2017年04月09日

満開のサクラに思う

サクラがほころび始めた途端に天気がぐずつき始め、祈るような気持ちで眺めていたのだけれど、幸い雨も時折泣き出す程度で強くは降らず、満開を迎えようとしているサクラを散らすほどにはなっていない。むしろサクラの開花を慈しむような降り方である。
止み間を縫って、一昨日の夕方は家内がPPを連れて般若寺のサクラを見に散歩に連れて行った。夜中はそこそこ降っていたようだったが、昨日の朝方には小康状態となって、薄日も射し始めた。それでも11時前には再び泣き出してしまった。気温も上がって20度に達し、異常な湿気のせいか駅の地下通路は汗をかいた状態になっていた。
午後は再び小康状態だったので、夕方暗くなる前に、バス停のサクラと般若寺のサクラの花見がてら、今度はAGを連れて散歩に行って来た。
どちらも見事だった。空がどんよりしているので、背景によって引き立てられるというのではないから、かえってサクラそのものの美しさが目立つような気がした。ほんのりとピンク色の染まったほとんど白と入ってもいいくらいの花が、枝すらも隠すように一斉に開く姿は、純粋に美しいと思った。
雨にも負けず満開を迎えたバス停のサクラ.JPG
〔雨にも負けず満開を迎えたバス停のサクラ〕
午前中に平城宮跡で見た、見慣れた2本のサクラも、今年は取り分け心に滲み入る美しさだった。満開にはまだもう少しというところだったが、ピンク色というにはあまりに淡く、白といえるほど純白でもない花を開くという一点に絞って集中させるその生命力に圧倒された。これならちょっとの雨など痛くも痒くもないかも知れないと納得する。
般若寺裏のサクラもバス停のサクラも、何本か寄り添うように一塊になって咲いている。それに対して平城宮跡の第二次大極殿脇のサクラは、一本ずつ単独で咲く。ちょうど東西対称の位置にあるから、意図して植えたものに違いない。朝堂院の東西には一定の間隔でサクラが植えられていてそれはそれで見事なものだが、ここへ来るといつもこの2本の孤高のサクラに魅かれるのである。
いずれも一本で思う存分枝を伸ばしているので、多分通行の支障を考えてのことだろう、最近は通路に面した方の側を少し伐採されてしまい、ややアンバランスな樹形になってしまった。俗にサクラ切るバカともいうので心配していたのだが、取り敢えず何事もなくホッとしている。ソメイヨシノは木としての寿命が60年程度だと聞いたことがある。これらの木がどのくらいの年齢なのかは知らないけれど、それまで思う存分枝を伸ばして咲き続けてほしいと切に思う。
平城宮跡のサクラ(東側).JPG
〔平城宮跡のサクラ(東側)〕
平城宮跡のサクラ(西側).JPG
〔平城宮跡のサクラ(西側)〕
サクラが意外と早くに花を付けることも最近知った。西大寺の秋篠川沿いにサクラの若木が植えられたのは何年前だっただろうか。最初はそれこそ棒のような苗木で、はびこる雑草に隠れてしまいそうで可哀想だったものが、数年で花を付けるようになり、その可憐な姿に打たれたものだった。それが毎年着実に成長しここ2、3年目に見えてサクラらしくなってきた。地域の方々のたゆまぬ努力のたまもので、頭の下がる思いで毎日の通勤途上を楽しませてもらっている。
西大寺の秋篠川添いの若いサクラ.JPG
〔西大寺の秋篠川添いの若いサクラ〕
こんな若いサクラも、平城宮跡のそろそろ壮年を迎えつつあるであろうサクラも、若草山の中腹をほんのりと彩るヤマザクラも、今年はなぜかみな例年になく美しい。

          §           §           §

さて、BWV1の新しい演奏を聴いた。ノラさんのブログで大推奨の、エリック・ミルンズ指揮、モントリオール・バロックの演奏である(BWV1についてはこちら、CD全体についてはこちらこちらをご参照ください)HMVで註文してから数カ月待っても全く入る気配がない。ほかの通販も見てみたが同様でもう入手は諦めていたのだが、たまたまAmazonで検索したら、あろうことかまだ新品の在庫があるではないか。比較的安価な海外からの取り寄せも複数載っていた。この数ヵ月の日々はいったい何だったのかと、価格はHMVの割引価格に比べると随分割高ではあったが、背に腹は代えられないので註文したら、翌日早速届いてしまった。いやはやほんとうにこの数ヵ月はいったい、とうれしいやら呆れるやら……。
Cantatas For Maryという、マリア関連の祝日のカンタータを集めた、それこそ夢のような選曲の1枚である(ATMA-SACD22402)。BWV1、82、147というラインナップで、ちょうどこれと逆順で並べられていて、BWV1はこのCDのトリを務める。
モントリオールバロックのBWV1を含むCDのジャケット(ATMA-SACD22402).jpg
〔モントリオールバロックのBWV1を含むCDのジャケット(ATMA-SACD22402)〕
実は、OVPPという合唱パートを一人ずつで受け持つ演奏を聴くのはこのCDが初めてだった。ちょっと不安もあったのだが、実際に聴いてみるとそんな心配は吹っ飛んでしまった。クリアで透明な推進力に溢れた演奏は、これまでのバッハのカンタータのイメージを払拭する清新なものだった。言葉にするとこんなありふれたことにしかならないけれど、楽器がどうとか演奏法がどうとかいう範疇だけでなく、バロックとかクラシックとか(こういう並列は変かも知れないが)いうそんなジャンルをさえ突き抜けた、純粋に音楽として美しい、心に呼びかけてくるものを、やや大袈裟かも知れないけれども感じたのである。
もちろんこれまでに聴いてきたたくさんの素晴らしい演奏を否定するものではけっしてない。それらをのすばらしさを踏まえた上で、こういう行き方、いや今これを書いていて思わず誤変換してしまったのだけれども、こういう「生き方」もあったのだと、感極まってしまったのである。
一人のちっぽけな人間がこんなことに心を動かされている間にも、サクラは雨にもめげずに一所懸命に咲き誇り、季節は着実にその歩みを進めてゆく。このブログを書き始めた6年前のこと、そしてこの間のことを、ふと思ってしまう。
posted by あきちゃん at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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