2019年01月23日

2019年の教会暦順カンタータ・リスト

ついこの間年が明けたばかりだと思っていたのに、年賀はがきのお年玉の抽選も終わり、もう大寒。うかうかしていると、節分を通り越して、いつのまにかサクラの開花、なんてことにもなりかねない。こちらが乗っていようがいまいが一向にお構いなく、年度末に向けて時がまさに驀進している感がある。二月は逃げるというけれど、今年は一月にしてからがそうだ。捕まえようとしてもスルリとかわしていつの間にか遠くへ去っている。見えるのはただ後ろ姿ばかり。
そんな訣で、2019年の教会暦順のカンタータ・リストを載せるのがすっかり遅くなってしまったが、例年のように備忘用にアップしておくことにする。括弧内は手許にあるCDの演奏者とその全集あるいは選集におけるCDの番号を示すもので、主として聴くときにどのCDを開けばよいかの検索のための覚えである。
教会暦順に収録されている場合には探すのに苦労することが多いので、そんなときのため用である。BWV番号順に収録してある全集の場合は、当然リストがなくても探すのは容易で、ここにはリリングのCDは入れていない。レオンハルトとアーノンクールの全集は、BWV順ではあるが、どちらが演奏しているかは調べないとわからないため、ここではレオンハルトが担当しているものだけそのCD番号とともに書くことにした。一番探しづらいのは鈴木雅明・BCJの全集(5つの選集を順に揃えた)で、教会暦を基本としつつも関係するカンタータを折々の趣向で集めて演奏している。そのコンセプトを知るのもまた楽しみの一つである。
実際に聴く場合の基本は、例によってガーディナーのカンタータ巡礼である。これをベースにその他の演奏に足を延ばすというのがいつものやり方である。そこで思いもかけぬ、しかしどこかで聴いた覚えのある旋律に出会って驚くことがしばしばある。少し先の暦のカンタータであったり、BWV番号で次の番号のカンタータであったりする。後の場合には全く季節の違う予期せぬカンタータであることも多い。
最近では、BWV65のあとのBWV66、BWV32のあとのBWV33とBWV34、いずれもリリングの全集でのことだった。そんなときには、いったい今自分はどこにいるのだろうと、空中に放り出されてような感覚を味わうのである。リリングはなかなか一筋縄ではいかない深い演奏をする人で、モダン楽器の演奏であるが、意外性といったら失礼かも知れないけれど、リヒターのような大見得を切るかと思えば、古楽も真っ青というようなユニークな演奏をすることもある。言えるのは情感豊かな歌い回しの演奏ということで、逡巡することもあれば疾走することもある。リリングならばどうだろう、と聴かずにはいられない全集だ。
この他の演奏もそれぞれに個性があって時間があったら全部聴いて季節を歩みたいと思うのだが、残念ながら暦は待ってくれない。なかなか全部を網羅して聴くのは無理な話で、どの演奏に食指をのばすか、その時々の偶然のしからしむるところとなっている。その意味ではまさに一期一会といってよいのかも知れない。
前口上はこのくらいにしておこう。粗漏はいろいろあるかと思うが、あくまで自分の心覚えのためであるからご容赦いただければと思う。

【2019年教会暦順カンタータ・リスト】
・2019/1/1 新年
BWV190(ガーディナー56、鈴木21、ビラー2)
BWV41(ガーディナー2、鈴木33)
BWV16(ガーディナー2、鈴木42、レオンハルト5、クイケン3)
BWV171(ガーディナー2、鈴木49、リヒター2)
BWV143(ガーディナー2、鈴木5、レオンハルト44)
BWV248/4(リヒター、ヴェルナー)
・2019/1/6 顕現節
BWV65(ガーディナー3、鈴木21、ヴェルナー1、ビラー3、リヒター3、クイケン3)
BWV123(ガーディナー3、鈴木32)
BWV248/6(リヒター、ヴェルナー)
・2019/1/13 顕現節後第一日曜
BWV154(ガーディナー4、鈴木17、クイケン3)
BWV124(ガーディナー4、鈴木32、リヒター3)
BWV32(ガーディナー4、鈴木42、ヴェルナー2)
・2019/1/20 顕現節後第二日曜
BWV155(ガーディナー5、鈴木5)
BWV3(ガーディナー5、鈴木29、ビラー3)
BWV13(ガーディナー5、鈴木42、レオンハルト5、リヒター3、クイケン4)
・2019/1/27 顕現節後第三日曜
BWV73(ガーディナー6、鈴木17、レオンハルト22、クイケン4)
BWV111(ガーディナー6、鈴木32、リヒター4)
BWV72(ガーディナー6、鈴木42、ビラー3)
BWV156(ガーディナー6、鈴木49)
・2019/2/2 マリアの浄めの祝日
BWV83(ガーディナー8、鈴木21)
BWV125(ガーディナー8、鈴木32、ビラー9)
BWV82(ガーディナー8、鈴木38・41、ヴェルナー3、リヒター4、クイケン14、ヘレヴェッヘ、マリナー、クイケン、ミルンズ)
BWV200(ガーディナー8、鈴木37、ヴェルナー19)
・2019/2/3 顕現節後第四日曜
BWV81(ガーディナー7、鈴木21、リヒター4、クイケン4)
BWV14(ガーディナー7、鈴木54、レオンハルト5)
・2019/2/17 復活節前第九日曜(七旬節)
BWV144(ガーディナー9、鈴木17、レオンハルト44、クイケン4)
BWV92(ガーディナー9、鈴木33、ヴェルナー3、レオンハルト28、リヒター5)
BWV84(ガーディナー9、鈴木41)
・2019/2/24 復活節前第八日曜(六旬節)
BWV18(ガーディナー10、鈴木5、クイケン5)
BWV181(ガーディナー10、鈴木17、レオンハルト54)
BWV126(ガーディナー10、鈴木34、レオンハルト39、リヒター5)
・2019/3/3 復活節前第七日曜(五旬節)
BWV22(ガーディナー11、鈴木8、レオンハルト8、ビラー4)
BWV23(ガーディナー11、鈴木8、ヴェルナー3、レオンハルト8、ビラー4、リヒター5、クイケン5)
BWV127(ガーディナー11、鈴木34、レオンハルト39)
BWV159(ガーディナー11、鈴木49、レオンハルト48、マリナー)
・2019/3/24 四旬節第三日曜
BWV54(ガーディナー12、鈴木3、レオンハルト17、クイケン6、ヘレヴェッヘ)
・2019/3/25 受胎告知の祝日
BWV1(ガーディナー12、鈴木34、ヴェルナー4、ロッチュ2、ビラー9、リヒター6、クイケン5、ミルンズ)
・2019/4/14 棕櫚の日曜日
BWV182(ガーディナー12、鈴木3、ヴェルナー4、ビラー4、リヒター6、クイケン6)
・2019/4/21 復活節第一日
BWV4(ガーディナー13、鈴木1、ヴェルナー5、ロッチュ3、ビラー5、リヒター7)
BWV31(ガーディナー13、鈴木6、ヴェルナー6、ロッチュ7、ビラー5)
BWV160(ヴェルナー12)
BWV249(ヴェルナー5、クイケン7)
・2019/4/22 復活節第二日
BWV66(ガーディナー13、鈴木18、ロッチュ7、レオンハルト20)
BWV6(ガーディナー14、鈴木36、ヴェルナー6、リヒター7、クイケン7)
・2019/4/23 復活節第三日
BWV134(ガーディナー14、鈴木18、ロッチュ3、レオンハルト42、クイケン6)
BWV145(ガーディナー14、鈴木50)
BWV158(ガーディナー15、鈴木41、レオンハルト48、リヒター7、ヘレヴェッヘ)
・2019/4/28 復活節後第一日曜
BWV67(ガーディナー15、鈴木18、ヴェルナー7、レオンハルト21、ビラー5、リヒター7、クイケン8)
BWV42(ガーディナー15、鈴木36)
・2019/5/5 復活節後第二日曜
BWV104(ガーディナー16、鈴木19、ヴェルナー6・20、リヒター8)
BWV85(ガーディナー16、鈴木39、ヴェルナー7・20、クイケン8)
BWV112(ガーディナー16、鈴木52)
・2019/5/12 復活節後第三日曜
BWV12(ガーディナー17、鈴木3、レオンハルト4、リヒター8、クイケン8)
BWV103(ガーディナー17、鈴木36、ヴェルナー7、レオンハルト32)
BWV146(ガーディナー17、鈴木44)
・2019/5/19 復活節後第四日曜
BWV166(ガーディナー18、鈴木19、レオンハルト49)
BWV108(ガーディナー18、鈴木36。リヒター9、クイケン9)
・2019/5/26 復活節後第五日曜
BWV86(ガーディナー19、鈴木19、クイケン9)
BWV87(ガーディナー19、鈴木35、ヴェルナー7、リヒター9)
・2019/5/30 昇天節
BWV43(ガーディナー20、鈴木44、ヴェルナー8、ビラー6。ヘレヴェッヘ)
BWV37(ガーディナー20、鈴木19、ビラー6)
BWV128(ガーディナー20、鈴木35、レオンハルト40、ビラー6)
BWV11(ガーディナー20、ヴェルナー8、リヒター10、クイケン9、ヘレヴェッヘ)
・2019/6/2 昇天節後日曜(復活節後第六日曜)
BWV44(ガーディナー21、鈴木20、リヒター10、クイケン9、ヘレヴェッヘ)
BWV150(ガーディナー21。ガーディナー15の2000年4月末ドイツにて録音のものとは別の、2000年6月4日のイギリスでの録音。短期間に2度の録音を行ったことになる〉、鈴木1、レオンハルト46)
BWV183(ガーディナー21、鈴木39)
・2019/6/9 聖霊降誕節第一日
BWV172(ガーディナー22、鈴木7、ヴェルナー4、ロッチュ2、レオンハルト51、ビラー7)
BWV59(ガーディナー22、鈴木20)
BWV74(ガーディナー22、鈴木35、レオンハルト23、ビラー7)
BWV34(ガーディナー22、鈴木48、ヴェルナー8、ビラー7、リヒター10、クイケン10)
・2019/6/10 聖霊降誕節第二日
BWV173(ガーディナー23、鈴木20、ロッチュ5、クイケン10、ミルンズ)
BWV68(ガーディナー23、鈴木39、ヴェルナー9、ロッチュ2、リヒター11、ミルンズ)
BWV174(ガーディナー23、鈴木50、ミルンズ)
・2019/6/11 聖霊降誕節第三日
BWV184(ガーディナー24、鈴木20、レオンハルト55、クイケン10、ミルンズ)
BWV175(ガーディナー24、鈴木39、リヒター11)
・2019/6/16 三位一体節
BWV194(ガーディナー25、鈴木16、ビラー8)
BWV176(ガーディナー25、鈴木35、ヘレヴェッヘ)
BWV165(ガーディナー25、鈴木4、レオンハルト49)
BWV129(ガーディナー25、鈴木45、レオンハルト40、リヒター11、クイケン10)
・2019/6/23 三位一体節後第一日曜
BWV75(ガーディナー27、鈴木8、レオンハルト23、ビラー8)
BWV39(ガーディナー27、鈴木45、ヴェルナー9、レオンハルト13、リヒター12)
BWV20(ガーディナー27、鈴木22、クイケン11、ヘレヴェッヘ)
・2019/6/24 洗礼者ヨハネの祝日
BWV167(ガーディナー26、鈴木9、ミルンズ)
BWV7(ガーディナー26、鈴木22、ヴェルナー9、レオンハルト3、ミルンズ)
BWV30(ガーディナー26、鈴木55、ヴェルナー10、リヒター14、ミルンズ)
・2019/6/30 三位一体節後第二日曜
BWV2(ガーディナー28、鈴木29、クイケン11、ヘレヴェッヘ)
BWV76(ガーディナー28、鈴木9、ヴェルナー10、リヒター12)
・2019/7/2 マリアのエリザベト訪問の祝日
BWV10(ガーディナー28、鈴木23、ヴェルナー11、ロッチュ1、レオンハルト4、リヒター15、クイケン11)
BWV147(ガーディナー53、鈴木12、ヴェルナー12、、ビラー9、リヒター15、ミルンズ)
・2019/7/7 三位一体節後第三日曜
BWV21(ガーディナー29、鈴木6・12、ヴェルナー11、ロッチュ4、リヒター13、ファソリス)
BWV135(ガーディナー29、鈴木29、レオンハルト42、リヒター12、クイケン12)
・2019/7/14 三位一体節後第四日曜
BWV24(ガーディナー30、鈴木9、リヒター13)
BWV185(ガーディナー30、鈴木4)
BWV177(ガーディナー30、鈴木53、クイケン12)
・2019/7/21 三位一体節後第五日曜
BWV93(ガーディナー31、鈴木23、リヒター14、クイケン12)
BWV88(ガーディナー31、鈴木44、レオンハルト27)
・2019/7/28 三位一体節後第六日曜
BWV9(ガーディナー32、鈴木53、レオンハルト3、リヒター16、クイケン13)
BWV170(ガーディナー32、鈴木37、レオンハルト51、ヘレヴェッヘ、マリナー)
・2019/8/4 三位一体節後第七日曜
BWV186(ガーディナー33、鈴木10、クイケン13)
BWV107(ガーディナー33、鈴木23、レオンハルト33)
BWV187(ガーディナー33、鈴木45、レオンハルト56、リヒター16)
・2019/8/11 三位一体節後第八日曜
BWV178(ガーディナー34、鈴木23、リヒター16、クイケン14)
BWV136(ガーディナー34、鈴木11)
BWV45(ガーディナー34、鈴木46、レオンハルト15、リヒター17)
・2019/8/18 三位一体節後第九日曜
BWV94(ガーディナー35、鈴木22)
BWV168(ガーディナー35、鈴木40、クイケン13)
BWV105(ガーディナー35、鈴木10、ヴェルナー12、リヒター17)
・2019/8/25 三位一体節後第十日曜
BWV46(ガーディナー36、鈴木11、レオンハルト15)
BWV101(ガーディナー36、鈴木31)
BWV102(ガーディナー36、鈴木46、ヴェルナー13、リヒター17、クイケン14)
・2019/9/1 三位一体節後第十一日曜
BWV199(ガーディナー37、鈴木4、リヒター18)
BWV179(ガーディナー37、鈴木10、リヒター18、クイケン15)
BWV113(ガーディナー37、鈴木24、レオンハルト35)
・2019/9/8 三位一体節後第十二日曜
BWV69a(ガーディナー38、鈴木13)
BWV137(ガーディナー38、鈴木40、ヴェルナー13、ロッチュ4、リヒター18)
BWV35(ガーディナー38、鈴木37、クイケン15、ヘレヴェッヘ)
・2019/9/15 三位一体節後第十三日曜
BWV77(ガーディナー39、鈴木13、レオンハルト24)
BWV33(ガーディナー39、鈴木24、レオンハルト11、リヒター19)
BWV164(ガーディナー39、鈴木40、レオンハルト49、クイケン15)
・2019/9/22 三位一体節後第十四日曜
BWV25(ガーディナー40、鈴木13)
BWV78(ガーディナー40、鈴木25、ヴェルナー13、リヒター19)
BWV17(ガーディナー40、鈴木46、リヒター19、クイケン15)
・2019/9/29 三位一体節後第十五日曜
BWV138(ガーディナー41、鈴木11、クイケン16)
BWV99(ガーディナー41、鈴木25)
BWV51(ガーディナー41、鈴木30、ヴェルナー14・19、レオンハルト16、リヒター20)
BWV100(ガーディナー41、鈴木54、レオンハルト31、リヒター20)
・2019/9/29 大天使ミカエルの祝日
BWV50(ガーディナー42、鈴木13、ヴェルナー14、ロッチュ10、ビラー10)
BWV130(ガーディナー42、鈴木33、ヴェルナー14、リヒター26)
BWV19(ガーディナー42、鈴木46、ヴェルナー15、ビラー10)
BWV149(ガーディナー42、鈴木50、ヴェルナー15、レオンハルト45)
・2019/10/6 三位一体節後第十六日曜
BWV161(ガーディナー43、鈴木5)
BWV95(ガーディナー43、鈴木11)
BWV8(ガーディナー43、鈴木24、ヴェルナー14、レオンハルト3、リヒター21)
BWV27(ガーディナー43、鈴木47、リヒター20、クイケン16)
・2019/10/13 三位一体節後第十七日曜
BWV148(ガーディナー44、鈴木14、リヒター21)
BWV114(ガーディナー44、鈴木25、レオンハルト35)
BWV47(ガーディナー44、鈴木47、クイケン16)
・2019/10/20 三位一体節後第十八日曜
BWV96(ガーディナー45、鈴木26、リヒター22、クイケン16)
BWV169(ガーディナー45、鈴木37)
・2019/10/27 三位一体節後第十九日曜
BWV48(ガーディナー46、鈴木14)
BWV5(ガーディナー46、鈴木27、リヒター22)
BWV56(ガーディナー46、鈴木41、ヴェルナー16、レオンハルト17、リヒター22、クイケン17、ヘレヴェッヘ)
・2019/10/31 宗教改革記念日
BWV80(ガーディナー47、鈴木27、ヴェルナー18、ロッチュ10、ビラー10、リヒター26)
BWV79(ガーディナー47、鈴木40、ヴェルナー17、ロッチュ10、レオンハルト25、ビラー10)
・2019/11/3 三位一体節後第二十日曜
BWV162(ガーディナー48、鈴木3)
BWV180(ガーディナー48、鈴木26、ヴェルナー15、レオンハルト54、リヒター23、クイケン17、コワン)
BWV49(ガーディナー48、鈴木50、コワン、クイケン)
・2019/11/10 三位一体節後第二十一日曜
BWV109(ガーディナー49、鈴木14)
BWV38(ガーディナー49、鈴木29、リヒター23)
BWV98(ガーディナー49、鈴木48、ヴェルナー16、レオンハルト30、クイケン17)
BWV188(ガーディナー49、鈴木49)
・2019/11/17 三位一体節後第二十二日曜
BWV89(ガーディナー50、鈴木14、レオンハルト27)
BWV115(ガーディナー50、鈴木27、リヒター24、コワン)
BWV55(ガーディナー50、鈴木38、レオンハルト17、リヒター23、クイケン17)
・2019/11/24 三位一体節後第二十三日曜
BWV163(ガーディナー51、鈴木4)
BWV139(ガーディナー51、鈴木28、リヒター24)
BWV52(ガーディナー51、鈴木38、レオンハルト17、クイケン18)
・2019/12/1 待降節第一日曜
BWV61(ガーディナー52、鈴木7、ヴェルナー1、ロッチュ8、ビラー1、リヒター1、クイケン1、ヘレヴェッヘ)
BWV62(ガーディナー52、鈴木28、ビラー1、クイケン1、ヘレヴェッヘ)
BWV36(ガーディナー52、鈴木47、ロッチュ8、ビラー1、クイケン1、ヘレヴェッヘ)
・2019/12/22 待降節第四日曜
BWV132(ガーディナー53、鈴木7、レオンハルト41、リヒター1、クイケン1)
・2019/12/25 降誕節第一日
BWV63(ガーディナー1、鈴木7、ビラー2、リヒター1、ヘレヴェッヘ)
BWV191(ガーディナー1、鈴木55)
BWV91(ガーディナー54、鈴木31、レオンハルト28、クイケン2、ヘレヴェッヘ)
BWV110(ガーディナー54、鈴木43、ヴェルナー2、ロッチュ9、ビラー2、ヘレヴェッヘ)
BWV197a(鈴木54)
BWV248/1(リヒター、ヴェルナー)
・2019/12/26 降誕節第二日
BWV40(ガーディナー54、鈴木15、ヴェルナー1、ロッチュ9、レオンハルト13)
BWV121(ガーディナー54、鈴木31、リヒター2、ヘレヴェッヘ)
BWV57(ガーディナー55、鈴木43、ヴェルナー2、クイケン2、ヘレヴェッヘ)
BWV248/2(リヒター、ヴェルナー)
・2019/12/27 降誕節第三日
BWV64(ガーディナー55、鈴木13、リヒター2)
BWV133(ガーディナー55、鈴木31、レオンハルト41、ヘレヴェッヘ)
BWV151(ガーディナー55、鈴木43、レオンハルト46、クイケン2)
BWV248/3(リヒター、ヴェルナー)
・2019/12/29 降誕節後第一日曜
BWV152(ガーディナー56、鈴木5)
BWV122(ガーディナー56、鈴木26、クイケン2、ヘレヴェッヘ)
BWV28(ガーディナー56、鈴木39、ヴェルナー1、リヒター2)

・2019年には該当日がないもの
新年後第一日曜(降誕節後第二日曜)
BWV153(ガーディナー3、鈴木17、クイケン3)
BWV58(ガーディナー3、鈴木38、リヒター3、クイケン)
BWV248/5(リヒター、ヴェルナー)
三位一体節後第二十四日曜
BWV60(ガーディナー50、鈴木15、リヒター24、クイケン18)
BWV26(ガーディナー7、鈴木28、ヴェルナー16、ロッチュ5、リヒター24)
三位一体節後第二十五日曜
BWV90(ガーディナー46、鈴木15、ヴェルナー16、レオンハルト27)
BWV116(ガーディナー45、鈴木28、リヒター25、クイケン18)
三位一体節後第二十六日曜
BWV70(ガーディナー53、鈴木15、ヴェルナー17、リヒター25、クイケン19)
三位一体節後第二十七日曜
BWV140(ガーディナー51、鈴木52、ヴェルナー17・20、ロッチュ8、リヒター25、クイケン18)
・その他の用途及び用途未詳のもの
悔い改めの礼拝用
BWV131(ガーディナー31、鈴木2、ヴェルナー18)
市参事会交代式用
BWV 29(鈴木52、ロッチュ6)
BWV 69(鈴木55)
BWV 71(鈴木2、ロッチュ9)
BWV 119(鈴木16、ヴェルナー19、ロッチュ6)
BWV 120(鈴木48)
結婚式用
BWV120a(鈴木51)
BWV195(鈴木51、レオンハルト58)
BWV196(鈴木1)
BWV197(鈴木54、レオンハルト59)
葬儀・追悼用
BWV106(鈴木2、ヴェルナー19、ロッチュ7、レオンハルト33、リヒター26)
BWV118
BWV157(鈴木51、レオンハルト47)
BWV198(ロッチュ11、レオンハルト60)
用途未詳
BWV97(ガーディナー19、鈴木53)
BWV117(ガーディナー18、鈴木48、レオンハルト36)
BWV150(ガーディナー15・ガーディナー21〈別テイク〉、ヴェルナー18、鈴木1、レオンハルト46)
BWV192(ガーディナー47、鈴木51、ロッチュ10)
以上。
【追記】
posted by あきちゃん at 01:46| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年01月16日

原田康子『挽歌』のあらすじ11─恋の終わりの恋─

原田康子『挽歌』のあらすじ10─桂木夫人の旅立ちと挽歌の意味─よりつづく)
第15章 4月後半から5月の連休最後の日まで
窪地の桂木家での夫人の通夜と葬儀に行けるはずもない怜子は、夫人の死から10日の間虚脱状態に置かれ、泣こうとさえしなかった。一切の表情を失って生前のどの瞬間よりも美しかった桂木夫人の貌を、怜子は生涯忘れることができないだろう。その白いデスマスクが思い浮かぶたびに、夫人は自分がいなくても恋に疲れて死を選んだに違いないと思い込もうとし、自分自身を納得させようとした。
少なくとも古瀬や桂木さんや怜子を憎んで死を選んだのではないことは確信できた。しかし、どう言い逃れてみても、死の直接の動機が自分の裏切りにあることを、怜子は知らねばならなかった。夫人のデスマスクが心に食い込んだ以上、もう桂木さんの接吻と愛撫を受けることはできない。こうして怜子は自分の恋の終わりを知るようになったのである。
恋が終わったと思い始めてから、怜子は自身の死を希い始めるようになった。桂木さんへの思いが消えた訣ではない。むしろ思いは募るばかりだった。それは、恋を失ったと思い始めてから一層桂木さんに心が傾いていく、と明確に語られていることから明らかだ。彼と会えない明日はどうなってもよいと考え、こんな終わりを拵えあげた自分に絶望を感じたのである。怜子の思考は至ってストレートだ。
しかし、怜子は自死を実行できなかった。その気持ちのあり方も明瞭に語られている。死の衝動に駆られるとき、心が空っぽになってどんな思いも湧かなくなったから死を怖れたのではない。次の瞬間にすぐ、あの湿原で見せた桂木さんの眼差し、夫人の死体を乗せて遠ざかる車を整然と見送っていたあの眼差しが甦ってくるからなのだった。
怜子は、今自分が死んだら、夫人が死んだばかりの桂木さんが、どんな衝撃を受けるかを考えて慄然としたのである。死への誘いが強ければ強いほど、その後の心の戦きが大きかった。桂木さんの愛を受けることはできない、しかし、かといってこれ以上彼を苦しめてよいはずはない。
こうした思考は、見方によっては桂木さんへの思いが強いからであって、桂木さんとの恋への執着の言い訣に過ぎないといえるかも知れない。しかし、それでは怜子に対しあまりに酷というものだろう。それは真に桂木さんのことを考えることができるようになった怜子の、偽りのない本心であったと思う。
それを端的に示すのが、怜子の次の述懐である。怜子は言う。わたしの生と死とどちらが彼にとって苦痛が少ないかと言えば、生の方であることは明らかだった。自分にとってではない。桂木さんにとって。それはこれまでの怜子にはなかった視点だ。怜子にとっては、生きる方がむしろ苦痛は多かったに違いない。しかし怜子は、桂木さんにとって苦痛が少ない、自分には辛いはずの生きる方の道を選んだのである。

          §           §           §

4月の末になって夫人の死後初めて桂木さんに逢う。逢うつもりではなくぼんやりと窪地まで行ってしまったのだった。桂木家は不気味なほど静まりかえっていた。建物の肌にも荒れた翳がにじみ、内側から錠が掛かっている。前庭の芝生に戻るとふいにネリが吠えた。全身で怜子を懐かしんでいるようだった。それは怜子の気持ちそのものでもあっただろう。
ネリを抱きしめる怜子の頬を他愛なく涙が伝った。他愛なく、である。意図せず無心に流れた涙は、純粋な怜子の感情の現われだった。そしてその天使の涙が、怜子の虚脱感をあまく洗い流してくれたのである。あまく洗い流すとは、それが怜子の糧になったことを示すと思われ、真に温かな怜子の心の誕生を意味しよう。
怜子の頭に、唐突にある考えが閃く。ネリにご飯をあげなければ。犬の餌の世話とか、家の掃除とか、そんなことを桂木さんにさせてはならない。もし怜子が家事をするとすれば、桂木さんの留守の間しかない、でもどうやって? ニンフのようにこっそり忍び込んで働けたらどんなにいいだろうと想像し、一旦は途方に暮れる怜子だったが、こういう時に実行力があるのも怜子だ。すぐにこのお伽話のようなことの実現に向けて行動を起こすのである。
それから1時間後、怜子は青草を付けたまま桂木さんの事務所の前に立っていた。用事以外の事は話し合ってはいけない、逢うのもこれが最後だ、そう固く誓って桂木さんの前に立つ怜子だった。
一瞬怜子を凝視する桂木さんに、怜子は眩暈を起こしそうになる。よく来たね、と微塵の崩れもなく迎え入れてくれる桂木さんの様子に、かえってその傷の深さを感じるのだった。ネリがお水飲みたがってたわ、とネリをだしに使って、怜子は桂木さんに合鍵を作ってもらうことを頼むのに成功するのである。
桂木さんの口許に優しげな微笑が走り、意思が通じたのを見るや、怜子は慌てて顔を背け、挨拶もせずに素早く事務所を飛び出した。
怜子の立場は明快だ。桂木さんとの恋が終わりであることを自覚している。一方の桂木さんはどうだろうか? 桂木さんの優しげな微笑は、これまでと全く変わりはない。いつでも怜子を受け入れる心の広さはいつもの桂木さんのものだ。2人の意思疎通は実にスムーズだ。怜子が慌てて顔を背けたのは、それ以上桂木さんの微笑を見ていたら、自分の決意が揺らぎかねないことを認めていたからだろう。怜子にとっても、恋の終わりは過去形ではなく、未然形なのである。ただ、自分の弱さを自覚していればこそ、終わりでなければならないという怜子の意思は強固だ。
それに対して桂木さんの方はどうだろうか。平静を装ってはいるが、夫人の死を乗り越えようとしている桂木さんの心中は想像するに余りある。桂木さんのことであるから、すぐに喜びを表したりはしない。でも、怜子への愛おしさが募らぬはずはないだろう。怜子の気持ちが純粋であるのは間違いないのだが、桂木さんにとっては、辛い結果がもたらされることになる。その点、怜子のお伽話のような計画は、実に罪作りなものでもあった。そのことを怜子自身も怖れてはいたけれど、再び桂木さんを翻弄することになるのである。
ただ、うまく書けないが、桂木さんがその誤解を乗り越えてくれことを怜子は信じていたのだと思う。怜子の計画が桂木さんのこれからにとって不可欠なものであることを信じて疑わなかったのである。

          §           §           §

翌日から怜子はハウスキーパーを務めるために、桂木家へ通うようになった。働いていると、自分がこの家の若い主婦になったような錯覚に陥る怜子だった。そんな瞬間に怜子を現実に連れ戻すのは、切れの長い薄い煙るような目で微笑みかける桂木夫人の微笑だった。それは怜子にとって怖ろしいことでもなんでもなく、辺りに染みこんだ桂木夫人の体臭を感じ、時には桂木夫人の懶げな笑い声を聞いたようにも思え、安心できる幸せな瞬間だったのだ。思わずママン、と呼ひかけてしまった怜子は、そんなあとで骨の鳴るような痛みを感じるのである。痛みはすなわち愛、夫人を愛おしく思う瞬間である。桂木さんを介在させなければ、デスマスクではない生身の桂木夫人が浮かび上がって来るのである。
もちろん、怜子に桂木さんへの思いが消えた訣ではない。芝生でネリと遊んだり、ぼんやりブランコを揺すったりして気を紛らわす怜子だった。でも、夕暮れに夕食と朝食の準備をして、灯りを点けて裏口から帰る時は辛かった。カギを置く手はいつも震え、桂木さんに逢いたくなる思いを懸命にこらえるのだった。
桂木さんに誤解を与えるのではないかという怖れは怜子自身も感じていた。2日目の朝、用意した食事のお皿は空で千円札が置いてあり、置き手紙があった。待っていてもらえないだろうか、と書かれた手紙を怜子は大急ぎで燃やしてしまった。そんな文字を見つめていたら何も手が付かなくなるに決まっているから。
3日目にも書き置きがあった。君の気持ちが落ち着くまでと思って連絡しなかった、君の方から来た以上放っておけない、今日こそ待っていなさい、言いたいことも聞くし、ぼくの話も聞いて欲しいから。
しかし、怜子の決意は揺るがなかった。誓いを破るわけにはいかない、毎日こんな紙片を見るならもう通うことはできない。4日目は食器だけ、5日目に月が変わっても同じ。5月初旬の休日も桂木さんは不在。そして通い出して9日目のゴールデンウィーク最後の、鯉のぼりの矢車があちこちで緩くまわるよく晴れた休日を迎える。
幾分心の弾みを覚えながら裏口の掛けがねを外した怜子は、3度目の桂木さんの手紙、それも3枚の便箋を使ったものを見付ける。怜子ははっとして食卓の前に立ちすくんだ。
もういいかげんぼくの言葉を聞いて欲しい、ショックを深めるようなことをしてはならない、2人で別の事を考えよう、今夜は是非待っていてほしい、ぼくは明日から札幌に行く、1週間ほどで帰って次は東京へ行く、向こうでの仕事や住宅のことをはっきり決める、ここを秋に引き上げる、ぼくは是非今夜君に逢っておきたい。
怜子は震えながらその手紙をポケットにしまう。明日から桂木さんは札幌に行くという。ハウスキーパーの務めはこれで終わった。桂木さんのためにすることが明日からなに何もなくなるということに、怜子はすっかりうちひしがれてしまうのだった。
逢わなかったのにお互いの気配を家の中に感じて過ごし、桂木さんとの間に心の繋がりをもてたこの9日間が甦る。苦しかったが、甘い歓びや愉しさもあった。一度死さえ希った自分が、この家に来られなくなるということだけで蒼白めている滑稽さに気付いた怜子は、机の引き出しから便箋を取り出して今夜待てない理由を手紙に書くのだった。暫く頬杖をついたり、床を蹴ったりしたあと書き出した手紙である。
こんな怖ろしい日を迎えたのは、わたしがママンを愛したからです、ママンを憎んだり嫉んだりしていればよかったのに、不義の恋がママンを一層美しくし、憎もうとしても嫉もうとしても私の心を捉えました、わたしはあなたとママンを一緒に愛したのです、恋から抜け出せなかったママンにとって、あなたとあなたの娘に尽くすことが唯一の生の支えだった、そして無邪気そうな若い私を愛おしむことが慰めだった、しかしわたしがあなたの愛人だと知ったとき、ママンは生の支えと慰めを同時に失った、つまりわたしがママンを愛したことが彼女を死に追いやった、お判りになったでしょう、いいえ、お判りになってください、これで馬鹿なニンフの仕事は終わりです。
美しくも悲しい恋文である。先程の桂木さんの手紙とともに、なんと切々と愛おしく心を打つ手紙であろう。小説の中の恋文として指折り数えるに足る名作である。
手紙をパンヤの下に挟んだあと、怜子はコルクの床に横座りし、ベットの縁に手をかけて泣き出すのだった。

          §           §           §

しかし、事態は急展開する。自分の手紙によって、かえって怜子が去って行こうとするのではないかと直感した桂木さんが、ふいに帰宅したのである。自動車の停まる音に、怜子は息を飲んで跳ね起きる。ネリが激しく吠えたてる。今彼に遭ってはならない。逢えばわたしの心は必ず崩れる、怜子はそう自覚してなんとか桂木さんから逃れようとする。手に汗握る場面だが、桂木さん、はやく! と思わずにはいられない。できることなら、2人を会わせてあげたい、そうすれば……
怜子は必死だった。裏庭に回り寝室の脇の躑躅の茂みに隠れ、さらに考えた挙句物置に隠れ、中から桂木さんの様子を窺う。桂木さんがネリに飛びつかれながら怜子の名を呼ぶ。その低い声を戸の隙間に聞いた瞬間、怜子の頬に涙が流れた。震える唇を噛みしめ、嗚咽をこらえて壁に頬を押しつける。怜子の心は戸を開けたくなる衝動と、それを必死に抑える苦しさのために引き裂かれるのである。
でも、怜子は必死に耐えた。決意を守り抜こうとする怜子の健気さが胸に沁みる。ネリが物置に向かって一声吠えれば、それで済んでいたかも知れない。2人の気持ちがそれぞれにわかるだけに、切なさが募る。
桂木さんが再び家の中に入った隙に、怜子は窪地の通りに逃げ出し、素足のままバスに飛び乗った。目抜き通りでバスを降りる。たくさんの旗が揺れアドバルーンが上がる歩道の端を、少し眼を細めポケットに片手を突っ込んだまま跣でこっそりと歩く。何処かで花火が続けざまになった。戦いに勝ってその歓びに酔っている街。一方でそれに滅ぼされた街もあるはずだ。その滅んだ街の昔を取り戻したいような切なさ。よろめきそうになりながらひたひたと歩く怜子だった。桂木さんとの恋を自ら滅ぼした自分をよくやったと褒める気持ちとともに、手の届かないところに押しやったそれを愛おしみつつなつかしむ怜子の心の内を鮮やかに示す比喩だ。
約1時間後、怜子はダフネのドアを押した。ダフネの小父さん見て、頬杖をつきながら怜子は初めてほんの少し笑う。小父さんもまるで笑わなければいけないというようにぎこちなく笑った。そして跣の怜子にサンダルを差し出し、さらにホットウイスキーを用意してくれた。街の賑わいが海の音のように店の中に滲み入る。小父さんの暖かさが怜子の心に滲み入る。怜子は黙って小父さんの仕事に目を注ぐ。1時間の葛藤を経て、桂木さんとの恋を乗り越えた怜子の姿だった。清々しくさえある情景だ。
ラベル:読書
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2019年01月12日

Kさんに叱られた夢と現実の狭間─夢の記憶56─

やっと集まりが終わり、やれやれと片付けにかかっていたら、扉のところに集まりに参加してくださった職場の大先輩のKさんが、いつものちょっとはにかんだような顔をのぞかせた。

来てくださったお礼を言わなければと思っていたところだったので、ちょうどよかった。今日はそれなりのこともできたので、その評価も聞かせてくれるかも知れない。そうとすればありがたいことである。

今日はありがとうございました、そうこちらから切り出すと、それには答えずKさんが言われた言葉。もっとよく考えて書かなきゃダメじゃないか! 思いもかけぬ一言に、ぼくはただタジタジになって、すみません、と答えるのが精一杯だだった。

ちょうどその前の日、現実のぼくは、懸案だった締め切りをとうに過ぎた原稿をどうにか書き上げて送り、ほっとしたところだった。満足のいくものとは到底言い難いものではあったが、書けたことに満足していなかったといえばウソになる。

Kさんの一言は、そんなぼくの甘さを鋭く指摘するものだった。ぼく自身その原稿を送る際、細かなことにまで気配りする心の余裕、根気がなくなって来たのを痛感していますと、不出来な原稿の言い訣というか、自分を卑下するようなことを書き綴り送っていた。

Kさんは夢の中でそれを見透かしているのだった。ぼくはこの道に入って最初の仕事を、もうその頃は次の職場に移っていられたKさんに鋭く批判されたことがあった。当時はなにくそと思ったものだが、今にして思えばありがたい批判であった。その後誰もこれほどに率直な物言いをしてはくれないのだ。

原稿の出来に不安抱いて床に就いたため、そんな思いが甦えったのかも知れない。誰かにまあいいさと慰めてもらいたいという甘い期待が、どこかにあったのかも知れない。

冷静に考えて、Kさんが慰めてくれるとは思われないが、でもKさんの優しい面に淡い期待を抱いてしまっていたのだろうか。そんなぼくの甘さを見事に打ち砕くKさんの一言であった。

とはいえ提出した原稿を撤回するほどの矜持は今のぼくにはない。そんな自分の狡さがほとほと嫌になる。こんなことは書かずに胸の内にしまっておくべきなのかも知れない。でもそれでは、折角の忠告を無にすることになりかねない。

でもここに書くことで済ませてしまおうとしているのが、狡いことでなくてまたなんであろう。結局なんだかんだと言って、耳を貸さずに済ませてしまおうとする、というか済ませてしまっている自分が情けない。書いたところで何の言い訣にもならないのに。


重なる時は重なるもので、今日はこんなこともあった。それを書き止めておく。恥ずかしい話ではあるが、書いておくことで、自分の卑劣さを思い起こすよすがにはなるであろうから。

大学に向かうバスでの出来事である。珍しく新しい型のノンステップバスが来て、前輪の上の席がない。早めに降りないと間に合わないため、仕方なく降車口に一番近い最前の席に着こうとしたら、優先席ではないか。普段優先席に座ることだけは避けているが、大学行きの学バスみたいなものだから、問題あるまいと思い、ややためらいはあったものの、座ることにした。

まもなく、隣にはぼくよりかなり年上の女性がかけられた。バスが発車する間際、お孫さんらしい小さい子を連れた老齢の女性が乗って来られ、ぼくの目の前からさらに前へ歩いて行こうとされた。

一瞬その女性の持つ杖が目に入った。それとほぼ同時かすぐあと、隣の女性が席を立って声を掛けられた。次で降りますけど、折角のご厚意ですから座らせていただきます、と杖の女性はぼくの隣に座られた。

一瞬の出来事だった。この間ぼくは恥ずかしくて動くにも動けず、ただ眼をつぶっているしかなかった。今日乗ったバスはいつもの大学直行の急行バスではないことを後から思い出したが、もう遅かった。

ぼくのすぐ前に立っているお孫さんに、しっかり両手でつかまってるのよ! と、座られた女性が声をかけるのが聞こえた。お孫さんに席を代わってあげることもありえたかも知れない。しかし、もうタイミングを逸していた。

隣に座られた女性は言葉通り次のバス停で降りられたが、席を譲った女性はそのまま立ち続けていられた。結局終点の大学まで行かれたようだったから、大学の関係者かも知れない。後から考えると、実に見事な振る舞いだった。ちなみに空いた席には、だいぶんたってから、学生さんらしい若い女性が何事もなかったように座った。


ぼくが付け入る隙がなかったといえばそれまでだが、その時には女性の行動に感心する前に、自分の不甲斐なさを呪った。荷物が重い上に、数日前から腰の様子が思わしくない。できれば立ちたくなかったのは事実だけれど、そんなことは理由にならない。

行動しなかった後悔がこうまで大きいとは思わなかった。Kさんに叱られる夢を見たあとだけに、なおさらこたえる。ちなみに、Kさんは亡くなって18年になる故人だが、夢に出て来られたのは恐らく初めてだ。晩年は病気との戦いの日々で、すっかりまるくなられたが、夢でお会いしたのは、まだお元気だった頃のKさんだった。

ラベル: 日常
posted by あきちゃん at 18:51| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年01月08日

雪の鈴鹿へ─三国岳から忍者岳・加茂岳・油日岳─

大晦日の山行きについて改めて書いておく。本当は仙ヶ岳に行きたかったのだが、年末寒波の影響で積雪や結氷が予想されるため断念し、その手前の鈴鹿の外れに位置する油日岳から続く那須ヶ原山まで行ってみようと考えた。初夏に出かけたコースを辿って三国岳から右折して、那須ヶ原山まで往復するつもりで出かけた。三国岳から概ね往復3時間の行程である。

          §           §           §

7時半に出発し8時半過ぎには上野盆地に降り立つ。油日岳は雲の中で隠れて見えなかったが、その右手に白い斜面が見えるではないか。あれはどう見ても雪である。盆地を横切るうちに路面が濡れているのに気付く。昨晩一降りあったらしい。それどころか食料の買い出しで立ち寄ったコンビニの向かいの建物の屋根にも白いものがへばりついている。紛れもない雪である。そのうち油日岳方面の山麓がいくらか視界に入ってくるようになったが、明らかに木々が白い。見かけで山があの程度に白く見えるならば、それなりの積雪は覚悟しなければならない。それよりもノーマルタイヤでは、登山口の駐車場まで辿り着くことも難しいかも知れない。
そんな訣で、引き返すことも覚悟の上で、まずは登山口まで行けるかどうか余野公園まで行ってみることにした。結果道路脇に若干積雪の見られるところもあるにはあったが、特に支障もなく駐車場まで行くことができた。大阪ナンバーの先客が1台だけ駐まっている。ゾロ峠へ向かう道は少し雪化粧しているという程度だ。今回はアイゼンは持って来ていないので、凍っていたら無理だが、ともかく行けるところまで行って引き返すことにしようということで、ゾロ峠を目指した。
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〔1登山口駐車場〕

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〔2初めはこんな感じ〕

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〔3ゾロ峠を目指す〕

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途中やや雪が目立つようになった辺りで先客を追い越させてもらい、無難にゾロ峠に到着する。ただ、ここまで来ると雪はそれなりの量になり、積雪は5㎝程度。ただ、軽い新雪で、踏むとキュキュッと締まる気持ちのよい雪で、滑る心配はほとんどない。天気はあまりよくないが風はなく、歩くには全く支障はない。ただ、これでは無雪期を知らない那須ヶ原山の往復は無理と諦め、まずは三国岳を目指すことに決めた。三国岳から往路を戻るもよし、状況次第では油日岳経由で三馬渓経由で一周するもよし、その辺りは一度歩いている道なので、楽に考えることができた。
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〔4倉部山へ〕

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〔5霧氷も現れる〕

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〔6いよいよ雪が深く〕

倉部山までは案外時間がかかった。傾斜はどうということはないが、夏道よりも距離を感じた。倉部山からは一旦降って不越鳥峠。このあたりは前回思わぬシロヤシオの満開の花の歓待を受けたところだ。峠からは三国岳を目指しての登りで、途中展望が開けて三国岳と那須ヶ原山までの尾根道が望める地点がある。前回感激した場所だったが、今回は雪景色も相俟ってその美しくも奥深い光景に感激を新たにした。ここからは岩をまじえた急傾斜をロープを頼りに文字通り攀じ登れ道になる。登る分には滑るのを気にせず登れるが、もしここを戻るとなると、滑らないように降るのはかなり大儀だなぁと思いながら進む。三国岳までは行けるとして、復路をどうするか悩み始めることになった。雪は結構な深さになり、数人の踏み跡はあるので迷うことはないが、20㎝程度はあろうかと思われた。
まもなく三国岳に着く。待ちに待った昼食。今回初めてポットに熱湯を持参しカップ麵に挑戦した。案外冷めておらず、カップ麵を食べるのに充分な温度を維持してくれていた。置いておく場所がなくて難儀したが、手を温めるのにも役だって、冬の山にはこれが結構いけるとわかった。
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〔7三国岳と那須ヶ原山への稜線〕

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〔8三国岳〕

          §           §           §

食事を終える頃までには、復路の行程は往路を戻るのではなく、油日岳を周回する覚悟を決めていた。三国岳の登りを逆に降るのは相当しんどそうだ。一方縦走した場合、しんどいのは三国岳から望油峠への降りだけだろう。細かな上下はあるにせよ、ここまでの登りよりしんどいということはないはずだ。心配があるとすれば、三馬渓の積雪量だが、駐車場から眺めた感じでは、あの奥で急に積雪が増えるとも思われなかった。また、コースとしても往路を戻るよりは周回コースの方が遙かに面白い。そんなことを勘案しての結論だった。
実際歩いてみて、積雪は標高に比例して増減していたようで、三国岳から忍者岳にかけてが一番多かったように思う。縦走路からわずかに外れた忍者岳へは先行者の踏み跡がなく、新雪に道を付けながら辿ることになった。ここがこのコースの最高地点となる。忍者岳からは僅かに戻って左へ急激に降る。それにしたがって雪は少し減る感じで、加茂岳から油日岳にかけてはさらにやや少なくなっていったように思う。忍者岳を過ぎる辺りから天気も回復し、雪の全くない下界が望めるようになっていったこともそうした印象に加担しているのかも知れない。
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〔9三国岳を振り返る〕

痩せ尾根の通過は緊張はしたけれど、無雪期に比べると、雪のある分だけ景色が丸くなって、急峻な印象が抑えられていたように思う。スリップだけは怖ろしかったが、新雪のせいか一歩一歩踏む占めて歩く分には意外と滑ることもなく、慎重に歩くと意外と歩きやすかった(アイゼンは一足分だけは持参していたので、よんどころなき場合には娘に履かせるつもりだったが、案外あっけなく歩けてしまった)。凍っていないのがなによりだったのだと思う。あれが一旦融けて再び凍ったりすると、思わぬ手強さとなるに違いない。
油日神社方面からの道が北から合流する地点から僅かに辿ると油日岳の山頂である。奥社の社殿も雪をかぶっていた。ここは展望に恵まれないが、北に少し降りた参籠所(避難小屋)からの眺望はすばらしかった。比良の山々や鈴鹿北部の山々は雲に隠れていたが、琵琶湖まで遠望することができた。全く雪のない下界と、木々が真っ白になっている足下からここまでの山上の世界との対比が見事だった。
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〔10油日岳山頂.〕

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〔11油日岳参籠所前からの展望〕

          §           §           §

山頂からは少し戻って南へ尾根を降り、さらに途中から導標に従って三馬渓への道を降る。加茂岳からの道筋の谷、忍者岳からの道筋の谷をひとつずつ合わせながら進み、最後は不越鳥峠からの道と休憩所のある地点で合流すると、道は舗装道となり、まもなく左岸側に渡る橋を越えると、まもなく駐車場に出る。忍者岳からの道と合流してからは何度か沢を渡り返すが、雪の消えている部分も多々あって、谷筋の雪の量は思いの外少なかった。ゾロ峠への道が南北方向の尾根の西側斜面にあたるのに対し、三馬渓の谷は、南北方向の尾根の東側斜面であることに起因するのかも知れない。
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〔12三馬渓への降りへ〕

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〔13谷筋の道〕

15時には駐車場に戻れ、帰路もすいすいと走れたため、思いの外はやく帰寧できた。宛が外れたのは、上野のドライブインも、南山城村の道の駅も休みだったこと。大晦日など稼ぎ時だと思うのだけれど、正月に備えての休業ということなのだろうか。意外と早く戻れたのは、寄り道をせずに戻って来たのも一因なのだった。
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〔14駐車場に戻ってきた〕
          §           §           §

こうして大晦日の一日を思わぬ雪山で過ごすことになった。先行の登山者があり、柔らかな新雪で全く凍っておらずスリップの心配がなく、また当たり前のことだが、一度歩いてコースを知っていることが大きな力になった。
考えてみれば、昨年初めて登った鈴鹿の山も今回で4回めである。その最初の記念すべき行程を、雪化粧したしかも最良のコンディションで再度堪能して無事2018年を締め括ることができたのは、本当に幸せなことであった。ただただ、感謝である。
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〔15余野公園から(左から、油日岳・加茂岳・忍者岳・三国岳)〕

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〔16忍者岳(左)と三国岳(右)〕

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〔17霊山は山頂部だけ白い〕
ラベル:季節 鈴鹿
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2019年01月04日

年の初めに 附 今年の初夢─夢の記憶55─

明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

          §           §           §

早速2日の晩に見た初夢の話から始めたい。今晩見る夢が初夢だということを全く意識せずに見た夢だった。大きく2つの場面に分かれて記憶が残っている。
物語の中の話のようだ。船に大勢の人を乗せてどこかに向かっている。目的地に着き、一斉に降りようとして混乱しそうになるが、先頭に集団から離れて行く2人、1人は若い女の子、もう1人はそのお母さんのようだが、彼女たちが人々をうまく制御しながら船から降ろそうとしている。どうやってあんなことができるんだろうと感心して見ている。
人々は何か大きな仕事に駆り出されたものらしいが、思い思いに動いているようでいて、見事に統率がとれており、どうもそれは先頭の2人の手腕なのらしい。ぼく自身は集団とは何の関係もなく、どうも映画かテレビドラマを見ているような立場でそれを感心しながら傍観しているのだった。
部屋で資料のコピーをしている。180部作って持っていくことになっているらしい。一人分はA4の紙2、3枚でごく薄いが、それが2種類あった。完成したものを束ねて手提げ袋に入れる。2袋に分けて入れたが、入れてから見たらそれぞれ1、2㎝の厚さしかなかったから、どう考えてもあれでは薄過ぎる。
それを別の部屋に持って行こうとして部屋を出る。同じ建物の下の階らしい。そこに着くと、O君もいて、彼も資料を持って来たところだった。さて自分の資料を出さなきゃと思ったら、肝心の袋がない。どうも持って来るのを忘れたらしい。仕方ないなぁ、取りに戻らなくちゃ、というただそれだけのことだった。
前の夢は自分が完全な傍観者になっている他人事のような夢。後の夢はまるで現実そのものような夢。2つの夢にはそれらをつなぐ場面があっだはずなのだが、その記憶はそれらの前後とともにすっかり飛んでしまっていて残っていない。切り取られた場面が単体として残されているだけで、全く脈絡の思い付かない夢たちだ。場面のもつ意味も、切り取られる事で随分変わってしまっているに違いないのだけれど、何かしらの連続性があったはずなのである。不思議な夢だ。

          §           §           §

 冬らしい年末年始である。といって年末年始らしいことはほとんどしなかった。年賀状書きは年内に文面の印刷だけで済ませたものの、それ以上のことは早々に諦め、宛名書きは年明け送りにしてしまった。そしていただいた年賀状に返事を書く形で元旦に書き始め、それが済んでからそれ以外のいつも送っている方々への年賀状も認めて、3日までに一応送り終え、何とか形だけは整えることができた。とはいえ今年は一言ずつ書き添える気力が湧かず、断念せざるを得なかった、というより初めから諦めてしまったというのが正しいのだろう。日中活動している間はさほどではないものの、ここのところ朝目覚めたときの憂鬱感が半端ではないひびが続いている。
年末は昨年同様30日に年越し蕎麦をいただいた。今年は末娘は都合が付かず、長女のみ近鉄奈良で拾って同行となった。昨年行った喜多原が残念ながら人手不足のため年末年始はお休みとのことなので、一昨年と同じ高畑の吟松に出かけた。
11時前に着いたが、それでもギリギリ待たずに入れるというタイミングだった。いつものように天ざるをいただく。昨年は戸隠で信州の蕎麦を何度も食べたせいか、吟松のお蕎麦がずいぶん白く見える。今年はお替わりなしでも充分な量に感じた。
満腹になったあと、これまた恒例の年末の春日大社参りに行く。今年は下の祢宜道から入り、若宮に参拝して紀伊神社を経由して上の祢宜道に抜けた。途中夫婦大黒社にも立ち寄ってみた。後から知ったが、若宮15社参りというのがあって、ここはその拠点となる神社で、縁結びを始めさまざまなご利益があるとのこと。杓子に願い事を書いて奉納するのが珍しく、小さい方に願い事を認めて収めてきた。
年末の春日さんは年々人出が増えている気がする。その主役はやはり外国人だ。ことに中国語が多く飛び交っているように思う。年末年始の宿泊費の高い時期に来られるくらいだから、相応の階層の人々が多いに違いなく、見た目には日本人とそれほどの違いを感じない。愛想を振りまいているシカがいるかと思えば、子供に突進して泣かせているシカもいる。当たり前の風景だが、外国人にとっては不思議な光景に違いない。
大晦日は山行きを敢行した。これについては改めて書くことにし今回は省く。大晦日の晩には末娘が京都から合流し、正月を迎えた。息子は今年も帰省しないとのこと。

          §           §           §

元日は雑煮と、先程も書いた年賀状書き。AGは朝から庭で羽を伸ばし、午後にはPPとACを散歩に連れて行った。ちょうど暖かな日射しに恵まれて、日射しを求めながら気持ちの良い散歩ができた。夕方からは雲が出て、薄ら寒い陽気になったから、本当に貴重な散歩タイムだった。
2日ものんびりと過ごした。AGはこの日も庭。午後から娘2人を連れて高の原イオンに出かけ、ひとしきり初売りめぐりに付き合った。これといって目的がある訣ではなく、気に入ったものがあっても、ひとしきり悩んだ挙句、結局買わないかと思えば、即断で買い求めたりする。福袋も冷やかしながら、見て回るだけでも楽しいものらしい。初めはどこかで休んでいようかと読むための本も持参したが、結局最後まで付き合うことになった。子どもたちもできればスポンサーは常に身近にいた方が便利なのだろう。
買い物中には結構混んでいたスタバにも、お客に波があるようで、店めぐりが一段落して行ってみたらちょうど席が確保でき、ひと休みする。高の原のスタバは通路に面していてあまり落ち着ける風情ではないのだが、それさえ気にしなければ貴重なリフレッシュ空間だ。暫く休むうちに夕方が近づいて、あれだけ混んでいた店内も余裕ができてきていた。正月三が日の夜は早めに帰って家で過ごすのだろうか、どこもみな結構健康的だ。末娘は2日の晩に一足早く京都に戻った。
3日は随分朝寝坊し、午後から長女の買い物に付き合った。PPとACも連れて行き、帰りに上人ヶ平公園に車を駐めて散策し、さらに一度行ってみたいと思っていた州見台公園にまで足を延ばしてみた。2匹とも大喜びで散歩を楽しんでくれた。州見台公園の円錐形の山はそれほどの高さには見えないのに登ると展望がよく、別に展望を喜んだわけではないだろうけれども、犬たちも大喜びだった。直登せず、渦巻き状にグルグル四方の景色を楽しみながら登ると楽だし何よりも楽しい。
夕方、大晦日の山行きに使った用具の隙間に今日買ってきた細々とした物を詰め込んだ長女の荷物を宅急便に出しに行き、早めに雑煮とすき焼きという取り合わせの夕食とする。明日はまだ休みらしいが、新年会があるとかで長女も夜には大阪に戻り、またいつのまにか家内と犬たちだけのいつもの静かな生活に戻ることになった。
今年は4日が金曜日なので、実質的な仕事始めは週明けの7日となる。そこで今年は無理せず普段は取るに取れない代休を充て、正月休みを継続して少し長めの休息を図ることにした。やや後ろめたい気もしないではなかったけれど、そもそもそういう意識を抱いて30年間過ごしてきたこと自体が問題だったのかも知れないと自身に言い聞かせながら。

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2019年は第二次世界大戦の勃発から80年を迎えるという。緊張をはらみながらも何度も危機を潜り抜け保たれてきた平和が、今後も末永く続いてほしいと切に願う。
posted by あきちゃん at 22:06| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする