2019年04月10日

時間軸の錯綜─夢の記憶58─

長女とともに空港に向かおうとしていた。娘は先に支度を済ませ外に出ていた。もう夜だった。別に国際便という訣ではなかった思うが、10時の飛行機なので、ちょうど3時間あるから余裕だな、と思ったのを覚えている。
荷物が多い。いつも持ち歩いているのと旅行用のと、パンパンに詰まったリュックが2つ。それに紙袋が1つと、あと、なんだかもう一つ手持ちの荷物があった。
前段の話(多分かなり長かったはず)は思い出せないが、ともかく母に手伝ってもらいながら用意を終え、リュックを背負おうとする。その時になって2つのリュックをどう持っていけばよいのかを考えて唖然とした。片方は片肩にかけるしかないと覚悟を決め、最終的には両手が埋まった状態で玄関に降り立った。
東京に住んでいた時の三番町の古い家だ。畳二畳分くらいの広さはあったように思う。母に挨拶して出かけようとすると、右の居間の方から今までいなかったはずの祖母がつつっとでてきて、どうしたのかと思っていると、これを持って行くようにと、上がり框のところで、小さな塊のようなものをぼくの胸元にねじ込んできた。
さては、餞別でもくれたのかとちょっとうれしくなって、祖母が引っ込んで行ったのを見届けたあと開いてみると、それは予想に反してなんと四角く箱型をしているが、紛れもないオニギリだった。ちょうど祖母が好きだったタバコの箱くらいの大きさだ。
生きていた祖母の握ったオニギリを食べたことは一度もない。いったい祖母がどういうつもりでそれをくれたのかわからないが、差し出す時の祖母の優しい笑顔が忘れられない。それは実際の祖母が滅多に見せることのないものだった。ぼくは祖母と事あるごとに喧嘩ばかりしていた、そんな記憶しかない。
ぼくは玄関を出る前に早速そのオニギリをかじり、残り半分を娘にあげようと、母に行って来ますを言い、長い通路の端の木戸を出たところで待っている娘のところに向かった。そのぼくがかじった残り半分のオニギリを娘が食べてくれたかどうかは、その前に夢から覚めてしまったので残念ながらわからない。
祖母は長女がまた幼い頃に他界したから、この夢のような年齢関係での顔合わせは実際にはあり得ない。夢で見た祖母は、ぼくが子供だった頃の憎たらしかった祖母そのものの年齢だったが、優しさだけは身体が弱って毒気が抜けた後の祖母だった。一方、長女は今の年齢そのものの長女だった。ということは、実際よりも2人の年齢差は50年は間が詰まっている勘定になる。そして母は多分今の母、ということは、祖母と年齢が逆転していたかも知れない。ぼく自身はどうだったのだろうか? これが謎だ。気持ち的には長女よりも若かったような気がするので、ここにも年齢の逆転が起きていた可能性がある。
ともあれ、自分を中心にさまざまな時間軸が縦横に錯綜している、うまく言い表せないけれど、夢とはそんなものなのかも知れない。
ラベル:日常
posted by あきちゃん at 22:30| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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