2013年09月02日

腕時計の引退

腕時計がいよいよ動かなくなった。高校2年の時の買ってもらった時計だから、かれこれ36年になる。これだけ長い間使い続けるものって、いったいどれだけあるだろうか。しかもほとんど毎日身につけてる生活するものである。メガネにしても、ペンにしても、こうまで長くは使えないだろう。メガネはがんばっても10年がいいところだし、ペンに至っては、最近はもう使うのをさえやめてしまった。腕時計もそこそこのものが最近は1000円も出せば充分手に入るし、ファッションの一つになっていて、使い続けるなどという対象ではなくなっているかも知れない。
さて、くだんの腕時計との最初の出会いは、高校に通うときに乗っていた地下鉄の車内広告である。ドアの入口の上にはまっていた広告を見て、一目惚れしてしまったのである。SEIKO QUARTZ TYPEⅡというもので、時刻の数字がローマ数字なのがミソだった。Ⅲのところだけは曜日と日付の表示枠があるため数字が抜けているが、あとは全部ローマ数字が並んでいる。まだクォーツの時計がそんなには普及していなかった頃で、自動巻のゼンマイ式の腕時計が一般的だったかと思う。ぼく自身は中1入学の時の腕時計を買ってもらったのが最初で、そのあと確か一度壊れて2代目を使っていたと思う。それで、新しいのに買い換えるのに多分ずいぶん悩んだ挙げ句に誕生日かなにかまで待って理屈を付け、やっと買ってもらったような気がする。当時35,000円だったと思うから、とんでもない値段である。それでも親を説得して手に入れたのだった。今にして思えばまことに勿体ない話ではある
以来、大学入試、口頭試問、就職試験など人生の節目節目は勿論のこと、日常生活の隅々にまで活躍をしてきたのである。途中、表面のガラスの傷がひどくなって交換したり、日付けと曜日表示の窓の枠が外れて中で泳ぐ状態になったために修理に出したりと、何度かの入院を経験したこともあったが、みな潜り抜けて来たのだった。数年前に、ガラスの交換は今回が最後ですねと言われ(SEIKO自体でのこの機種のメンテがもう終わるとのことだった)、今回のことはそれなりに覚悟はしていた。そのあと動かなくなって電池切れかと時計屋に持っていったら、電池はまだありますね、接触の問題のようですね、と調整してもらったこともあった。ここ数年は止まってしまっていることに気付いて慌てたことが何度かあり、その都度復活させてきた。接触の問題が大きくて、電池の蓋を少し押してやると、以前と変わらず動き出すというようなことが多かったのである。気付くと10分遅れているというようなこともあり、どうもこれは徐々に遅れたのではなく、10分間だけサボっていた時間があったらしい。騙し騙し使ってきたという状況だった。
そんなわけで、先日止まっているのに気付いた時も、ああまたか、程度に軽く考えていたのだけれど、どうやっても復活せず、これはいよいよ電池切れかと都合良く解釈し、電池を交換しさえすればまた動き出すだろうと、別段気にもせずにいたのである。
ところが時計屋に持っていって、確かに電池がないことを確認してもらい、この段になっても交換すれば元に戻るだろうと高を括っていたら、電池を入れ替えても動きませんね、ちょっと診てみますから少し時間をください、ということで暫く預けることになった。この時になってもまさか本当に動かなくなるとは思ってもみなかったのである。
30分ほどして再び時計屋赴くと、やはりダメでした、申し訳ありません、お代は結構です……。全く心の準備の整わぬ状態で、いわば突然の死亡宣告を受けることになったのだった。実はごく最近、この腕時計が行方不明になることがあって、自室のあらぬところから発見されたことがある。帰宅途中で雨に降られ、濡らしてはまずいと腕から外し、胸のポケットに放り込み、帰宅後それを無意識のうちにそれを取り出したらしいのである。また、だいぶん前のことだが、勤務先の洗面所に置き忘れて一昼夜を経てから気付いて回収したこともある。そんなに大事なものなら実用に供さず殿堂入りさせてはと思ったこともあるけれども、使ってこその時計だという思いもあって、ずっと腕にはめ続けてきたのだった。海外は、韓国はプサンからナジュ、モッポ、ソウル、カンウォンまでの範囲を、中国は北京、上海、西安、洛陽にも出かけ、ことに西安での4週間はなつかしい。国内では北は北海道ニセコ・青森・秋田から、西は九州長崎・熊本まで、そして海をはさんで沖縄本島、石垣島、さらには西表島まで、高いところでは、数回に及ぶ八ヶ岳の主峰赤岳と、日本第二の山、南アルプス白根三山の北岳の山頂を踏んだことも想い出深い。

うで時計.jpg
〔36年間の役割を終えたSEIKO QUARTZ TYPEⅡ―ガラスの表面が傷だらけなこともあり、どうもうまくピントが合わない〕

36年間の時を刻み続け、外出時にはぼくの左腕にあって、こうしてぼくが足を運んだところには全て付き合ってくれた腕時計が今、机の上にある。Bの昇天を見送った夏の締め括りの日にその時計としての役割を終えたのも、何かのめぐりあわせであろう。これからの行動を共にできなくなってしまった喪失感は何としても拭いがたいものがあるけれど、いつかはこの日を迎えねばならなかったのである。この腕時計と行動をともにした期間今後生きることはないであろうが(90歳になってしまう!)、これからもしこの腕時計をもつまでに生きていた期間生きることができるとすると70歳と少し。ほぼ人生の半分をともに過ごしたことになる。そんなことをふと考えてしまう。長い間本当にありがとう!
ちなみに、SEIKO QUARTZ TYPEⅡの後継には、以前どこかからいただいて使わずにいたSEIKO QUARTZの懐中時計を携行することにした。左腕が妙に軽くて不思議な感じがしている。
ラベル:日常 記憶
posted by あきちゃん at 01:22| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TYPEⅡを調べていて、たまたまこのページを拝見させて頂くことになりました。

まだこの時計をお持ちでしょうか。

SEIKOでの修理はもうできませんが、銀座の修理専門店などでは、修理できるかも知れません。

例えば

あいあいショップ
銀座2丁目4番1号 銀楽ビル8階

などがあります。まだお持ちであれば一度、ご相談されてみてはいかがでしょうか。

この時代のSEIKOのクオーツは、ぜんまい式時計と同様に時計職人さんの手組みの超高級品です。このため、機械部をばらばらに分解して大掃除をし、油をさして組み立てなおすと(オーバーホールをすると)動くようになることがあります。

ただし、電子回路部が駄目になっている場合には修理できません。

しかし、どうも症状からして、電子回路部ではなく、機械部ではないかと思います。よってその場合には多くが修理できます。ガラスの傷も、研磨すればきれいになります。

普通の時計屋さんでは手に負えないため、もう駄目ですねと言われることがよくあります。

電子回路部さえ生きていれば、修理専門店でのオーバーホールでも大体、3万円です。

私の持っているTYPEⅡは父の形見、先日、4回目のオーバーホールを終えて戻ってきました。40年前のものですが、日差0.2秒の高精度で順調に動いています。防水性能にも問題ありません。

クオーツ式時計はオーバーホールなしでも大丈夫と誤解されている向きがありますが、それは安価な使い捨て設計となっているものについてであって、TYPEⅡは違います。今のクオーツ式グランドセイコーのようなものですから、まあ10年に1回はオーバーホールをしながら使うになります。

ご参考までです。
Posted by at 2019年03月30日 01:23
TYPEⅡについて、貴重な情報を教えていただきありがとうございました。丁寧に解説してくださり、たいへんよくわかりました。心から感謝いたします。
幸い、ご紹介したTYPEⅡは、今でもぼくの机の上でひっそりと余生を送っています。
考えてみれば、この時計、一度もオーバーホールをしないまま使い続けてきてしまいました。電池交換の際にオーバーホールを勧められたこともありましたが、今度でいいやと何度も先延ばしにしているうちに、引退を余儀なくされてしまったのでした。可哀想なことをしてしまいました。
腕時計を使わなくなって、はやいものでもう5年半にもなり、スマホが時計替わりをしていますが、手許に置いていつでも見られるようにしておくには、いかにせん大き過ぎ、うっかりするといつのまにかスリープ状態なんていうこともあります。未だにしっくりこないままです。
ですので、もしもTYPEⅡを復活させられるなら、こんなにうれしいことはありません。上京の機会は結構ありますので、折を見て相談に行ってみたいと思います。
復活は諦めていたのですが、希望の火を灯してくださった方に対し、改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
Posted by あきちゃん at 2019年03月31日 00:25
ああ、オーバーホールを1度もなさっていなかったのですね…それでも写真のこの状態、かなり良い状態ですから、修理専門店に是非一度、ご相談されてみられることをお勧めさせていただきます。劣化、故障している部品があれば自分で調達して持ち込みになりますが、修理専門店は、それを具体的にどうすればよいのかも教えてくれます。TYPEⅡはまだまだ中古市場に数多くあり、そう苦労することもなく同じ機械を調達できますし、消耗品のゴムパッキンも持っている時計材料店が結構ありますから、大体は直すことができます。
TYPEⅡは今のクオーツ式グランドセイコーと同じ、職人さんの手組み、手調整の名機で、クオーツ式グランドセイコーの廉価品といった位置付けになります。
私の持っている時計は、今のクオーツ式クランドセイコーのはじめの23年前のものと、父から譲り受けた40年モノのTYPEⅡの2、あとは高校入学のときに父が買ってくれたカシオのデジタル時計だけですが、腕時計は自分の人生そのものですから、どれも直し直し大切に使っています。スマホの時計も結構ですが、やはり腕時計の高い機能性には勝てないですね…
お持ちのTYPEⅡが再び動く日が来ることを願っています。
Posted by at 2019年03月31日 17:07
重ねてのご教示ありがとうございます!
お父さまから譲り受けられたというTYPEⅡへの思いも伝わって参ります。そしてなによりも、「腕時計は自分の人生そのもの」とは、まさにおっしゃるとおりだと、感じ入った次第です。引退させてしまったTYPEⅡが、ぼく自身にとってどういう存在であったか、スマホの時計がしっくりこなかった理由も含め、ようやく理解することができました。復活に可能性にかけてみたいと思います。改めて、ご教示に対し心からお礼を申し上げます。
Posted by あきちゃん at 2019年04月01日 01:39
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