に古瀬辰巳の電話番号を聞いたのは、それが目的なのではなく、無意識とはいえちゃんと先があるのである。古瀬をいたぶることである。
古瀬達巳が電話に出ると、怜子は何も言わずに低く笑い続ける。桂木さんがなお離れていくような真似をしているという意識は怜子にもあるのだけれど、わかっていてそれを止められないのだ。電話した理由を問われ、意地悪したいからよ、と言ってのける怜子だったが、間を置いて君酔ってるんじゃないのか、と古瀬に問われ、そうだわたしは酔っているのかも知れないと、怜子は奈落の底に突き落とされるような思いを味わうのだった。自分が絶望感とでもいうようなものに酔っていることを、古瀬に悟らされたのである。
結局全てが自分に返って来て、なにもかも終わったのだという思いにぼんやりと包まれた怜子は、乱暴に受話器を置くのだった。(つづく)
※今回は第13章まで書くつもりだったが、書いているうちに話が思わぬ方向に展開して長くなってしまったので、やむを得ず第12章の1章分だけに留めることとした。
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