2018年02月03日

大江健三郎さんの『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』を読み終える

大江健三郎さんの『晩年様式集』をついに読み終えてしまった。大江さんの作品は厖大で、とくに初期の短編を中心にまだまだ未読のものも多いが、『燃え上がる緑の木』以来、ここのところ「晩年」に至るそれ以降の新しい作品をずっと読んできた。
実は、『燃え上がる緑の木』三部作よりも先に、その後に書かれた『取り替え子』と、『憂い顔の童子』とを読んで、深い感銘を受けた。ともすれば難解と言われてきた大江さんの文章から、叙情さえ感じられたのが、ある意味驚きだった。
一旦筆を折られたあとの新しいスタイルなのだろうかと考えながら、さて次は何を読もうかと考えた時にめぐり合ったのが、随筆集の『言い難き嘆きもて』だった。そこには大江さん自身による作品分析があったりして、『燃え上がる緑の木』や、それ以後の作品に分け入る決断がついたのだった。
大江さんは同じ主題をずっとさまざまな形で扱ってきた作家である。大江さんほどいい意味で執拗ともいえる作家をぼくは知らない。勿論、作品はどれも独立した「人格」をもつものであり、どういう順序で読んでもよい訣だけれど、大江さんの場合前作が下敷きになっていることが多いから、書かれた順序で読む方が、理解が深まるのは間違いない。
なにせ作品の中に旧作が登場するのである。しかもそれを大江さんの分身と思しき登場人物が批判したりし始めるのである。作品名を少しアレンジしているうちはまだよかったのだが、そのうちいわば開き直った形で作品が実名で出てくるようになる。
私を語り手とする私小説風のつくりを離れ、長江古義人を主人公とする三人称の小説に移行したかに見えたが、そのうち気が付くと、長江古義人が私として振る舞っているのに気付く。徹底的に主人公に乗り移らずにはいられない、大江さんの圧政的体質と言えるかも知れない。
古義人の家族は長年そんな古義人の圧政に耐えてきた。「イン・レイト・スタイル」とルビの打たれた『晩年様式集』では、古義人の妹アサ、妻千樫、そして娘の真木の三人の女たちが、それぞれにその憤懣をぶちまけるという体裁で、晩年様式集+αを構成してゆく。劇中劇ではないけれども、小説の中で作品が作られていくのである。しかも、これまでにはなかったことだが、現に書いている小説がそれ自身を引用するのである。
連載であればこその様式といえようが、何重にも入り組んだというか、小説の中において、何が事実で何がフィクションなのか、訣がわからなくなるというのが正直なところだ。ここではごく一面的なことしか書けないので、いつかきちんと時間をかけて構造を読み解いてみたいと思う。物事を三次元で捉えるのが苦手で、これは苦労しそうだが面白そうだ。その面白そうだという感覚を、実際に読み解けなくても、全体として肌で味わうのが、小説を読む醍醐味といっていいだろう。読んだだけで立体的重層構造がイメージできる人が羨ましい。
大江健三郎『晩年様式集』(講談社文庫)のカヴァー.jpg
〔大江健三郎『晩年様式集』(講談社文庫)のカヴァー〕

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さて、『晩年様式集』は、3.11後の社会で書く意欲を失った古義人のカタストロフィの物語で、それは大江さん自身の姿でもある訣だが、現に大江さんは些か特殊な様式ではあるけれども、作中で『晩年様式集+α』を組み立てながら、実在の『晩年様式集』をまとめあげているのである。古義人に仮託しながら、大江さん自身の作品を完成させている訣である。
ここでの古義人は、それまでのどの作品の古義人よりも大江さん自身に近い、というか、大江さんが古義人に寄り添っているといってよいかも知れない。勿論プロットにフィクションは含まれているかも知れない。しかし、精神的には実感をそのまま表現するしかないほどに、3.11は切実な経験だったのである。
『晩年様式集』は、3.11後の片付け中に居眠りしてしまっ古義人が見た夢の話から始まる。余震が続く中で、息子のアカリをどこに隠すか思案に暮れる古義人を、アカリは逆に、ダイジョーブですよ、アグイーが助けてくれますから、と言って励ます。しかし、そうした古義人の受け止め方の中にも、既に実は微妙なズレが生じているのである。古義人はまだそれに気付いていない。3.11後の絶望感に苛まれた古義人は、階段の踊り場で一人ウーウーと涕泣する。アカリはそんな父親を心配しながら、それを鋭敏な耳で聞いていたのである。
ところが、古義人の親友エドワード・W・サイードの追悼に弾かれたベートーヴェンの第2番ソナタの楽譜、それは友人の配慮で古義人に届けられたサイード自身の書き込みがある古義人にとってかけがえのない楽譜だったのだが、そこにモーツァルトの旋律を見出したアカリはそれを古義人に示すために、K550と黒々と大書してしまう(第2番ソナタを改めて聴き直してみたが、ぼく貧しい耳では事実関係の確認はできなかった。いずれ楽譜を見ながら聴き確かめてみたいと思う)。怒りの収まらない古義人は、アカリに対し、おまえはバカだと罵ってしまう。これをきっかけに、古義人はアカリと意思の疎通を図れなくなってしまうのである。
そうした経緯もあって、アカリは真木とともに古義人の妹アサのいる四国の森で生活するようになり、古義人から離れることで自分を取り戻し始める。ところが、千樫の発病で真木を成城の家に呼び戻さねばならなくなり、替わりに古義人自身が四国に移り、アカリとの生活が始まる。

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さまざまな屈折を経ることにはなりここでは詳しくは書かないが、父子の和解への道は感動的である。わだかまりを持っていたのは、結局は古義人自身なのであって、アカリはあくまで純真なのである。パパを助けるのはアカリであって、アグイーにはパパを助けることはできない、そうアカリは思い詰めている。ひとたび原発に事故が起きれば、もう誰にも如何ともしがたい絶望的な状況の中で、アカリの純粋な決意がもしかしたら道を切り開いてくれるかも知れない。アカリのそうした姿は一縷の希望を抱かせる、いや人として生きるあるべき姿を考えさせてくれる。
古義人がアカリと四国の森に住むようになって和解の糸口が見え始めた矢先の朝、シューベルトの作品142の変ロ長調の即興曲を、アカリは自分でも驚くくらいの大音量で鳴り響かせる。しかしそれは古義人が思い込んでいたように彼が父親にバガだと言われたことを根に持っていたからではなく、自分のしたことや言ったことが本当にそれでよかったかのかどうか、ずっと気にしていることを伝えたかったからなのだった。自身の仲介でアカリと兄古義人との仲直りの道筋が見えてきた時、アサの眼から一筋の涙が流れ出る。それをアサは、振り払う。
三人の女性たちは古義人に対し自分の言葉で抗議ができる。しかし、アカリにはそれができない。この小説で古義人に最も強く抗議したのは、実は三人の女性たちの誰でもなく、他ならぬアカリだったのである。『晩年様式集』は、アカリと古義人との和解の物語でもあるのだ。
作中では、これまでの大江さんの作品で語られてきたさまざまなことが視点を変えて解き明かされていく。大江さんの作品に親しんできた人にとっては、故郷に帰ったようななつかしい物語であるだろう。特に古義人の身近に生きた人々、特に妻千樫の兄塙吾良、ギー兄さん、それに古義人自身の父の凄絶な死が中核をなしている。三人の女性たち、そしてギー兄さんの息子ギー・ジュニア、吾良晩年の恋人だったシマ浦ら、多彩な人々の協力によって、古義人は死者との静かな対話を繰り広げてゆく。そこには古義人自身が死の淵から妹アサによって救い出された物語までが語られるのである。
それは来たるべき古義人自身の死と結んでいる(この「結ぶ」の使い方は知る限り大江さん独特のものである。関係している、つながってる、結び付いているの意味をより短く端的に表現できる語彙だろう。しかし、このような「結ぶ」の使い方をしている人をぼくは大江さん以前には読んだことがなかったし、使ったこともなかった。だから、ここでの表現はぼくの初例で、漸く自身の語彙として自信をもてるところまできたということである)のは確かなのだが、それは自身のことというよりは、死後の家族、ことに自立できないアカリの将来への不安が中心をなしている。そのためにも家族とのわだかまりがあってはならないのである。『晩年様式集』はその意味でも家族との和解の物語なのである。
社会的にはひとたび原発が事故を起こせば壊滅的な事態から逃れられない絶望の淵にある。しかし、救いは古義人が、というより大江さん自身が、楽観的というのではないけれど、人類の未来にけっして希望、望みを捨てていないことである。「私は生き直すことができない、しかし私らは生き直すことができる。」一人ひとりの生は一回限りのものであるからやり直しは利かない、しかし魂は輪廻を繰り返すものであり、人間社会全体としてはいつでもやり直しが可能である。人間への篤い信頼がそこにはあるのである。大江さんの行動は、そうした信頼に裏打ちされたものなのである。

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『晩年様式集』を読み終えてしまった今、ずっと呆然としたままでいるのだが、私らとしての生き直すために、今自分にいったい何ができるだろうか。そのためにも、歯抜けになっている大江さんの作品で未読のもの、それらの世界に分け入っていかなければと思う。初期の作品や短編群はまだかなり手薄だし、長編では、同時代ゲーム、われらの狂気を生き延びる道を教えよ、みずから我が涙をぬぐいたまう日、「雨の木」を聞く女たち、キルプの軍団、治療塔、治療塔惑星、人生の親戚、河馬に噛まれる、そしてヒロシマ・ノート、沖縄ノートも忘れてはならないだろう。
今夏から待望の全小説が講談社より刊行の予定であるし、短編は分厚い自選選集が岩波文庫から既に出ている。文庫では品切れのものも多く、古本もあちこちかき集めながら読んできたけれど、大江さんの本を読む環境としては悪くないだろう。大江さんの本は今こそますます読まれるべきものと思う。世界的な賞をもらったことに幻惑されてしまいがちだが、もちろんそれはそれで素晴らしいことであるし、そのような評価は結果として当然のことと思うが、けっしてそこにのみ大江さんの作品の価値がある訣ではない。閉ざされた未来の扉が開くことを信じて、かけがえのない私の生を生きてきた大江さんの全てが注ぎ込まれているからこそ、私らとして生き直すための私の生き方の源泉をそこに読み取ることができるのである。
50年以上に及ぶ大江さんの仕事の総決算というべきこの作品を総括することなど土台無茶な話ではある。ただ、大家が過去の作品を懐かしむだけのありきたりの総決算になっていないところが大江さんのすごいところで、この期に及んでなお苦しみ抜いていられるのには心を打たれる。私らとして一緒に生き直そうという、それは読者への大いなる問いかけなのである。
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2018年01月27日

冬の戸隠と15年ぶりのスキー

10数年ぶりのスキーに出かけた。週末の2日を午前・午後2時間ずつスキー学校に入って過ごした。初めてスキーをはいたのは大学卒業後だったが(最初のスキーは山形蔵王)、結婚までの時期と、長女が学校に上がってからの10年ほどはそこそこ通った経験がある。結婚前一人で出かけていた頃には山形蔵王のほか、志賀高原、天神平などが記憶にある。子どもたちを連れて家族で出かけたのは、もう奈良に移ってきていた訣だが、滋賀の箱館山、朽木、岐阜のウィングヒルズ白鳥、ダイナランド、長野では白馬八方尾根、それに一度だけだがニセコアンヌプリでも滑ったことがある。夏と冬2回訪れていた清里から、正月に近所のキッズメドウズや、シャトレーゼ、野辺山などに滑りに行ったこともあった。子どもたちはYMCAのスキー教室で戸狩によく出かけた。いつまでも上達しない親を尻目に、めきめき腕を上げていったものである。家族でスキーに出かけていた頃は、車にスキーキャリーをセットしたまま冬を過ごしたものだ。タイヤもスタッドレスを用意して、交換の時期を見計らうのが年中行事の一つになっていた。今思えば懐かしい日々である。
ぼく自身はご無沙汰するようになって15年にもなるけれど、家内はまもなく復帰して、下の娘ともどもとてもぼくなどには及びもつかないレヴェルにまで到達してしまった。ぼくが冬も専ら山歩きを続けている一方、家内はこの季節は週末ごとにスキーに通い詰めることになる。

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そんな訣で、この年になって再び滑るとは思ってもいなかったのだけれど、冬の山を歩く経験もそこそこ積んで、家内がスキーに入れ込んでいるのを見るにつけ、雪山への憧れが募らなかったといえばウソになる。そこへどういう風の吹き回しか、家内から一緒に滑りに行こうとの誘いを受け、重い腰を上げることになったのである。
これだけブランクがあると、果たしてスキーをはけるのかどうか、それさえ心配だったが、それならそれで、雪を頂く山を見るだけでもいいではないか、と割り切って出かけることにした。金曜日を珍しく定時に帰り、新幹線で名古屋へ。ホームできしめんをかき込んで特急しなのに乗り継いで長野に着いたのが、22時半過ぎ。市内で一泊し、翌朝7時のバスで目指すは戸隠スキー場。初めの訪問である。
そもそも長野へ行くこと自体がまだ3度目。前回は長野オリンピックの年だったから、もう20年も前のことである。特急しなのに乗るのも、今から5年前、塩尻乗り換えで甲府に出かけるのに使って以来だ。残念なのは今回は往復とも日没後で景色を楽しめなかったことだが、これは時間を有効に使うためであるからいたしかたない。
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〔特急しなの(名古屋駅にて)〕

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スキー場で用具一式を借り、スキー学校の手続きをする。まずは一番手前のリフトに乗ったが、乗り場に行くまでが難渋した。緩い登りをカニ歩きで登るのだが、カニ歩きが苦手だったことを思い出した。時間はかかるがスキーを揃えて横向きに上がるしかない。リフトに乗れるかも心配したが、何とか無事終点に着き、案外な傾斜に最初はビビったものの、プルークを交えて何とか降りて来ることはでき、取り敢えずは一安心。山だけ見てお終いということはなくなった。
クラス分けで初級クラスになったのは、初日はほぼ同年配と思われる男性とぼくの二人。平成改元の時、スキー場いたと言っていられた。やはり相当のブランクがあるらしい。午後はぼく一人になって先生とマンツーマン。2日目は午前・午後とも息子と同世代の松本から来たという学生さんと一緒で、聞くところでは、彼女とスキーに行って、スキー2級の腕前の彼女に暗にもう少し練習してくるように言われたとかで、特訓に来たのだという。前の日は寒空の下でテニスをしていたという。子どの頃学校でスキー教室に連れて行かれて以来だったとのことだが、やはり若いだけあって、上達は早く羨ましい限り。
午前・午後とも2時間ずつのレッスンだが、本当にあっという間だった。先生の言われることを言葉で理解できても、それを身体に伝えることができない。頭で身体を動かそうとすると、ちぐはぐなことになってしまうのである。2日目には最初は見違えるようになったと言っていただけはしたが、逆に言えば最初いかにひどかったか、ということでもある。
スキーを始めた頃に蔵王でスキー学校の合宿に入ったことがあったが、学校に入るのはそれ以来である。スキー学校に入るのは専らこどもたちで、親は勝手な滑りを享受してきたのがいけなかった。今回はそういう訣で少し覚悟を決めてみっちり教えていただくことにしたのだった。
3時にレッスンを終えたあとは、初日は天候が崩れて雪が降り始めたこともあって、途中お茶も交えつつ宿へのんびり下ることとした。2日目は、総仕上げのつもりで、一度山頂まで上がり、じっくり身体の動きを確かめながら下ってきたが、この時点ではもう腿がガクガクで、中腰の姿勢を保つためのバネが利かなくなってしまっていた。17時過ぎのバスで長野に下り、ゆっくり買い物も楽しんだあと、19時40分のしなので帰途に就いた。午前様ではあるが、無事帰寧し、翌日の仕事に備えたのだった。その間、先生に教えていただいたこと、レッスン内容やワンポイントのアドヴァイスなど、記憶にある限りをスマホのメモに残すことができた。
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〔雪の越水が原〕

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〔山口屋の戸隠ソバに舌鼓を打つ〕

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どうにかこうにか滑れてそれなりの勘も取り戻せた気になったけれど、何よりもうれしかったのは、初めて見る雪を頂く荘厳な戸隠山や高妻山を眺望できたことである。戸隠スキー場は、実は戸隠山にあるのではなくて、それを正面から望む東側の山々にある。長野寄りの飯縄山に連なる山塊である。それで、自分のいるスキー場がある山が作る影の向こうに、朝日を浴びた戸隠山が聳えることになる独特の光景が展開するのである。また、2日目の午前中には、穂高や槍を含む北アルプスの山塊を望むこともできた。一応は滑れて、さらにこの景色を堪能できたなら、もうなにもいうことはない。
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〔雪を頂く戸隠山を望む〕

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〔高妻山を望む〕

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〔北アルプスを望む〕

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〔富士山スポット(八ヶ岳の左にかろうじて見えた)〕

雪を見ると、北方系の血を引くからだろうか、なぜか血が騒ぐのを感じる。スキー学校の先生の言葉では、スキーは怪我さえしなければ、80歳になってもできるスポーツだという。60の手習いで再び始めてみるも悪くないかも知れない。
ラベル: 季節 鉄道
posted by あきちゃん at 19:30| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

新しく見出した曲のことなど─付2018年のカンタータリスト

ついこの間年が明けたと思っていたのに、もう20日である。暦の上では今日が大寒とのことだが、今年は冬の到来が早かったので、まだ大寒?という思いもあるけれど、時間の進む速度はまさに加速度的で全く容赦がない。ただ、来週はまた、まさに大寒というべき寒波がやって来そうな気配もあって、時間の加速を辛うじて相殺してくれている、そんな感じもする。
そんなこんなで教会暦に沿って聴くはずのカンタータがついつい置いてきぼりを喰らいがちになっている。とても聴き比べている余裕などないのが実状だけれど、レオンハルトの演奏のある曲はまずレオンハルトで、ないものは基本に返って(?)ガーディナーでという感じで、どうにかひと通りだけは聴いている。

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変わったことと言えば、凝りもせずまた新しいカンタータ選集を入手したことくらいだろうか。シギスヴァルト・クイケンの未完のまま完結した(ことになっている)カンタータの19枚組のボックスセットである(ACC25319)。Tさんにいただいた古い録音のBWV82の暖かい演奏が忘れられなくて、レオンハルトもまだ全部聴いた訣ではないのに、ほとんど衝動買いしてしまった。
シギスヴァルト・クイケン&ラ・プティット・バンド 教会カンタータ集(ACC25319) .jpg
〔シギスヴァルト・クイケン&ラ・プティット・バンド 教会カンタータ集(ACC25319)〕

このカンタータ選集とともにもう一つ入手したクイケンの演奏がある。無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータの旧版の全集である。バッハの無伴奏ヴァイオリンといえば、個人的にはコンサートでも聴いたことのあるヘンリク・シェリングで決まりだったが、この堂々とした威厳あふれる演奏は、そう安易に聴けるものではなかった。ことにパルティータ第2番のシャコンヌはそうで、シェリングの生の圧倒的な演奏に接して以来、当時持っていたレコードも聴けなくなってしまった。
それでもCDの時代に入って、同じ演奏を入手するだけはした。しかし、10年も聴けずにいるうちに、ふとシャコンヌの旋律を耳にする機会があって、気持ちが揺れ始めた。ただそれでも、シェリングに帰るのを躊躇っていたときに、カンタータで感銘を受けたクイケンの無伴奏の高い評価を知ることになったのである。新旧2種類あるうち、敢えてBWV82と録音時期の近い旧版を選んだ。
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〔クイケン 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲(GD77043)〕

しみじみと暖かい演奏である。予想通りBWV82に近いものがあるように思う。もちろんぼくにとってシェリングの演奏が絶対的であるのに変わりはないのだけれど、この曲のイメージを一新させてくれたといってよい。何が違うのか言葉でうまく表現する術をもたないのがもどかしいが、こういう弾き方もあり得るのだ。カンタータ選集の方はまだまだこれからであるが、ますます期待が高まる。

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もう一つこの間に見直した曲がある(見直したなどというのは烏滸がましくて、曲がわかっていなかっただけのことである)。セバスチャン・バッハのパッサカリアとフーガハ短調BWV582である。この曲そのものは、ケンプの平均律第2巻の抜粋のあとにフランス組曲第5番が続くCDの最後に、オルガン演奏で収められていて聴いたことはあった。しかし、オルガン曲にあまり馴染みがないことと、ハ短調の暗い曲想が相俟ってか、なかなか最後まで聴き通すことができなかった。このCDはもっぱらフランス組曲ばかりを聴いてきたといってよかったのである。
きっかけは、エフゲニー・コロリオフによるバッハのトランスクリプションのCD(TACET192)で、コロリオフ夫妻によるピアノ・デュオの演奏である。コロリオフという人の演奏は、インヴェンションとシンフォニアを持っていただけだったが、偶々このCDを入手し、この演奏に感銘を受けたのである。ケンプの演奏が悪かろうはずはないので、これは偏にぼくの耳がオルガンに付いて行けなかったところに原因があるのだが、コロリオフの演奏が素晴らしいのもまた確かだろう。
コロリオフ/バッハ:編曲作品集(ACET192).jpg
〔コロリオフ/バッハ:編曲作品集(ACET192)〕

ケンプのオルガンは8小節の主題を比較的あっさりと弾いているように思うが、コロリオフは主題をタップリと思い込めてじっくりと弾く。計ってみると、ケンプは21″、コロリオフは27″である。約3割遅いのである。全体のタイムはケンプは13′15″、コロリオフは13′51″でそれほど大きな違いはないから、主題提示部分のタイムの違いは歴然である。ピアノの低音で主題がしっかりと刻み込まれるのである。それにコロリオフのピアノの音色の透明さがこの曲の曲想にマッチして限りなく美しく、また繰り返される変奏のダイナミズムという点で、オルガンよりはピアノの方がいわばメリハリが利きやすいのも、心に響いた要因の一つだろう。
コロリオフの演奏でこの曲に引き込まれた耳で、改めてケンプのオルガンを聴いてみると、なぜこの曲をこれまで受け付けなかったのか、自身の不明を恥じ入るばかりだ。自分の耳の頑固さに呆れてしまう。

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少し出遅れたが、今年もまた教会暦順のカンタータ一覧を整理し、心覚えとしておくこととする(レオンハルトやクイケンの演奏も加えた)。
【2018年教会暦順カンタータ・リスト】
・2018/1/1 新年
  BWV190(ガーディナー56、鈴木21、ビラー2)
  BWV41(ガーディナー2、鈴木33)
  BWV16(ガーディナー2、鈴木42、レオンハルト5、クイケン3)
  BWV171(ガーディナー2、鈴木49、リヒター2)
  BWV143(ガーディナー2、鈴木5、レオンハルト44)
  BWV248/4
  BWV134a
・2018/1/6 顕現節
  BWV65(ガーディナー3、鈴木21、ヴェルナー1、ビラー3、リヒター3、クイケン3)
  BWV123(ガーディナー3、鈴木32)
  BWV248/6
・2018/1/7 顕現節後第一日曜
  BWV154(ガーディナー4、鈴木17、クイケン3)
  BWV124(ガーディナー4、鈴木32、リヒター3)
  BWV32(ガーディナー4、鈴木42、ヴェルナー2)
・2018/1/14 顕現節後第二日曜
  BWV155(ガーディナー5、鈴木5)
  BWV3(ガーディナー5、鈴木29、ビラー3)
  BWV13(ガーディナー5、鈴木42、レオンハルト5、リヒター3、クイケン4)
・2018/1/21 顕現節後第三日曜
  BWV73(ガーディナー6、鈴木17、レオンハルト22、クイケン4)
  BWV111(ガーディナー6、鈴木32、リヒター4)
  BWV72(ガーディナー6、鈴木42、ビラー3)
  BWV156(ガーディナー6、鈴木49)
・2018/1/28 復活節前第九日曜(七旬節)
  BWV144(ガーディナー9、鈴木17、レオンハルト44、クイケン4)
  BWV92(ガーディナー9、鈴木33、ヴェルナー3、レオンハルト28、リヒター5)
  BWV84(ガーディナー9、鈴木41)
・2018/2/2 マリアの浄めの祝日
  BWV83(ガーディナー8、鈴木21)
  BWV125(ガーディナー8、鈴木32、ビラー9)
  BWV82(ガーディナー8、鈴木38・41、ヴェルナー3、リヒター4、クイケン14)
  BWV200(ガーディナー8、鈴木37、ヴェルナー19)
・2018/2/4 復活節前第八日曜(六旬節)
  BWV18(ガーディナー10、鈴木5、クイケン5)
  BWV181(ガーディナー10、鈴木17、レオンハルト54)
  BWV126(ガーディナー10、鈴木34、レオンハルト39、リヒター5)
・2018/2/11 復活節前第七日曜(五旬節)
  BWV22(ガーディナー11、鈴木8、レオンハルト8、ビラー4)
  BWV23(ガーディナー11、鈴木8、ヴェルナー3、レオンハルト8、ビラー4、リヒター5、クイケン5)
  BWV127(ガーディナー11、鈴木34、レオンハルト39)
  BWV159(ガーディナー11、鈴木49、レオンハルト48)
・2018/3/4 四旬節第三日曜
  BWV54(ガーディナー12、鈴木3、レオンハルト17、クイケン6)
・2018/3/25 受胎告知の祝日
  BWV1(ガーディナー12、鈴木34、ヴェルナー4、ロッチュ2、ビラー9、リヒター6、クイケン5)
・2018/3/25 棕櫚の日曜日
  BWV182(ガーディナー12、鈴木3、ヴェルナー4、ビラー4、リヒター6、クイケン6)
・2018/4/1 復活節第一日
  BWV4(ガーディナー13、鈴木1、ヴェルナー5、ロッチュ3、ビラー5、リヒター7)
  BWV31(ガーディナー13、鈴木6、ヴェルナー6、ロッチュ7、ビラー5)
  BWV160(ヴェルナー12)
  BWV249(ヴェルナー5、クイケン7)
・2018/4/2 復活節第二日
  BWV66(ガーディナー13、鈴木18、ロッチュ7、レオンハルト20)
  BWV6(ガーディナー14、鈴木36、ヴェルナー6、リヒター7、クイケン7)
・2018/4/3 復活節第三日
  BWV134(ガーディナー14、鈴木18、ロッチュ3、レオンハルト42、クイケン6)
  BWV145(ガーディナー14、鈴木50)
  BWV158(ガーディナー15、鈴木41、レオンハルト48、リヒター7)
・2018/4/8 復活節後第一日曜
  BWV67(ガーディナー15、鈴木18、ヴェルナー7、レオンハルト21、ビラー5、リヒター7、クイケン8)
  BWV42(ガーディナー15、鈴木36)
・2018/4/15 復活節後第二日曜
  BWV104(ガーディナー16、鈴木19、ヴェルナー6・20、リヒター8)
  BWV85(ガーディナー16、鈴木39、ヴェルナー7・20、クイケン8)
  BWV112(ガーディナー16、鈴木52)
・2018/4/22 復活節後第三日曜
  BWV12(ガーディナー17、鈴木3、レオンハルト4、リヒター8、クイケン8)
  BWV103(ガーディナー17、鈴木36、ヴェルナー7、レオンハルト32)
  BWV146(ガーディナー17、鈴木44)
・2018/4/29 復活節後第四日曜
  BWV166(ガーディナー18、鈴木19、レオンハルト49)
  BWV108(ガーディナー18、鈴木36。リヒター9、クイケン9)
・2018/5/6 復活節後第五日曜
  BWV86(ガーディナー19、鈴木19、クイケン9)
  BWV87(ガーディナー19、鈴木35、ヴェルナー7、リヒター9)
・2018/5/10 昇天節
  BWV43(ガーディナー20、鈴木44、ヴェルナー8、ビラー6)
  BWV37(ガーディナー20、鈴木19、ビラー6)
  BWV128(ガーディナー20、鈴木35、レオンハルト40、ビラー6)
  BWV11(ガーディナー20、ヴェルナー8、リヒター10、クイケン9)
・2018/5/13 昇天節後日曜(復活節後第六日曜)
  BWV44(ガーディナー21、鈴木20、リヒター10、クイケン9)
  BWV183(ガーディナー21。ガーディナー15の2000年4月末ドイツにて録音のものとは別の、2000年6月4日のイギリスでの録音。短期間に2度の録音を行ったことになる〉、鈴木39)
・2018/5/20 聖霊降誕節第一日
  BWV172(ガーディナー22、鈴木7、ヴェルナー4、ロッチュ2、レオンハルト51、ビラー7)
  BWV59(ガーディナー22、鈴木20)
  BWV74(ガーディナー22、鈴木35、レオンハルト23、ビラー7)
  BWV34(ガーディナー22、鈴木48、ヴェルナー8、ビラー7、リヒター10、クイケン10)
・2018/5/21 聖霊降誕節第二日
  BWV173(ガーディナー23、鈴木20、ロッチュ5、クイケン10)
  BWV68(ガーディナー23、鈴木39、ヴェルナー9、ロッチュ2、リヒター11)
  BWV174(ガーディナー23、鈴木50)
・2018/5/22 聖霊降誕節第三日
  BWV184(ガーディナー24、鈴木20、レオンハルト55、クイケン10)
  BWV175(ガーディナー24、鈴木39、リヒター11)
・2018/5/27 三位一体節
  BWV194(ガーディナー25、鈴木16、ビラー8)
  BWV176(ガーディナー25、鈴木35)
  BWV165(ガーディナー25、鈴木4、レオンハルト49)
  BWV129(ガーディナー25、鈴木45、レオンハルト40、リヒター11、クイケン10)
・2018/6/3 三位一体節後第一日曜
  BWV75(ガーディナー27、鈴木8、レオンハルト23、ビラー8)
  BWV39(ガーディナー27、鈴木45、ヴェルナー9、レオンハルト13、リヒター12)
  BWV20(ガーディナー27、鈴木22、クイケン11)
・2018/6/10 三位一体節後第二日曜
  BWV2(ガーディナー28、鈴木29、クイケン11)
  BWV76(ガーディナー28、鈴木9、ヴェルナー10、リヒター12)
・2018/6/17 三位一体節後第三日曜
  BWV21(ガーディナー29、鈴木6・12、ヴェルナー11、ロッチュ4、リヒター13)
  BWV135(ガーディナー29、鈴木29、レオンハルト42、リヒター12、クイケン12)
・2018/6/24 洗礼者ヨハネの祝日
  BWV167(ガーディナー26、鈴木9)
  BWV7(ガーディナー26、鈴木22、ヴェルナー9、レオンハルト3)
  BWV30(ガーディナー26、鈴木55、ヴェルナー10、リヒター14)
・2018/6/24 三位一体節後第四日曜
  BWV24(ガーディナー30、鈴木9、リヒター13)
  BWV185(ガーディナー30、鈴木4)
  BWV177(ガーディナー30、鈴木53、クイケン12)
・2018/7/1 三位一体節後第五日曜
  BWV93(ガーディナー31、鈴木23、リヒター14、クイケン12)
  BWV88(ガーディナー31、鈴木44、レオンハルト27)
・2018/7/2 マリアのエリザベト訪問の祝日
  BWV10(ガーディナー28、鈴木23、ヴェルナー11、ロッチュ1、レオンハルト4、リヒター15、クイケン11)
  BWV147(ガーディナー53、鈴木12、ヴェルナー12、、ビラー9、リヒター15)
BWV189
・2018/7/8 三位一体節後第六日曜
  BWV9(ガーディナー32、鈴木53、レオンハルト3、リヒター16、クイケン13)
  BWV170(ガーディナー32、鈴木37、レオンハルト51)
・2018/7/15 三位一体節後第七日曜
  BWV186(ガーディナー33、鈴木10、クイケン13)
  BWV107(ガーディナー33、鈴木23、レオンハルト33)
  BWV187(ガーディナー33、鈴木45、レオンハルト56、リヒター16)
・2018/7/22 三位一体節後第八日曜
  BWV178(ガーディナー34、鈴木23、リヒター16、クイケン14)
  BWV136(ガーディナー34、鈴木11)
  BWV45(ガーディナー34、鈴木46、レオンハルト15、リヒター17)
・2018/7/29 三位一体節後第九日曜
  BWV94(ガーディナー35、鈴木22)
  BWV168(ガーディナー35、鈴木40、クイケン13)
  BWV105(ガーディナー35、鈴木10、ヴェルナー12、リヒター17)
・2018/8/5 三位一体節後第十日曜
  BWV46(ガーディナー36、鈴木11、レオンハルト15)
  BWV101(ガーディナー36、鈴木31)
  BWV102(ガーディナー36、鈴木46、ヴェルナー13、リヒター17、クイケン14)
・2018/8/12 三位一体節後第十一日曜
  BWV199(ガーディナー37、鈴木4、リヒター18)
  BWV179(ガーディナー37、鈴木10、リヒター18、クイケン15)
  BWV113(ガーディナー37、鈴木24、レオンハルト35)
・2018/8/19 三位一体節後第十二日曜
  BWV69a(ガーディナー38、鈴木13)
  BWV137(ガーディナー38、鈴木40、ヴェルナー13、ロッチュ4、リヒター18)
  BWV35(ガーディナー38、鈴木37、クイケン15)
・2018/8/26 三位一体節後第十三日曜
  BWV77(ガーディナー39、鈴木13、レオンハルト24)
  BWV33(ガーディナー39、鈴木24、レオンハルト11、リヒター19)
  BWV164(ガーディナー39、鈴木40、レオンハルト49、クイケン15)
・2018/9/2 三位一体節後第十四日曜
  BWV25(ガーディナー40、鈴木13)
  BWV78(ガーディナー40、鈴木25、ヴェルナー13、リヒター19)
  BWV17(ガーディナー40、鈴木46、リヒター19、クイケン15)
・2018/9/9 三位一体節後第十五日曜
  BWV138(ガーディナー41、鈴木11、クイケン16)
  BWV99(ガーディナー41、鈴木25)
  BWV51(ガーディナー41、鈴木30、ヴェルナー14・19、レオンハルト16、リヒター20)
  BWV100(ガーディナー41、鈴木54、レオンハルト31、リヒター20)
・2018/9/16 三位一体節後第十六日曜
  BWV161(ガーディナー43、鈴木5)
  BWV95(ガーディナー43、鈴木11)
  BWV8(ガーディナー43、鈴木24、ヴェルナー14、レオンハルト3、リヒター21)
  BWV27(ガーディナー43、鈴木47、リヒター20、クイケン16)
・2018/9/23 三位一体節後第十七日曜
  BWV148(ガーディナー44、鈴木14、リヒター21)
  BWV114(ガーディナー44、鈴木25、レオンハルト35)
  BWV47(ガーディナー44、鈴木47、クイケン16)
・2018/9/29 大天使ミカエルの祝日
  BWV50(ガーディナー42、鈴木13、ヴェルナー14、ロッチュ10、ビラー10)
  BWV130(ガーディナー42、鈴木33、ヴェルナー14、リヒター26)
  BWV19(ガーディナー42、鈴木46、ヴェルナー15、ビラー10)
  BWV149(ガーディナー42、鈴木50、ヴェルナー15、レオンハルト45)
・2018/9/30 三位一体節後第十八日曜
  BWV96(ガーディナー45、鈴木26、リヒター22、クイケン16)
  BWV169(ガーディナー45、鈴木37)
・2018/10/7 三位一体節後第十九日曜
  BWV48(ガーディナー46、鈴木14)
  BWV5(ガーディナー46、鈴木27、リヒター22)
  BWV56(ガーディナー46、鈴木41、ヴェルナー16、レオンハルト17、リヒター¥、クイケン17)
・2018/10/14 三位一体節後第二十日曜
  BWV162(ガーディナー48、鈴木3)
  BWV180(ガーディナー48、鈴木26、ヴェルナー15、レオンハルト54、リヒター23、クイケン17)
  BWV49(ガーディナー48、鈴木50)
・2018/10/21 三位一体節後第二十一日曜
  BWV109(ガーディナー49、鈴木14)
  BWV38(ガーディナー49、鈴木29、リヒター23)
  BWV98(ガーディナー49、鈴木48、ヴェルナー16、レオンハルト30、クイケン17)
  BWV188(ガーディナー49、鈴木49)
・2018/10/28 三位一体節後第二十二日曜
  BWV89(ガーディナー50、鈴木14、レオンハルト27)
  BWV115(ガーディナー50、鈴木27、リヒター24)
  BWV55(ガーディナー50、鈴木38、レオンハルト17、リヒター23、クイケン17)
・2018/10/31 宗教改革記念日
  BWV80(ガーディナー47、鈴木27、ヴェルナー18、ロッチュ10、ビラー10、リヒター26)
  BWV79(ガーディナー47、鈴木40、ヴェルナー17、ロッチュ10、レオンハルト25、ビラー10)
・2018/11/4 三位一体節後第二十三日曜
  BWV163(ガーディナー51、鈴木4)
  BWV139(ガーディナー51、鈴木28、リヒター24)
  BWV52(ガーディナー51、鈴木38、レオンハルト17、クイケン18)
・2018/11/11 三位一体節後第二十四日曜
  BWV60(ガーディナー50、鈴木15、リヒター24、クイケン18)
  BWV26(ガーディナー7、鈴木28、ヴェルナー16、ロッチュ5、リヒター24)
・2018/11/18 三位一体節後第二十五日曜
  BWV90(ガーディナー46、鈴木15、ヴェルナー16、レオンハルト27)
  BWV116(ガーディナー45、鈴木28、リヒター25、クイケン18)
・2018/11/25 三位一体節後第二十六日曜
  BWV70(ガーディナー53、鈴木15、ヴェルナー17、リヒター25、クイケン19)
・2018/12/2 待降節第一日曜
  BWV61(ガーディナー52、鈴木7、ヴェルナー1、ロッチュ8、ビラー1、リヒター1、クイケン1)
  BWV62(ガーディナー52、鈴木28、ビラー1、クイケン1)
  BWV36(ガーディナー52、鈴木47、ロッチュ8、ビラー1、クイケン1)
・2018/12/23 待降節第四日曜
  BWV132(ガーディナー53、鈴木7、レオンハルト41、リヒター1、クイケン1)
・2018/12/25 降誕節第一日
  BWV63(ガーディナー1、鈴木7、ビラー2、リヒター1)
  BWV191(ガーディナー1、鈴木55)
  BWV91(ガーディナー54、鈴木31、レオンハルト28、クイケン2)
  BWV110(ガーディナー54、鈴木43、ヴェルナー2、ロッチュ9、ビラー2)
BWV197a(鈴木54)
・2018/12/26 降誕節第二日
  BWV40(ガーディナー54、鈴木15、ヴェルナー1、ロッチュ9、レオンハルト13)
  BWV121(ガーディナー54、鈴木31、リヒター2)
  BWV57(ガーディナー55、鈴木43、ヴェルナー2、クイケン2)
・2018/12/27 降誕節第三日
  BWV64(ガーディナー55、鈴木13、リヒター2)
  BWV133(ガーディナー55、鈴木31、レオンハルト41)
  BWV151(ガーディナー55、鈴木43、レオンハルト46、クイケン2)
・2018/12/30 降誕節後第一日曜
  BWV152(ガーディナー56、鈴木5)
  BWV122(ガーディナー56、鈴木26、クイケン2)
  BWV28(ガーディナー56、鈴木39、ヴェルナー1、リヒター2)
2018年には該当日がないもの
 新年後第一日曜(降誕節後第二日曜)
  BWV153(ガーディナー3、鈴木17、クイケン3)
  BWV58(ガーディナー3、鈴木38、リヒター3)
  BWV248/5
 顕現節後第四日曜
  BWV81(ガーディナー7、鈴木21、リヒター4、クイケン4)
  BWV14(ガーディナー7、鈴木54、レオンハルト5) 
 三位一体節後第二十七日曜
  BWV140(ガーディナー51、鈴木52、ヴェルナー17・20、ロッチュ8、リヒター25、クイケン18)
・その他の用途及び用途未詳のもの
 悔い改めの礼拝用
  BWV131(ガーディナー31、鈴木2、ヴェルナー18)
 市参事会交代式用
  BWV 29(鈴木52、ロッチュ6)
  BWV 69(鈴木55)
  BWV 71(鈴木2、ロッチュ9)
  BWV 119(鈴木16、ヴェルナー19、ロッチュ6)
  BWV 120(鈴木48)
  BWV 193
 結婚式用
  BWV120a(鈴木51)
  BWV195(鈴木51、レオンハルト58)
  BWV196(鈴木1)
  BWV197(鈴木54、レオンハルト59)
 葬儀・追悼用
  BWV106(鈴木2、ヴェルナー19、ロッチュ7、レオンハルト33、リヒター26)
  BWV118
  BWV157(鈴木51、レオンハルト47)
  BWV198(ロッチュ11、レオンハルト60)
 用途未詳
  BWV97(ガーディナー19、鈴木53)
  BWV117(ガーディナー18、鈴木48、レオンハルト36)
  BWV150(ガーディナー15・ガーディナー21〈別テイク〉、ヴェルナー18、鈴木1、レオンハルト46)
  BWV192(ガーディナー47、鈴木51、ロッチュ10)
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2018年01月09日

2018年の登り初めは十津川の静かな山へ

今年の登り初めは、十津川村のブナ山と三里山。当初の予定日は悪天が予想されたため、1日繰り上げての山行となった。お蔭で寒さは一入であったものの、好天に恵まれた山歩きを楽しめた。
ブナ山といってもご存じの方は少ないのではあるまいか。帰りに寄った大塔夢の湯で、今日はどちらの山へ、と聞かれて、ブナ山と答えたのだが、どうもあまり芳しい返事は返ってこなかった。
ブナ山は風屋ダムの北側に聳える標高1119.5mの、言ってみればローカルな藪山である。ダムの南岸を画す法主尾山とダムを挟んで向かい合う位置にあるのが、高時山とブナ山で、今回は北側の高津集落を起点に、ブナ山・三里山の中間にある烏峠を経て、まずその東のブナ山へ、続いて西の三里山を往復した。
烏峠の導標.jpg
〔烏峠の導標〕

標高や山の風格からいえば、三里山は尾根筋の西端にある最後のピークといった感じで、ブナ山のそれとは比較にならないけれど、静かな頂としては出かけて損はない。烏峠からそう時間はかからないし、僅かだが木の間越しに西の山々を望める。
これに対し、ブナ山からの展望は、普段の季節なら多分木々に遮られほとんど絶望的であっただろう。しかし、木々が葉を落としているこの季節、枝越しに辛うじてという感じではあるが、雪を頂く大峰の山並みを望むことができた。今の季節ならではのプレミアムである。
木の間越しに頂仙岳・八経ヶ岳・釈迦ヶ岳を望む(ブナ山の頂から).jpg
〔木の間越しに頂仙岳・八経ヶ岳・釈迦ヶ岳を望む(ブナ山の頂から)〕

それに今回は、今年の寒さのせいもあるだろうが、烏峠のためのガラガラの所を横切る辺りで初めて見られた積雪が、烏峠から稜線を東に向かうにつれて次第に増えるようになり、そう、10㎝程度はあっただろうか、往路はなんとか普通に登れたけれど、帰路は安全のため躊躇うことなくアイゼンを付けての歩行となった。本当に久し振りのアイゼンでの雪山歩きとなったのだった。
雪の稜線.jpg
〔雪のブナ山への稜線〕

ブナ山の頂で八経ヶ岳や釈迦ヶ岳をカメラに収めたあと、昼食をすませ、アイゼンを付けた。取り付け方をおさらいしてくればよかったのだが、まさかこうなるとは思っていなかったので(忘れずに持って行ってよかった)、少々慌ててしまった。でも何とか無事装着できてホッとしたのも束の間、手指の感覚がほとんどなくなっているではないか。
手袋を外してアイゼンの取り付けに専念するあまり、寒さを気遣うことなくいたものだから、冷えてしまったものらしい。急遽厚い手袋に代えたものの、指の感覚が戻るまでには復路歩き出してから30分近くもかかってしまった。これには本当に慌ててしまった。全く迂闊なことである。
散り敷く落ち葉の上に積もった積雪にアイゼンの爪が気持ちよく食い込んで、ザックザックと小気味よい音を立てる。でも、積雪がごく僅かなものだから、よく見ていると、足を着いた部分の雪がそっくり足の形のままに落ち葉から離れてアイゼンにくっついてくる。復路はもう落葉がむき出しになっているところもあったが、そんな時、わざと道脇の雪の中に足を置いて雪の感触を確かめながら歩く。それがアイゼンを付けていればこその楽しみでもある。
そんな訣で、ほどほどの雪があると、血が騒ぐという訣でもないのだろうけれど、冬の山歩きは一段と楽しさを増す。一部植林も交えつつだが、優しい自然林が迎えてくれる静かな山歩きを楽しめた今年の登り初めだった。
ラベル:奈良 季節
posted by あきちゃん at 02:07| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

さしたる感慨もなく過ごした正月

年を越したという格別の感慨もないまま、2018年の正月も早くも6日を迎えた。到来の早かった寒さは、相変わらず厳しいままだが、この季節にしては比較的小刻みに気圧の谷が通過して雨をもたらす。その後ろからはお決まりのように強い寒気がやって来る。低気圧が寒気を引き込むというよりは、むしろ寒気南下の前触れの雨のような感じさえする。
年賀状は結局29日から書き始めて、30日の夜には書き終えた。投函は大晦日になってしまったから、申し訣ないことに元旦には届かなかっただろう。しかも今年は、余白のひと言を断念せざるを得なかった。基本はワープロソフトで作った写真入りの原稿の印刷だが、例年余白にひと言だけ書き添えるように心がけてきた。しかし、今回は諦めることに抵抗する気力も湧いてこなかったというのが正直なところで、後ろめたさはあったけれど、何事につけ徹底することができなくなってきている気力の低下が、年賀状にも及んだという訣だ。気持ちに身体が付いていけないのではなくて、身体はまだなんとかなる(少なくともそう思ってはいる)のに、それを牽引する気持ちが萎えてしまうのである。

          §           §           §

30日に娘2人が帰寧し(息子は今年も奈良には戻らず、元旦に東京の母の所に出かけたようだ)、晦日に1日早い年越し蕎麦をいただいた。2年続けた高畑の吟松ではなく、東大寺近くの喜多原という店で、ここの蕎麦をいただくのは、昨年だったか、年を越してから冷たい雨の降る日に出かけて以来のこと。前回正月明けにもかかわらず結構並んだので、11時の開店の30分前にはと思っていたのに、結局なんやかやで準備が整わず、着いたのが11時少し前。ただ、幸い列はなくて開店を少し待つだけで一番乗りすることができた。天ざるにニシンを付けて年越し蕎麦とする。淡い緑色に光る透明感のある蕎麦である。確か、北海道のそば粉を使っていると聞いた。あっさりめのダシのソバつゆが心地よい。
喜多原の天ざるをいただく.jpg
〔喜多原の天ざるをいただく〕

一旦家に戻ってAGを車に乗せ、恒例の年末詣に春日大社へ向かう。高畑の駐車場に車を駐め、アセビの道を春日大社に向かう。行き違うほとんどいない静かな道も、若宮まで来ると一気に賑やかになって、本殿近くまで来ると鹿ともどもそこそこの参拝客で賑わっていた。じっとしていないAGの番を交替でしながら、年末詣をすませる。以前は仕事納めの日の午後からというのが恒例だったが、仕事納めも夕方まで勤務というのが普通になって、晦日か大晦日というのが多くなった。3本ある祢宜の道を辿って、というのは、吟松で年越し蕎麦をいただくようになってからのことのはずだから、まだせいぜい3回めだろう。春日さんを通り越して二月堂まで往復したこともあったが、あれはあるいは年を越してからのことだったか。セミの音に聞きながらの暑い季節だったような気もする。少なくともアセビの季節ではない。
高畑の風景.jpg
〔高畑の風景〕

          §           §           §

年明けも雑煮と簡単なおせちををいただいたくらいで、取り立てて正月気分に浸るわけでもない三が日を過ごした。2日の晩には下の娘が、3日朝には上の娘がそれぞれ奈良を離れ、早くも家内と3匹のワンコたちとだけの生活に戻る。4日から出勤だったが、今年は暦通りだと正月休みが短くなるので、年始の行事を成人の日開けにするということで、4日・5日と年休を取って長期の正月休みにした人も多かった。いわば本格始動は来週からという次第で、なんだかありがたいのだかありがたくないのだかよくわからない、何とも中途半端な2日間を過ごしたのだった。
期待した初夢も記憶に残らず、今年は不本意ながら取り立てて記事にすることもできなかった。週が明けて時が動き出したなら、そのまま年度末まで一気に加速していってしまいそうで怖ろしい。誰かこの時の歯車の回転を、せめて正常の速度にまで緩めてもらえないだろうか……。

          §           §           §

そんなありきたりの正月を挽回すべく(?)、年末に鴻ノ池にできたスタバに寄ってみた。去年のサクラの季節に訪れたとき、池の周囲の回遊道路を閉鎖して整備をしていたのだが、池北側の駐車場だったところに待望のスタバが開いたのである。この近くでは、西大寺、高の原イオンモール、JR奈良の旧駅舎に続く4件めである。駐車場も広いのだが、開店直後から年末年始、ずっといっぱいでとても近づける状態ではなかった。法蓮中町から上がっていくと、池越しに眺める夜景が幻想的でさえあって、機会を狙っていた。
昨晩家内と通りかかったら、うまい具合に駐車場に空きがあって、ちょうど夕食もまだだったので、軽めの夕食にしてしまった(デザート付き)。外見だけでなく、中も開放的なつくりが心地よい。店内から池越しに眺める夜景もまた美しかったが、あとから池側のテラスに出てみると、池を眺めながらひと休みできる空間がいろいろに工夫されていて、昼間は昼間で楽しめそうである。このあたりは少し旧ドリームランド寄りにあるフジエダコーヒーにもよくお世話になっているけれども、個性のあるスタバができて、散歩圏内でもあり出かける楽しみがまた増えた。1300年祭で見かけた移動販売車の繁盛ぶりを思うと、近奈良周辺(ことに奈良公園)にもコンビニばかり乱立させるのではなくて(某セブンイレブンはこの近辺にいったい何軒あるのやら…… 県庁にまであるのはもはや余計でしかない)、景観にマッチしたスタバ(タリーズでもいいけれど)をつくれば随分と流行ると思うのだけれどもなぁ……
鴻ノ池のスタバの夜.jpg
〔鴻ノ池のスタバの夜〕
ラベル:季節 日常 奈良
posted by あきちゃん at 17:40| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする