2017年06月14日

果てなき峰を訪れる(その2・結)​

その1よりつづく)5時過ぎ起床。8時間の睡眠はいつもの倍に近いうえに、寒いほどの張りつめた大気に、昨日にも増した好天が約束されて、気持ちも軽い。
6時、昨晩と同じ旧校舎に設けられたミーティングルームで朝食。朝から充分の腹ごしらえを済ませ、7時前に出発。
7時半、昨日と同じ冷水山直下から冷水山を目指す。ここの登りは昨日味わった以上にかなりのアルバイトを強いられる。しかし、やはり一度通った道は気分的に随分短く感じる。
朝の空気に包まれた山頂に飛び出した時の爽快さは昨日に勝るとも劣らない。しかもほぼ快晴の青空に映える山脈の美しさに思わず息を呑む。ことに、逆光ではあるが、大峰主脈上で天を突く釈迦ガ岳の鋭峰は、ひときわ印象的だ。
朝の冷水山南面の大展望.jpg
〔朝の冷水山南面の大展望〕

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南北の大展望を存分に楽しんだら、今日は尾根を東へと辿る。幅広の自然林の尾根道は木洩れ日に溢れ、鳥たちが嬉しげに朝の挨拶を鳴き交わしている。眺望には恵まれないものの、まさに山上の楽園と呼ぶに相応しい光景が続く。ここからカヤノダン(1178mのピーク)を経て公文の崩と呼ばれる南側が大きく崩壊した地点あたりまでが、まさに果無山脈の核心、ハイライトと言ってよいと思う。
朝の清々しい空気の中を歩いたせいもあるのかも知れないけれど、それだけではないこの付近独特の雰囲気があるよう感じた。ブナの、時折老木と言っては失礼かも知れないが、それぞれに個性溢れる枝振りの風格の巨木を交えた明るい樹林帯に、快晴の空からきらきらと降り注いでくる木洩れ日を全身に浴びながら、足取りも軽く尾根道を行く。ここまでやって来て、本当によかったと心の底から思った。
同行の方の一人がふと、この「ひと」たち、夜はこの辺りを歩き回ってるんじゃあない? と言った。そうなのだ、単に静寂なだけではない、そんな生き生きとした躍動感がこの森にはあるのだ。何か命の息吹のようなもののミストの中を歩いていると言ったらよいだろうか。そんなことを考えながら、相槌を打つこともなく聞き流してしまった態で、たいへん申し訳なかったと今にして思うが、あまりに当を得たコメントで、深く頷くのがその時は精一杯だったのだった。

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公文の崩は、道からちょっとだけ外れるので、うっかりすると気付かずに通り過ぎてしまいそうだが、尾根のすぐ北側を通る自然林の道の尾根側が、ふっと窓のように明るくなっている。わずかに稜線に駈け上がればそこが崩壊部の頭に当たる場所だった。最初に登り着いた地点は、展望に見惚れていてその時は気付かなかったが、あとで横から見たら下が大きく抉れて、ヒヤッとさせられた。
果無の尾根上は道標がかなり整備されていて、ローマ字表記もあるのだが、それによれば、崩はツエと読むようだ。クエなら、笠捨山の近くにある蛇崩山に例があるのでわかるが(ダグエヤマも初めは全く読めなかった)、ツエは解せない。kがtに転化するとは思えないし、もしかしたらローマ字表記の誤記かも? などと疑ってしまう。
さて、ひと登りで到達する公文の崩の頭(1155.6mのピーク)は、公文の崩からは離れていて、歩いている感覚では無関係に思えるけれど、麓からは崩れの上に見えるピークということなのだろうか。公文谷に頭という山名表示もあったから、崩れのある谷の源頭ということかも知れない。
ここから東に下った鞍部が筑前タワで、その手前は北側の展望が開け、快晴の青い空に山々が映える。次の1117mのピークにはかわいそうに名がない。果てなく繰り返されるピークの登りがあるために邪険にされたのだろうか。これを越した次の鞍部にはちゃんとミョウガタワという名があって、大事にされているのと対照的だ。眺望のない越すだけ手間のピークよりは、ホッと一休みできる鞍部の方がよい‥
ここで時間的には少し早いが、腹時計的にはやや遅いくらいの昼ごはんにする。ヤマセミの郷で特別に用意してくれた弁当をいただく。
再び稜線を東へと辿り、1158mのピーク(これも名なし)を越え、緩やかに下ったあと、次なる目標のブナ平への登りにかかる。筑前タワからこのかた、この辺りずっとブナの巨木があって目を引く。ブナ平はブナを名にもつのだからさぞかしと期待も募る。
1258mピークから下る途中、一度僅かに登り返した標高1150m附近に、この下源助墓約5分と書かれた道標が置いてある。さあ、どこの源助さんやら知らないが、こんなところに葬られるなんて、あるいは行き倒れにでもなったのか知らんと、いろんな物語が浮かんでくる。でもどうやっていけばよいのだろう。
(帰宅してからよくよく地図を見ると、筑前タワの東から、地図上の道は稜線を離れ、1117m峰や1258m峰の南を巻き、ブナ平への登りにかかる手前で稜線を北に乗り越して北側の道に移れるようになっている。この道はブナ平の少し先で稜線に乗っているから、地図上ではブナ平のピークを通る道はないのである。
それはさておき、道標を信じるなら、源助墓はもしかしたらこの地図上に描かれた稜線を南側に外れて通る道沿いにあるのではなかろうか。次にいつ来れるか、いや来れるかどうかさえ危ういが、せめて源助さんの素性だけでも知りたいものだ。
話がどんどん横道にそれるが、源助さんの墓を訪ね当てた方もいられ、墓石の写真をアップしているサイトがあった。それによれば源助さんは姓は大谷、明治26年に78歳で亡くなり、十津川村の猿飼の人がこの墓を建てたものらしい。ただ、その方も源助さんの素性までは触れていられなかった。)

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さて、ブナ平への道は左に平坦地を見ながら、右に大きく回り込むように緩やかに登って行く。平坦地はブナ平の名に相応しく美しいブナに彩られている。ブナ平の山名板は平坦地の奥を横切ってもう少し登ったところの1 121mのピークにあったが、やはりその西に広がる平坦地こそ、リーダーが説明してくれたように、ブナ平と呼ぶに相応しかろう。
ブナ平から50m程緩やかに下ってまた登り返したピークが石地力山。1139.8mを誇る。この辺り、正直言って疲れも出てしんどかったが、それを癒してくれたのが、石地力山からの北から西にかけての大きく開けた展望だった。歩くのに精一杯で、このあと石地力山があることをすっかり忘れていて、この展望が目に飛び込んで来た時は驚いた。疲れがいっぺんに吹き飛んで行った。
ことに今日歩いて来た行程が手に取るように望めたのはうれしかった。さっき越して来たブナ平が左手前に大きく、そこから右奥へあまり起伏なく連なる山塊が延々とつづき、最奥の果無の最高峰で今日の出発点でもある冷水山に向けてせり上がってゆく。辿って来たカヤノダン、公文の崩れ、公文の崩れの頭、筑前タワ、ミョウガタワがどこに当たるかは特定できないけれど、果てなき峰をここまで歩いて来られた感慨はひとしおだった。石地力山から果無山脈を振り返る.jpg
〔石地力山から果無山脈を振り返る〕
こういう形で来た道を一望に振り返れる山はそう多くはないだろう。誇れるものかどうかは別として、人生の終わりもこんな風なのかも知れないなどともふと考えてしまう。いや、こうありたいものだ。
もっとも、今日の行程はこれから先がまだまだ長いのである。果無の名を負う地点は実はみなこの後に控えている。石地力山の次の1114mのピークが果無山、そこから下った1060mの鞍部、小辺路と合流するT字の交差点が果無峠、そしてさらにここから小辺路を下った下山地点が果無の集落である。果無山脈は、むしろ果無から始まる山並みの意味と捉えた方が良さそうだ。

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果無峠からの道は、いわゆる小辺路の一部で、信仰と物流の動脈として栄えた、西国三十三ヶ所を移した石仏が傍に安置された石畳の道となる。果無峠にあるのが、第十七番六波羅堂の観音様で、ここから果無集落に向けて、数が増えていく。途中には茶屋の跡や、天水だけで維持した田んぼの跡などもあって、結構疲労は溜まっているのに意外と距離を感じずに歩くことができた。しかも1ヶ所奥駈道を望める好展望の地があって、疲れをすっかり癒やしてくれる。果無集落へ下る道から大峰山系を望む(中央「山」形が釈迦ヶ岳、右手台形が笠捨山).jpg
〔果無集落へ下る道から大峰山系を望む(中央「山」形が釈迦ヶ岳、右手台形が笠捨山)〕
八経ヶ岳から釈迦ヶ岳(拡大).jpg
〔八経ヶ岳から釈迦ヶ岳(拡大)〕
南奥駈方面拡大.jpg
〔南奥駈方面(拡大)〕
ただ、その後に続く石畳の道は、山靴だと案外歩きにくい。ことに疲れの溜まっ足腰にはこたえる。これはやはり草鞋で歩くのに歩きやすいような配慮なのだろう。稜線のブナの落ち葉がカサコソいう優しい感触の道がなつかしい。
最後は三十三番までいくのかと思いきや、二十九番の松尾寺の観音様の下までバスが上がって来てくれていて、あっさりゴール。足首を捻ることもなく降りて来られてホッとする。世界遺産の碑に立ち寄るおまけもついて、こうして二日間にわたる果てなき峰の山旅は果無集落で終えたのである。十津川温泉昴の湯から見上げる果無の峰は、高くかつ大きかった。
タグ:奈良 季節
posted by あきちゃん at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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