2017年12月29日

音楽と読書と日々の営みと─年末に思う─

2017年もいつの間にかもう残りあと僅かになってしまった。とても振り返ってみる余裕などないのだけれど、せめてその気にだけでもなっておかないと、ずるずると人生の終わり迄このまま走ってしまいそうな予感。
そもそも経験したその時点においては、強い感動を呼び起こしたことは多かったはずなのに、月日の進み行きだけでなく、記憶が上書きされる速度もまた、年齢を重ねるにつれ加速度的に速くなってきている。ほとんど夢と同じことで、意識的にメモしておくなどしないと、風化して砂粒と化し、どこかへ飛んでいって行って跡方も留めなくなってしまうのである。
現実に体験したことならば、まだ写真という手段もある。しかし、悲しいことに、写真を見てさえ俄には思い出せないという場合が増えてきている。生涯に2度とないような感動を味わったとその時思っているようなことでさえも、そんな経験をしたことを思い出さずにいるのである。すぐに忘れてしまうようなそれだけの経験に過ぎなかったのではないか、感動したという幻影に酔いしれていただけなのではないか、と自己反省してみるのだが、正直のところはよくわからない。
本を読んでいてでさえ似たようなことが起こる。ジーンとくるような場面を読み進め、場面が転換していくうちに、ほんのちょっと前に読んだその感動の場面に関する記憶がすっかり飛んでしまっているのである。読んでいる刹那刹那を追いかけるのに精一杯で、読んだ端から忘却していってしまっている。

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音楽を聴いていてでさえそうである。そもそもひとが音楽を聴くというのがどういう営為であるのか充分には説明できないけれど、次から次へと流れていく音を単独で捉えているのではないはずである。音のつながりを一定の単位毎にメロディーとして認識し、それが頭の片隅のどこかに残っているうちに、次の音が重ねられてゆき、一定のまとまりがメロディーとして認識される。その微妙な時間を超えた横のつながりと、同時に鳴らされる音の縦のつながり、両者の複雑な関係によって音楽はひとの頭の中で理解されていくのだろう。もちろんそんな分析的な聴き方を一々やっている訣ではなく、それを一瞬にうちにこなし、その一瞬一瞬の積み重ねを音楽として聴いている、いや聴いているつもりになっているというのだと思う。
縦の音でも聴く気になって聴かないと聞こえて来ない音がある。でも縦の音はまだ注意して聴こうとすればある程度は聴くことができる。しかし、横の音は注意していても、記憶から消えてしまっているのでは如何ともしがたい。音の横の流れは音楽が続く限り続いていく訣だから、立ち止まって思い出そうとしている余裕はない。それをやっていたのでは、もう音楽を聴くことはできない。
読書ならば、時間さえあれば、なかなかすぐに目的の箇所に辿り着けないということはよく経験することではあるけれども、それでも元の頁を繰って、気になった箇所まで何度でも戻って読み返すことができる。しかし、音楽ではそれはできない(再生音楽であっても、単に繰り返せるだけであって、音の流れを止めて分析することは、楽譜を見ながら脳裏に音を鳴らすことのできない素人には実現不可能だろう)。

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日々の営みのありようは、まさにこの音楽のあり方そのものなのである。そうであるならば、毎日を過ごすことに精一杯で、日々の出来事をじっくり味わう余裕もないまま、記憶から消え去って行くのに任せている今のぼくのように、もし日々の営為がそのように変化してきているのならば、音楽を聴くという営みにおいても同じことが起きているのではないか…
若いときは、現実に今鳴っている音を聴きながら、無意識のうちに直前までの音の流れを自然に頭の片隅に置きながら、かつ次に鳴る音を予想しながら聴くことができた。今では現実になっている音を追いかけるのに精一杯になっているだけなのではないか。音楽を聴くことにさえ、そんな余裕のない状況が出来しているのではないか。それが老化というものなのではないか…… いやはや、あらゆる営みに余裕がなくなってきているということなのだった。

