2019年04月08日

神経の行き届かない些細な話

ここのところ、身の回りの細かなところにまで、神経が行き届かなくなって来ているのかなぁ、と思うことが続いている。
先日夜行バスで上京する機会があった。このバスはいつも降りる横浜の前に厚木に停まる。到着のアナウンスがあって、てっきり厚木だと思っていたら、どうも様子がおかしい。そのうち再度アナウンスがあり、横浜でお降りのお客様、と言っているではないか。
慌てたのなんのって、何も用意してない寝覚めの状態でいたから、まずはメガネをかけ、靴を履き、毛布をたたみ、ケータイとイヤホンをしまい、上に上げていた荷物を降ろし、この間数秒で支度を済ませ、出口に走った。途中、ぼくを起こしに来たらしい運転手さんに謝って、前へ引き返す彼の後について行き、出口では用意済みだったらしい預け荷物を受け取って、ほーっとひと息、気付いたらバスはもういなかった。
要は熟睡していて厚木に着いたのに気付かなかったか、あるいはたまたま厚木で降りるお客さんがおらず、停らなかったのかも知れない。それはまあどうでもよかったのだが、気を取り直して身支度を整えようとして、あっ、となってしまった。いつもケータイを入れている袋がないことに気付いたのである。
多分本来はペットボトル入れ、兼タオルハンカチなのだろう、タオル地の袋状のものである。夜行バスではケータイで音楽を聴きながら寝むのが常で、この時はどうもたまたまケータイを袋から出して寝ていたらしい。それで、慌てて降りる用意をした際に、すっかりその存在を忘れてしまっていたらしいのである。もう後の祭りだった。呆然としてしばし動く気も起きなかった。それほどに受けたショックが大きかった。

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同じ仕様の袋で同じ時に買ったものがもう1つある。1つを今書いたような事情でなくしてしまったから、それまでは交替で使っていたもう1つの方を使い続けなければならなくなった。これをなくしたらもう後がないとついつい力が入った、という訣ではないのだろうが、瀬戸際で失くさず済んだ苦い経験を2度もたて続けてしてしまった。
1度目のことは暢気なもので忘れていたのだが、昨日2度目の経験をしてしまい、悔しくて、確か同じようなことをしていたと思い出し、考え抜いてやっと記憶に甦らせることがてきた。今回の上京のチケットを買いに行ったJTBでのことだった。
JRまで行くのは面倒だなぁと思っていた先日の晩、たまたまいつも混んでいてチケットを買いに行く気など普通は起きないJTBが閉店間際で空いていて、ならばちょうどいいやと立ち寄ったのである。
無事希望の新幹線の、往復ともE席を手に入れて帰りかけ、さて何を聴こうかとイヤホンの準備をしようとしたら、ケータイの袋がない。さてさてどうしたのだろうと懸命に記憶を絞り出す。さっきまで見ていた覚えはある。でもどこかに置き忘れるはずなどない。どうしたんだろうか。まさかJTBになどということもあるまいし… 。でも他に考えられないし、今なくしたらずっと後悔する気がして、ダメで元々と思い、恥ずかしくはあったが、JTBに戻ってみた。
すると、チケットの申し込み書を書いた台の上に、当たり前のように見覚えのある袋が乗っているではないか。顔から火が出るほど恥ずかしかったが、さっとそれを掴んで逃げるように去ったのだった。ああ、何でこんなこと忘れていたんだろうか。

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そして2度目は昨日の朝のことである。実家を出て駅に向かって歩きかけ、ケータイの袋がないことに気付いた。せっかくかこないだ失くさずに済んだものを、こんなところで失くしたらどうしようと慌てた。直前まで見ていた記憶が鮮明にあった。どこかにしまい忘れたのだろうか? いやそんなはずない。家を出る時にはケータイを入れていたはずだ。
それならば、落としたとしか考えられない。いったいどこに? 後ろをり返ると、今出てきたマンションの扉は既に閉まっていた。構造上中は見えず、落としてきたかどうか確認のしようもない。さてどうしたものか? いくらなんでも落としたのなら気付きそうなものだ。まさかここまで来る間に落とす訣はない、と反芻する。
でも、万一にも落としていたならこんなに後悔しそうなことはないだろう。そう考え直してはみたものの、鍵を持っていないので、今出てきたばかりの実家の母に出入り口の呼び出しで連絡をしてドアを開けてもらった。
ドアが開いて、まさに唖然だった。開いたドアの向こう5mと離れていないところに、ぼくのケータイの袋としか思えないタオル地のそれが見えるではないか。落としたことは紛れもなかった。イヤホンを耳に挟んで、目指す曲を選んで、さてケータイを袋に戻そうとしてそれがないことに気付いた今までの経過が鮮やかに浮かび上がってきた。なんのことはない、手に持っているつもりで、するりと手から滑り落ちたのである。
手許に戻ってホッとする反面、あまりに杜撰なことに呆れ返るやら、情けなくなるやら、気持ちの持って行き場がない思いだった。細かな神経を複数同時に働かせることができなくなっているのだ。生来物事を並行して進めるのは苦手だが、こんな身近なところに不具合が目立つようになって来ようとは思ってもみなかった。

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最初に書いたように、最近こういう思いを味わうことが多くなった。それらを順に書いておこうとして書き始めた訣だったが、もうこの先くどくど書いていくのも嫌になってきたし、第一何を書こうとしたのかさえ忘れてしまった。もうこれ以上ボロを出さないうちに今日のところは止めておく方が無難のようだ。
何度も失しかけたケータイ入れ.jpg
〔何度も失しかけたケータイ入れ〕
ラベル:日常
posted by あきちゃん at 21:45| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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