2017年03月21日

いろんな列車に出会う

鉄道にはそこそこ思い入れはある。列車に乗ってさえいればいくらでも時間を過ごせる。見るのも乗るのも好き。窓から景色を見ながらボーッと過ごす極上の時間。通勤の電車は読書タイムか居眠りかの二者択一になってしまうことが多いけれど、本当は景色を見ていたい。何も考えずにただひたすら景色を楽しむ時間を忘れてから、もう随分と時が経ってしまった。
鉄道ではあっても、新幹線の景色は楽しめない。勿論、景色がよくない訣ではない。やはり速度が速すぎるのである。動体視力が良かった子供の頃はまだよかった。通過駅の駅名が全く読めなくなったらもうお終いだ。それで新幹線に乗るときは窓側の席を取り、PC持参で仕事に励むというのが常になってしまった。さらにどうせ景色を見られないなら眠る時間に充てた方が効率的という訣で、どこでも眠れるのをよいことに、夜行バスを愛用するようにもなってしまった。
そうはいっても、元々鉄道は好きだから、日々の通勤に電車に乗れるのはありがたい。いつもと少しだけ時間がずれたりすると、思わぬものに出会えたりする。この間も、西大寺駅で、「しまかぜ」に会った。回送だったようで、暫くホームに止まり、車庫に向かって走り出していった。
しまかぜに出会う(近鉄大和西大寺駅にて).JPG
〔「しまかぜ」に出会う(近鉄大和西大寺駅にて)〕
やって来たときは、おぅ、しまかぜ!と思ったものの、別段のアクションは起こさなかった。しかし、発車間際になって、またいつ会えるかもわからないという思いが強くなって、iPhoneのカメラを立ち上げてパシャッと1枚収めたのだった。一期一会、つぎまたいつ会えるかもわからない。あとで後悔することだけはしたくない。
ケータイを持つようになる前は、こんなことはまず無理だった。どんな偶然に恵まれようと、デジカメ持参という偶然が重なることはまずなかったからで、その点ケータイのカメラはありがたい。ただ、場合によっては立ち上げるのに時間を要したりするし、それに何と言っても相手はそれなりの速度のあるものだから、オートシャッターの悲しさで、ピントがうまく決まらず、シャッターが下りないことがある。このしまかぜの場合は何とか視界から抜けていく前にシャッターが下りてくれたものの、何だかちょっと間の抜けた写真になってしまった。もっともそこは偶然の産物で、反対側に新型特急が止まっていて、しまかぜのいなくなったあとを埋めてくれていた。
日々の通勤にしてからがこうであるから、出張などで列車で初めての所へ出かけたりする機会があったりしようものなら、もうそれだけで気持ちが昂揚するのである。別にカメラに収めたからといってどうという写真が撮れるわけではない。被写体としてはありふれたものでしかない。それなのに鉄道というのは本当に不思議な被写体である。童心に返るといえばそうなのかもしれない。
信楽高原鉄道貴生川駅にて.JPG
〔たぬき列車(信楽高原鉄道貴生川駅にて〕)
半世紀も前、プラレールで遊んだ日のことがなつかしい。そうだった、プラレールだけではなかった。ノートに鉛筆で蜿蜒と架空の路線の線路を描く。ターミナル駅から二つの方向に伸びる路線。トンネルあり、鉄橋あり、また駅にはたくさんのポイントがあって線路は複雑な構造となる。それを何度もめくっては、その都度異なる線路を走ったつもりになって、悦に入っていたものだった。
東急多摩川線蒲田駅にて.JPG
〔多摩川線で復活したレトロなツートンカラーの電車〔東急多摩川線蒲田駅にて〕)
posted by あきちゃん at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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