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今年の記憶、どこまで思い出せるだろうか?
文字通り果てしなく延びる果無山脈の山旅。台南と台中、そして少しだけど台北も堪能した家内との2度の台湾行き。例年になく美しかったサクラ、それなのに葉桜になるのも待たずに無残に切り倒されてしまった般若寺裏のサクラたち。新幹線から見たヤマザクラに美しく彩られた東近江の山々。真夏の慶州南山の石仏巡り。母を迎えて家族で出かけた初秋の修学院離宮・桂離宮と夜の川床料理。母が念願を果たした三輪山。懲りずに買ってしまったレオンハルト=アーノンクールのカンタータ全集。台風の余韻を残した稲村ヶ岳。大峰山系の大展望を堪能した大台ヶ原コブシ峰。夜中に列車で到着した韓国モッポ駅の得も言われぬ終着駅の懐かし風情。近づく雷雲と競争しながら歩いた真夏の平城宮跡……。このブログで書いたものもあればそうでないものもあるけれど、とりとめもなく廻り灯籠のように駈け巡る思い出たちに囲まれながら、もうあと残り少なくなった2017年に思いを馳せる。もうそろそろ年賀状を書き出さないと間に合わなくなってしまう……。
ラベル:日常 音楽 読書
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2017年12月25日

山と忘年会に連なる夢─夢の記憶48─

自宅に帰る道が不通になっているらしく、バスが運休でさあどうしようと思っていたら、山の会のマイクロバスで近く迄送っていただけるという。ありがたいことで、方向の同じ10人余りがみんなでお言葉に甘えることにした。
途中崖崩れの脇を通り、これは酷い、これなら仕方がないなぁと思った覚えがあるが、そこは難なく通り越していたから、近辺の雨の降りが凄かったことを納得したということなのだろうか。
行けるところまで行ってバスを降り、そこからは歩きとなる。バスはあそこからどうやって戻ったんだろうか。とてもUターンのスペースなどなかったはずなのに、と夢の中で心配になっていた。
道は左が大きく抉られていて、どうも普段なら水があるようだ。その際に道は続いているが、次第に桟道のような趣になって、手足の置き場を確かめながらの歩行となる。ぼくはやったことはないけれど、まるでボルタリングのようだ。
左下は垂直の断崖で、水はなく底が見えるが、なぜか、今は干潮なので水がないからこうして通れるんだということを、夢の中のぼくは了解している。今手足をかけているところは、満潮時には水没するのだ。そこまで考えて送り届けてくれたのらしい。
前を行く人はぼくより一段高いところをへずって行っているけれど、ぼく自身は自らの直感を信じて自分で一番行きやすいところを横へ横へと移動して行く。高さの恐怖感は夢の中のせいかほとんどない。
そのうちに上の方に平場が見えてきた。あそこまで上がれば随分楽になりそうだ。一気に上がると、そこは手すりの付いた舗装道で、一瞬何が何だかわならなくなる。でもまあ、これで安心して家まで行き着ける。
無事家に着いてから、あ、失敗した、息子の学校道具を持って帰って来るのを忘れた! どうして息子の学校道具なのかは全然脈絡も何もないのだけれど、教科書を今持って帰ってきておいたら、万事好都合だったのらしい。
でもまたあの桟道を今度は逆に戻るのかと頭を抱えたが、どうしたことだからもう次の瞬間には、学校にいた。ただ、どうやって息子の教室に行ったものやら。仕方なく闇雲に中に入って行くと、一瞬正解と思いきや、そこはなんだか複雑な構造のお手洗いで、失敗だった。
しかし、息子の学校道具を持って帰れたのかどうかは定かでないまま、夢は次の場面に早くも移ってしまった。残念ながら起き抜けには鮮明に意識していたその中身は、今はもう記憶な彼方に行ってしまった。

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よくわからない夢だったけれど、ひとつわかっているのは、どうして山の会のマイクロバスが登場したか。というのは、昨晩はその山の会の忘年会だったからである。初めは昼間の山行きにも参加して夜は忘年会のはずだったのだが、昼間仕事が入って山行きは断念せざるを得なくなった。
でも、昨年の忘年会の楽しかったのが忘れられなくて、忘年会だけでもいいですか、と尋ねたら、ありがたいことに勿論いいですよという答えをいただき、仕事を終えてから忘年会に駈け付けることにしたのである。和気藹々とはああいうことかというお手本のような会で、帰りの電車など、小学生の遠足かというような有様ではあったが、志をいつにする人たちが集まるとああいうことになるのだろう。夢は、昼間行けなかった山行きも含めての展開ということなのである。
息子の登場は予想もしなかったことだが、本人が出て来ないところがいかにも彼らしく、こないだ正月も帰らないと行ってよこしたから、こちらが逆に顔を見たくなったという事なのかも知れない。
ラベル: 日常
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2017年12月18日

冬至前の本格的寒波

今日(17日)の最高気温は7℃。真冬の天気が続いている。概ねひと月早い感じで季節が推移している。ちょうど大寒の頃を思わせる天候である。例年だと1月中旬から2月上旬くらいまでが寒さのピーク。2月に入ると日もだいぶん長くなってくるので、寒さで震える日も陽さえ照っていれば、春の訪れの遠くないことを実感できて、なんとか寒さも耐えられる。文字通り、立春を体感できるのである。
しかし、12月のこの時期に寒波にやって来られては、如何ともしがたい。まだ冬至に向かって日が短くなっている最中であり、5時にはもう真っ暗に近い。ちなみに12/17の奈良の日の入りは16:48だった。この日の短さが寒さを余計に実感させるのである。身体がまだ充分には慣れていないことも加わって、夕方の3匹の散歩は、犬たちは大喜びだったようだが、こちらはしんどかった。12月の本格的寒波の到来は心底こたえる。
これまでにも単発的になら、この時期に寒気がやって来たことがない訣ではない。春日若宮のおんまつりの頃(ちょうど今頃)とか、クリスマスとかは寒くなることが多い。おんまつりの日に二月堂から雪化粧した奈良を眺望した鮮明な記憶がある。しかし、まだ12月半ばというのにこう寒さが続くのは、奈良に住むようになってこの方四半世紀以上になるけれど、全く覚えがない。北アメリカ、ヨーロッパにも寒波が襲来しているというから、典型的な真冬の三極型の北極寒波の吹き出しである。
昨日行く予定だった山行は、事前の天気予報がよくなくて、木曜日の段階で今日に延期になっていた。残念ながら今日は元々予定があって、涙を呑むしかなかった。一番日の短い季節の寒波に見舞われた天川村の山々は、もしかすると吹雪いていたかも知れない。大峰山はもう深々と雪を頂いていることだろう。今日はかえすがえすも残念ではあったけれど、今朝方から何となく不調気味なので、まあよしとしよう。一昨年、去年と続いたアイゼン不要の冬を一掃して、今冬こそは静かな雪山を経験できるかも知れないと期待をしつつ
ラベル:天気 季節 日常
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2017年12月16日

ブログの初めと終わり

何事にも初めがあれば終わりがある。このブログだって、一度始めたものは、いつかは必ず閉じる時が来る。物事の終わりは、当時者の意思によって発生することもない訣ではないけれど、それとは無関係に発生する場合が往々にしてある。そしてそれが起きてしまうときは、当事者の意思がどうであろうとそれが考慮される余地は全くないのである。
当事者が自らケリをつけるのが潔いという側面は確かにある。例えば、何かの会に入っていた人が亡くなったあと、それを知らずにずっと会費の請求が家族の許に届く。そういうことを防ぐために、例えば高齢を理由として脱会し身ぎれいになっておく、そういうことを最近よく耳にするようになった。ご本人の逝去により自然退会というのよりは、自ら後始末しておくのが潔いという評価が一般的であるだろう。
ただ、人間の生ということになると話はまた別である。人間の生の終わり、すなわち死を当事者が選ぶのを潔いとは思わない。むしろ、思うべきではないとさえ思う。しかし、歴史的に見ると、社会的な理由からある場面においてはそれを潔いとする意識があったし、そういう意識から本人の意思とは無関係に自ら死を選ばせることが公然と行われてさえいた。そして今でさえ、死をもって身の潔白を証すのが美談として語られがちなのである。しかし、仮に身の潔白が証せたとしても、死んでしまっては何もならない。それで潔白を証せると思うのは幻想に過ぎないと思う。生命体としての活動の自然終息まで生を永らえることこそが潔しとすべきなのであって、自分の意思で始めたのではない生を自ら絶つのは、その生を授けた意思をそう呼んでよければ、神への冒瀆といってしかるべきだろう。

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横道に逸れてしまったけれど、ブログの話に戻すと、日頃楽しみにしていたブログが、ある日から突然更新が止まってしまう例にいくつか遭遇している。
もちろん、異常に気付くのは、ある程度日にちが経ってからである。突然それがわかる訣ではない。毎日更新のあったものであっても、それを異常として認識するのは、暫く更新がない状態が続いてからである。
ましてぼくのように月数回程度の更新しかないブログだったら、初めはこのところ忙しいのかなあ、程度で済ませてしまうことになる。それがひと月続き、ふた月続きするうちに、これはおかしい、となって、ああ、あの時が最後だったのだと気付くのである。
ただそれでも、もしや、という気持ちがどこかにあって、ふっとまた更新するのではないかという淡い期待は残り続ける。要するにあとはこちらがどこで気持ちの区切りを付けるか、それだけのことなのである。ご本人が終わりを宣言しない限り、終わりかどうかは結局読者の気持ちに委ねられているのであって、どうも終わっているらしいということはわかっても、終わっていると断言することはできない。考えてみればこれは不思議なことである。

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そんなブログの1つは、このねずみのたわごとに初めてコメントをくださった方のもの。日常の何気ない事象を取り上げた記事が中心だが、その独特の感性が新鮮で学ぶことが多かった。しかもこの方のブログのデザインは左右反転しているだけでデザインがぼくと全く同じ。ぼく自身まだブログを始めてまもなくであったから、最初訪問したときは一瞬どこにいるのかとまどってしまったほどだった。この方の場合は、ぼくよりひと月と少し早い2011年3月15日に始め、ほとんど毎日記事の更新を続けていられた。ところがその年の11月下旬になって更新が滞るようになって、12月13日のこの月2回めの更新を最後に、その後もう6年もの間更新がない。ぼくもそうだが、3.11の経験が大きな契機になっているのかも知れない。
2つめは、わが家と同じジャックラッセルテリアと一緒に生活していられる方のブログ。2014年6月から始まって、月数回のペースで更新があったが、2015年の後半頃から更新が疎らになって、2016年8月の更新を最後にもう1年以上も更新がない。同じ犬種ということもあって楽しませていただいていたものだから、これだけ長くあのワンコに会えなくなった状態が続くと、他人事とも思えないのである。元気でいてくれさえすればいいのだけれど、病気がちなのではないかとか、一緒に暮らせなくなったのではないかとか、そんなことはないとは思うけれども可愛がってもらえなくなってしまったのではないかとか、いろいろと心配になってしまう。
3つめは、これまた偶然見つけたブログで、あるキャラクターによるお気に入りの甘いものの紹介をベースにしたブログ。そのまったりとした雰囲気が最高だった。おやつに出されたものから、近所で見つけたもの、あるいは出張先で手に入れたご当地ものまで、さまざまなスイーツを紹介してくださって、ほんのりと癒やされるブログだった。2015年9月から始まり、ほぼ毎日の更新があったが、今年3月後半に更新に間が開くようなって、4月後半の2回を最後にもう8ヵ月近く更新がない。時期的に見て、転勤などで忙しくなられたというような事情があるのかとは臆測するけれど、毎日の更新のあったものが、突然途切れてしまうのは、なんとも寂しい。
余談というのは相応しくないかも知れないが、物事の終わりという今日の主題がらみでいうと、フェイスブックにもう亡くなった方のアカウントがずっと紹介され続けているのを見るのもなんともやるせない。しかし、待てよ。ブログの記事がずっと残っているのと同じで、いつでもお会いしに行けるというのは、ある意味幸せなことなのではないか、そんな気持ちに傾かないでもない。中断したブログの記事は、いつもで閲覧可能なのだろうか?

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ぼく自身これだけ更新を重ねてくると、さてこの先どうするのかということが気にならなくもない。初めのうちはそれこそ気の向くまま書いて来たので、更新頻度など全く気にかけなかったけれど、ここ数年はやはり出来るだけ一定のペースを保つよう、毎月の更新頻度を気にするようになってきている。
書くために無理に時間を割いているという意識は全くないから、自然にペース配分できているわけだが、それでも時として気が付いたら随分更新が空いてしまっていたということが起きる。それを放っておくとなし崩し的に書けなくなってしまうと思うので、そういうときにはひと踏ん張りして書くことを捻り出す場合がある。今回の記事はまさにそれであろうか。
それだけのことである。ただ、自分のこととして考えた場合、もう書かないと宣言することはなかなか出来ないかも知れない。いつかまた書きたくなったとき、人知れず再開できるようにはしておきたいという気持ちはある訣である。
ほとんど自己満足で書いているような記事ばかりであるけれど、まだ終わりにするつもりはないので、もしもそんなものでも楽しみにしてくださっている方がいられるなら、どうかご安心ください。
ラベル:日常
posted by あきちゃん at 12:32| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

バッハのCDをいただく─マリアの浄めの祝日のカンタータBWV82の聴き比べ(その3)

畏友TさんからCDをいただいた。その場でゆっくり中味を確かめる余裕がなかったこともあって気付かなかったのだが、以前聴き比べもやったことのある(その1その2)お気に入りの一曲BWV82を含むCDだった。シギスヴァルト・クイケン指揮、ラプティットバンドのBWV82・49・58の3曲を収めたバッハのカンタータ集(しかも、ブックレットには、そこにチェロ奏者として参加していた鈴木秀美さんのサイン入り!)である。
同業者にクラシック愛好家が結構いるらしいというのは聞いていたけれど、Tさんがそうだと知ったのはまだほんの数年前のことだ。30年来の付き合いだというのに、本当に迂闊なことだ。きっかけはどうもぼくが年賀状に最近バッハとモーツァルトしか聴かなくなったということをチラッと書いたのを目に止めてくださって、ある集まりのあとで問いかけてくださったのに始まるらしい。
その前にモーツァルトのピアノ・コンチェルトを讃える話を書いたことも覚えてくださっていて、今春お会いしたときにもK.175のニ長調コンチェルトのCDをいただいていたのである。スホーンデルヴォルトというなかなか名まえを覚えられない、また覚えても舌を噛みそうになる人の弾くもので、これがまあ想像を絶する面白さ! 才気煥発と言おうか、やりたい放題と言おうか、グルダの演奏のさらに遙か上を行く楽しい演奏だった。こういう方向は賛否両論あるに違いないけれども、ぼく自身は素直に、ああいいな、と思えたのである。そしてそんな演奏を教えてくださったTさんとのご縁を思ったのだった。

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そして、今回のバッハである。古楽器演奏の旗手シギスヴァルト・クイケンの名まえは昔から知っていたけれども、その演奏に触れたことはほとんどなかった。唯一レオンハルトと競演したバッハのヴァイオリン・ソナタを聴いたことがある程度でしかなかった。ただ、CDのジャケットなどに見るその容貌はたいへん個性的で、一種魁偉とさえいえるこの人はいったいどういう演奏をするのだろうかと、興味は湧いていたのだった。
そうはいっても敢えてCDを選んで、というところまではゆかずにいたところへ、思いがけず今回のTさんからのご厚意に与ることになった訣である。
早速一聴させていただき、その美しさに魅了されてしまった。録音は1993年であるから随分前ではあるが、その響きの豊かなことといったらない。そして何よりもその演奏は奇を衒ったところの全くない、素直でストレートな演奏で、かつ型にはまった教科書的な演奏というのとも違う、生き生きとしたバッハという印象を受けた。容貌だけで何か特別な演奏する人かも知れない、という期待、というか心配は、いい意味で見事に裏切られたのである。
そんな訣で、以前の例に倣って、聴き比べの簡単なメモを書いてみたので、ここに書き止めておくこととする。

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10、クイケン(B:メルテンス) 7:44,1:25,9:36,0:52,3:46
オーボエは録音のせいか結構目立つが、しっとりと溶け込んでうるさくない。バスとの対話が美しい。率直な悲しみといおうか、速くはないが、適度なテンポ感があって、ものすごく自然に流れる演奏。
レチタティーヴォは感情的にならず、かといって淡々とし過ぎず、ゆったりとしっとりと歌う。やはり流れの美しい演奏だ。
アリアもやはり流れの良いテンポ感の演奏。粘らないがあっさりではなく、バランスの良い推進力が素晴らしい。率直だがでしゃばらないバスは本当にうまい。
レチタティーヴォでもバスの独壇場。かなり目立つのだが、全くうるさくない。分離がいいのだが、調和している。
アリアは、テンポ感のいい舞曲。しかし、走り出しそうで走らず、確かめるように刻んでいく演奏。
全体に各楽器がよく聞こえ、かつ調和している。またその中で印象的なのが弦の雄弁な美しさ!比較的古い演奏だが、録音の良さも光る。
【流麗】
posted by あきちゃん at 02:22| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする