2018年12月31日

年の瀬の親子うどん

滋賀県大津、石山寺門前の「香月」さんの絶品親子丼については、以前書いたことがある(「しつこい夏風邪と青ねぎの親子丼」)。相変わらず毎年夏と冬にお世話になっていて、先日もまたなつかしい味を堪能してくることができた。厨房の寡黙な親爺さんも、また楽しい会話で和ませてくれるおばちゃんもお元気で、いつ行っても変わらぬ時間を過ごせる。まるでタイムスリップしているような感覚を味わうのが常だ。
一方変わったのはむしろこちらの方で、年齢を重ねた影響が多分に現われてきた。食欲とは裏腹に、身体の方がそれを受け付けてくれなくなってきたのである。何をいただいても美味しい「香月」のメニューの中に、親子丼と並んでぼくが愛して止まない名品おいなりさんがある。普通は7つで一人前だけれど、親子丼と一緒という訣にはいかないので、前にも書いたように、おいなりさん2つを親子丼に追加するのが定番メニューとなっていた。
ところが、年のせいかこれが最近結構しんどくなってきたのである。食べたいのは山々なのだが、胃袋が小さくなった訣でもないだろうに、ここ1、2年苦しさを覚えるようになってきたのである。そうはいっても根が食いしん坊であるため諦めがつかず、無理してでもいただいてきた。今年も最初はそうしたのだったが、遂に限界を感じてしまった。
しかし、どちらかを選べと云われても、ひとしきりまた悩むのである。天丼ならば、ごはんをうどんに替えて天ぷらうどんにすることができる。玉子丼に対する玉子うどんも、ちゃんとメニューに載っている。ところが、親子丼には、胃に優しくするためにうどんにしようと思っても、替わりになるメニューはないのである。
それであれこれ思案した挙句、ここは20年来お世話になっていることでもあり、恐る恐るという訣でもないけれど、上に述べたことを順序立てて説明し、つまりは天丼には天ぷらうどんが、玉子丼には玉子うどんが、というところから話し始めて親子丼のごはんをうどんに替えるのは難しいかと頼んでみたところ、意外にあっさりと、作れますよ、と快諾をいただくことができたのである。
その日はご夫婦の娘さんが千葉から手伝いに来ていられて(以前お店に出ていたもう一人のおばちゃんが脳梗塞で倒れられて以来、たまに息子さんのお嫁さんが県内からお手伝いに来ていたのに遭遇することはあったが、基本すべてご夫婦だけでお店を切り盛りしてこられたようだ)。ちょっと気恥ずかしくはあったが、すぐに親爺さんとおばちゃんに取り次いでくださり、二つ返事でOKとなったのである。そうした次第で、めでたく「親子うどん」+「おいなりさん2つ」のメニューができあがり、これを3日続けていただくことになった。
絶品、親子うどん.jpeg
〔絶品、親子うどん〕

おいなりさん2つ.jpeg
〔これまた絶品、おいなりさん2つ〕

さて、お味の方はどうだったか? これまた絶品であったのはいわずもがなのことである。まさに、期待通りの「親子うどん」であった。ついつい美味につられておつゆまで飲み干したりしてしまうものだから、カロリーの面でもまた当座の満腹感の面でも、親子丼とさして変わりはなかったかも知れないけれど、目論見通り苦しい思いはせずに済んだし、実は香月さんはうどんもまた美味しいので、おいなりさんのごはんとうどんを同時に味わえるこのメニューは、当分ぼくのブームになりそうな気配だ。勝手なお願いを聞き届けてくださりありがとうございました。
ラベル: 日常 季節
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2018年12月28日

原田康子『挽歌』のあらすじ10─桂木夫人の旅立ちと挽歌の意味─

原田康子『挽歌』のあらすじ9─挽歌前唱─よりつづく)
第14章(後半) 4月初旬の桂木夫人の来訪の3日後の夕刻
オリーブ色のジープで夫人の死体が見つかった場所へ行こうとしている桂木さんに、怜子は連れてって、わたしも、とほとんど必死で言い、桂木さんが緩く頭を振る隙にジープに乗り込んでしまう。自分の眼で夫人の死を確かめたいと本能的に思ったのである。それは怜子の矛盾する2つの感情の現われで、桂木夫人に追い討ちをかけた行動と根は同じである。
夫人の死をこの目で確かめたいという気持ちには、夫人に対するサディスティックな感情とともに、死なせてはならない、できることなら死がウソであってほしいと願う気持ちとが綯い交ぜになっている。そのいずれもが、怜子の桂木夫人に対する愛から生まれていることはいうまでもない。ただ、怜子は自分のことしか考えることができなかった。怜子の桂木さんへの愛が成就しなかった最大の原因はそこにあると思うが、この時に至っても怜子には桂木さんのことがまだ全く視野に入っていないのだ。
そのことを原田さんは、怜子自身の言葉で、かつもう何もかも終わったあとのような冷静な眼で述懐させている。「いま妻の死体のある場所へ行こうとしている桂木さんの気持ちをすこしも考えようとしなかった」と。ここにはこの挽歌の物語の経験を経た、語り手としての怜子がさりげなく顔を出している。それはふっと著者の眼を感じさせもする。ご自身の分身でもあるのだろう怜子に向けた、原田さんの暖かい視線である。
繰り返しになるけれど、怜子が桂木夫人の死を自分で確かめたいと願ったのは、夫人への愛が根底にあってのことである。桂木夫人の死を確信する一方で、そうであってほしくないという一縷の望みを抱き続けていたのである。もちろん、それが断ち切られたのを確信してはいる。しかし、この目で確認するまでは信じたくない、そんなことがあってはならない、あるはずがない、という強い希求、それは脅迫観念といってもよいが、それが怜子にはあった。愛し慕う桂木夫人を死に追いやったのが、他ならぬ自分であり、それを否定することができないことを、怜子は誰よりもよく知っていた。
こうして、桂木さんと一言も言葉を交わさぬまま、夫人の死体のある場所に行こうとしていた怜子は、次第に自身を包み始めた痛みの中に沈んでいくのだった。怜子自身が前に述べていたように、痛みはすなわち桂木さんへの愛そのものである。
同じ頃、必死に桂木夫人の許に向かおうとしている者がもう1人いた。古瀬辰巳である。なぜ古瀬が桂木夫人の死を知ったのか、詳しくは語られていないが、不安に駆られるだけで何もできなかった怜子と違い、古瀬は手を尽くして探し回ったのかも知れない。
古瀬の姿を認めた2人は、一瞬戸惑って見つめ合う。桂木さんは静かに古瀬を乗せようとするが、古瀬ははっきりとそれを断った。この出会いに最も大きなショックを受けているのが古瀬であることを怜子は感じる。怜子はもはや少し笑っているしかなかった。古瀬に憎しみや憐れさを抱いたからではなく、この残酷な出会いにかすかに喜びを感じていたから。ここでかすかにという形容が付されているのにも注意すべきだろう。かすかにしか喜びとしては感じられなくなってきているのは、怜子の明らかな変化の兆しである。
一方で、当たり前に読んでしまいがちになるのだけれど、古瀬辰巳をジープに乗せようとしたのが桂木さんだったことにも気が付いておくべきだろう。夫人の不倫相手と知った上でこのようなはからいができるのは、桂木さんの優しさというか、一途さというか、人を責めることを知らない桂木さんという人のすごいところだ。

          §           §           §

桂木夫人の死骸は、幌呂川が二つに分かれて放水路に注いでいる地点の、羊歯の薄茶色の芽が出た川床に、筵をかけて置かれていた。桂木さんは、夫人の死体をちょっと見ただけで、荒れ果てた非情な美しさで無限大に拡がる原野の彼方を見つめ続けていた。北に低く見える阿寒火山系の山々、そこには去年の暮の雪が降り出した頃、怜子が情熱からではなく痛みから桂木さんと出かけた温泉がある。その原野の彼方を見つめる桂木さんの姿に深い孤独の翳を感じたとき、怜子はここまで同行してきたことを彼のために悔やむのである。桂木さんはこれまでも苦しさを誰にも告げずに生きてきたのだ。それなのに、怜子が同行したことで、彼は冷酷にも愛人をこんな所まで連れてきたと思われてしまうに違いない。
桂木夫人の顔には泥が少しこびりついていたが、少しもむくまず、ただ蒼白く美しかった。経帷子となった銀灰色の絹のロウネックのドレスからは、濡れて雫がぽたぽた落ちていた。そして夫人の生気を失った頸には、怜子が送った十勝石のネックレスが揺れていた。掌を固く握ってその光景に見入った怜子の膝頭は細かく震え続けた。怜子は、自分が魅せられ、愛し、ついにはその心を深く傷付けずにはおかなかった美しい被害者を、昂然と頭を上げて見るほかなかった。桂木夫人を愛してしまった自分が実質的な加害者であることを、怜子は桂木さんに悟られたくはなかったのだろう。
この桂木さんと怜子の桂木夫人の亡骸との対面は、挽歌の中でも取り分け心に突き刺さる場面だ。ひとの命の儚さ、卑小さを、雄大な自然を背景に非情なまでに美しく描き切っている。
この場面で窺える怜子の桂木さんへの気持ちの変化にも注目しておきたい。ここまで同行したことを桂木さんのために悔やんでいるのは、先ほど述べた挽歌の物語を経たあとの怜子の述懐に結び付くものである。怜子の改心といってよいかも知れないが、この気持ちがあと少しでもはやく怜子のものになっていたならば、犠牲者を出さずに済んだのではないかと、言っても詮ないことまで考えてしまう。

          §           §           §

桂木さんと怜子は、無言の対面からの帰途、なおこちらに向かっていた古瀬が、不審尋問を受けて警察の車に放り込まれてしまうのに出会う。怜子は、生前意のままにならなかった愛人の死骸と同乗できた古瀬の光栄を思い、心の中でちょっと笑った。それはけっして嘲笑ではない。怜子の心に芽生えた他者への共感がそうさせたのである。
しかし、怜子の受けていた心の傷は大きかった。それで、桂木さんがギアを入れようとしたとき、脳貧血を起こしてしまう。気が付くと、夫人の死骸と古瀬を乗せたダッジは遠ざかり、怜子は桂木さんの腕に背を支えられていた。夫人の死に対面し震え続けた怜子の消耗は限りなく大きかった。
西日を浴びた桂木さんの目が潤んでいるように見えた。それは気のせいだったのかも知れないと断られているが、そう見えたことが大切である。怜子には、桂木さんが、夫人の死とそれを一緒に見た自分と怜子の2人のことを悲しんでいるように思われた。怜子はその桂木さんの姿に、初めて悲しみを感じたのだった。自己の内へ向かうのではなく、桂木さんを思い遣る感情である。桂木さんの思いを怜子が感じ始めた瞬間である。
桂木さんは怜子の背を支えたまま暫く車を駐めていた。周囲で葦が乾いた音を立て、藪ウグイスがのどかに啼く。桂木夫人の死骸を積んだ車は赤く染まった空に吸い込まれるように消えていた。まもなく、桂木さんと怜子の車も、沈む夕陽を追いかけるように堤防の上を走りす。
蛇足かも知れないが、先程の河原の場面以上に眼に焼き付いて離れない印象的なクライマックスである。燃えるような色に潤む夕陽と、その中に点のように映り揺らぎながら遠離っていく車が見えるようだ。桂木夫人の死を悼む挽歌の絶唱であろう。

          §           §           §

第14章だけでずいぶん字数を費やしてしまった。物語はまだ続くけれど、この章が『挽歌』のクライマックスであることにかわりはないだろう。桂木夫人の旅立ちを悼む歌としての挽歌であることについては前回少し触れた。しかし、こうやって書いてくると、最初に考えていたように、語り手の兵藤怜子自身の恋への挽歌としての側面が、かなりのウェイトを占めて浮かび上がってくるのもまた事実である。物語を通じて怜子自身の成長というか、大きな心境の変化が窺われるのである。桂木夫人の旅立ちであるとともに、怜子自身の旅立ちでもあったのである。そしてそれは桂木節夫にとっても。また登場人物それぞれにとっての挽歌であったといってもよいのかも知れない。
ただ、怜子の変化と対照的に、桂木さんの方は怜子に対して変わらぬ気持ちを抱き続けている。怜子からどんな仕打ち─それを自覚した怜子自身に変化を生じさせたくらいのひどいものであっても─を受けようとも、桂木さんに変化は生じていないかのようである。桂木夫人を死へと導いてしまったあととなっては、2人の愛はもう手遅れというしかない、少なくとも怜子自身はそう思っている。けれど桂木さんは、未練というのが憚られるほどに、怜子に対していまだに純粋な気持ちを抱き続けているのである。そうした桂木さんの気持ちを考えると、桂木さんの思いを受け止め始めた怜子が、なぜもう手遅れと初めから決めてかかっているのか、なぜそこまで頑なになるのか充分には理解できない部分が残る。
2人の気持ちが今後どう展開し、それをどう解釈すべきかはなお予断を許さない。怜子の天邪鬼的な一途さはたいへん魅力的だし、同性として(年齢的には怜子のお父さんが相応しいが)桂木さんに共感する部分も大きい。できることなら2人の間を取り持ってあげたい気持ちさえ覚えるくらいだ。
この主人公の父親は原田さんの小説に出てくる典型的なタイプで、結構自身は自由奔放で現代的でありながら、友達のような娘には気を遣うよきパパである。あるいは原田さん自身のお父さんがイメージにあるのだろうか。それならば桂木さんは? 原田さんの理想の男性は? もしかしたら、怜子のお父さんも桂木さんを足して2で割ったら、などとこうやってそれぞれの登場人物に寄り添って、筋とは無関係なことを考えながら読んでしまいがちになるからいけないのかも知れないけれど、第15章以下の読み取りは存外また難しいのである。
ラベル:読書
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2018年12月25日

旅心を誘う夢─夢の記憶54─

勤め先にいるらしいが、周囲は奈良に来て最初に住んだ官舎の団地のような雰囲気がある。そこから駅に向かうには、バスで東回りに行くのと、徒歩で西に坂を下って隣の駅に出るのと、2つの方法があった。
Jさんと一緒に出かけることになって時間を見計らっていた。ぼくはひと足先にそのバスルートの方向に歩き出していた。なぜがバスではなく、歩いて坂を下っていた。舗装されてはいるが、車の対向できない細い道だ。
ふと振り返ると、Jさんが反対向きに出かけようとしている。あれまあ、それならぼくもそちらからということで踵を返し、急いでJさんを追いかける。
ゴメンゴメン遅くなって、とあたかも出るのが遅れたように彼女に追い付いて一緒に坂を登り、さらに駅への道を下った。これなら、予定通り何分のバスに乗れるなと思っている。この段階で、目的地は電車の駅ではなくバスターミナルになっていたことがわかる。
そのせいか、その道を下っても、官舎から駅までの田圃の間をゆく道ではなく、コンクリートの切り通しのような所を抜け、高速道路の下かと思われる場所に出た。まだ目的地の駅まではだいぶんあることがわかっていた。ここには前にも来たことがあるような気がする。もちろん夢の中でだけれど。
途中が省かれて、次の場面ではもうバス停にいた。近鉄奈良駅前のバス停のようだが、どういう訣かそこからJR奈良駅行きのバスに乗ろうとしている。バス乗り場が何箇所があって、並ぼうとしたところが正しいのかどうかが気になっていた。周りの景色は近鉄奈良のそれではなかった。
この時点でなぜがもう1人Sさんが加わっていた。気の短いSさんが、乗り場があっているのかどうか、盛んに気にしている。仕方なくほかの乗り場にも確かめに行く。
その間に目的の駅行きのバスが、最初に並んでいたバス乗り場に入っているのが見えた。やっぱりあそこでよかったんだ。
ところが、持っていた荷物が見当たらない。さっきバス乗り場のところに置いていったはずなのに。実際いくつかの荷物があったので、ひとつずつ確かめて歩いたがどれも違う。困ったなぁ。
すると、Sさんがこれじゃあないかと手渡してくれた。この荷物なら最初に見ていたはずなのに、どうして気付かなかったんだろう。
さてこれで来ていたバスに乗れる、と思ってバスに乗ろうとすると、なぜかJさんもSさんもいない。どこへ行ったんだろう? 少し待ってみるがわからない。そうこうするうちにバスは行ってしまった。
探しても2人が見つからないので、仕方なくひとりでバスに乗ることにする。JR奈良駅に行くつもりなのに、その時乗ろうとしたバスは、自宅に向かう反対方向の路線バスだった。後から考えると、微妙に意識と現実がずれているのを感じるが、その時は別に変だとは思っていなかった。
どの時点での意識だったかがはっきり記憶がないけれど、この後だか先だかに、青森行きの飛行機の行程が連続しているのを意識していたことが微かに記憶にある。今から一旦家に帰るとギリギリだなぁと思ったことと、青森に行ってきたばかりでまた出かけるのは大変だなぁと感じた記憶がともにあって、どっちだったのか決めがたい。多分どちらも正しいし、どちらも正しくないというのが夢のあり方なのだろう。
青森と結びつくに相応しいOさんが登場した記憶があるから、青森に行った具体的な話も夢の中にあったはずである。でも、これは現実が紛れ込んでいるのかもしれず、もうこれ以上は思い出すことができなかった。
タオルを絞るようにすれば、あともう少しは記憶を蘇らせることができるような気がしないではないけれど、たいていそれはうまくいかない。自然に何かの拍子にひょっこりと浮かび上がってくることに期待するしかないのが常なのだ。仕方がないから、今日はこのくらいで打ち止めにしておこう。
この日は3時間しか寝ていなかったはずだし、間に1度起きているので、夢の中とはいえ短時間に随分あちこち出かけたものだ。寝ている時間の長短と夢の密度や記憶の濃淡は、あまり関係がないようだ。
それにしても我ながら、というかぼくらしい脈絡のない夢だなぁとつくづく思う。旅がしたい、そういう気持ちの表われなのだろうか? 毎朝早起きして近場の出張の中途半端な旅が続いているからだろうか?
そういえば、新快速に乗った京都駅0番ホームは、18:20発の日本海の出るホームでもあった。日本海で青森に出かけていた頃の鉄道の旅がなつかしい。そう、あの頃はまだ、函館行きもあって、日本海が2往復も走っていた時代だったのだ。
ラベル:
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2018年12月18日

アドヴェントのモーツァルト─ニ長調コンチェルトのカデンツァ─

12月も半ばを迎えた。以前ほど猫も杓子もジングルベルという感じではなく、随分大人しくなってきたような気はするが、クリスマス商戦真っ盛りという所。教会暦の方もアドヴェントに入り、クリスマスに向けてカンタータは暫しお休みで、これまで聴き逃してきた曲を振り返ったり、カンタータ以外の曲を聴くにはもってこいの時期である。
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〔出張先の街角で(福岡県二日市にて)〕

          §           §           §

そんな折、以前は入手困難だった演奏が偶然手に入った。クリフォード・カーゾンが、イシュトヴァン・ケルテスのバックで弾くモーツァルトの26番ニ長調K.537と27番変ロ長調K.595の協奏曲をカップリングしたCDである(PROC-1802、なんと国内盤)。
カーゾンがケルテスの伴奏で収録したモーツァルトのコンチェルトは4曲あって、そのうち23番イ長調K.488と24番ハ短調K.491は容易に入手できるのだが、26番と27番はぼくがカーゾンをまとめて聴いていた頃には手に入らず、聴くのを諦めていた。
同じ奏者の演奏なのだから2枚組で普通に出してくれたら別に問題はないものを、カーゾンの27番にはブリテンと組んだ名盤の誉れ高い演奏があるから話がややこしくなってくる。この組み合わせには20番ニ短調K.466の演奏もあるので、普通はこれとのカップリングで売られている。
それはそれでいいのだが、ブリテンとの演奏があまりに名高いために、カーゾンのモーツァルトを2枚組で出すのに、何と23番・24番のケルテス盤と、20番・27番のブリテン盤を組み合わせるなどという甚だ迷惑なカップリングが行われ、ケルテスとの26番・27番を聴けないという事態が起きてしまっていたのだった(ぼくの持っているケルテスとの23番・24番も、このカップリングの2枚組。1994年発売のPOCL-3616/7)。
当時ぼくがケルテス盤で聴きたっかたのは、27番の方で、それはブリテンの伴奏にどうもしっくりと馴染めないものを感じていたからであった。他の指揮者の伴奏だったらどうなのだろうという興味である。ただ、その後バレンボイムやランドフスカの演奏で26番のすばらしさに開眼し、カーゾンの26番を是非聴いてみたいと思うようになったこともあって、今回このCDが買えることを知って入手を思い立ったのは、むしろカーゾンの26番が手に入るという方に主眼があった。
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〔クリフォード・カーゾン=イシュトヴァン・ケルテス、モーツァルトピアノ・コンチェルトK.537・K.595のCDジャケット(PROC-1802)〕

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それでは何年も待って漸く聴くことのできた演奏の感想はどうだったか。正直言って、カーゾンには失礼ながら、それほど期待して聴いた訣ではなかったのである。しかし、一聴した途端に魅せられてしまうすばらしい演奏だった。何と潑溂とした若々しい演奏であることか! 1967年の録音であるから、カーゾンはこの年還暦を迎えた年齢。一方のケルテスはまだ38歳である。ケルテスの生きのよい愉悦感に溢れた伴奏に乗って、カーゾンが抑制を保ちながらも美しい歌を奏ででゆく。何と幸せなモーツァルトであろう! この印象は27番の方にもあてはまり、ことに第1楽章の颯爽としたテンポはこの曲のイメージを一新するにたるものがあった(あとからブリテン盤を聴いてみると、確かにテンポ感はかなり近いが、全体から受ける印象は、ケルテス盤とは随分違うものだった)。
27番K.595はモーツァルト晩年の純白のイメージが強い曲で、定番のバックハウス=ベーム盤のように、どちらかというとじっくり、しっとり聴かせる演奏が高評価を得ることが多いように思う。しかし、カーゾン=ケルテス盤で聴くと、贅肉を切り落とした彼岸の音楽としての性格は持ち合わせているにしても、そうしたいわば孤高の音楽としてのみこの曲を聴くのは、その一面を捉えているだけに過ぎないのではないか、そういう思いを強く抱くに至った。死のイメージは、偶々モーツァルトがそのあと幾ばくもなくして35歳の若さで亡くなったということに引きずられて発生している部分が大きいのではないか。
ぼくも若い頃は特に27番のギレリス=ベームの端正な造形の演奏に魅かれたし、クラリネット・コンチェルトの第2楽章のプリンツ=ベームの演奏に涙したりもした。しかし、ことモーツァルトに関する限り、いわゆる晩年の曲ではあっても、あまり感傷的に弾き、聴くべきものではないのではないか、という思いをこの年になって強く致すようになってきたのである。今回聴いたカーゾン=ケルテスの演奏は、その思いにさらに確信を与えるものとなった。

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もう一つ記しておきたいことがある。26番の第1楽章の末尾で弾かれるカデンツァについてである。バレンボイムの弾くこの曲のカデンツァにノックアウトを喰らった経験については前にも書いたことがある。フィガロのメロディーがなんの違和感もなく挿入される、ワンダ・ランドフスカの手になる傑作カデンツァである。ランドフスカ自身の弾く26番でもそれを確かめたところだった。そのカデンツァを、なんとカーゾンも採用していたのである。これには全く不意打ちを喰らってしまった。
しかも同じランドフスカのカデンツァなのに、聴いた印象は随分違う。バレンボイムはモーツァルトの天衣無縫さが際立つ演奏だったが、カーゾンはどこか屈託のある引っかかったような印象を受ける。元々カーゾンの音色自体が、くぐもったしっとりと湿った感じのピアノで、このカデンツァではことにそれが際立って聴こえる。しかも、そう思って聴いていると、カデンツァ末尾ではまさにこの世のものとは思われないキラキラと輝くような高音が出現し、唖然とさせられてしまうのである。この魔法のような変幻自在なピアノにはただただ唸らされるしかなかった。
考えてみれば、バレンボイムの弾き振り盤もカーゾン=ケルテス盤もともに同じイギリスでの録音である。カーゾンにはバレンボイムの伴奏で演奏した27番のライヴもあり、両者には親交もあったらしい。ただ、収録時期はむしろカーゾンの方が先で、バレンボイムの弾き振り盤は1974年頃の録音のようだ。ということは、ランドフスカのカデンツァの採用については、カーゾンの方が先行していた可能性が高いということになる。
誰のカデンツァを演奏するかについては、自作も含めて演奏者の見識もあろうし、あるいは流行のようなことも考えられるだろう。いずれにしても、バレンボイムが弾き振り盤でランドフスカのカデンツァを使用する基盤が、当時のロンドンにはあったのかも知れない。
そんなこともあれやこれやと考えさせてくれる、これはまことに得難く貴重なアドヴェントの贈り物だった。
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2018年12月16日

原田康子『挽歌』のあらすじ9─挽歌前唱─

原田康子『挽歌』あらすじ8─罪の意識のもつ意味─よりつづく)
第14章(前半) 4月初旬の桂木夫人の来訪とその3日後
ロッテ屋敷で過ごした晩に心と身体が受けた衝撃によって、完全な人間嫌いになって10日間ほど家でゴロゴロする日々を送った怜子は、桂木さんと今愛しあっているという確信に逆にひどく狼狽していた。そして桂木さんに苦い思いをさせた挙句に彼の愛を知ったことを思うと悲しくなったが、そこから眼を背けようとするのである。悲しみに溺れたら、次は不安に脅かされるのがはっきりしていたからである。それは、桂木さんの気持ちに対する不安ではなく、桂木さんを傷付けずにはおかなかった自分自身への怯えだった。桂木さんの真心を踏み躙った自分への嫌悪感、後悔に、怜子は苛まれ続けたのである。
これは怜子にとって大きな変化の兆しだ。桂木さんの愛を知った後の怜子には、他人を思いやる気持ちが芽生えてきつつある。しかし、それは自分との兼ね合いがあってのことで、方向はまだ自分自身に向いていた。それを乗り越えるだけの余裕はなかったのである。自分が彼を愛し彼が自分を愛していると感じられればそれだけで充分ではないか。怜子は刹那的な思考に落ち込みがちになりながらも桂木さんを待ち続けたが、電話があってもそれに出る勇気はなかった。

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4月に入って一週間程過ぎた日の真昼に三度目の電話があった時、怜子は湯殿で髪を洗っていた。電話口で泣き出さないという自信がなかった怜子は、そのまま石鹸と涙で眼を痛ませながら髪を洗い続ける。
居間に戻った怜子の眼に、さっき居留守を使った電話機の上に陽が柔らかに落ちる穏やかな光景が映る。そして荒れた庭に揺れる陽炎、たくさんに芽を出した桜草や、黄色い毬のように群がっている福寿草などの色とりどりの花々。いずれも怜子の心中との対比が鮮やかで、なんとも切ない情景描写だ。
怜子とばあやとの気の利いた軽妙な会話はいつも通りで小気味好い。しかし、怜子はばあやをやりこめたつもりでいて、最後はばあやに一本取られてしまう。でも、ここまではまだほんのりとした温かみがあり、怜子の恢復の兆しかと思わせないでもない。
それから3日目の午後、桂木夫人が訪ねて来る。怜子は桂木さんのことが夫人に知られたに違いないと思ってビクビクする。くみ子ちゃんも一緒と聞いて少し安心し、いつもと変わらぬ夫人の出で立ちを見て、少し胸をどきどきさせ、つい、びっくりしたわ、おどかしていやね、と本音が口をついて出る怜子だった。
桂木夫人の窶れの浮いた顔は、黒字に朱の井型を散らした着物に美しく引き立てられていた。夫人の窶れの原因は札幌から帰ってからの桂木さんの態度にあるらしかったが、探りを入れる会話から、その後も夫人が古瀬と連絡を取り合っているらしいことを怜子は察する。自分はまだ完璧に夫人を騙し続けているのだ。
この時怜子は、ロッテ屋敷のベットのきしみの音を聞く思いがして、背が冷たく汗ばむ。顔を出しかけた不安、怯えは、ちょうどその時、ばあやが羊羹とカステラを運んできて場の緊張がゆるみ、一旦は事なきを得る。
しかし、それは桂木夫人が一切を知る前兆だったのである。この辺りの話のもって行き方は実に堂にいってうまい。原田さんの筆が冴えわたっている。怜子の思考を克明に辿るそれまでの描写に比べると、格段に流れが良くなっているのを感じる。淡々としていて軽妙でさえあるが、味わいのある奥の深い文章である。

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ばあやは桂木夫人に怜子の父が後添えをもらおうとしていることを告げる。この子にも縁を探してやってくださいませんかね。このとき怜子はハッとして3日前のばあやとの会話を思い出す。しかし、ばあやは怜子が蒼ざめかけるのと同時に、愕くべき事を告げてしまうのである。
ご夫婦でお願いしますよ、旦那様にもかわいがっていただいているようで。
桂木夫人の訝しげな眼をよそに、ばあやはさらに畳み掛ける。先だってもお電話をいただきましたのにねえ、この子は居留守を使うんですよ。
桂木夫人の唇元から微笑が消え、切れの長い薄い色の目を見開くように怜子を凝視する。怜子はこれに無表情で蒼白めた顔で応じ、そこから夫人が一切を悟ることを確信した。それだけではない。夫人が激しい衝撃を受ける瞬間にさらに目を凝らしたのである。
夫人に桂木さんとのことを知られるのを極度に恐れていた怜子だったが、一旦知られたあとのその反動とも言える逆方向への行動は過激である。冷静さを失っているとしか言いようがないが、桂木夫人が怜子の視線を怖れるように眼を背けたときから怜子が感じ始めたむごい喜びの感情は、夫人への愛の裏返しでもある。怜子は、桂木さんから借りている写真集まで持って行くのである。
そればかりか遑を告げる桂木夫人をサンダルばきで追いかけ、追い討ちさえかける。札幌の桂木さんのところで過ごしたことや、ロッテ屋敷での逢引のことまで告げるという行動は、とても正気の沙汰とは思えない。
ただ、それにも増して凄絶なのは、表情一つ変えずに怜子に応対する桂木夫人の方である。原田さんの筆を借りれば、小学校のグランドを廻るヤチダモの木陰をゆっくり歩く夫人は、どう見ても優しく美しい母親の姿であり、愛してさえいた若い娘にひどく裏切られた人のようではなかった。張り詰めた怜子の心中に肩透かしを喰らわすような桂木夫人の周りに漂う純白な空気。そしてそれらとはおよそそぐわない明るい小学校の風景、グランドの縄跳びの少女やキャッチボ-ルの少年たち。それらの対照が凄まじい。
絡んでいったのは怜子の方なのに、怜子はそんな夫人の様子に言葉を失いひどくイライラする。そして桂木夫人誘われるまま無言で木馬まで何も言わずに明るい往還を歩く。くみ子ちゃんだけが終始弾んだ笑い声を立てる。

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木馬で白い鸚鵡を見ているうちに、怜子は得体の知れない悲しみが湧いてくるのを感じる。しかし、桂木夫人が何か反応を示すと、それにまた絡まずにはいられない怜子だった。
桂木は良い人です、そう物憂く微笑んで言う桂木夫人に対し、決まってるわママンが裏切ったのよと、たたきつけるように怜子は遮る。怜子は夫人が自分の仕打ちを受けて当然と感じているのである。そして夫人が今夫から離れていこうとしていることも。それは夫人が桂木さんを少しも疑わず恋の懶さにだけとらわれていたことの証拠でもあった。
しかし、それを知ると、怜子の心中にまた不安が頭をもたげ始める。変なこと考えないでよ、私の気持ちわかんないの! わたしがママンも好きだってこと信じないの? このことを信じてもらわなければ我慢ができないと思うのである。
怜子の桂木夫人に対する相反する二つの思いは、どちらも真実であった。その狭間を突き詰めていくと、桂木夫人をここまで追い詰めたのはまさしく自分自身であって、自分が夫人に魅かれたからだと気付いて色を失う怜子なのである。そして夫から離れていこうとしている桂木夫人に、わたし、なにも望んじゃないわと怜子は泣きじゃくり出す。この章の初めで、桂木さんを傷つけた自分への怯えから泣きじゃくったことを思い出す。それと同様のものを桂木夫人に対しても感じ、激しく苛まれるのである。
しかし、夫人はあくまで自ら身を引こうとするのであり、怜子を責める感情はこれっぽっちもない。あくまで純白である。いけませんわ、わたくしを好きだなんて、ご自分を大切にしなければ、母親のように笑いかけひどく優しげに夫人はそう続けた。怜子はなにかはっとして夫人を凝視する。夫人の優しく微笑んでいる眼に、水槽の水と藻やムーンフィッシュとグッピィの泳ぐ影が揺れる。
桂木夫人の無垢の白さの中に、熱帯魚や藻の影と一緒に生の一切の願いを放棄しようとしている気配がかすかに揺れているのを怜子は感じる。桂木夫人の心は既にあちらの世界に行ってしまっているのである。真っ白な彼岸の境地とでもいおうか。夫人の血の気のない顔に揺れる鮮やかな熱帯魚の対比の描写は儚く、まことに印象的だ。

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こうして怜子は夫人が自殺するのではないかという不安と怯えに捉われ始めた。しかし、監視には限界がある。桂木さんが適任者だと気付くものの、彼を裏切った女の監視などという不当な役割を頼めるはずもない。しかもその原因が彼と自分の恋にあるとすれば、彼はどんな思いをしなければならないか…… 桂木さんの矜りをもう傷つけたくないと怜子は思うのである。
一旦家に帰るが、事の元凶のばあやのケロリとした顔を見ると腹が立ってならず、夜になってまた街に出て、遅くまでダフネで過ごす。家に戻って眠れぬ夜を過ごし、翌日もお昼近くからダフネへ行く。夕刻になり、夫人の監視役には古瀬達巳が最適だと思いつき、古瀬を呼び出す。
怜子は桂木家に古瀬を連れて行こうとする。怜子と古瀬は、2人して家庭の匂いを感じつつ、目的を忘れて身じろぎもせず何かに耐えながら桂木家を見つめ続けるのである。我に返った怜子は、古瀬に夫人を連れて駆け落ちでもしたらと勧める。自分に気があるのかと勘違いしている古瀬をうまくはぐらかした怜子に古瀬は口走る。あいつは過ちを恋にすり替えただけさ。その意味については、前回少し書いた。
古瀬に見張らせることが無理だとわかり、怜子は自分がおそろしく惨めになる。やや自暴自棄になった怜子は、まだ勘違いしたままの古瀬と、バス停とは反対の方角に向かって走り出す。桂木夫人の愛人と腕を組んで窪地の通りを駈け抜けていくのをひどく爽快に感じる怜子だった。
2人は突き当たりの急な丘を幼い兄妹のように手を繋いで登った。古瀬も夫人との恋に破れた傷を癒してくれる人がほしかったのである。まるでおとぎ話のような2人だが、全く違う方向を向きながら、一瞬の共感を味わうのだった。
中腹の僅かな窪みに立ち止まり、喘ぎながら低い笑い声を立てる。そして、古瀬に肩を抱かれたまま無言で丘の住宅街を見下ろして、窓々の灯に団欒と憩いと眠りと愛撫の時刻があるのを感じると、怜子の心には鈍い痛みと快さが走る。この疼きと快感に古瀬も捉えられているに違いないと思ったとき、怜子は古瀬に唇を奪われてしまうのである。唇を離した瞬間、激しい嫌悪感に襲われた怜子は、古瀬を打つ。そして古瀬が自分を打つことを願いながら、全く抗おうとしない古瀬を再び打ち、丘を登り反対斜面に駈けおりた。眼の下に光る細長い湖か、黒々と続く丘陵の上の夜空に溶け込んでしまいたい、そう願いながら怜子は夜道を駈け続けたのだった。
幼い兄妹のように手を繋いで登った2人。怜子が感じた、快さを伴った疼きと痛みはいったい何だったのだろうか。
家に辿り着いた怜子は、プロバリンを20数えて飲み、桂木夫人の自殺の懸念は杞憂に過ぎないと思い込もうとする。翌日暗くなってから眼を覚ますと今度は5粒飲み、桂木夫人のことを心配した自分にひどく腹を立てながら眠りに落ちた。

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桂木夫人が訪ねてきた日から数えて4日目の午前、怜子は2日間の眠りでいくらか元気を取り戻していた。柔らかく射す陽とその光を縫うように漂う霧を見る。そして、桂木夫人が訪ねて来てからもう4日目になっていることに気付き、不安がかすかに甦。今朝か夕べ信彦が桂木さんの電話を受けたのではないか、くみ子ちゃんから母親が私を訪問したことを聞かされただろうから。その想像で不安が拡がる気がして家を飛び出す
しわくちゃの登山帽とウールのマフラーでまず住友ビルへ、次にアイリスに向かう。黒い靴下を欲しいと思い、ヨーロッパの売春婦や踊り子が付けるような網の目の黒い靴下をお店に置いたらわたしが最初に買う、と言って谷岡夫人を赤面させる。
その後、急に久田幹夫に逢いたくなってダフネに誘う。怜子を気遣う久田はいつもと同じだ。怜子はまた古瀬を思い出し久田の顔が眩しくなる。不安を全部知らせてしまいたい思いに駆られるが、彼を騙し続けてきた以上何も言えない。桂木さんにさえ言えない。古瀬にさえ言わなかったのだ。午後をダフネで久田と過ごす、笑いあってさえいたが、ときどき怜子の心に怯えがよぎった。
3時近くになって、桂木さんがダフネのドアを押して入って来る。やや蒼白めていたがほとんど平静な面持ちの桂木さん。怜子は顔色を失って立ち上がるが、その瞬間当然の結果を聞かされるような気がして、それまで捉えられていた不安が消えるのを感じた。知ってるわ、と桂木さんの言葉を封じる。眉間に皺を刻んだだけで私を黙ってみつめる桂木さんの顔の中に、怜子ははっきりと夫人の死を読み取った。
一方、桂木夫人の夫が怜子の恋人だという想像が的中し、怒りだけを含んだ久田の眼差しを、怜子は咄嗟に微笑んで見返すのだった。そしてすっとそばを離れる桂木さんのあとを追う。(つづく)
ラベル:読書
posted by あきちゃん at 14:30| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする