2019年08月14日

敗戦の日を迎える前に

明日はもう敗戦の日。鎮魂の夏を締め括る一日、のはずである。しかし、日増しに悪い方へ悪い方へと動いているようにしか思われない世の情勢に、暗澹たる気持ちを禁じ得ない。あれだけの犠牲を強いておきながら、どうしてまた同じ道を歩もうとできるのだろうか? 権力とは怖ろしいものだ。この人は、人としての心を持っていないのだろうか、と唖然とする発言が当たり前になってしまっている。なんと身勝手で愚劣、幼稚な政治家の多いことか。
そんな中での一抹の救いは、人の良心を示す言葉に接する機会が多いことだ。手をこまねいてばかりはいられない。

田上富久長崎市長の言葉(2019年長崎平和宣言)
http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p033237_d/fil/japanese.pdf
原爆は「人の手」によってつくられ、「人の上」に落とされました。だからこそ「人の意志」によって、無くすことができます。そして、その意志が生まれる場所は、間違いなく、私たち一人ひとりの心の中です。

越前屋俵太さんの言葉
https://twitter.com/echizenya_hyota/status/1157141760427999232
偉そうな社長、偉そうな政治家、偉そうな公務員、偉そうな大学教授、偉そうな新聞記者、偉そうなお笑い芸人。彼らはなぜ威張りたがるのか? よほど昔に馬鹿にされた事があったのだろうか? それとも自分は他の人間より優れているとでも思っているのだろうか?そんな人間のいる国に平等なんて存在しない。

中村洋子さんの言葉
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/1deb5d1b98ef0bb927ef07818456db63
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/84b6d368b90bee2997e2d4868fe05b9c に再掲)
本日は、J.S.BACHバッハの命日です。1685年3月21日に生まれ、1750年7月28日に、亡くなりました。天変地異の続く日本に、住んでいますと、人間にとって、地球はかけがえのないものですが、地球にとって、人間は本当に、かけがえのない存在であるのか、疑問を感じる毎日です。
環境を破壊し、傍若無人に振舞っている人類ですが、負の部分ではない、真の価値は何か、と考えれば、「私たちは、バッハの音楽をもっている」ということです。

うれしい出来事はたくさんあった。今も現に感謝してもし尽くせないことが起きている。しかし、それらを迎えるこれから先の世の中のことを思うと、あまりに切なく、自分の言葉をまとめようという気力が起きず、2週間も文章を書けずにいた。勇気を与えられ救われた言葉をこんな形で並べるだけで済ませてしまうことをお許し願いたい。
細々と聴き続けているバッハのカンタータ、今日はBWV45をリリングで聴いた。第1曲の合唱のなつかしく優しい響きに、思わず涙腺が緩み、中村洋子さんの言葉をかみしめた。失念していたけれど、昨年は淡々とこの曲の聴き比べをやっていた。こんなに身に滲み入る曲であったとは!

敗戦の日の明日は台風の上陸が予測されている。ゆっくり鎮魂の日を送ることも許されないのか。いや、きっとそうではないのだろう、これは天の怒りのように思えてならない。
いずれにせよ、数年前に紀伊半島に大きな水害をもたらした台風に似通ったコースを北上する台風10号。大きな被害が出るようなことがないよう心から祈りたい。
ラベル:バッハ 言葉 日常
posted by あきちゃん at 19:45| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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