2017年07月02日

初めて夏を感じた日と乗り物の夢─夢の記憶44─

昨日はまさに夏を感じさせる1日だった。湿気を含んではいるが風が結構吹いていて、洗濯物はよく乾く。北上した梅雨前線に向かって吹き上げる南風で、日本海側に集中豪雨を降らせる源である。列島上で南北への振幅を繰り返す前線が、もうあと2、3週間もして下りて来なくなれば、待望の梅雨明けとなるのが例年のパターン。7月初日の昨日は、真夏の日射しがのぞく青空に黒い雲が流れ、ようやくその前兆が垣間見られた1日だった。
今年も早くも折り返し点を過ぎてしまった。ぼくの場合、例年4月から6月までの第二四半期が何に付け一番じっくりと物事に取り組める時期なのだが、ここ数年急激にその余裕がなくなってきている。折り返してからの半年の速いこと速いこと! その加速は本当に怖ろしい。今年の後半は例年になくいろんな予定が詰まっているから、覚悟はして過ごしてきたつもりだったのに、どうにもならなかった……。

昨日したことといえば、先週刈り残した生垣の剪定の続きを片付けたことくらいか。今やらなければ、このまま夏を越してしまいそうで、そうなるととても見られた状態ではなくなるのが目に見えている。しかも表側である。意を決して午後の2時間ほどをこれに充てることにした。
交替で庭に出した犬たちも、刈り込み鋏を使うぼくの傍に寝そべって手伝っているつもりでいる。そのくせ裏の遊歩道を子どもやお散歩犬が通りかかると、一目散に駈けてゆく。そしてふと気が付くと、いつの間にか自分の位置に戻って何事もなかったかのようにぼくを見上げている。散歩には連れて行ってやれなかったけれど、結構楽しんでくれていたようだ。これで生垣は見られる状態にすることができたのだが、今年は芝生の養生をしてやる暇がない。雑草が目に見えて繁茂しかけている。なんとかしなければ……。

          §           §           §

昨晩は見事な半月が輝いていた。昨晩見た夢。
どこかわからないターミナル駅から電車に乗ろうとしている。ここから出る私鉄のようだ。何時にどこへと、行き先は決まっていたようだ。時間にまだ余裕があったらしく、駅ビルの5階にある本屋へ行って時間を潰そうと考えた。この本屋は以前は1階にあって、こういう時に重宝したのだったが、いつの間にか5階に移ってしまい不便極まりない。夢でなく実際にこういう経験をしているようにも思うけれど、それがどこなのか思い出せない。純粋に夢の中でのこととしても、以前にも同じような経験をした記憶もある。
通路の奥に、これから行こうとしている5階に上がるエレベーター方向への入口が見えていて、ぼくはそちらに向かって歩いている。すると、左手前方から電車がやって来て、ぼくの左側を通って行く。そこは線路敷きでも何でもなくて、今歩いている通路の続き。路面電車のような感じで、その電車はぼくと反対の方向に進んで行くのである。そして、ああ4両編成の短い電車だなと思ってやり過ごそうとしていると、電車は速度を落として止まってしまった。駅での電車のやりくりが錯綜しているのかも知れない。さっき路面電車のようだと書いたが、列車の来た方向を見ると─それはぼくが行こうとしていたエレベーター入口と同じ方向─、ずっと同じ平面なのではなく、途中までは塀で仕切られていて、塀のあるところまでは線路敷きが設けられている。要するに、塀が途切れたところからこちらが、路面電車になっている訣である(この景色、どこか現実の世界で見た記憶があるのだが……)。

電車が止まったのは、ちょうどその塀が途切れるところに最後尾が引っ掛かっている位置で、ぼくは今まさにそこの地点に差し掛かろうとしていた。電車と塀の間は50㎝程。何故かぼくはそこに入って行こうとした。通路を真っ直ぐにエレベータに向かうより、線路沿いに言った方が近いとでも考えたらしい。
すると、ちょうど最後尾の車両の数メートルが塀の端の部分に止まっている電車の車掌室のドアが突然開き─塀との間はドアが塀にあたりそうになるくらいしかない─、車掌さんが下りてくるではないか。どうもこちらに向かってくるようだ。それで、近道しようとしていたらしいぼくは、いろんな意味でややこしいことになりそうだと咄嗟に判断し、その狭い部分を通り抜けることを諦めざるを得なくなった。ぼくは舌打ちして電車から離れ、塀の反対側の広い通路をエレベータに向かうことにしたのである。

そうしてエレベーターまで辿り着くと(途中の経過は全く不明。場面転換といってもよいくらい)、そこには中学生くらいの制服の女の子が2人待っていた。よくわからないが取り込み中のようで、エレベーターを出たり入ったりしている。ぼくはエレベーターを左前に見る位置に立って、彼女たちの用事が済むのを待っている。
そのエレベーターというのが変なつくりで、石組みの低い囲いがあるだけだ。たとえは悪いけれども、ちょうど墓石が立っていないお墓のようだ。景色もまさにそれで、シースルーという訣でもあるまいが、エレベーターの向こうには草原や木々が広がっているのが見える。
女の子たちの用事が済んだようで、2人もエレベーターに乗ろうとし始めた。じゃあぼくもと思ったが、エレベーターの形状がおかしいからというよりは、むしろ女の子たち遠慮する気持ちから気後れしてしまい、乗らずにやり過ごしてしまった。
本屋へ行くのを諦めたのか、あるいは階段で上ったのか、その後のことは皆目わからない。エレベーターが上がっていったのかも正直言ってわからないが、記憶のある部分は妙にリアリティーのある夢だった。
ラベル:季節 記憶 日常
posted by あきちゃん at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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