2016年08月21日

永井龍男の作品を読む

永井龍男という作家の名は、学生時代から知っていた。永年の業績に対しさまざまな賞を受け、多くはないが文庫本もそこそこ刊行されていた。講談社から全集が刊行されたのが80年代の初めであるから、まさにぼくの学生時代ということになる。
しかし、ぼくの場合、そういう世間的に注目を集めている作家に対する関心は、今もそうだが当時も驚くほど低く、著作を手に取ることもなかった。短編の名手であるということもあるいは関係していたかも知れない。
結局この年になるまでその作品は一編も読まずに来た訣だが、ふとしたきっかけでその世界に目を開かれることになった。それはIBooksでダウンロードした堀辰雄の「絵本」という、永井龍男の短編集『絵本』に因んだ作品である。
「絵本」の由来も知らずに斜め読みして、永井(龍男)と呼び捨てにされて登場する作家が、ぼくの学生時代に晩年の円熟の境地を迎えていた前述の永井龍男であるとは、俄に思い浮かばなかった。
それというのも堀辰雄といえば戦後まもなく亡くなったいわば歴史上の作家であり、かたや永井龍男はぼく自身も30年程度の生をともにした現代の作家だという認識があったからである。
ところが、実は永井龍男は堀辰雄と同じ1904年の生まれであり、しかも12月生まれの堀に対し、永井は5月生まれ。著作デビューもむしろ永井の方が早いのである。その後同じ同人誌で活躍するようになって親交が生まれたようだが、永井龍男は職業としての編集者の道を歩んだため、作家としての大成はずっと遅れることになる。しかも契機は敗戦後の公職追放であった。文筆で生きることを余儀なくされたのである。戦争中に鎌倉に移りそこで生を終えたので鎌倉文士と称されたが、生まれは東京・神田である。

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今その作品に手軽に触れようと思うなら、新潮文庫の『青梅雨』しかない。講談社文芸文庫で出た作品集のうちには、『一個 秋 その他』のようにまだ在庫があるものもあり、遺稿集となった『東京の横丁』の刊行も計画されているようだが、1,000円を超す文庫をそうおいそれとはお勧めできない(でも、是非多くの方に読んで頂きたいという思いはある。講談社文芸文庫は値段が高いのが難点だが、収録作品は充実しており、また解説が読みごたえのあるのもうれしい)。
晩年は身辺に題材を取る作品が多くなり、私小説とも随筆ともつかない作品が多くなる(もちろんそんな区別など永井龍男の作品を読むにはどうでもいいことである)が、その真骨頂は人生の断面を切り取ってきたようなフィクションにあろう。飄々としたというとやや語弊があろうし、淡々としたというのとも違う。示された一つの断面から、人生全体をまるで3Dを見ているように立体的に俯瞰できるといったらよいだろうか。もうこれしかあり得ないという言葉を用い、かつ極度に切り詰めて綴られた気風の良い文章ともいえようか。

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代表作は、入手しやすい『青梅雨』所収の作品でいえば、例えば「冬の日」。この作品の手触りは、他の作家のどんな作品にも味わえぬものである。淡々とした叙述の中に折り込まれるすさまじい情念には畏怖すら覚える。同じ畏怖でも「青梅雨」や「青電車」、それに遺作集に収められた「冬の梢」の場合は、いずれも死を題材にした作品であるだけにもっと直接的で、永井龍男を考えるキーになる作品だとは思うが、むしろ恐怖をさえ覚えてしまう。
それよりは、連作短編といってよい「コチャバンバ行き」や「皿皿皿と皿」の飄々とした味わいには、本当に捨てがたい愛着を感じる。中でも「皿皿皿と皿」の味わいは秀逸で、「作者(わたし)」が2回も作中に登場するのには驚いた。その登場の仕方、役回りが読者の裏をかいているときているから、なおさらである。突拍子もないといってしまえばそれまでだが、全く違和感を感ぜずに読めてしまい、読者はいつのまにやら作者の術中にはめられてしまうのである。
永井龍男『青梅雨』(新潮文庫).jpg
〔新潮文庫版『青梅雨』のカヴァー。山に持っていって夕立に遭い、悲惨なことになってしまった……〕

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永井龍男の作品には、鎌倉を中心とする湘南と並んで、彼が生まれ育った昔の東京の姿が描かれているものが多い。1904年生まれと言えば、ほぼぼくの祖父母の世代である。同じ永井でも、もうひと世代上の(1879年生まれ)永井荷風の描く東京(例えば『日和下駄』など)は、言葉では理解できても、なかなか実感できない部分がある。それに比べると、永井龍男の描く東京には共感する部分が多い。場所がぼくの育った地域により近いということもあるが、子どもの頃に言い聞かされて育った、祖父母が見聞してきた世界と時代的に重なるものがあるからなのだろう。
世界、ないし世相と並んで、作品の中味についても共感を覚える(実感の湧く)のは、やはりこの二世代上くらいまでが限度なのではあるまいか。恐らくそれは、生きた時間が確実にオーヴァーラップしており、しかもその間にさまざまな経験が情報として伝えられるからなのだろう。その意味でいえば、核家族化が進行して以後の世代にとっては、こうした小説の読み方にも、大きな変化が生じているのかも知れない。善し悪しではなくて、文化の継受という点で、これは見逃せない観点だろう。

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最後に、随筆の中に見つけた恐ろしい言葉。
「……その人の思想、感情を出来るだけ正確に表現するのが文章の役目である。また文章は、文章自体でなり立つのではなく、その人の思想、感情の表現として、はじめて形をなすのである。」
「……うまい文章を書こうと努力するのはまちがっている。正確な文章を書こうとすることこそ、根本だと、私は思う。/それならば、正確な文章を書く秘訣とはなにかということになる。/秘訣は文章にあるのではなく、表現したい思想なり感情を、しっかりとつかむことにある。……」
(いずれも「正確な文章」〈「身辺即時」所収。『へっぽこ先生 その他』講談社文芸文庫〉)
言い表したいものがうちにあり、それを正確に伝えようとするところから、文章の修練は始まるというのである。伝えたいものもないのに、うまい文章を書こうとしてもできる訣がないではないかという、なんとまあグサリと突き刺さる、身に覚えのある言葉ではないか。
ラベル:読書
posted by あきちゃん at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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