2019年03月21日

BWV22とスイセンのこと

今年は3月3日だった復活節前第七日曜(五旬節)のカンタータBWV22を聴いた。この曲は、BWV23とともに、セバスチャン・バッハがライプツィヒに赴任するにあたっての試験曲で、古風な力みのあるとっつきにくい曲という先入観が強く、これまでどちらかと言えば敬遠してきたのだが、今年リリングの演奏で聴き直してみると、何気にすごい曲であり、終曲のコラールでノックアウトの感があった。


今年最初に聴いたのは、いつものガーディナーのカンタータ巡礼の演奏。これが快速だった(2′02″)ので、初めさほどには思わなかったのだが、リリングで聴くと、たゆたう叙情が言いようもないほど美しく、ジーンとさせられた(2′21″)。行ったり来たりする弦のオブリガートが速いのだが遅いのだがわからない微妙なニュアンスで、その寄せては返す波に、心を揺さぶられたのかも知れない。


例によって他の演奏も聴いてみる。レオンハルトはちょうど中間だが、もう少しリズミカルなかつ透明な演奏(2′09″)。低弦の刻むリズムがはっきりしている。かつ引きずる感じのない清潔さが印象的だった。

ビラーはもう少しリリングに近い叙情的な演奏との印象をもった(2′15″)。1拍目のリズムの強調が顕著で、テンポが揺れる(リズムの強調のせいかも知れない)。リリングはアクセントがなく、音符がスラーでつながっていた。

鈴木雅明・BCJは、演奏タイムは実は一番遅い(2′23″)。しかし、低弦はレオンハルトほどではないまでもリズミカル。ただ、オブリガートの弦は滑らかに滑る感じがした。


これらをひと通り聴いたあとで、ガーディナーを聴いたらどんな感じに聴こえるだろうか? ふと気になって、念のため改めて聴いてみると、確かに速いのは速かった。しかし、ただ突っ走るのではなくて、軽やかな爽やかさが心に響いてくるのを感じた。

ガーディナーのこの曲における速さは、これは最初のテノールのアリアから一貫した印象で、敢えて重々しくせずに、曲の流れを重視している。これはこれで首尾一貫した演奏と改めて感じ入った。

恐らくこれはガーディナーもすごいが、セバスチャン・バッハの曲そのもののすごさが際立つからなだろう。演奏者を選ばない普遍性とでもいおうか、どう演奏しても素晴らしさが自然と滲み出てくるのだ。


この曲では、一つ前の第4曲のテノールのアリアも心に残った。演奏ごとの印象を簡単に書き留めておく。

リリング(3′23″)は、チェンバロがよく響く伸びやかな演奏。

レオンハルト(3′42″)は、足元を確かめながら陽だまり中を緩やかに歩むような穏やかな演奏。

ピラー(3′11″)は、タイムの割には速さは感じない軽やかな演奏。

ガーディナー(2′44″)は、最後のコラールの気分の先駆けと言って良い快速で軽快な演奏。

鈴木雅明・BCJ(2′49″)は、ガーディナーに近い快速な演奏。響きが殊の外美しい。先ほど書いたが、コラールの遅さを感じないのは、このアリアに導かれるからだろうか。


毎年聴くたびに新たな発見があるのがセバスチャン・バッハのカンタータである。自分が気付かないでいるだけのことではあるのだが、外れのない宝探しのようなもので、これほどの贅沢はなかろう。


前回書いたスイセンがいよいよ開花した。今年の花は6つ。不測の事態からすればよく回復してくれたものと思う。

よくよく前に書いたものを読むと、このスイセンは、2012年の秋に植え、2013年春に初めて咲いたとあるから、今年で7年めになるらしい。多い年は同じ鉢で10個も花芽をつけたことがあるようだ。

こんなことひとつ取ってもこのプログあればこそではある。なにせこの鉢にスイセンを植えてあることさえ忘れてしまうくらいなのだから。

608AEB91-33E8-42C1-8A3D-15DDB55B8053.jpg

posted by あきちゃん at 00:20| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください