2017年12月18日

冬至前の本格的寒波

今日(17日)の最高気温は7℃。真冬の天気が続いている。概ねひと月早い感じで季節が推移している。ちょうど大寒の頃を思わせる天候である。例年だと1月中旬から2月上旬くらいまでが寒さのピーク。2月に入ると日もだいぶん長くなってくるので、寒さで震える日も陽さえ照っていれば、春の訪れの遠くないことを実感できて、なんとか寒さも耐えられる。文字通り、立春を体感できるのである。
しかし、12月のこの時期に寒波にやって来られては、如何ともしがたい。まだ冬至に向かって日が短くなっている最中であり、5時にはもう真っ暗に近い。ちなみに12/17の奈良の日の入りは16:48だった。この日の短さが寒さを余計に実感させるのである。身体がまだ充分には慣れていないことも加わって、夕方の3匹の散歩は、犬たちは大喜びだったようだが、こちらはしんどかった。12月の本格的寒波の到来は心底こたえる。
これまでにも単発的になら、この時期に寒気がやって来たことがない訣ではない。春日若宮のおんまつりの頃(ちょうど今頃)とか、クリスマスとかは寒くなることが多い。おんまつりの日に二月堂から雪化粧した奈良を眺望した鮮明な記憶がある。しかし、まだ12月半ばというのにこう寒さが続くのは、奈良に住むようになってこの方四半世紀以上になるけれど、全く覚えがない。北アメリカ、ヨーロッパにも寒波が襲来しているというから、典型的な真冬の三極型の北極寒波の吹き出しである。
昨日行く予定だった山行は、事前の天気予報がよくなくて、木曜日の段階で今日に延期になっていた。残念ながら今日は元々予定があって、涙を呑むしかなかった。一番日の短い季節の寒波に見舞われた天川村の山々は、もしかすると吹雪いていたかも知れない。大峰山はもう深々と雪を頂いていることだろう。今日はかえすがえすも残念ではあったけれど、今朝方から何となく不調気味なので、まあよしとしよう。一昨年、去年と続いたアイゼン不要の冬を一掃して、今冬こそは静かな雪山を経験できるかも知れないと期待をしつつ
ラベル:天気 季節 日常
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2017年12月16日

ブログの初めと終わり

何事にも初めがあれば終わりがある。このブログだって、一度始めたものは、いつかは必ず閉じる時が来る。物事の終わりは、当時者の意思によって発生することもない訣ではないけれど、それとは無関係に発生する場合が往々にしてある。そしてそれが起きてしまうときは、当事者の意思がどうであろうとそれが考慮される余地は全くないのである。
当事者が自らケリをつけるのが潔いという側面は確かにある。例えば、何かの会に入っていた人が亡くなったあと、それを知らずにずっと会費の請求が家族の許に届く。そういうことを防ぐために、例えば高齢を理由として脱会し身ぎれいになっておく、そういうことを最近よく耳にするようになった。ご本人の逝去により自然退会というのよりは、自ら後始末しておくのが潔いという評価が一般的であるだろう。
ただ、人間の生ということになると話はまた別である。人間の生の終わり、すなわち死を当事者が選ぶのを潔いとは思わない。むしろ、思うべきではないとさえ思う。しかし、歴史的に見ると、社会的な理由からある場面においてはそれを潔いとする意識があったし、そういう意識から本人の意思とは無関係に自ら死を選ばせることが公然と行われてさえいた。そして今でさえ、死をもって身の潔白を証すのが美談として語られがちなのである。しかし、仮に身の潔白が証せたとしても、死んでしまっては何もならない。それで潔白を証せると思うのは幻想に過ぎないと思う。生命体としての活動の自然終息まで生を永らえることこそが潔しとすべきなのであって、自分の意思で始めたのではない生を自ら絶つのは、その生を授けた意思をそう呼んでよければ、神への冒瀆といってしかるべきだろう。

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横道に逸れてしまったけれど、ブログの話に戻すと、日頃楽しみにしていたブログが、ある日から突然更新が止まってしまう例にいくつか遭遇している。
もちろん、異常に気付くのは、ある程度日にちが経ってからである。突然それがわかる訣ではない。毎日更新のあったものであっても、それを異常として認識するのは、暫く更新がない状態が続いてからである。
ましてぼくのように月数回程度の更新しかないブログだったら、初めはこのところ忙しいのかなあ、程度で済ませてしまうことになる。それがひと月続き、ふた月続きするうちに、これはおかしい、となって、ああ、あの時が最後だったのだと気付くのである。
ただそれでも、もしや、という気持ちがどこかにあって、ふっとまた更新するのではないかという淡い期待は残り続ける。要するにあとはこちらがどこで気持ちの区切りを付けるか、それだけのことなのである。ご本人が終わりを宣言しない限り、終わりかどうかは結局読者の気持ちに委ねられているのであって、どうも終わっているらしいということはわかっても、終わっていると断言することはできない。考えてみればこれは不思議なことである。

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そんなブログの1つは、このねずみのたわごとに初めてコメントをくださった方のもの。日常の何気ない事象を取り上げた記事が中心だが、その独特の感性が新鮮で学ぶことが多かった。しかもこの方のブログのデザインは左右反転しているだけでデザインがぼくと全く同じ。ぼく自身まだブログを始めてまもなくであったから、最初訪問したときは一瞬どこにいるのかとまどってしまったほどだった。この方の場合は、ぼくよりひと月と少し早い2011年3月15日に始め、ほとんど毎日記事の更新を続けていられた。ところがその年の11月下旬になって更新が滞るようになって、12月13日のこの月2回めの更新を最後に、その後もう6年もの間更新がない。ぼくもそうだが、3.11の経験が大きな契機になっているのかも知れない。
2つめは、わが家と同じジャックラッセルテリアと一緒に生活していられる方のブログ。2014年6月から始まって、月数回のペースで更新があったが、2015年の後半頃から更新が疎らになって、2016年8月の更新を最後にもう1年以上も更新がない。同じ犬種ということもあって楽しませていただいていたものだから、これだけ長くあのワンコに会えなくなった状態が続くと、他人事とも思えないのである。元気でいてくれさえすればいいのだけれど、病気がちなのではないかとか、一緒に暮らせなくなったのではないかとか、そんなことはないとは思うけれども可愛がってもらえなくなってしまったのではないかとか、いろいろと心配になってしまう。
3つめは、これまた偶然見つけたブログで、あるキャラクターによるお気に入りの甘いものの紹介をベースにしたブログ。そのまったりとした雰囲気が最高だった。おやつに出されたものから、近所で見つけたもの、あるいは出張先で手に入れたご当地ものまで、さまざまなスイーツを紹介してくださって、ほんのりと癒やされるブログだった。2015年9月から始まり、ほぼ毎日の更新があったが、今年3月後半に更新に間が開くようなって、4月後半の2回を最後にもう8ヵ月近く更新がない。時期的に見て、転勤などで忙しくなられたというような事情があるのかとは臆測するけれど、毎日の更新のあったものが、突然途切れてしまうのは、なんとも寂しい。
余談というのは相応しくないかも知れないが、物事の終わりという今日の主題がらみでいうと、フェイスブックにもう亡くなった方のアカウントがずっと紹介され続けているのを見るのもなんともやるせない。しかし、待てよ。ブログの記事がずっと残っているのと同じで、いつでもお会いしに行けるというのは、ある意味幸せなことなのではないか、そんな気持ちに傾かないでもない。中断したブログの記事は、いつもで閲覧可能なのだろうか?

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ぼく自身これだけ更新を重ねてくると、さてこの先どうするのかということが気にならなくもない。初めのうちはそれこそ気の向くまま書いて来たので、更新頻度など全く気にかけなかったけれど、ここ数年はやはり出来るだけ一定のペースを保つよう、毎月の更新頻度を気にするようになってきている。
書くために無理に時間を割いているという意識は全くないから、自然にペース配分できているわけだが、それでも時として気が付いたら随分更新が空いてしまっていたということが起きる。それを放っておくとなし崩し的に書けなくなってしまうと思うので、そういうときにはひと踏ん張りして書くことを捻り出す場合がある。今回の記事はまさにそれであろうか。
それだけのことである。ただ、自分のこととして考えた場合、もう書かないと宣言することはなかなか出来ないかも知れない。いつかまた書きたくなったとき、人知れず再開できるようにはしておきたいという気持ちはある訣である。
ほとんど自己満足で書いているような記事ばかりであるけれど、まだ終わりにするつもりはないので、もしもそんなものでも楽しみにしてくださっている方がいられるなら、どうかご安心ください。
ラベル:日常
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2017年12月07日

バッハのCDをいただく─マリアの浄めの祝日のカンタータBWV82の聴き比べ(その3)

畏友TさんからCDをいただいた。その場でゆっくり中味を確かめる余裕がなかったこともあって気付かなかったのだが、以前聴き比べもやったことのある(その1その2)お気に入りの一曲BWV82を含むCDだった。シギスヴァルト・クイケン指揮、ラプティットバンドのBWV82・49・58の3曲を収めたバッハのカンタータ集(しかも、ブックレットには、そこにチェロ奏者として参加していた鈴木秀美さんのサイン入り!)である。
同業者にクラシック愛好家が結構いるらしいというのは聞いていたけれど、Tさんがそうだと知ったのはまだほんの数年前のことだ。30年来の付き合いだというのに、本当に迂闊なことだ。きっかけはどうもぼくが年賀状に最近バッハとモーツァルトしか聴かなくなったということをチラッと書いたのを目に止めてくださって、ある集まりのあとで問いかけてくださったのに始まるらしい。
その前にモーツァルトのピアノ・コンチェルトを讃える話を書いたことも覚えてくださっていて、今春お会いしたときにもK.175のニ長調コンチェルトのCDをいただいていたのである。スホーンデルヴォルトというなかなか名まえを覚えられない、また覚えても舌を噛みそうになる人の弾くもので、これがまあ想像を絶する面白さ! 才気煥発と言おうか、やりたい放題と言おうか、グルダの演奏のさらに遙か上を行く楽しい演奏だった。こういう方向は賛否両論あるに違いないけれども、ぼく自身は素直に、ああいいな、と思えたのである。そしてそんな演奏を教えてくださったTさんとのご縁を思ったのだった。

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そして、今回のバッハである。古楽器演奏の旗手シギスヴァルト・クイケンの名まえは昔から知っていたけれども、その演奏に触れたことはほとんどなかった。唯一レオンハルトと競演したバッハのヴァイオリン・ソナタを聴いたことがある程度でしかなかった。ただ、CDのジャケットなどに見るその容貌はたいへん個性的で、一種魁偉とさえいえるこの人はいったいどういう演奏をするのだろうかと、興味は湧いていたのだった。
そうはいっても敢えてCDを選んで、というところまではゆかずにいたところへ、思いがけず今回のTさんからのご厚意に与ることになった訣である。
早速一聴させていただき、その美しさに魅了されてしまった。録音は1993年であるから随分前ではあるが、その響きの豊かなことといったらない。そして何よりもその演奏は奇を衒ったところの全くない、素直でストレートな演奏で、かつ型にはまった教科書的な演奏というのとも違う、生き生きとしたバッハという印象を受けた。容貌だけで何か特別な演奏する人かも知れない、という期待、というか心配は、いい意味で見事に裏切られたのである。
そんな訣で、以前の例に倣って、聴き比べの簡単なメモを書いてみたので、ここに書き止めておくこととする。

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10、クイケン(B:メルテンス) 7:44,1:25,9:36,0:52,3:46
オーボエは録音のせいか結構目立つが、しっとりと溶け込んでうるさくない。バスとの対話が美しい。率直な悲しみといおうか、速くはないが、適度なテンポ感があって、ものすごく自然に流れる演奏。
レチタティーヴォは感情的にならず、かといって淡々とし過ぎず、ゆったりとしっとりと歌う。やはり流れの美しい演奏だ。
アリアもやはり流れの良いテンポ感の演奏。粘らないがあっさりではなく、バランスの良い推進力が素晴らしい。率直だがでしゃばらないバスは本当にうまい。
レチタティーヴォでもバスの独壇場。かなり目立つのだが、全くうるさくない。分離がいいのだが、調和している。
アリアは、テンポ感のいい舞曲。しかし、走り出しそうで走らず、確かめるように刻んでいく演奏。
全体に各楽器がよく聞こえ、かつ調和している。またその中で印象的なのが弦の雄弁な美しさ!比較的古い演奏だが、録音の良さも光る。
【流麗】
posted by あきちゃん at 02:22| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年11月30日

恩師を夢に見る─夢の記憶47

恩師を案内して大学の中を歩いている。80代半ばになられた恩師の足取りはやや覚束ないところはあるが、かつて勤められた構内をしっかりとご覧になりながら、その変化に目を見張っていられる。建物どうしが、以前はなかった空中廊下で結ばれていて、そこを辿りつつ、恩師の研究室のあった建物に向かおうとしている。
ここはそう、生協のあったところですね、恩師は記憶を手繰り寄せながら、的確なコメントをされた。周囲に慈しむような視線を投げかけながら、歩みを進められる。ガランとした空間の脇を空中廊下が通っているところがある。ああ、ここは生協の店舗があったところですね、今は使われていません。ぼくがなぜか、そんな取り繕うようなことを言う。恩師は、ニッコリと微笑んでいられる。
研究室棟が近づいてくる。何十年かぶりにここを訪れる感懐やいかばかりであろうと、恩師の目元を見やってしまった。実際には退官してまだ30年は経っていないのだし、その後もいらっしゃる機会は多かったはずだ。感慨に浸っているのはむしろぼくの方だったのかも知れない。
我に帰って周囲を見ると、そこは野外で、人工の池に沿って歩いている。斜め後ろからの明るい陽光に恵まれた気持ちの良いプロムナードだ。正面にあるホールに向かっているらしい。ここが恩師のお祝いの会場のようだ。
当の恩師は、池に沿った縁の一段高くなったところを、もちろんぴょんぴょんというわけにはいかないけれど、子どものように生き生きとした表情で、一歩一歩確かめながら歩んでいられる。そんなところを歩いたら危ないなどという感じが全くなかったから不思議だ。

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神保町の本屋に母と出かけ、別の用事のある母と別れ、1人で家路に就こうとしていた。今日は、ゆっくり歩いて帰ってもいいな。ふと時計を見ると、13時20分だ。歩いたら14時には間に合わない。恩師のお祝いのパーティーは14時からだ。
多分それでバスで帰ったのだろう、気付くともう家にいて、同じパーティーに参加するために来たのであろう先輩たちと談笑していた。その中のお二人とは10月末にお会いしたばかり。それもそのお一人の、台風の来襲した東京出行われた還暦記念のパーティーだった。もうお一人は、既に還暦を過ぎているはずだが、少なくともぼくは参加した覚えがないので、還暦記念があったかどうかもわからない。
さて、そのうちに、もう14 時を回っていることに誰かが気付き、慌て始めた。ぼくもパーティー開始は14時だと思っていたはずなのだから、一緒に慌ててよかったはずなのに、1人泰然自若としていて、ちょっと待っててくださいね、と先輩たちに声を掛けて、2階に上がった。そして、自室にかけてある黒のダブルの略礼服の内ポケットを探って、パーティーの案内状を取り出した。ああ、やっぱり! よかった! パーティーは16時からと書いてあったのだ。思った通りだったことに安堵する。でも、夢の中では、そうなることはわかっていたような気がする。
パーティーが始まっていた。立食のようだ。先程の先輩たちだけでなく、懐かしい後輩たちも大勢来ていた。大学に残って恩師のポストを受け継いでいるすぐ下の後輩と、久し振りに話すことができた。後輩といってもぼくなどよりは余程できる人で、後輩などと呼ぶのも恐れ多いのだけれど、変に気を遣ってくれたりもするのだ。彼はぼくよりずっと背が高かったはずだが、今はなぜかぼくが彼をやや見下ろす感じになっている。話しているうちに、彼が以前会ったときよりもふっくらしていて若く見えることに気付いた。どうしてだろうと考えながら、見慣れていた顔と重ね合わせて見たりして、印象を確かめていた。

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2つの夢の関係はよくわからない。どちらが先に見た夢だったかも正直言ってはっきりしない。同時併行だったような気がしないでもない。実際には微妙にスライドしていきながら、1つのつながった夢だったのかも知れない。
恩師にしても先輩にしても、また後輩にしても、多分夢に見るのは初めてのことだっただろう。それが何故今回急に、と考えるならば、思い当たる節がないわけではない。
毎年行っている集まりに、ここのところずっと行けなくて申し訳ありません、というハガキを恩師から頂戴していたのである。ここ2、3年は欠席されていたので気にはなっていたのだけれど、まさかそんな勿体ないお言葉付きでお便りをいただくとは思ってもいなかったものだから、余程気になっていたのかも知れない。先輩や後輩たちは、恩師に引きずられて、と言っては申し訣ないけれども、登場することになったのだろうか。
ただ、登場人物は現実と何ら違和感がないのに、夢の舞台は設定こそ現実を逸脱していないものの、実は全然実在しない架空の空間ばかりだ。実際の空間に近かったのは、神保町から家まで歩いて帰ろうとした、俎橋の高速道路越しに九段坂を眺める景色くらいだろうが、これも今考えてみるとかなりデフォルメされていたように思う。また、大学の中にしても、わが家にしても、みな実在した空間とは様子が違っていた。パーティー会場に至っては、いったいどこを想定した夢なのか見当も付かない。夢の空間はいったいどういう構造になっているのだろうか?
ともあれ、恩師を夢に見るなどという予想外の事態の発生の故にだろうか、今日の夢は妙にリアルにいつまでも記憶に止まっていたのが印象的だった。
ラベル:東京 記憶
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2017年11月21日

初冬寒波の到来

昨日20日の奈良の最高気温は9.0℃。最低気温は4.0℃。最低気温こそ11月下旬の値で少し早い程度だが、最高気温9.0℃というのは、1月初旬の平年値に相当する。北日本は軒並み雪だった。気のせいかも知れないけれど、雪を降らせた空気の冷たさは体感が違う。例年なら、まだ小春日和に浮かれたりしている頃なのに、11月20日でこの寒さはちょっと記憶にない。
11月下旬の青森で大雪に出会ったことがある。11月末でこの天候かと驚いたものだが、今回の寒さはまさにそれに匹敵する。しかも10日は早い。ここ数年このくらいの冷えこみを一度も経験せぬまま年を越すことも稀ではなくなってきているので、今年の季節の進み行きの近年にないハイペースさ加減は、その異常さが際立つ。
そして今日21日は最高気温こそ11.6℃まで上がったが、夜に入って冷えこみがきつく、10時でもう4℃を割っている。この分だと明日の朝は、少なくとも2℃くらいまでは下がるだろう。
わが家の玄関先のモミジもほぼ真っ赤に色づいた。こないだの日曜日には、庭のケヤキ(じつはエゴノキ)の落ち葉の掃き寄せに精を出した。詰めつめしても、ゴミ袋で優に3袋はあった。まだ黄色く色づいた葉が相当残っているから、あともう一回は繰り返すことになるだろう。昔だったら、庭で落ち葉焚きをして、焼き芋に舌鼓を打ったところだろう。一方、モミジの方の落葉掃きは、例年だと12月初旬の恒例行事だ。あと2週間、散らずにもつのだろうか?
もみじの赤、ケヤキの黄、プリペットの緑.jpg
〔もみじの赤、ケヤキの黄、プリペットの緑の三拍子〕
ラベル:天気 日常 奈良 季節
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