2017年03月12日

音楽を聴くこと─マーラーの9番を耳にして─

付けっぱなしのテレビから、突然聞き覚えのある懐かしいメロディーが流れてきた。それはマーラーの9番の最終楽章で、画面にはトブラッハの駅舎が映し出されている。今はイタリアに属する南チロルの田舎町で、「ドッビアーコ」とイタリア語で表記されてらしい。映像は、アルプスの麓の伸びやかな風景、そしてマーラーの作曲小屋へと続く。
9番の最終楽章は、諦観の色濃い音楽で、最後は、死するが如く、という演奏註記が付けられ、静かに幕を閉じる。見るともなく見、聴くともなく聴いていたその放送に、ぼくは釘付けになってしまった。戦慄をさえ覚えたのだった。

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マーラーの9番。もう何年聴いていなかっただろう。初めはブルーノ・ヴァルター晩年のステレオ版で聴き、その後、同じヴァルターがヴィーン・フィルを振った1938年の歴史的なライヴ版を愛聴した。バーンスタインが来日して振った生演奏を経験することができたのも、逆説的ではあるけれど、今となっては幸福な思い出である。
マーラーのシンフォニーは、どれもそうしょっちゅう聴ける曲ではない。ことに9番はその中でも特別の曲といってよいだろう。ベートーヴェンやシューベルト、それにブルックナーも9番が最後のシンフォニーになったため、実際には独唱付きのシンフォニーであるのに、あえてシンフォニーの名を与えなかったという「大地の歌」に次ぐ曲である。それにもかかわらず、続く10番が未完に終わり、結果的にマーラー最後のシンフォニーになってしまったという曰くが付く。
とかく分裂的で感情過多のマーラーのシンフォニーも、7番の最終楽章の狂喜乱舞を最後に、8番の千人の交響曲と、大地の歌のアルトの歌う楽章、ことに最終楽章の沈潜を経て、9番はある意味突き抜けた、単純化された(ように見える)表現に到達する。神々しいとさえいえる音楽だと思う。まずは最初のアダージョで心情が吐露され、中間部のレントラーとロンド・ブルレスケでそれまでの動的な面が回顧・集約され、そのあと再び奏されるのが最後の死するが如くのアダージョである。
若い頃には第4楽章を聴いても、それほどのシンパシーは抱かなかった。ところがどうだろう。テレビから聞こえてきたメロディーの、何と懐かしさに溢れていることか! 若杉弘さんが指揮する大地の歌を聴き、惜別の第6楽章が、けっして人生への別れを歌った諦めの音楽ではなく、良きにつけ悪しきにつけ、人生を肯定する音楽であることを確信したことがあった(この時のことは、簡単に書いたことがある)が、この9番の最終楽章も、むしろ過ぎ去ろうとする人生への飽くなき憧れを歌っていることを、この何気なく流れ出たメロディーに感じたのだった。
第3交響曲の最終楽章をぼくは殊の外愛するが、あの憧れに満ちたいつまでも浸っていたいと思わせる一筆書きのような音楽から、さらに贅肉をそぎ落とし尽くしたギリギリの表現を、流れてきた9番の最終楽章に感じたである。マーラーの音楽がこんな曲だったとは! まさに一撃を食らう思いがした。誰の演奏だかもわからないし、短くアレンジして編曲したもので、その演奏というよりも、9番という曲自体に共感したといった方が的確かも知れない。
若い頃は、バーンスタインの粘っこい表現が好きだったが、最近は年のせいか粘らず淡々と進んでいく演奏に魅かれることが多くなった。第3についていえば、ガリー・ベルティーニがN響を振るのを昔聴いたことがあった。比較的速いテンポで淡々と進むものすごく清潔で、ある意味淡泊でもある演奏という印象が残っている。バーンスタインを規範としてマーラーに親しんでいた当時のぼくにとって、そんなベルティーニの演奏は違和感を抱かずにはいられないものだった。特に、期待していた最終楽章は、粘らずに清潔に歌い上げていくものであったから、感動的な演奏ではあったが、曲にどっぷりと浸るということができずに終わってしまったのである。今にして思えば勿体ないことをしたものと思う。ぼくもまだまだ若かったとしか言いようがない。あの演奏を今もう一度聴いてみたいと真底思う。

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以前、「音楽とのめぐりあい」として少し書いたことがあるけれど、曲に対する固定観念が、若い頃どうしてあれほどきつかったのか。最初に聴いた演奏でその曲に対する標準的な見方が決まってしまい、それ以外の演奏を受け付けなくなってしまうというのは、何と融通の利かぬ狭い料簡だろう。第一印象が全て、という訣だった。
例えば、モーツァルトでは、40番と41番は最初に聴いたのがブルーノ・ヴァルターだったが、リンツとプラーハはカール・ベームだった。それで、ヴァルターのリンツとプラハにはなかなか馴染めなかった。それにヴァルター盤のプラーハには、第1楽章の序奏の最初の和音と次の和音の間に、あろうことか盤面の傷があって、聴く気をそがれてしまうというおまけまで付いた。
演奏の違いへの拒否感は、同じ指揮者の演奏でもそうだった。レコードと生演奏で異なるテンポ、解釈で演奏することがあるなど、思いも寄らなかったのである。それはヴォルフガング・サヴァリッシュのシューマンの4番の体験である。
N響の定期会員になってまもなくのこと、4月の定期の演目にシューマンの4番が上がっていて、それまで聴いたことのなかったこの曲を、サヴァリッシュがドレスデン国立管弦楽団を振った1番とカップリングされた、当時まだ発売されて間もなかったと思うレコードを買って聴き込み、定期演奏会に備えたのである。このレコードは今でも名演として名高く、全集をCDで入手でき(輸入盤でなんと当時のLPのレギュラー版1枚分にも満たない値で買える!)、ことに4番は名演だと思う。ルカ教会での録音の深々とした広がりをもった響きが印象的で、この曲を聴くと北八ヶ岳の苔に覆われた倒木を伝い歩く森がいつも脳裏に浮かぶ。
サヴァリッシュという指揮者は、あとからわかったことだが、理知的な風貌に反して、といっては失礼かも知れないけれど、実演になると実に素晴らしく燃える人である。指揮姿もけっしてスマートではなく、垢抜けない。両足をやや開き気味にドッシリと構えて指揮台に立ち、なりふり構わず、という感じの躍動的な指揮をする。演奏もレコードで聴くある意味整ったスマートな演奏とは似ても似つかぬ、ダイナミックな表現をとることがある。
思えばこの時のシューマンの4番の実演がまさにそれで、速いテンポで颯爽と駈け抜けるレコードで聴き慣れた表現とは違い、分厚くどこかゴツゴツとした重厚な演奏だったと記憶している。頭に刻み込んで臨んだレコードの演奏とはまるで異なるその実演の手触りに、ぼくは正直言って失望したのだった。考えてみれば当たり前のことではある。所詮レコードはレコードなのである。レコードと同じ演奏しかできない指揮者は逆に信用できない。その意味でこの時のサヴァリッシュのシューマンの4番は、きっとまさに一期一会の演奏だったのだろうが、それを受け止めるだけの素地がぼくにはなかったのである。

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そもそも同じ演奏を何度も繰り返し聴くというのが、音楽の本質とは懸け離れた営為なのかも知れない。一度限りのものと自覚して音に耳を傾け、演奏者とともに作り上げる意識が、音楽を聴く─体験する─ためには必要なのではないか。もちろん真に優れた演奏は、そうした聴き手の営為を自然に導いてくれるものなのだとは思うけれど、聴き手の側もそれを意識した、そうした演奏者との共同作業こそが、音楽を聴くことの本質なのではないかと感じるのである。
それにしても、何気なく耳に飛び込んできたマーラーの9番の演奏に戦慄を覚えたのは、得難い体験だった。聴こうと思ってCDに耳を傾けても、またコンサートに臨んでも、こうした経験は必ずしも得られるとは限らない。音楽を聴くということは、真実に不思議な営みである。

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3.11から丸6年が経過した。被災された方々や被災地の様子を見るにつけ、あの経験からこの国はいったい何を学んだのか、復興に向かう僅かの面だけを見せられて安堵しているに過ぎないのではないかという危惧を抱かずにはいられない。開けてしまったパンドラの箱の中味をそれまで知らずにきたものが、フタを開けた意味を考える機会を3.11によって与えられたにもかかわらず、それでもなおその意味を理解しようとしない、あるいはその理解を敢えて理解しなかったことにしようとする、目先の便益にのみ目を奪われた今の日本の姿には、背筋が寒くなる思いがする。
ブログを始めた頃にも書いたことだが、今の営為が将来を編み出すひと針ひと針になっていることを充分知った上で、信じて生きるのが、今の自分にできる最善のことだと思うしかない。日々の営為に負われるばかりで、6年の間にぼくの得たことはまことに乏しいけれど、振り返り振り返りしながらでも、前を見据えて生きていけたらと思っている。
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2017年03月01日

マリアの浄めの祝日のカンタータBWV82の聴き比べ(つづき)

その1よりつづく)
4、ヘレヴェッヘ(B:コーイ) 7:26,1:02,9:39,0;43,3:43
テンポは早くも遅くもない。オーボエは目立たないが雄弁で、音楽の起伏が大きく、劇的な印象が強い。同じオーボエでもこんなに違うものか。大きくうねりながら、しかしスムーズに音楽は流れてゆく。
レチタティーヴォも雄弁だが早い。
アリアは始まりの和音の扱いが独特で全然違う始まりに聞こえる。弦の響きも独特。弦の高い方に移った時にも同じフレーズの扱い方は似ている。オルガンが聞こえるのも独特で、曲に厚みを加えている。中間部はバスがオルガンの伴奏でテンポを上げながら曲を盛り上げてゆくのはリリングに近い。録音のせいか、バスがかなり目立つ。また、かなり早い印象を受けるが、テンポの変化がかなりあって、オペラのような感じでもある。時折挟まれる間にハッとさせられる。最後は意外とあっさりレチタティーヴォに受け継がれていく。
終曲は、適度のテンポ感のある舞曲。弦の厚みを感じる。オーボエが意外なところで聞こえて来る。ここでもオルガンと低弦が効いている。ただ、何か起きるかもという期待感とは裏腹に、何も起きずに素直に終わるのはやや意外。
【典雅】

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5、ガーディナー(B:ハーヴェイ) 6:56,1:06,11:11,0:44,3:40
この演奏は、一番初めに聴いた演奏のはずなのだが、その最もニュートラルな状態で聴けた時と違い、こんな演奏だったのかと(けっして悪い意味ではなく)、感慨深いものがある。
第1曲は、弦の漣に乗ってサラサラと始まる。オーボエがの音質が至って控えめ。これならオーボエのオブリガードを全然意識しなかったとしても無理はない。ただ、抑えた印象は全くなく、優しいというのとも違う、高ぶらずに淡々と進めてゆくが、冷めているのとも違う。適度のテンポ感があって、秘めた熱いものを感じさせる。曲が進むにつれて、音量はさほどでもないのに、オーボエの存在感が高まってゆく。そしてオーボエとバスが抑えた弦(弦が抑え気味なのは全体の特徴である)に乗って絡みながら、ややテンポを上げ、次第に高揚してゆく。この高揚は抑えられたものであるだけに、ただならぬ緊張感をはらんでいる。そしてこの緊張感を維持したまま、グッと抑えてダカーポで戻り、曲は静かに閉じられるのである。
長調に転ずるレチタティーヴォに一瞬はっとする。抑えた気分はそのまま静かに第3曲のアリアへ。アリアは弱音器をつけたような弦の静かな伴奏に導かれて始まる。転調したバスの独白部分も、静かにゆったりと、高揚を包み込むように、歌われてゆく。チェンバロがどこか遠くでリズムを刻む。オルガンも鳴っている。ダカーポ直前の再度の独白部分で弦が高まるが、それも一瞬。静かなアリアが帰ってくる。バスの徹底して溶け込んだ表現が奥床しい。
同じ気分のレチタティーヴォに続く終曲は一転音量を上げて駈けぬける。でも、響きは至って透明、オーボエのアクセントが美しい。今までのもの静かな表現が生きるが、ガーディナーの表現ってこんなに透明なものだったかなぁと、深い感銘を受けた。なかなか一筋縄ではいかない。
【静謐】

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6、ビオンディ(T:ボストリッジ) 7:41,0:55,10:07,0:45,3:34
ソプラノ版をテノールで歌う珍しい演奏。ボストリッジの歌声は真面目で美しいが、やや説明的な気がしないでもない。自然な感情の吐露ではなく、理性で抑制された考えられたものを感じでしまう。アリアはリズムをはっきりと刻む優しい響きの弦に乗ってフルートが導かれる。短調だが音色は比較的明るい。テノールの明晰な歌に出だしからはっとさせられる。一音一音確かめるような楷書風の歌が美しい。第3曲のアリアは適度に速く軽やかに歌われる。弦の所々メリハリの付いた明るく優しい伴奏が美しくまた楽しい。2:15付近で最初のメロディーが戻ってくるところで駈け上がる上行音型には、思わず微笑んでしまい、懐かしさでいっぱいになる。テノールの独白部分は、普通は弦はお休みなのだが、この演奏では、背後で楽しそうにいろんな楽器が合いの手を加えている。ところで、テノールと弦の後ろで、ポロンポロンと奏でている楽器はなんだろう? オルガンではないし、やはり弦だろうか。それにしても、全く構えたところのない、アットホームな、懐かしくて優しい演奏だ。こんな演奏もありうるのだ。レチタティーヴォに続き、チェンバロを交えた舞曲へ。チェンバロと低弦が雄弁で、いかにもバロックという小気味好さで、フルートも活躍し、各楽器の活躍がよくわかる明るく楽しい舞曲となる。
【清楚】

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7、クスマウル(B:クヴァストホフ) 6:48,1:16,9:07,0:49,3:19
静かに優しく始まる。ちょっと寂しさも漂わせて。オーボエも控えめである。クヴァストホフの歌が始まると、音楽はさらにしっとりと優しく流れる。透明な音たちといったらよいだろうか。透き通った清潔でサラサラと流れる谷川の水のようだ。キラキラと川面がきらめいている。テンポは早いのだが、けっして急いでいる感じがない。透き通って水底まで見渡せるからか。
レチタティーヴォもきわめて優しく心を込めて歌われる。
アリアは、それまで閉じていた蕾が開いた感じで、テンポを上げて始まり、静かにだが高揚してゆく。けして大きくない音を絞って、優しく語りかける歌と弦の協奏の美しさ!
その静かさを打ち破るレチタティーヴォを挟んで終曲へ。
透明な乱舞と言おうか、早いのだが、他の演奏では聞こえて来なかった音が溢れ出てくる。こんな演奏もあるのだ。クヴァストホフの個性なのか、指揮者の個性なのか。それにしても、気軽に聞き流せる音楽ではない。
【明澄】

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8、鈴木(B:コーイ) 6:55,1:08,9:55,0:51,3:40
最初のアリアは、テンポは中庸だが、時折噛みしめるように音を確かめるようなところがあり、ゆったり感がある。オーボエは雄弁なのだがきわめて物静か。音質のせいか。同じオーボエでもこんなに違うものかとここでも思う。
抑えめのレチタティーヴォからアリアへ。アリアが出だしから聞き慣れない木管の音がする。バスを導くのは弦だったはず。それなのにこの伴奏、これはいったい何だろうか。オーボエのようだが、もっと低く、音がまるい。サキソフォンのような感じだがもっとしっとりとしている。これがバスに寄り添って進む。バスは控えめだが、中間部の転調したところでは、バスがテンポを上げて独白を始める。始めのメロディーが戻ると。再びバスは抑えた歌に戻る。天上の楽園の散歩を楽しんでいるような、ふんわりと柔らかいニュアンスに包まれている。
再び物静かレチタティーヴォから、弦がはじける感じに飛び出して終曲へ。リズミカルな感じが強い舞曲。ソプラノ版と早いのは一緒だが、やや印象が異なる。
【優雅】

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9、鈴木(S:サンプソン) 6:39,1:06,9:31,0:48,3:30
フルートのくぐもった響きが印象的。ソプラノの清潔な高音との対比が印象的。早めのテンポとともに劇的な緊張感をはらんだ表現だと思う。オーボエよりも、フルートの方が曲としての一体感が強いように思う。
レチタティーヴォの語りかけも美しく、アリアに自然につながってゆく。アリアの伴奏にはフルートが加わっているようだ。早めのテンポでかつ適度のリズム感のあるきわめて美しい。一瞬の間のハッとする緊張感! 転調部もテンポをそれほど変えずに語りかけるように歌われていく。最初にこの演奏を聴いたとき、バスで歌われるアリアに暫くは馴染めなくなってしまって困った。
終曲はテンポが速く、リズムよりは曲の流れが重視され、小気味好く歌われて、結末に向けて突き進んでいく。
【端正】

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おまけ1 シュレーダー(S:ヌリア・リアル)
ヌリア・リアルのバッハのアリア集に収められた演奏で、第2曲のレチタティーヴォと第3曲のアリアが収められている。合わせて10:20は、クヴァストホフよりも僅かだがさらに速く、リアルののびやかな歌声によってさらに生き生きと美しい音楽になっている。独白部分からはさらに加速し、興趣が深まってゆく。伴奏に時折現れる上行音型が懐かしく、最後は伴奏がずっと付き添って華麗に駈けぬけてゆく。ため息が出る美しさ!
おまけ2 スタッブズ=トランジコメディア(T:ポッター)
第3曲のアリアは、セバスチャン・バッハのお気に入りでもあって、第2曲のレチタティーヴォとともに、アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳にも収められている。トランジコメディアの演奏によるCDでも最後にこの2曲が録音されている。演奏時間は7:51だが、テノールを伴わない前奏部分などが省かれているので、実際にはずいぶんゆったりとしたテンポで奏でられている。楽器編成を見ると、リュートやヴィオラ・ダ・ガンバが用いられていて、鄙びた印象を受ける。ヴェルナーよりは遅く、マリナーよりは速いと思う。ちょうどガーディナーくらいのテンポ感だが、朴訥で飾らない演奏で、遅いという印象はもたない。このCDをの締め括る文句なく楽しい秀逸な演奏である。
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2017年02月26日

東吉野村のコサグラとコウベエ矢塚に登る

東吉野村のコサグラとコウベエ矢塚を訪れた。大台ヶ原から池木屋山を経て、高見山まで蜿蜒と続く台高の奥深き峰々の稜線にある伊勢辻山から西に、四郷川の北側を扼して派生する尾根上にある二つのピークである。台高の稜線に近いのがコウベエ矢塚(1,094.7m)、西にあるのがコサグラ(948.5m)。
こんがらかりそうで一度では覚えきれない、しかもともに謂われのありそうな山名だが、コウベエ矢塚は紅梅矢塚と書いた山名板が山頂にあった。コウバイがベランメエ調になって、コウベエ? これもなんだか宛字っぽい。矢塚もよくわからない。そもそも「矢」はどちらに付くのだろうか……。矢塚という熟語だとしたら、矢を埋めたといった武将に関わる伝承でもあったのだろうか。
コサグラは初めコザクラかと思った。でもそうではなくて、台高でクラといったら、大蛇嵓などの嵓(くら)を思い出す。嵓は岩のことだそうである。確かに、コサグラに登る植林帯の間にも、ところどころ岩が露出しているところがあり、あまり見かけないやや腐蝕気味の剥がれる感じに積み重なった岩が印象に残っている。ただ、この尾根は相対的に稜線が広く平らで、険しい岩の感じは皆無である。
地名の由来はいろいろだろうが、地元で呼び慣わされてきたものの中には、音でのみ伝わってきて文字で表記される機会の少なかったものもあって、前回登ったアンショウ山などもその手の銘名なのだろう。音は変化しやすいから、いつのまにか本来の謂われが忘れられてしまうことも起き得る。いろいろに想像してみるのも楽しい。

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さて、起点は大又林道に続く道にある、やはた温泉の少し手前にある大豆生(まめお)という珍しい名の集落である。「大豆生」という文字面で思い出したのは「大豆生田(おおまみゅうだ)」という珍しい苗字だが、「大豆」=まめ、なのだから、「大豆生」を「まめお」と読むのは、さほど驚くにはあたらないのかも知れない。でも、何か関係はあるのだろうか。
いきなりの脱線で恐縮だが、この大豆生の集落の民家の間から急傾斜の登りが始まる。登山者はあまりいないようで、専ら林業関係の方々の用に供されている道らしく、ずっとスギの植林帯が続く。倒木が結構あり、下枝もかなり落ちていてあまり歩きよくはないし、ところどころブッシュもある。傾斜が比較的リーズナブルなのはせめてもの救いである。
もちろん展望はない。しかし、1時間ほど登って350mほど標高をかせいだ730m付近の地点で、東側の展望が大きく開けるところがあり、それまでの登りの労苦は一気に吹っ飛んだ。今まで登ってきた道は初春の雰囲気を漂わせているのだが、そこから望めたのは、国見山から明神平へと続く台高の秀峰群の、雪を頂く神々しいばかりの姿だった。主脈からは外れるが、一番右手には薊岳がドッシリと大きい。あれだけ白く見えるのだから、相当量の雪が積もっているだろう。そして、山が白く光っているように見えるのは、きっと木々にキラキラと輝く霧氷が付いているからに違いない。
国見岳・明神平・薊岳.JPG
〔国見岳(画面左寄りの雲を頂くピーク)・明神平(中央やや右のたわみ。小屋が見える)・薊岳(画面右の山塊)〕
この展望に力をもらい、ここからさらに植林帯をひと登りすれば、あまりはっきりしないだだっ広い稜線に出る。そして左へ歩きにくい植林帯を少し辿れば、コサグラに登り着く。山頂は全く展望がないが、途中小広く切り払われたところがあって、南側の展望が開け、山頂を極めてからここで昼食。薊岳から東は遮られて見えないが、ちょうどその西側から流れ出る麦谷川を真っ直ぐに望める場所で、麦谷集落も指呼の間にある。
あの稜線を越えれば川上村だと教わった。大宇陀経由でここまでやって来たから、川上村の吉野川沿いとはイメージが全然つながらなかったのだが、考えてみれば台高山脈はその源流である大台ヶ原から連なってきているのである。土地勘はやはり地図を見ているだけでは養われようもないのだ。一箇所だけだが、その稜線越しに、大台の中心部と覚しき真っ白な山容を望める地点もあった。また、北東に高見山の尖峰を望める箇所もあった。
コサグラ山頂手前からの高見山.jpg
〔コサグラ山頂手前からの高見山〕

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コサグラの山頂直下まで、林道というか、作業用の道が作られていて、降りはこちらを辿る。稜線上はもしかしたらずっと林道歩きかと覚悟したが、林道は概ね稜線を外れた北側に設けられているようで、たまに林道を辿る部分もあったが、ほぼ山道を辿ることができた。道はあるようでないようだが、傾斜もほとんどなく、平地を行くような感じで植林帯を歩く。963m峰を越えて少し行った、帰路の降り道があるあたりで、右下(南側)に林道が見え始める。そこへ降りる道が見当たらない。どうもこのあたりは林道工事で大きく変化しているらしいとのこと、まあ帰りのことは帰りにと、コウベエ矢塚に向かう。
時折明るくなってきているのと、足下に散り敷く落葉で気付くのだが、右手を中心に優しい自然林が残っていた。左手はほぼスギの植林帯だが、葉を落とした広葉樹の林にはやはり癒やされる。今日はもうずっと植林帯かと半ば諦めていただけに、自然林との邂逅は大袈裟だが感動的でさえあった。
コウベエ矢塚山頂直下の自然林.jpg
〔コウベエ矢塚山頂直下の自然林〕
稜線の北側に林道が寄り添う形で伸びてきているが、あるかなきかの道をともかく高い方へ高い方へと辿る。徐々に雪が顔を出し、時折サクサクと雪の感触を楽しみながら最後の急傾斜を登り切ると、コウベエ矢塚に着く。同じ展望がないのでも、自然林に囲まれた山頂はやはりひと味もふた味も違う。見上げれば、松の枝間を埋める青空が美しい。足下は2、3㎝ばかりの積雪。三角点や木杭の回りだけ、丸く雪が消えている。

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コウベエ矢塚からの帰路は、障害物競走のような稜線歩きに疲れたこともあって、いったいこの道は何のために付けているだろうと訝りながら、北側の林道を辿る。途中、置き去りにされている(単に今日が休みというだけかもしれないが)重機にも出会った。林道は稜線から北へも下って行っているが、これは方向が違うので、稜線を南に乗り越し、往きに南側に見かけた林道に降りる。
ここからは林道を串刺しにする山道を期待していたのだが、この林道自体が山道を拡幅して設けられているようで、ほぼ地図上にある点線通りの位置の林道を辿り(取り付き部分だけは、人家との関係からか、少しルートが変えられている)、大豆生の集落に戻った。
正直言って、この最後の林道歩きだけはあまりいただけない。もっとも、思っていたよりも手強かった稜線歩きのあとでもあるから、時間的・体力的には助かった面も大きい。
途中、奈良女子大学共生科学センターの看板が何ヵ所かにあり、帰ってから調べてみたら、東吉野村の旧四郷小学校(丹生川上神社のそばらしい)に分室を置いて活動しているとのこと。夏休みには小中学生対象の体験学習も実施しているらしい。
やはた温泉で疲れを癒やし、橿原神宮前に戻ったのは18時半過ぎ。思いの外早い到着で、もちろん最近の道路事情の改善によるところが多いのだが、東吉野村が意外に近いのにも驚いたことであった。
タグ: 奈良 季節
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2017年02月25日

マリアの浄めの祝日のカンタータBWV82の聴き比べ(その1)


ついこの間年が明けたばかりと思っていたのに、もう2月も終わりに近づいている。ただでさえ逃げ足の速い月である。この分では年度末もバタバタと過ぎていきそうである。やるべき事に追いまくられて気が付いたらいつの間にか年度明け、という事態が見えるから怖ろしい。時間の進行も伸び縮みするのではないかと、本気で疑いたくなるほどの時の進行の速さ。全てはこちらの構え方次第、泰然としていればよいのだと思うのだけれど、そんなこちらを嘲るかのように、時は猛スピードで駈け抜けてゆく。ああ、もう何とかならないものだろうか……。
気を紛らわせてくれるものといえば、本と音楽。活字も音もこちらからの働きかけがなければ本当の感動は与えてくれないけれど、その働きかけを導いてくれるものをどちらももっている。本を開く、あるいはイヤホンを耳にセットする、そのほんの少しの手間をかけさえすれば、活字も音も自然に流れ込んで来て、こちらの頑なな心をすぐにかどうかはわからないが、少なくとも溶ける可能性を生み出してくれる。
その望みに賭けて、活字と音との間を行ったり来たりする。そうするうちに、たとえ目的の活字や音に出会えなかったとしても、それを探し求めたこと自体が、心に一定の平安が与えられる。問題はそのほんのちょっとの手間暇をかける気力がなくなったときだが、幸いそこまで追い詰められる前に、活字と音への逃避行(そうは思いたくないが、実際それ以外の何物でもないのだ)を実行できて来られたので、今こうしてある訣でもある。

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教会暦に沿って作られたバッハのカンタータを聴いてゆくことは、季節の移ろいを身をもって体感することでもある。時の経過に身体がついていけなくなるような時には、カンタータにも置いてけぼりを喰らっているような気分を味わわないでもないが、そこはある意味割り切って聴くことで、自身の立ち位置(時間的座標)を確認するための指標として、かけがえのない存在となっている。
聴けば聴くだけ発見がある。特にこの季節のカンタータは復活節の高みに向けて、ノラさんがブログ「♪バッハ・カンタータ日記 ~カンタータのある生活~」で述べていられるように、一歩一歩高みに向かって上昇して行く。独立した秀峰の向こうに、さらなる壮麗な高まりが聳えているのを目の当たりにする、それの繰り返しが続く。
2月2日のマリアの浄めの祝日のカンタータBWV82は、そんな秀峰の一つである。第3曲にアンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳にも収められている著名なメロディーのバスのアリアをもつ1727年作曲のカンタータで、第1曲の深沈たる趣の短調のアリアと、レチタティーヴォに導かれたこの第3曲の心を洗われるような長調のアリアとの対比がたいへんに美しい。これをさらにレチタティーヴォに導かれた短調のアリアが締め括る。全部で5曲しかないが、簡潔に書かれた何とも贅沢なカンタータである。
昨年気付いたのだが、このカンタータには元々のバス用のヴァージョンと、ソプラノ用に編曲されたヴァージョンとがある。というのも、鈴木雅明さんの全集に、両方が収録されていたからである。第38集に収める通常のバス・ヴァージョンとは別に、第41集でソプラノ・ヴァージョンを聴くことができる。随分違う印象だと思っていたのだが、今年よくよく聴き比べてみて、その疑問が氷解した。1727年の本来のバス・ヴァージョンがハ短調であるのに対し、1731年の作られたソプラノ・ヴァージョンはホ短調に移調してあり、しかもオブリガート楽器がオーボエからフルートに書き直されているのである。
ソプラノ・ヴァージョンの存在が気になっていたのは、その美しさに抗しがたいものがあったからである。鈴木雅明・BCJの全集の第41集でソプラノを歌っているのは、キャロリン・サンプソンという人で、特に第3曲は絶品である。これを聴いてしまうと、昨年はバス・ヴァージョンが耳に馴染まなくなってしまったのだった。
迂闊なことに、両ヴァージョンでオブリガートが異なることに気付いたのは今年その気で聴き比べてからのことで、マリナーの名盤で聴き、第1曲でいやにオーボエが目立つなあと思ったのがきっかけだった。実は自分で調べてみて驚いたのだが、ぼく自身9種類ものBWV82のCDを持っていた。指揮者・独唱者、録音年、そして各曲の演奏時間を順に列記する。
 1、マリナー(B:カーク)1964
   9:43, 1:28, 11:13, 0:59, 4:16─27:39
 2、ヴェルナー(B:マクダニエル)1964
   7:53, 1:32, 9:59, 1:01, 4:25─24:50
 3、リリング(B:フィッシャー・ディースカウ)1983
   7:39, 1:35, 9:18, 0:54, 3:56─23:22
 4、ヘレヴェッヘ(B:コーイ)1991
   7:26, 1:02, 9:39, 0;43, 3:43─22:33
 5、ガーディナー(B:ハーヴェイ)2000
   6:56, 1:06, 11:11, 0:44, 3:40─23:37
 6、ビオンディ(T:ボストリッジ)2000
   7:41, 0:55, 10:07, 0:45, 3:34─23:02
 7、クスマウル(B:クヴァストホフ)2004
   6:48, 1:16, 9:07, 0:49, 3:19─21:19
 8、鈴木(B:コーイ)2006
   6:55, 1:08, 9:55, 0:51, 3:40─22:29
 9、鈴木(S:サンプソン)2007
   6:39, 1:06, 9:31, 0:48, 3:30─21:34
​そしてさらに、第3曲のアリアについては、最近少しずつ増え始めたアリア集のCDに、第2曲とともに収められているものがあった。ヌリア・リアルのバッハのアリア集である。
 少し時間はかかってしまったが、これらをいろいろ聴き比べてみて感じたことを、筆の赴くままに記してみることにする。録音年代順に並べることとするが、必ずしもこれは聴いた順番を意味しない。聴く順序に印象が左右される場合も当然あるであろう。そして何よりも、これには歯がゆさをさえ覚えてしまったけれど、音を言葉で表現するぼく自身の語彙の乏しさばかりは如何ともしがたい。細かなニュアンスを伝えきれるものでは到底ないことを、初めにお詫びしておかねばならない。
また、是非とも聴いてみたい演奏のいくつかをまだ聴けていない点もお断りしておく必要がある。アーノンクール、コープマン、そしてリヒター、これら全集(選集)に含まれる演奏については、今後何とか聴く機会を見つけ、書き加えていってみたいと思っている。文字通り素人の戯言を書き連ねることをお許しいただければと思う。

          §           §           §

1、マリナー(B:カーク) 9:43,1:28,11:13,0:59,4:16
第1曲はゆっくりと始まってすぐ、オーボエの響きにハッとする。オブリガードがオーボエだったことを再認識させてくれたのがこの演奏だ。たっぷりとした情緒を漂わせて進む、いやこの演奏は進むのを拒んでいるかのようだ。極めて遅い。でも、けっして暗く落ち込んだりはしない。だから、安心して身を委ねられる演奏だ。ゆったりとしているが、ベタつかない、清潔な演奏でもある。ただ、その分深くはないともいえる。また、最近のいろんな演奏、特に古楽系のを聴いてしまうと、モダン楽器のオーボエの音はやや下品に聞こえて仕方ない。
レチタティーヴォも極めて遅い。ヴェルナーよりも遅く感じるくらいだ。そしてアリア。初めはあれというくらい何気無く始まる。けして遅くない。ところがタップリと歌うバスが登場すると、一転進まなくなる。永遠に続く歌! 終わらせたくない歌。チェロが要所を締めながら進む。このアリアにいつまでも浸っていられる類い稀な演奏だろう。
レチタティーヴォも同じ気分が持続するが、第5曲は意外なほど淡々とした演奏である。テンポは遅いが粘らない。ブツ、ブツいった感じてさらりと進む。第4曲までとは似ても似つかない印象だか、逆にそれらを受けるものとしては相応しいのかもしれない。逆にこれに至るための歩みだったのかも知れない。
【詠嘆】(一言で表現するのは勿論無理なのだけれど、演奏を特徴付ける言葉を、以下それぞれに添えてみることとする)

          §           §           §

2、ヴェルナー(B:マクダニエル) 7:53,1:32,9:59,1:01,4:25
チェンバロも聞こえつつ、静かにゆったりと始まる。慈しむように進行を確かめるように進む。遅すぎることなくしつこくならない。ごく自然な詠嘆が聞こえる。オーボエも心なしか寂しげ。
レチタティーヴォにもこの気分が引き継がれる。最後のオルガンの和音も長く延ばされる。
アリアは、待ってましたかのごとく、満を持してはじまる。優しく懐かしい響き。適度のスピード感があり、あまり引きずらないのが心地よい。飛び跳ねるのではないが、深い喜びが歌われる。転調後、バスのモノローグで弦が隠れる部分ではややテンポがあがり、穏やかに高揚してゆく。繰り返されるたゆたいが美しい。僅かに聞こえるオルガンの響きが妙になつかしい。ああ、よく聞こえてくるなとおもうともう最後で、弦の合奏でゆったりと閉じられる。
オーボエとチェンバロが豊かに響く。ゆったりと噛みしめるように進む。中間部はバスが引っ張る。バスとオーボエの掛け合いが美しい。最後は今までの歩みを確かめるように静かに閉じる。
【温雅】

          §           §           §

3、リリング(B:フィッシャー・ディースカウ) 7:39,1:35,9:18,0:54,3:56
ゆったりと始まるが極めて自然に美しい。オーボエと弦の対話がしんみりと溶け込んでいる。バスがまたとても雄弁でうまい。早過ぎず遅過ぎず、しかししっとりと清潔な音が奏でられて、最後は静かに消えてゆく。
レチタティーヴォはバスの独壇場。メリハリの効いたうまさが際立つ。遅いという感じはないが、タップリと時間をかける。
アリアは比較的あっさりと始まる。さらりと流れを重視した歌が美しい。テンポはかなり速いが、要所をしっかりとおさえ、時々リタルダントをかけて立ち止まりつつ歌う、そのたゆたいがなんともいえない。弦はしっかりとバスを支えるが、けして目立たない。オルガンのオブリガードが入ると、いくぶんテンポを上げつつ歌いに歌う。行進曲風でさえある。自在な歌が自然にいつまでも流れて行く。小川の清冽な流れを思わせる。歌のうまさは秀逸で、さすがはフィッシャーディースカウと唸らされるが、これがバッハ的かと言われれば、疑問符もなしとはしない。最後はあっさりと閉じる。
レチタティーヴォはバスはもちろんだが、低弦が雄弁。これは、第5曲にも受け継がれる。
最後は、締めくくりの鮮烈な舞曲。リリングは他の指揮者が粘るところをこうして駈けぬけることがある。オーボエの合いの手が、美しい。
【清冽】
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2017年02月19日

初春の十津川村アンショウ山

山頂からの展望が良いわけでもない、自然林が美しいわけでもない、聞いただけでは登る意欲をかき立てられる訣でもないような山でも、実際に登ってみると滋味に溢れた山歩きを楽しめるや山というのがあるものである。
今回連れて行っていただいた十津川村のアンショウ山(1,099m)もそんな山の一つであろう。十津川村役場の所から旧道を戻り、南の山腹へ急傾斜の道路を辿ることしばし。谷筋に思いがけずのどかな山村が展開する。武蔵集落である。きっと歴史のある集落に違いない。廃校になった小学校がそのまま残り、村おこしの観光拠点として活用されている。ここが今回の山歩きの出発地でもあり、まずは東に高く望む尾根上をめざす。
旧武蔵小学校校舎.jpg
〔旧武蔵小学校校舎〕

          §           §           §

道は初め、谷川に沿って石垣を高く積んで造られた、かつての水田の跡の植林帯を登って行く。石を2mを超える高さにまで堅固に積み上げて僅かずつの平場を築き田とする、その労力たるやいかばかりであっただろう50年くらい前には、ここに青々とした水田があったのである。石垣近くにまでスギは植えられているが、石垣はビクともしていない。
ここから先このスギの植林が尾根筋近くまでずっと続く。急傾斜で結構なアルバイトを強いられること、1時間と少し。自然林の落ち葉が足下に積もるようになると、まもなく焼峰峠で、尾根上に出る。登ってきた道は、東側の川筋の大野の集落までの生活の道だったようで、今でも峠から先にしっかりとした道が続いていた。
焼峰峠からは左へ、時折細くなる尾根筋をアンショウ山へと辿る。基本は尾根筋だが、一部尾根筋を外れるところがあり、急傾斜を切って付けられた細い道に落葉が積もり、しかも西側がスパッと落ちて高度感が出ていやなところがある。尾根筋を東にやや回り込んで東側から再び尾根に戻ると鉄塔の基部に出る。
木の間に望むアンショウ山.jpg
〔木の間に望むアンショウ山〕
植林帯を歩いているので全然気付かなかったのだが、歩いている尾根筋の西側に沿って近接した位置に送電線が通っていて、ここだけその鉄塔が尾根筋に乗っているのである。標高は878mほど。ここで昼食。南から北西方向にかけて、木が切り払われていて展望がよい。風も少しあるが日射しがあって思ったより寒くなく、この大展望を眺めながら食べる昼食はこの日の山旅の中でも出色だった。
鉄塔から南・西方の大展望.jpg
〔鉄塔から南・西方の大展望〕
南に山頂にピンのような鉄塔が見えるのが奥駈道の玉置山、その左に宝冠の森。そこから右へ、高野山までの大展望が展開する。眼下には武蔵集落が見え、目を凝らせば旧武蔵小学校もわかる。蛇行する十津川がキラキラと光りそこにかかる国道の橋が美しい。
そもそもこの日は寒くなる予報で、冬の重装備でやって来たのだったが、ここまで意外に穏やかでタップリ身体を温められていたせいか(少し汗もかいた)、適度の風がかえって心地よいくらいだった。

          §           §           §

腹ごしらえのあと、山頂をめざしてひたすら尾根筋を登る。標高差約220m。特に鉄塔からの出だしがきつかった。時折細くなる尾根筋をただひたすら登る。植林帯で展望はほとんどない。
時折自然林を交えるようになり、尾根筋が左へ曲がる地点を過ぎると、突然瀬音が聞こえてきた。こんな高い地点だし、もしかしたら風の音かも、と訝っていると、耳を澄ませば澄ますほど、あれは瀬音に違いない。木の間越しにすぐ東側に深い谷が見え、ここを流れ下る水音なのである。
疲れが一気に癒やされるのを感じているといつの間にか音も消え、左から右へ回り込むとそこがアンショウ山の頂であった。1,099m。スギの植林の中で、全く展望はないが、よくぞここまで登ってきたという充実感がふつふつと湧いてくる、不思議な頂であった。
アンショウ山の山頂.jpg
〔アンショウ山の山頂〕
アンショウ山はアンシュウネともいうそうで、ネは峰のことらしい。ではアンショウ、アンシュウとは? 特に仏教的な色彩はないし、山頂近くまで人工林が設けられ、元々人々の生活と密着した山のようでもある。大峰奥駈道と十津川の村との間には、中八人山とか石仏山とか、あるいは天竺山といった名も目に付く。この辺りのこと、ぼくはほとんどまだよく知らないけれど、なかなかに魅力的な山塊である。
木の間越しに大峰方面を望む(雪を頂くのは中八人山か).jpg
〔木の間越しに大峰方面を望む(雪を頂くのは中八人山か)〕

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帰路は焼峰峠まで戻らずに、途中780mの鞍部から右手(西)に降りる道を辿り、山頂から2時間足らずで武蔵集落に戻った。武蔵集落から直接アンショウ山方面をめざす短絡コースとして、林業関係で用いられた生活の道なのであろう。
天辻峠で除雪された雪の塊を見た時には、これはさてと思ったものだったが、アンショウ山自体には山頂近くにほんの少し名残の雪を見た程度で、持参したアイゼンは今回も空しく出番をみることもなく終わることとなった。初春の山といってもよい穏やかな山行を満喫できたアンショウ山であった。
アンショウ山の稜線を振り返る(武蔵集落から).jpg
〔アンショウ山への稜線を振り返る(武蔵集落から)〕
タグ: 奈良 季節
posted by あきちゃん at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする