2017年05月20日

局ヶ岳に登る

待望の局ヶ岳を訪れた。以前、飯高の道の駅からその秀麗な姿を望み、いつかその山頂を極めたいと思っていた。昨年、栗ノ木岳に登り、稜線の彼方に鎮座する姿を遠望して、その思いはさらに強まった。
車は荒滝不動の少し奥まで入る。昨年、栗ノ木岳からの帰路、北に下った庄司峠を、今度は南からめざす。最初は別方向から上がってきている林道を横切るなど、なんとなく定まらない感じの道だったが、あとは暗い谷筋を登り詰め、高度差約350mをひたすら登ること約1時間、急に周囲が優しく明るい緑色に輝き始めると、じきに小さな祠のある庄司峠に飛び出した。
小休止のあと、稜線伝いに局ヶ岳をめざす。ここから局ヶ岳までの標高差は300mだけれど、道自体はしっかりしているものの、細かなアップダウンが多い上に、ことに登りには石をまじえた急傾斜の箇所が多く、結構神経を使う。数字以上の登りをこなさなければならない。

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40分余りで821m峰。ここで昼食。展望はないが、落ち着いた稜線で、少し手前の北側に山並みが望めるところに腰を下ろす。それまで少し汗ばむくらいだったが、気温は高くなく、休んでいる間に少しヒンヤリとしてきた。ほぼ全天が髙曇りとなってきているのも影響しているようだ。
ここから幾分北に向きを変え、さらに北へ回り込む形で942m峰をめざす。時折ミツバツツジやシロヤシオなどの花々が出迎えてくれるようになる。花はあまり期待していなかっただけに、この応接はうれしい。また、942m峰が近づくにつれ、右手(南側)の視界が開け、これから辿る稜線の先の局ヶ岳の姿を望める場所も増えてくる。尖峰の手前にいくつか段々があって、あれを一つずつ上がっていくのか、大変そうだなあと思う反面、益々登頂への期待も高まっていく。局ヶ岳を望む(842峰から少し降ったあたりから).jpg
〔局ヶ岳を望む(842峰から少し降ったあたりから)〕

局ヶ岳を望む(942m峰の手前920m付近から).jpg
〔局ヶ岳を望む(942m峰の手前920m付近から〕
局ヶ岳を望む(942m峰付近から).jpg
〔局ヶ岳を望む(942m峰付近から)〕

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約1時間で942m峰。いよいよ次は局ヶ岳本峰である。しかし、ここから一旦鞍部まで結構な降りとなる。最低鞍部の標高は840mあまりだから、100mも下ることになる。これに約40分。そして都合190mほどの登り返しが待っていることになる。途中シャクナゲが群生しているところを過ぎる。薄いピンクの花が美しい。もうピークは過ぎているようだったが、これまたうれしい誤算。
最低鞍部からは少なくとも2箇所のテラスはあるはずと覚悟していたが、いよいよ最後の登りかと思った登りが、実はそうではないというのを2度経験してしまった。結局45分程度かけてじっくりと登りきり、低い鳥居をくぐって局ヶ岳山頂に立つ。局ヶ岳山頂.jpg
〔局ヶ岳山頂〕
基本的に妨げる物のない360度の展望だが、手前に低木の枝や草などの障害物は結構あり、残念ながら障害物なしでの360度の展望を記録することはできない。前回登った栗ノ木岳の三角峰が、ちょうど稜線にかぶさる形でその特徴的な山容を見せてくれている。
三峰山から続く稜線を望む(局ヶ岳山頂から).jpg
〔三峰山から続く稜線を望む(局ヶ岳山頂から)〕大洞山(左)と尼ヶ岳(右)(局ヶ岳から).jpg
〔大洞山(左)と尼ヶ岳(右)(局ヶ岳山頂から)〕
伊勢方面を望む(局ヶ岳山頂から).jpg
〔伊勢方面を望む(局ヶ岳山頂から)〕
それにしても山頂東側の反射板は無粋だ。こんなものを作らなければならないのなら、いっそ稲村ヶ岳のような展望台を兼ねたものにしてくれたらどんなによかったことか。せっかくの360度の大展望が台無しだ。

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帰路は局ヶ岳神社へと向けてひたすら下る。70分ほどの単調な下りが続く。最初のうちこそ岩をまじえた下りがいのある部分があるものの、あとは迷うこともなく時にジクザグを繰り返しつつ高度を下げてゆく。思わずこれを登るのは辛いだろうなあと余計な心配も過ぎる。
途中マムシグサの奇怪な花が目に付く。丈の高いものばかりでなく、ほんの小さな株にも花が付いている。ただ、残念ながら一気に下る行程だったこともあって、写真を撮る機会を逸してしまった。
迎えのバスが結構な標高の所まで来てくれていて、そこからの展望もまたなかなかだった。道の駅に併設された飯高の湯まではバスだと僅かの時間。意外に凝ったさまざまな風呂が楽しく、時間の経つのも忘れて湯に浸かることを楽しんでしまう。

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こうしてすっかり気持ちよくなって車中の人となって船を漕いでいた訣だが、帰途、談山神社の脇を超えて盆地に下るところで見た、一瞬の信じられないような自然の光景がくっきりと心に刻みつけられている。
高曇りの空と西の地平線との間に、ほんの少しだけ雲のない隙間が空いていた。その隙間をオレンジ色に染めて今まさに二上山の双耳峰に沈もうとしている夕陽があった。隙間の幅は夕陽の直径より少し大きい程度だから、その隙間は葛城山にぶつかって消え、その輪郭のほとんどは雲に彩られていたのではないだろうか。
これを見ることができたのは、「二上山に!」 という同行の方のお一人の声に、夢の世界から現実の世界に引き戻されたお蔭である。もう一度よく見ようとしたが、次に同じ方角が視界に入ってくる場所に到達したときには、夕陽はもう粗方沈んでしまっていた。それを見ながらも、さっき見た景色は夢だったのだろうか、と思わないではいられないほどそれは一瞬の儚い景色だったが、でも確実に心に刻まれた自然の造形だった。今見え残っている夕焼けが鮮やかなのは、そうした心象を反映しているからだったのだろうか。
見ようと思って見られる光景ではないだろう。歯車がほんの少し狂っただけでも見られなかった景色に違いない。古代びとがさまざまな思いをあの山に託した気持ちが、ほんの少しだけ理解できたような気がした。
イワカガミの可憐な花たち.jpg
〔局ヶ岳山頂直下で見たイワカガミ〕
ラベル:季節
posted by あきちゃん at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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