2017年05月17日

祖母の淹れたお茶の夢ー夢の記憶42ー

今はもうなくなった、生まれ育った実家の庭に面した縁側に佇んでいる。縁側は南に面してはいるものの、南側に高い崖があって、そこに向かって築山が築かれている。山の下には瓢簞型の池があり、池の西側の藤棚の下を潜り、築山に登る石段が設けられている。元は、江戸の旗本屋敷だったところだから、それなりの由緒があった庭かも知れないが、もう見る影もない。
池の北側東寄りには全く実のならない桃の木が、東寄りの石垣の途中には柿の木が、築山の上の東端には枇杷の木が生えていた。戦時中の名残であろうか。あるいは、聞いてみたことはなかったが、戦後ここに越してきた祖父母、ことに吝嗇の祖母のなせる技だったのかも知れない。

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ぼくの脇でさっきからこの庭に見入っていた外国人の女性が、ポツリと、日本の庭ですね、と言った。荒れた見る影もない庭のどこに日本らしさを見出したのか、訝しがったけれど、祖父母が建てた今ぼくらが佇む縁側のある家とともに、ある意味典型的な昭和の日本の風景だったようにも思う。それを理解してくれた女性の言葉が身にしみてうれしかった。ぼくの過ごしたこの家での時間への共感でもあったと思えたのである。
お茶でもいかがですか? ぼくは女性を居間に招じ入れた。我が家の食事部屋でもあった、家の西北の隅にあった四畳半の飾らない和室である。ここは、祖父母の寝室も兼ねていて、昼間は祖母の居間にもなっていた。
祖母が四角いお菓子を用意してくれた。香り高いほうじ茶も淹れてくれた。祖母にお茶をいただくなんてかつてなかったことだ。しみじみとありがとうを言った。何がどうということはないのだけれど、ひたすらなつかしかった。

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ちょっと出かけて来るからね、と言って祖母が出て行った。相変わらず忙しそうだなぁ、と思った。ひたすら静かだ。なんて贅沢な時間なのだろう、そう思っていてハッとした。祖母はとっくに亡くなっていたはずではないか! 何故そんなことに気付かなかったのか。本当に取り返しのつかないことをしてしまった、もう会えないのに、どうして引き止めなかったのか。強迫観念にぼくは次第に苛まれていったのだった。
気付くと、四畳半にいるのはぼくただ一人。さっきいただいた四角いお菓子が半分、まだ紙に包まれてお膳の上にあった。柱時計が振り子の音だけを響かせていた。
ラベル:日常 記憶
posted by あきちゃん at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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